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第9話 僕と彼女のお出かけ
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その日は、僕達のお出かけを祝福するような澄んだ青空になった。
凜と冷たい朝の空気と春のほんのりと暖かな日差しが、心地よく僕はわざとひとつ手前のバス停で降りた。
待ち合わせの時間まで十分に時間があり、道端に咲く春の息吹を見ながら集合場所へと到着する。
そこは動植物園の入り口。
スマホで時間を確認すると、約束の時間の五分前だった。
すでにチケット売り場は開いていて、子供連れの家族がチケット購入するために並んでいた。その中には大学生カップルらしい男女もいて、その大学生達が一人の女性をチラチラと見ていた。
春らしい桜色の薄手のワンピース。胸に長いリボンを付け、前の飾りボタンの左右にはフリルが着いており、細いひもでウエストを絞り、後ろで蝶々結びをしているかわいらしい服を着ていた。そしてその手には白いトートバッグを持っている。柔らかく広いツバの麦わら帽子を深くかぶっているその女性は背が高く、ステキな大人の女性に見えた。可愛らしさの中もどこかキリリとしたその姿に、男性が目を奪われるのも仕方が無いと思うほどに。
そろそろ約束の時間だ。僕は女性に背を向けて、武田が来るであろう道路を見た。
「ちょっと。背中を見せるって失礼じゃない? そんなにこの服、似合っていない?」
背中から声をかけてきたのは、先ほどの女性だった。僕は、その声に聞き覚えがあった。一緒にカラオケで歌った彼女。
「え! 武田さん?」
「そうよ、気がつかないくらい、この格好は変?」
武田は深くかぶっていた帽子を両手であげて、顔を見せると、不満そうな表情をしていた。
それもそうだ。彼女からしたら、待ち合わせの人間が、自分をじっと見た後、声もかけずに背を見せたのだ。まるで無視された気になったのだろう。
しかし、いつものようなボーイッシュな服では無い、女性らしい彼女のその姿に気が付かないのは仕方が無いと、自分で自分に言い訳をしながらも、確かに失礼な態度だと反省した。
「ごめん。武田さんがいつもと違っていて。なんだか大人の女性みたいな雰囲気だったから、てっきり大学生か社会人かと思って……ほら、他の男の人がすごく見てるよ」
「他の人なんてどうでも良いのよ。菊池君はボクのこの姿を見てどう思った? 怒らないから素直に答えて欲しいな」
ここで、『いや、すでに怒っているじゃないか』という突っ込みをすると恐らく、試合終了のブザーが鳴りそうだった。
彼女のその姿は、素直に先ほど思ったように綺麗だ。そして、それは帽子をあげて、しっかりと顔を見せた今も変わらない。どこかいつもの明るくて元気なだけの印象では無く、どこか女性らしい色気のある、恋愛感情の乏しい自分でもドキッとしてしまうその表情を見せられて、口から出た言葉は、黒柳から言われたからでもなく、僕の素直な気持ちだった。
「綺麗だね」
「本当に、本当?」
「う、うん」
「良かった。この服ね。今日のために月子と一緒に買いに行ったの。彼女はすごく似合ってるって言ってくれたけど、今まで他の友達と服を買いに行っても、この系統の服を良いって言ってくれなかったのよ。それに、メイクも月子に教えてもらったのよ。メイクなんて初めてしたから、上手に出来たか不安で不安で仕方が仕方が無かったの。ここで菊池君待ってる間も、周りの人がじろじろ見て来るから、すごく不安だったのよ。本当に良かった」
そう言って、少し恥ずかしそうに身体を縮めて、帽子を深くかぶり直す。
僕が知る武田という少女は明るく、笑顔でそして、いつも自信に満ちている。そんな彼女の不安を聞くのは、あの時以来だった。
それほどいつもと違う自分の服装が不安だったのだろう。
