恋の魔女の初恋

三原みぱぱ

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第10話 僕と彼女のランチ

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 そうして、ライオンやトラを見たところで、軽い空腹を感じた。スマホを見るとちょうどお昼を少し回ったくらいだった。すでにレストランは混み合っている時間だろう。本当ならば、混み合う前に行くつもりだったのだが、いつの間にか時間を忘れていたようだった。

「武田さん、もうお昼なんだけど、どうしようか。この時間だと、レストランも結構、一杯だと思うんだ。もう少し、待ってからお昼にしようか」

 そう、提案した僕の言葉を裏切るように、僕のお腹がタイミング良く鳴ってしまった。
 あまりのタイミングに言い訳することも出来ずに、「ごめん」と謝るしかなかった。
 そんな僕を見て、彼女は笑った。

「菊池君のお腹は本人同様素直ね。でも、ボクもお腹がすいてきたから、ちょうど良かった」
「じゃあ、レストランに行こうか」
「ちょっと待って」

 そう言うと、彼女は少し恥ずかしそうに下を向いて黙ってしまった。
 そうか、そういえば、ここに入ってからトイレに行っていないな。レストランでどれくらいの時間を待つか分からない。僕はトイレの場所を確認しようと園内マップを広げようとした時、意を決したように彼女は口を開いた。

「実は……お弁当を作ってきたんだけど……」

 思わず、トイレならと言いかけて慌てて僕は口を閉じた。
 いま、彼女は何て言った? 
 お弁当。女子の手作りのお弁当。
 彼女が今日、ここに誘ってくれたのは何かのお礼だと言っていた。だから、入園料は厚意に甘えることにしたのだが、その分、お昼は僕が出すつもりでいた。
 それなのにまさか、彼女がお弁当を作ってきているなんて思ってもいなかったので、驚いて黙り込んでしまった。
 そんな僕を見て、武田は不安そうな声を出した。

「嫌だったら、良いんだ。レストランに行こう」
「いや、そうじゃないんだ。ちょっと驚いただけで。武田さんって、周りの女子からお弁当を作っても、自分で作らないイメージがあったから」
「ボクってそんなイメージかな? 確かに普段から料理を作る方じゃ無いけど……まあ、たまにはね」
「ちなみに、どんなお弁当?」

 僕は園内マップを広げて、休憩出来る場所を探しながら聞いてみた。
 今日は天気がいいので、広場のような所にシートを敷いて、食事をするのも気持ちが良いだろう。しかし、彼女がお弁当を持ってくるとは考えていなかったため、シートなど持ってきていなかった。それによく考えれば、武田はスカートだ。地面に座ると、いろいろと問題だろう。そうすると、テーブルがあるところが良いだろう。最低でもベンチが良いだろうな。
 園内マップとにらめっこをしていると、彼女の自信なさげな声が聞こえた。

「サンドイッチなの。あんまり、難しいものが作れないから、ごめん」
「サンドイッチか。いいね。僕も好きだよ。それで、ここなんかどうかな。ここから近いし、外で食べるの気持ちよくないかな?」

 そう言って指さしたところは、周りに売店など無い、屋根とテーブルと椅子だけがある休憩所だった。
 その場所を見て、彼女は僕が弁当を食べる気でいると理解したようで、先ほどまでの不安が溶けたようににっこり笑った。

「そうね。早く行きましょう」

 僕達が移動した先には丸いテーブルの周りに、切り株のような丸い椅子が置いてあった。近くにはカバ舎があるためか、小学生低学年位の子供を連れた家族が多く見られる。
 そんな一角に座ると、彼女は早速、トートバッグの中から空色のランチクロスに包まれた弁当箱を二つ取り出した。
 そこには鮮やかな黄色の卵サンドや、緑とピンク色のハムレタスサンド、チーズにキュウリとハムのサンドウィッチなどとともに、イチゴジャムだけのジャムサンドもあった。それが二個の大きめの弁当箱にぎっしりと詰められていた。

「男の子ってどのくらい食べるか分からないから、作り過ぎちゃったかも」

 そう言って武田は、はにかんだように笑った。
 はっきり言って、僕は小食である。背は高い方ではあるが、運動部で無いためか、一般的な高校生男子に比べて食は細い。しかし、料理が得意で無いと言っていた彼女がこの料理を作るのにどれだけ早起きしたのか、手間暇をかけたのかと考えると、残す気にはなれなかった。

