名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第六章 上洛

第百五十九話 渡る世間は糞ばかり

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 俺は今非常に違和感を感じている、いや、懐かしさかもしれない。
 それもいい意味ではない。

 俺たちはまだ日も高い昼過ぎに、京の上京にある能登屋京都支店についた。
 ここは、多分京都における繁華街のはずなのだが、閑散としている。
 そう、地方のシャッター商店街に来た時に感じるあの寂しさを感じているような感じだ。
 そういう意味で、懐かしさもある。
 しかし、この戦国の日本で、町を焼かれた訳ではないのに、しかも人がいるのに活気のないのは、ありえない。

 そこら中、しのぎを削る戦乱のさなかだ。
 人が集まる場所は、いい意味でも悪い意味でも、とにかくエネルギッシュだが、ここは違う。
 戦乱で敗れ町を焼かれた城下町のように、人はいるが、いる人の目は皆同様に生きていない。
 死んだような眼をしながら元気なく町を行き来しているのだ。

 確かにここ最近この辺りも戦乱に巻き込まれたようだが、この辺りは応仁の乱でも生き残った数少ない場所のはずで、建物は破壊を免れている。
 破壊を免れているが、手入れがほとんどされていないようで、そこらじゅう朽ちている。
 限界集落のように人がいないわけじゃない。
 確かに住んではいるが、住んでいるだけで、手入れをしていない、そんな家ばかりだ。

 さすがに能登屋さんの京都支店はそこまで酷くはないが、手を入れていない箇所が目立つ。
 なにより、着いた時に感じた違和感に、店構えはしっかりしているのだが、その店を開いていない。
 そう最初に感じたシャッターが閉じられた店のように、通りに面したところは、しっかりした戸が閉められていた。

 我々を出迎えてくれた支店長に当たる番頭さんは裏にある通い戸から出てきたのだ。
 俺がきょろきょろとしていると、その番頭さんが俺のところまできて声をかけてきた。

「空殿ですね。
 手前どもの主人からお話は聞いております。
 まずは中にお入りください。
 お連れの方には、離れの屋敷をご用意させていただいておりますから、そちらにご案内させます。
 空殿とお連れのご婦人方はこちらにどうぞ」

 俺は番頭さんの案内に従って屋敷の中に入っていった。
 俺の後ろから付いてくる幸が心配そうに葵に話していたのが聞こえた。

「この町、なんか変。
 人がいっぱいいるのに、寂しく感じるよ。
 この町より人が少ない賢島の方がはるかにいい感じがする。
 ここって本当に都なのかな」

 前を歩いている番頭さんにも聞こえたのだろうか、苦笑いを浮かべて俺に言い訳をしてきた。

「この辺りは応仁の乱でも焼けずに残ったのですが、あの将軍様暗殺事件以降、日に日に町の治安が悪くなってきております。
 この辺りにあった商店も、どんどん閉めている有様なのですよ。
 うちもいつまでここに居れるか分かりませんね」

 俺が忍びから聞いていたよりも状況は悪いように感じた。
 元々があまり良くなかったのだろう。
 忍びの報告では徐々に治安が悪くなっていると聞いていたが、最初の状態が在りし日の日本と比べられないような状況であるので、このような表現だったようだ。

 報告を受け取る側の常識の違いによって感じ方が変わったようだ。
 件の忍びに言わせれば、これでも、まだましだとか。
 忍びの個人的な感触からは、すぐにでも状況はさらに悪化すると言っているし、俺の対応にスピードを求められた。

 最悪の状態からはそう簡単には改善しない。
 そうなる前に急いで京に入ったのだが、俺の感触では既に最悪の状況を過ぎている。

 俺にどうしろというのかと、目の前が暗くなるのを感じた。
 「手遅れ」という言葉が、俺の脳裏を元気に走り回る。
 俺は思わず逃げ出そうかと思ったが、張さんがこちらを優しい目で見ている。
 「空さんなら、大丈夫」とでも言っているような目で。
 俺は逃げ出したい気持ちを抑え、番頭さんに付いていく。
 屋敷の最奥にある、かなり豪華な部屋に通され、ここで番頭さんからのお話を聞いた。

「遠いところを良くぞおいで下さいました。
 手前どもの主人より、空殿には精一杯おもてなしを言いつけられております。
 遠慮なく手前どもにお申し出ください」

「これはご丁寧に、こちらこそ、日ごろから能登屋さんには格別のご配慮を頂いております。
 また、今回はお忙しい中、大人数で押しかけご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