「大丈夫、よく似合ってるよ。だから、いつもの武田さんのように、夏のひまわりみたいに胸を張っていなよ」
部活をしているときの武田は、気持ちを切り替えていたり、気合いを入れたりするとき空を見上げているのを知っていた。まるでそれは太陽に向かってその花を向けているひまわりのようだと常々思っていた。
そして、屋上にいる僕とたまに目が合うような気がするのは気のせいなのだろうが、そんな彼女の姿を見て、僕も元気を分けてもらっていた。
だから、武田は自信満々くらいがちょうど良い。
「うん、菊池君にそう言ってもらって、自信がついた。じゃあ、早速、中に入ろうか」
そう言って武田は僕の手を引いて、入園ゲートに向かおうとした。その手は不安だった彼女を現すようにひんやりとして、しっとりとしていた。
そんな、彼女を呼び止めた。
「ちょっと待って、まだチケットを買っていないだろう」
「大丈夫、待ってる間にボクが二人分買っておいたから」
そう言って、二枚のチケットと笑顔を見せた武田を見て、いつもの彼女に戻っていて、なんだかほっとした。そして、自分の分のチケット代を彼女が出していることに気がついて慌てた。
「ダメだよ。チケット代は僕が出すよ。女の子に出させるわけにはいかないよ」
「良いのよ。今日はお礼だって言ったでしょう。だからチケット代くらいボクに出させて。それにもう買っちゃったんだから、さっさと入ろうよ」
そう言って強引に引っ張る武田に気圧されて、園内に入った。
動植物園は、その名の通り動物園と植物園が併設されている。しかし、ほとんどの来園者の目的は動物園で、植物園はおまけのような扱いだ。だから、入園してすぐ動物園があり、奥の方に植物園がある構造になっている。
鳥類などを見ながら、先を進むと、子供達がきゃっきゃと騒いでいるところが見えてきた。
それは遠目から見ても何の動物か分かるほど大きな鳥だった。
それを指さして、彼女はまるで子供のように弾んだ声で言った。
「ねえ、見て。ダチョウよ。早く行ってみましょう」
「そんなに急がなくても大丈夫じゃ無いかな」
彼女のテンションがいつもよりも高かった。武田さんって、そんなにダチョウが好きなのだろうか? 確かに昔、友達と動物園に行ったとき、大きな動物を見ると、友達は「すご~い」と大きな声を出していたのを思い出した。確かに見上げるように大きく、大人しくのそのそと歩くダチョウを見ていると、なんとなく楽しくなる気持ちは分かる。あの、背中に乗って走ったら、どんな気持ちになるのだろうなと、考えていると、その手を軽く引っ張られた。
「大きいね」
「そうだね。ダチョウは卵も大きいらしいね。それに堅いらしいよ、成人男性が乗っても大丈夫なくらい」
「菊池君って、植物だけで無く、動物にも詳しいの?」
「詳しくは無いけど、別に嫌いでも無いよ。ただ、植物と動物って密な関係じゃ無い。植物を調べてると、この植物を主食にしてる動物だとか、この植物が毒になる動物とかっているから、一緒に調べたりするんだよ。有名なところだとタマネギは犬や猫に与えちゃだめだって言うのがあるだろう。人間には大丈夫なのに、他の動物に駄目な植物があるって、面白くない? 他にもパンダって竹や笹を主食にしてるけど、元々肉食だったんだよ」
そこまで話して、思わず僕は口を閉じた。また、やってしまった。こんな話をしても相手は退屈なだけだ。それに気がつくのはいつも、夢中で話したあと、退屈そうにしている話し相手の顔に気がついてからだった。自分の好きな物は他の人とは違う。ましてや異性だったら余計に退屈なだけだろう。
黙って聞いていた武田が口を開いた。
「へー、パンダって肉食だったの? あんな可愛らしい顔をしてて。それが何で肉食だったのが、あんなにいつも竹を咥えてるの?」
隣を見ると、好奇心に満ちて目を輝かせている女性が僕を見ていた。
