名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第七章 公家の政

第百六十話 伊勢の守に

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 俺らは能登屋の手代さんの案内で山科卿のお屋敷に向かった。
 山科邸には、能登屋さんからほとんど時間をかけずに着いた。
 上京の現存する繁華街?からさほど遠くない、割と開けた場所に山科邸はあった。
 途中太閤殿下のお屋敷の前を通ったのはご愛嬌として、門前を過ぎるときには思わず顔を下げて通り過ぎたのだが、あれは絶対に太閤殿下にばれたな。

 山科邸に着くと俺等はすぐに権大納言の山科卿に面会させてもらえた。
 待ち時間無しでだ。
 驚きだ。
 こういった高位の方との面会では、俺のような無位無官の者など会ってもらえるだけで名誉なことなのに、待たされることなく奥の間に通された。

 さらに驚きなのは、その奥の間に山科卿が待っていたのだ。

「良くぞおいで下さった。
 そなたが太閤殿下の云うておった空殿だな。
 尾張殿の紹介状を貰った時には驚いた。
 それにしても良くおいで下さった。」

 この人俺らを心から歓迎してくれているのは分かったのだが、『良く来た』と2度言ったぞ。
 決して大事なことじゃないだろうに。

「山科卿。
 お顔をお上げください。
 私のような下賤な者に、その高貴な方が早々頭を下げてはいかがなものでしょうか。
 とにかくお顔を上げてください。」

 よほど困っていたのだろうか。
 本当に感激してくれたのには驚いたのだが、どうにか落ち着いて話し合いができそうだ。

 俺は、葵に持たせた三宝に目録を乗せ、張さんから山科家の家人に渡してもらった。
 張さんから家人に三宝が渡される時に、張さんも懐から絹製の巾着を乗せていた。

「目録は私ども三蔵の衆からの心ばかりの品です。
 ご笑納頂ければ幸いです。」

 俺がどうにか挨拶らしいことを言うと、続いて張さんが巾着について説明を始めた。

「女子の身で、言葉を発するご無礼お許しください。
 こちらに乗せた巾着は山科卿宛ての紹介状を頂く際に、尾張の弾正忠殿よりお預かりした物です。
 弾正忠殿より私から山科卿に直接渡すように仰せつかったもので、でしゃばるようになってしまいましたが、お渡ししました。
 また、こちらに弾正忠殿よりのお手紙も預かっております。
 こちらもお受け取り下さい。」

 張さんが渡した巾着にはお金が入っているのだろう。
 いくら入っているのか気にはなるが、本当にいくら渡したのだろうか。
 俺らとの献上品とで差が出ないか心配だ。

 あ、いいか。
 あちらは国守で、俺は商人だ。
 違いが出てもしょうがない。
 むしろ違いが出ない方がおかしい。
 俺のくだらない考えをよそに張さんとの会話が続いていた。

「これは、私宛のお使いまでお受けくださったか。
 遠慮なく頂きましょう。」

 そう言うと、山科卿が信長からの手紙を受け取り、俺らに一言断ってから手紙の内容を確認していた。
 手紙を読み終わった後に、俺らからの献上品の目録も確認してから、俺の方に向くと、また感激したようにお礼を貰った。

「都では最近特に高価になっている伊勢産の干物を献上くださるか。
 また、珍しい酒まで頂くとは、ありがたい。
 喜んで頂きましょう。
 また、張殿。
 尾張殿からのお心づけ、しかと受け取りました。
 すぐに尾張殿にはお礼の返書をしたためますので、ご安心を。
 そうそう、尾張殿からの書状で、そなたを決して侮るなとの警告まで頂いておる。
 張殿は、相当尾張殿に信頼されておるようだな。
 それなれば私とて、尾張殿に倣うとしよう。
 暫く京に居られるとか。
 居る間は、遠慮なくおいで下され。
 歓迎します。」

「ありがとうございます。」

 この後、簡単に雑談などを交わし、そろそろ要件を切り出そうかとしていたところ、山科卿から俺に相談を投げかけてきた。

「空殿。
 そなたの婚儀について、そなたに相談したきことがあります。」

「は?
 私の婚儀ですか。」

「はい。
 太閤殿下からの強い要請により、空殿に官位を授けたいと。
 空殿には殿上人になってもらわないといけないとまで仰せつかったのだが、いきなりでは難しい。
 しかも空殿は、その、氏にその…」

 俺に家名が無いことが問題のようだ。
 この件はすでに上人様に聞いているから、一家を起こしたばかりだ。
 その件で、山科卿がかなり困っていたようだった。

「主上より家名を賜ることもできない話じゃないが、その、功績というか、そういうものが無いと色々と弊害が出るのだ。私の家に養子に迎えることも考えたのだが、空殿の意向を聞かないと進められなくて困っていたのだ。」

「私のことで、大変ご迷惑をお掛けしております。
 家名の件ですが、先日一家を起こしました。
 その際、名前も改めまして、今では『孫悟(まご さとる)』と名乗っております。
 空改め孫悟と名乗っております。
 願証寺の霊仙上人様立会いの下一家を起こしました。
 こちらが上人様から頂きました書状です。
 よろしかったらお改めください。」

 俺は、上人様から注意を受けていたので、一家を起こしたときに頂いた書状を携帯していた。
 京都では色々と古事に煩く、こういったものをきちんとしていた方が、物事がスムーズにいくと聞いていたので、事前に用意していた。
 何かあれば上人様ご自身が身元引受人?と言っていいのかよくわからないが証人として使ってくれと言ってくれていたのだ。