 ここから張さんを交えて、社交辞令というか、挨拶を交わした。
 番頭さんとの会話から、京の状況は俺が考えていたよりも格段に悪いと分かった。
 能登屋さんに限らず、この辺りの商店では、まともに店先での商いはできなくなっている。

 ごろつき供が店に入って悪さをするだけでなく、本来治安を守るはずの幕府の役人までもが店に入り金品を要求してくるので、商売ができないようだ。
 ほとんどの店では、お得意様を回る行商のような外商取引しかしていないという話だ。

 能登屋さんも同様に外商は細々としているようだが、その肝心なお得様が、どんどん都から落ちており、また、都に残るお得様である公家たちの懐具合の悪化で、商売にならないとも言っていた。

 下京でも状況はあまり変わらないそうだが、幕府役人がこない分だけ、店を開いているところもあるというなんだか非常に皮肉な結果を聞いた。
 先ごろまでは弾正様が、少なくとも上京周辺の治安を辛うじて守られていたので、店を開けていたのだが、治安が悪くなれば下京と変わらないと、傭兵で店を守らせようとしていた矢先に、役人連中が出入りするようになってきたとか。

 下っ端役人は店を開かないとやってこないので防げるが、幕府の役付きの連中は部下を引き連れ、閉まっている店にまでやってきて、みかじめ料を要求してくる。
 みかじめを払ってもきちんと守ってもらえれば払うこともやぶさかでないのだが、取るだけ取って何もしないので、どの店も今ではほとんど払うことはしていない。
 そうすると、今度は、部下を使っての嫌がらせをしてくる。

 ほんの気持ちばかりを払ってごまかしている店もあるが、日に日に来ている状況は悪化している。
 そういう意味でも、今回空達が部下を多数引き連れてやってきてくれたことには非常に感謝しているとまで教えてくれた。

 本当に無政府状態であるようだ。
 糞だな。
 俺にこれをどうしろというのだ。

 幼児一人を生贄にしてどうにかなるものでもないだろう。
 幼児でなかったか、俺の嫁さん予定の女性は。
 でも、それでもだ。
 彼女一人を俺にあてがっても状況は変わらんだろう。
 本当にあいつらも糞だな。

 その糞に付き合わないといけない状況に追い込まれた俺も糞だ。
 とにかく動くしかない。
 俺は挨拶もそこそこに、能登屋の番頭さんにお願いを出した。
 懐から大切に持ってきた信長からの紹介状を出して、山科卿へのとりなしをお願いした。
 できるだけ早い時期にお会いできるように、何回も念を押してだ。

 紹介状を受け取ると、番頭さんはすぐに手代を呼び、山科邸に人を走らせた。
 その間、俺はできるだけ多くの情報を集めたく、しつこく番頭さんに町の様子を聞いていた。
 番頭さんは、いやな顔一つせずに俺の話に付き合ってくれた。
 ほとんど商売にならないというのは本当のようだ。

 俺との話し合い中に、一回も店の者からの呼び出しなどなかった。
 しかし、話がひと段落すると、番頭さんは手代から呼び出されて、部屋から出ていった。
 すぐに手紙をもって部屋に戻ってきた番頭さんは、座るや否や、俺に話してきた。

「権大納言の山科卿が直ぐにでも空殿にお会いしたいと言っておられます。
 直ぐにここをお立ちになられる場合には、この手紙をお持ちください。
 『本来の手順からは外れますが、良しなに』
 と大層先方は恐縮しておりましたが、いかがなさいますか。
 明日でも構わないかとは思いますが、その場合にはうちからまた人を走らせます」

 まだ日も高い。
 今からお邪魔しても失礼にはならないだろう。

「今から向かいたいと思います。
 御厄介になっておきながら、あわただしくて申し訳ありません」

「いえ、空殿のこれからおやりになさることの重要さからはこんなことは些事にしかなりません。
 先の手代に案内させます。
 護衛の方をお連れしますか」

「はい、女子供だけですと、何があるか分かりませんから、連れてきた連中のうち二組を連れていくことにします。
 すみませんが連中を案内した離れに連れて行ってもらえますか」

 俺は張さんをはじめ葵と幸も連れて、離れに寄って『い組』と『は組』の二組、俺の中では2個小隊と呼んでいるが、その2個小隊を引き連れて山科卿の屋敷に向かった。




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