いつもと違う、相手の反応。遠い遠い昔の懐かしい感覚。僕のくだらない稚拙な知識を、ただただ興味深そうに聞いてくれた、僕の大事な人。あれは誰だったのだろうか。
思い出せない。
呆けてしまった僕に武田は再度、話しかけた。
「ねえ、続きは? なんでパンダは草食になったの?」
「ああ、ごめん。パンダは肉食なんだけど、狩りが上手じゃなかったんだ。ほら、どちらかって言うとのっそりのっそり動くだろう。だから、上手に他の動物を捕まえることが出来なくて、仕方なく植物を食べるようになったんだ。それと他の動物から避けるように中国の山奥に移動したんだけど、そこには竹が多かったから仕方が無く、竹を食べるようになったんだって」
「へー、じゃあ、パンダってなんだか優しいんだね」
「そうだね。結局、他の動物と争うのを止めて、生きてきたんだからね。ねえ、こんな話を聞いて、退屈じゃ無い?」
「何で? 楽しいわよ」
「だって、僕の話だよ? 大体、僕が話すとみんな退屈そうにするのに」
僕の言葉に彼女は少し不思議そうな顔をして、少し考えこんだ。
「それって、いくつくらいの話?」
「小学生くらいかな」
小学生も高学年になると、自分の立ち位置と言う物が分かってくる。自分の興味があることが、他の子たちに興味があるかどうかわかってくる。漫画やゲーム、スポーツや動画サイトなどの話をするならば、聞いてもくれるだろうが、植物や動物の話をしてもつまらなそうにしていた。お互い様なのかもしれないが。そんな思春期を過ごしたものだから、話す相手を選び、友人が少ないのだった。
「だったらしょうがなくない? 子供の頃って、興味の幅が結構、狭いからね。いとこの子がそれくらいの年だけど、ほんと、自分の興味のあることしか聞いてくれないから」
まあ、今も昔もそこは変わらないのだろう。だから皆、他の人と話を合わせるためにも流行を追い、話題に置いて行かれないようにアンテナを張っているのだろう。僕も彼女に会わなければ、今頃はそんな風に人に合わせて生きていたのかもしれない。しかし、僕は今のような生き方を選んだのだからしょうがない。黒柳には悪いけれど、彼女もそんな僕といるのが退屈になってくるだろう。
しかし、彼女は言葉をつづけた。
「でも、もうボクたちは高校生だからかな。いろいろな知らない話を聞くのは楽しいよ。ボクは小学生の時はずっと空手ばっかりで、中学校に入ってからも陸上ばっかりだから、どんどん、話してよ。もし、駄目だったら、ボクはちゃんと言うから」
どんと任しておけと言わんばかりのその態度は、女らしい服装をしていても、いつもの頼もしい彼女だった。
変に気を使って、相手に会わせるだけの無意味な会話をしなくていいのだと考えただけで、僕の気持ちが軽くなった気がしてきた。
「そういえば、武田さんってダチョウに餌をあげたことある? あっちに餌を売ってるみたいだよ。あげてみない?」
「本当!? でも、ちょっと怖くない?」
「大丈夫だよ。ダチョウだって人の手を噛んだって美味しくないから、噛まないから」
そう言って、僕はペレット状の餌を半分渡した。
さっそく、その餌を狙ってダチョウが長い首を近づけてきた。
驚いた武田が小さな悲鳴を上げた。
「きゃ!」
「大丈夫?」
武田が逃げるように後ろに下がろうとして体勢を崩して、ちょうど僕の胸に倒れかかるようになったので上手く支えることが出来た。
上からにょいっと近づかれれば驚くのも無理はない。
「ありがとう。ちょっと驚いただけ」
「ダチョウって、大きいだけで、キックだけ気をつけていれば大丈夫だから。傷つけようとしたりしなければ大人良いから。ほら」
僕はゆっくり手に乗せた餌を差し出すと、ダチョウが何匹か近づいて来て、餌をついばみ始めた。堅いくちばしがご飯を求めて容赦なく手の平を突っつく。慣れて来ると、少しくすぐったかった。
そんな僕の餌やりを見ながら武田は心配そうに声をかけて来た。
「痛くない?」