 ここは使う場面の様で、俺は書状を山科卿に手渡した。

「いや、すでに家名があるのなら問題ありません。
 こういった時代ですので、お武家様などは自称も多くありますが、それでも今では通ります。
 ましてや、上人様からの書状があれば何ら問題などございません。
 これで早速上奏できます。
 一度参内頂くことになりますがご都合は付きますでしょうか。」

「いえ、私の方はいつでも構いませんが…」

「それでは明日の朝、一番で。
 今日は、このままここにお泊り下され。
 構いませんか。」

 なんだか今日は山科邸にお泊りのようだ。
 能登屋には手代さんが帰るときに伝言を頼めばいいが、護衛の二組はどうしよう。

「それではお連れ様も、お部屋をご用意します。 
 お恥ずかしい話ですが、大したおもてなしはできませんがお許しください。」

 なし崩し的に、このまま山科邸に泊まって、翌日一番に山科卿より伺った話が、参内は無くなった。
 その代わりに、太閤殿下のお屋敷にこのまま行くことになった。
 ちょっとばかり、きまりが悪い。
 将来の義父を無視して山科卿の屋敷を訪ねた格好だ。

 尤も、散々こちらからの問い合わせを出していたのに無視されたのは我々なので、いきなりお邪魔もできなかったという都合もあった。
 いくら一度お目通りが済んでいるとはいえ、無位無官の野良の庶民が太閤屋敷に行くには敷居が高い。

 俺は朝一番で、それこそ頭の中には『ドナドナ』が流れている中、山科卿に連れられるようにして太閤屋敷に向かった。
 さすがに大納言と一緒なので待たされることなく奥に通されたのだが、太閤に会うや否や、太閤殿下から詫びを入れられた。

「山科卿より、昨日話は聞いたぞ。
 本当に済まないことになっていたようだな。
 申し訳ない。」

 本当に京の人は腹黒い。
 出会い頭に、これを言われれば俺は何も言えない。
 さすがに平安より都があった場所だ。
 その都で、頭を張る人達だけある。
 政治では絶対に俺はかなわない、

「殿下、どうかお顔をお上げください。」

 なんか前にも言ったようなセリフだな。
 この後、殿下から色々と言い訳を聞かされたのだが、言い訳を聞かされたって、俺に何ができる。
 只々聞いているだけだ。

「とにかく空殿が一家を起こされたのか吉祥だ。
 いや、今では孫殿だったな。
 失礼した。
 とにかく、これで話を進められる。」

 その後の流れが速いこと早いこと。
 なんだか知らないうちに、山科卿より書面を頂いた。
 それには俺を伊勢守に任ずると書かれていた。

 あれ?
 伊勢守って中納言の畠山だったかが守っていた為に九鬼さんが貰えなかったやつだよな。

「これで名実ともに孫殿は伊勢の国守だ。
 そこで、改めて孫殿にお願いがあるのだが。」

 あ、そういうことなのね。
 俺が実質上九鬼家を支配していると勘違いしている人たちだ。
 これは大和の糞おやじの入れ知恵もあるのだろう。

 しかし、示された計略は頂けない。
 伊勢から軍勢を京に入れて治安対策を図りたいという策略が。
 しかし、それは悪手だ。
 軍勢を簡単に入れられるのならとっくにどこかの勢力が入れてる。

 三好すら遠慮しながらなのに、六角や細川あたりなど、入れたかったこともあろうに、それができないのが戦国の世だ。
 そんなことくらい弾正でもわかりそうなものだ。

 この件には、あの糞おやじは関わっていないのだろう。
 いや、俺が初めから断ることを前提で入れ知恵でもしたのかな。
 どちらにしても、ここは太閤殿下の申し出を、断るしかない。

 しかし、只断るわけにもいかないので、俺は断る代わりに、俺からお願いを出した。
 俺に、勅命を出してもらうのだ。
 暫くは付近の警備を伊勢守(武士でない)に命じ、その実績をもって俺を検非違使あたりが適当だと思うのだが、そんな感じの役職に任じてもらうというのだ。

 俺の提案は、実にあっさりと受け入れられた。
 直ぐに主上の住む御所周辺の警備を仰せつかった。
 太閤からの口頭での命令だが、後日書面にて勅命を拝することになってる。

 そこで、俺の拠点についてのお願いを申し出た。

「つきましては、誠にぶしつけなお願いですが、拠点をこの辺りに築きたく、場所の提供をお願いできませんか。
 私どもの買取でも構いませんが、あいにくこの辺りに不案内なうえ、ご配慮をお願いします。」

「おお、そうかそうか。
 そうだな。
 そなたの部下もおるだろうから、拠点は必要か。
 ここに拠点を置いても構わないが、そうは孫殿が納得いかなかろう。」

「殿下。
 下賀茂神社傍の鷹司邸の別邸跡はどうでしょうか。
 あそこは藤原長者様の管理と伺っておりますが。」

「山科卿。
 いいことを言ってくれた。
 そうだな。
 あそこならわしの一存でどうとでもなる。
 藤原の一族に名を連ねる孫殿だ。
 何ら問題ない。
 直ぐに手配しよう。」

 太閤殿下がこう言って、俺の拠点につての場所探しも簡単に解決した。
 後は、その場所にしっかりとした拠点をつくるだけだ。
 賢島に商館を作らせているしな。
 うちの連中の手は空いているかな。
 とにかく俺は一度能登屋に戻って、あちこちに手配を出した。


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