隻眼の英雄〜世界最強の英雄譚〜

1.プロローグ

けたたましい轟音が鳴っていた。

猛たける咆哮は空に響き渡り、荒々しい行進は大地を揺らす。

鋭く尖った黒く禍々まがまがしい二本の大角。太く逞たくましい四肢。そのどれもが人々に恐怖を抱かせるには十分すぎるほどで。荒々しく熱い息を吐く二足歩行の牛型モンスターの群れは瑞々みずみずしい若草たちを踏み躪にじりその血色の瞳で獲物を睥睨へいげいする。
高さ4Mメルもある巨躯を四肢で支え、夥おびただしい数の大角が人々に向けられる。そうして、怪物達は自らが誇る最大最強の一撃──突進を以て進撃を開始した。

「逃げろおぉッ！」

モンスター達の向かう先、人の群れの長である大男が辺りに叫び散らすが、遅い。モンスター達の足は速く、既に逃げることも叶わない距離まで詰められてしまっていた。

その直後、広大な草原に数多の悲鳴が轟いた。

醜悪な怪物達の声だ。ただ聞くのでさえ苦痛なその断末魔の声は、ことこの現状において疑う余地もなく人々に希望を齎もたらす。
だが、怪物達の行進は止まらない。体中から血を滴したたらせながら、息をさらに荒々しくさせ、体を引きずるようにして怪物達は行進を続行する。その様子はあまりにも狂気的で、まるで何かに怯えているようにも見えた。

そんな光景に耐えきれなくなった幾人かの者が口に手を当てるがそれに気をかけられる者はこの場に1人もいない。

異常な事態が連続して起こる中、人々は再び逃走を開始する。ある者は股を濡らしながら、ある者は口からナニカを漏らしながら、ある者はまともに働かない下半身を引きずるようにして逃げる。

普段は心地よい風が吹き、大地を照らす太陽が人々を暖かく包み込む穏やかな草原が今やもう見る影もない。若草色の大地が醜悪な血で濡れ、過去の絶景は既に失われていた。

その日、世界に激震が走った。

――――血だらけの魔物、各地で平和の象徴を蹂躙、と。



モンスターたちが出現してから幾星霜いくせいそう、人類はモンスター達に抗う術を持っていなかった。
振るう剣は魔物の皮膚に弾かれ時には折れ、爆発物は魔物に傷をつけることなく無駄に大地を削っていく。

人類が取れる行動は1つだけであった。

逃亡である。

原始的かつ合理的に地上を跋扈ばっこする魔物たちから必死に身を隠し、魔物たちが流した血が人を含めた動物たちの血で完全に塗りつぶされたころ、それは本当に突然現れた。

人の身を持ちながら、その身一つでモンスター達と互角に渡り合うたった一つの希望。

あらゆる獣よりも疾く走り、如何なる武器よりも硬く鋭く、爆弾よりも破壊力を持つ肉体と特殊な力を以てモンスター達を蹂躙し返したのだ。
大いなる力を以てモンスターたちを屠る姿は正に英雄。しかして、モンスターの血によって全身を黒く染め、笑みを浮かべる姿はたとえそれが勝利の喜びから生じる笑顔だったとしても、その姿はまるで悪魔のようであった。

それらを人々は畏怖と畏敬を込めて『守護者』と呼んだ。

そして現代、モンスターや魔物と呼ばれる悪鬼羅刹あっきらせつが出現し始めてから1000年もの時が経っていた。

時は黄金期。人類は人類史上最も豊かな時代を迎えていた。