「大丈夫だよ。軽くつねられる感じかな。見た目より全然痛くないよ。武田さんも怖がらずにやってみたらどう?」
「そう?」
恐る恐る伸ばそうとする手に向かってダチョウの頭が何個もダイブしてくる。
「ひゃ!」
「逃げるから、追いかけられるんだよ。ほら」
僕は彼女の手首を掴むと、ダチョウの方に手を伸ばすと、落ち着いたように食べ始めた。
初めはビビっていた武田も、落ち着いたようで、僕が手を離しても逃げることなく、餌がなくなるのを待った。
「慣れれば、可愛いものね。くちばしが堅くてちょっと痛いけど」
「ダチョウも、食べるのに必死だからね」
「ふふふ」
「なんで笑ってるの?」
今のやりとりの中に笑えるところがあるとは、思えなかった。
女の子の笑いのツボというのがさっぱり分からなかった。しかし、まあ、怒りのツボを押さなかっただけ良かったのかも知れない。
不思議そうな顔をしている僕に、彼女は答えた。
「菊池君と来なかったら、ダチョウに餌をあげたりしなかったかなって思うと、今日、一緒に来れたのが嬉しくて、なんだか笑いがこみ上げてきちゃったのよ。別に菊池君を笑ってる訳じゃないから気にしないで」
「なんだかよく分からないけど、喜んで貰ってるなら良かった」
「ボクは楽しいよ。君と一緒に居て」
そう言ってワンピースのスカートを揺らして笑う武田が眩しく見えて、なんだか恥ずかしくなり、思わず僕は顔をそらした。
「次に行こうか」
「うん!」
それから動物を見て回りながらする、彼女との話は楽しかった。それは自分の話に合わせてくれている彼女のおかげだと、僕自身も分かっている。それは彼女自体、自分から話すよりも、相手の話を聞く、聞き上手であったという一面も大きく関係していたのだろう。そういえば、学校でいるときも、周りがおしゃべりしているのを楽しそうに人の話を聞いている姿をよく見かける。それは僕のように自分が話すと場が白けるからと言った理由ではないのだろう。彼女な周りにはいつも人が集まり、話題には事欠かない。だから、人の話を聞くのに慣れているのだろう。
凜と冷たい朝の空気と春のほんのりと暖かな日差しが、心地よく僕はわざとひとつ手前のバス停で降りた。
待ち合わせの時間まで十分に時間があり、道端に咲く春の息吹を見ながら集合場所へと到着する。
そこは動植物園の入り口。
スマホで時間を確認すると、約束の時間の五分前だった。
すでにチケット売り場は開いていて、子供連れの家族がチケット購入するために並んでいた。その中には大学生カップルらしい男女もいて、その大学生達が一人の女性をチラチラと見ていた。
春らしい桜色の薄手のワンピース。胸に長いリボンを付け、前の飾りボタンの左右にはフリルが着いており、細いひもでウエストを絞り、後ろで蝶々結びをしているかわいらしい服を着ていた。そしてその手には白いトートバッグを持っている。柔らかく広いツバの麦わら帽子を深くかぶっているその女性は背が高く、ステキな大人の女性に見えた。可愛らしさの中もどこかキリリとしたその姿に、男性が目を奪われるのも仕方が無いと思うほどに。
そろそろ約束の時間だ。僕は女性に背を向けて、武田が来るであろう道路を見た。
「ちょっと。背中を見せるって失礼じゃない? そんなにこの服、似合っていない?」
背中から声をかけてきたのは、先ほどの女性だった。僕は、その声に聞き覚えがあった。一緒にカラオケで歌った彼女。
「え! 武田さん?」
「そうよ、気がつかないくらい、この格好は変?」
武田は深くかぶっていた帽子を両手であげて、顔を見せると、不満そうな表情をしていた。
それもそうだ。彼女からしたら、待ち合わせの人間が、自分をじっと見た後、声もかけずに背を見せたのだ。まるで無視された気になったのだろう。
しかし、いつものようなボーイッシュな服では無い、女性らしい彼女のその姿に気が付かないのは仕方が無いと、自分で自分に言い訳をしながらも、確かに失礼な態度だと反省した。
「ごめん。武田さんがいつもと違っていて。なんだか大人の女性みたいな雰囲気だったから、てっきり大学生か社会人かと思って……ほら、他の男の人がすごく見てるよ」
「他の人なんてどうでも良いのよ。菊池君はボクのこの姿を見てどう思った? 怒らないから素直に答えて欲しいな」
ここで、『いや、すでに怒っているじゃないか』という突っ込みをすると恐らく、試合終了のブザーが鳴りそうだった。
彼女のその姿は、素直に先ほど思ったように綺麗だ。そして、それは帽子をあげて、しっかりと顔を見せた今も変わらない。どこかいつもの明るくて元気なだけの印象では無く、どこか女性らしい色気のある、恋愛感情の乏しい自分でもドキッとしてしまうその表情を見せられて、口から出た言葉は、黒柳から言われたからでもなく、僕の素直な気持ちだった。
「綺麗だね」
「本当に、本当?」
「う、うん」
「良かった。この服ね。今日のために月子と一緒に買いに行ったの。彼女はすごく似合ってるって言ってくれたけど、今まで他の友達と服を買いに行っても、この系統の服を良いって言ってくれなかったのよ。それに、メイクも月子に教えてもらったのよ。メイクなんて初めてしたから、上手に出来たか不安で不安で仕方が仕方が無かったの。ここで菊池君待ってる間も、周りの人がじろじろ見て来るから、すごく不安だったのよ。本当に良かった」
そう言って、少し恥ずかしそうに身体を縮めて、帽子を深くかぶり直す。
僕が知る武田という少女は明るく、笑顔でそして、いつも自信に満ちている。そんな彼女の不安を聞くのは、あの時以来だった。
それほどいつもと違う自分の服装が不安だったのだろう。
「大丈夫、よく似合ってるよ。だから、いつもの武田さんのように、夏のひまわりみたいに胸を張っていなよ」
部活をしているときの武田は、気持ちを切り替えていたり、気合いを入れたりするとき空を見上げているのを知っていた。まるでそれは太陽に向かってその花を向けているひまわりのようだと常々思っていた。
そして、屋上にいる僕とたまに目が合うような気がするのは気のせいなのだろうが、そんな彼女の姿を見て、僕も元気を分けてもらっていた。
だから、武田は自信満々くらいがちょうど良い。
「うん、菊池君にそう言ってもらって、自信がついた。じゃあ、早速、中に入ろうか」
そう言って武田は僕の手を引いて、入園ゲートに向かおうとした。その手は不安だった彼女を現すようにひんやりとして、しっとりとしていた。
そんな、彼女を呼び止めた。
「ちょっと待って、まだチケットを買っていないだろう」
「大丈夫、待ってる間にボクが二人分買っておいたから」
そう言って、二枚のチケットと笑顔を見せた武田を見て、いつもの彼女に戻っていて、なんだかほっとした。そして、自分の分のチケット代を彼女が出していることに気がついて慌てた。
「ダメだよ。チケット代は僕が出すよ。女の子に出させるわけにはいかないよ」
「良いのよ。今日はお礼だって言ったでしょう。だからチケット代くらいボクに出させて。それにもう買っちゃったんだから、さっさと入ろうよ」
そう言って強引に引っ張る武田に気圧されて、園内に入った。
動植物園は、その名の通り動物園と植物園が併設されている。しかし、ほとんどの来園者の目的は動物園で、植物園はおまけのような扱いだ。だから、入園してすぐ動物園があり、奥の方に植物園がある構造になっている。
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それを指さして、彼女はまるで子供のように弾んだ声で言った。
「ねえ、見て。ダチョウよ。早く行ってみましょう」
「そんなに急がなくても大丈夫じゃ無いかな」
彼女のテンションがいつもよりも高かった。武田さんって、そんなにダチョウが好きなのだろうか? 確かに昔、友達と動物園に行ったとき、大きな動物を見ると、友達は「すご~い」と大きな声を出していたのを思い出した。確かに見上げるように大きく、大人しくのそのそと歩くダチョウを見ていると、なんとなく楽しくなる気持ちは分かる。あの、背中に乗って走ったら、どんな気持ちになるのだろうなと、考えていると、その手を軽く引っ張られた。
「大きいね」
「そうだね。ダチョウは卵も大きいらしいね。それに堅いらしいよ、成人男性が乗っても大丈夫なくらい」
「菊池君って、植物だけで無く、動物にも詳しいの?」
「詳しくは無いけど、別に嫌いでも無いよ。ただ、植物と動物って密な関係じゃ無い。植物を調べてると、この植物を主食にしてる動物だとか、この植物が毒になる動物とかっているから、一緒に調べたりするんだよ。有名なところだとタマネギは犬や猫に与えちゃだめだって言うのがあるだろう。人間には大丈夫なのに、他の動物に駄目な植物があるって、面白くない? 他にもパンダって竹や笹を主食にしてるけど、元々肉食だったんだよ」
そこまで話して、思わず僕は口を閉じた。また、やってしまった。こんな話をしても相手は退屈なだけだ。それに気がつくのはいつも、夢中で話したあと、退屈そうにしている話し相手の顔に気がついてからだった。自分の好きな物は他の人とは違う。ましてや異性だったら余計に退屈なだけだろう。
黙って聞いていた武田が口を開いた。
「へー、パンダって肉食だったの? あんな可愛らしい顔をしてて。それが何で肉食だったのが、あんなにいつも竹を咥えてるの?」
隣を見ると、好奇心に満ちて目を輝かせている女性が僕を見ていた。
いつもと違う、相手の反応。遠い遠い昔の懐かしい感覚。僕のくだらない稚拙な知識を、ただただ興味深そうに聞いてくれた、僕の大事な人。あれは誰だったのだろうか。
思い出せない。
呆けてしまった僕に武田は再度、話しかけた。
「ねえ、続きは? なんでパンダは草食になったの?」
「ああ、ごめん。パンダは肉食なんだけど、狩りが上手じゃなかったんだ。ほら、どちらかって言うとのっそりのっそり動くだろう。だから、上手に他の動物を捕まえることが出来なくて、仕方なく植物を食べるようになったんだ。それと他の動物から避けるように中国の山奥に移動したんだけど、そこには竹が多かったから仕方が無く、竹を食べるようになったんだって」
「へー、じゃあ、パンダってなんだか優しいんだね」
「そうだね。結局、他の動物と争うのを止めて、生きてきたんだからね。ねえ、こんな話を聞いて、退屈じゃ無い?」
「何で? 楽しいわよ」
「だって、僕の話だよ? 大体、僕が話すとみんな退屈そうにするのに」
僕の言葉に彼女は少し不思議そうな顔をして、少し考えこんだ。
「それって、いくつくらいの話?」
「小学生くらいかな」
小学生も高学年になると、自分の立ち位置と言う物が分かってくる。自分の興味があることが、他の子たちに興味があるかどうかわかってくる。漫画やゲーム、スポーツや動画サイトなどの話をするならば、聞いてもくれるだろうが、植物や動物の話をしてもつまらなそうにしていた。お互い様なのかもしれないが。そんな思春期を過ごしたものだから、話す相手を選び、友人が少ないのだった。
「だったらしょうがなくない? 子供の頃って、興味の幅が結構、狭いからね。いとこの子がそれくらいの年だけど、ほんと、自分の興味のあることしか聞いてくれないから」
まあ、今も昔もそこは変わらないのだろう。だから皆、他の人と話を合わせるためにも流行を追い、話題に置いて行かれないようにアンテナを張っているのだろう。僕も彼女に会わなければ、今頃はそんな風に人に合わせて生きていたのかもしれない。しかし、僕は今のような生き方を選んだのだからしょうがない。黒柳には悪いけれど、彼女もそんな僕といるのが退屈になってくるだろう。
しかし、彼女は言葉をつづけた。
「でも、もうボクたちは高校生だからかな。いろいろな知らない話を聞くのは楽しいよ。ボクは小学生の時はずっと空手ばっかりで、中学校に入ってからも陸上ばっかりだから、どんどん、話してよ。もし、駄目だったら、ボクはちゃんと言うから」
どんと任しておけと言わんばかりのその態度は、女らしい服装をしていても、いつもの頼もしい彼女だった。
変に気を使って、相手に会わせるだけの無意味な会話をしなくていいのだと考えただけで、僕の気持ちが軽くなった気がしてきた。
「そういえば、武田さんってダチョウに餌をあげたことある? あっちに餌を売ってるみたいだよ。あげてみない?」
「本当!? でも、ちょっと怖くない?」
「大丈夫だよ。ダチョウだって人の手を噛んだって美味しくないから、噛まないから」
そう言って、僕はペレット状の餌を半分渡した。
さっそく、その餌を狙ってダチョウが長い首を近づけてきた。
驚いた武田が小さな悲鳴を上げた。
「きゃ!」
「大丈夫?」
武田が逃げるように後ろに下がろうとして体勢を崩して、ちょうど僕の胸に倒れかかるようになったので上手く支えることが出来た。
上からにょいっと近づかれれば驚くのも無理はない。
「ありがとう。ちょっと驚いただけ」
「ダチョウって、大きいだけで、キックだけ気をつけていれば大丈夫だから。傷つけようとしたりしなければ大人良いから。ほら」
僕はゆっくり手に乗せた餌を差し出すと、ダチョウが何匹か近づいて来て、餌をついばみ始めた。堅いくちばしがご飯を求めて容赦なく手の平を突っつく。慣れて来ると、少しくすぐったかった。
そんな僕の餌やりを見ながら武田は心配そうに声をかけて来た。
「痛くない?」
「大丈夫だよ。軽くつねられる感じかな。見た目より全然痛くないよ。武田さんも怖がらずにやってみたらどう?」
「そう?」
恐る恐る伸ばそうとする手に向かってダチョウの頭が何個もダイブしてくる。
「ひゃ!」
「逃げるから、追いかけられるんだよ。ほら」
僕は彼女の手首を掴むと、ダチョウの方に手を伸ばすと、落ち着いたように食べ始めた。
初めはビビっていた武田も、落ち着いたようで、僕が手を離しても逃げることなく、餌がなくなるのを待った。
「慣れれば、可愛いものね。くちばしが堅くてちょっと痛いけど」
「ダチョウも、食べるのに必死だからね」
「ふふふ」
「なんで笑ってるの?」
今のやりとりの中に笑えるところがあるとは、思えなかった。
女の子の笑いのツボというのがさっぱり分からなかった。しかし、まあ、怒りのツボを押さなかっただけ良かったのかも知れない。
不思議そうな顔をしている僕に、彼女は答えた。
「菊池君と来なかったら、ダチョウに餌をあげたりしなかったかなって思うと、今日、一緒に来れたのが嬉しくて、なんだか笑いがこみ上げてきちゃったのよ。別に菊池君を笑ってる訳じゃないから気にしないで」
「なんだかよく分からないけど、喜んで貰ってるなら良かった」
「ボクは楽しいよ。君と一緒に居て」
そう言ってワンピースのスカートを揺らして笑う武田が眩しく見えて、なんだか恥ずかしくなり、思わず僕は顔をそらした。
「次に行こうか」
「うん!」
それから動物を見て回りながらする、彼女との話は楽しかった。それは自分の話に合わせてくれている彼女のおかげだと、僕自身も分かっている。それは彼女自体、自分から話すよりも、相手の話を聞く、聞き上手であったという一面も大きく関係していたのだろう。そういえば、学校でいるときも、周りがおしゃべりしているのを楽しそうに人の話を聞いている姿をよく見かける。それは僕のように自分が話すと場が白けるからと言った理由ではないのだろう。彼女な周りにはいつも人が集まり、話題には事欠かない。だから、人の話を聞くのに慣れているのだろう。
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