「いただいても、良いかな?」

 僕がそう言うと、彼女は恥ずかしそうにうなずいた。
 まずは、卵サンドを手に取った。ゆで卵を砕いてマヨネーズで絡めているタイプの卵サンド。
 一口食べてみると、卵はしっとりとして、美味しいが……。
 ジャリ。
 卵の小さな殻をかみ砕いた感触。
 彼女にはその音が聞こえていないはずだ。なぜなら、期待と不安が混ざった顔で、こちらをじっと見つめていた。

「どう?」
「美味しいよ」
「良かった~」

 心底、嬉しそうに笑う彼女の卵サンドに卵の殻が入っていないことを祈りながら、僕は残りの卵サンドを頬張った。
 次々にサンドウィッチを食べ進める。
 シャキッとしたレタスとハムのサンドイッチは、辛子マヨネーズが良いアクセントになっていた。たまに辛子とマヨネーズが混ざりきっていなくて、辛いところもあったけれど、食べられないほどでも無かった。
 チーズとキュウリとハムのサンドイッチは文句なしに美味しかった。

「ところで、キュウリって何でキュウリって言うか知ってる?」
「キュウリの語源? ウリは瓜だよね」
「正解! じゃあキュは何だ? キュウリの見た目に関係します」
「見た目?」
「そう、見た目」

 僕のヒントに彼女は、自分が持っているサンドイッチからスライスキュウリを一枚、取り出して眺めた。
 白い切り口に緑の外枠が鮮やかだった。切る前は、細長くイボイボで深緑の普通のキュウリ。

「キュウリが出来るときに、九本いっぺんに出来るからとか?」
「一つの花から、一本だよ」
「花の色が黄色いから? きいろうり?」
「お、惜しい! 黄色は正解だけど、花の色じゃないんだ」
「花の色じゃない? じゃあ、種?」
「種は真ん中にある白い奴だよ」
「降参」
「僕達が普段食べているキュウリって未成熟のものなんだよ。これが熟すと黄色くなるんだ。だから、武田さんが言ったように、黄色い瓜で黄瓜(きうり)からキュウリになったんだって」
「へ~これって、まだ熟してないんだ。ところで黄色いキュウリってどんな味なの?」

 そう言えば、知識としてはキュウリが黄色くなるというのは知っているけれど、わざわざそこまで待って食べたことがなかったな。一般的に緑のキュウリを食べるので全く気にしたことがなかった。

「そう言えば、食べたことないな。今年は何本か、黄色くなるまで育ててみるよ」
「だったら、ボクも食べてみたい。普通、野菜も果物も熟した方が美味しいって言うじゃない」
「そう言えば、パパイヤって日本じゃ黄色く熟した物を果物として食べてるけど、海外だと熟す前の青い物を野菜代わりに食べるって聞くから、キュウリも甘くなるのかね? 出来たら武田さんにも分けてあげるよ」 
「本当? どんな味か楽しみ~」

 話のネタとして、僕の知識をひけらかしてしまっただけなのに、彼女は僕に新たな興味を示してくれる。正直、住む世界が違う彼女とは話が合わないと思っていた。どちらかが一方的に話をするだけかと思っていたが、僕とは違う目線の彼女の話は面白かった。
 そんな風に食事をしていると、とうとうその時が来た。
 デザート代わりであろう、ジャムサンドを残して、僕の胃袋は限界を迎える。甘い物は嫌いではないが、これ以上食べると、この後しばらく歩けない予感がしていたとき、彼女が言った。

「これね。ボクのママの手作りジャムなんだ。すっごく美味しいから、菊池君にも食べて欲しくてたっぷり入れてきたんだ」

 そう、勧められて、僕は「ごちそうさま」と言おうとした口を閉じた。
 無理にでも食べるべきか。それとも、それとも断るべきか。『男だったら無理にでもねじ込め』とささやく声と、『無理してこの後、彼女に迷惑をかけられない』とささやく声が、僕の頭で喧嘩をしていた。

「任せて」

 それはどこか聞き覚えのある女性の声が、どこからか聞こえてきた。
 僕は驚いて、あたりをキョロキョロと見回すと、彼女は「どうしたの?」と声をかけて来た。武田には先ほどの声が聞こえていなかったのだろう。声の主を見つけられないまま、僕は彼女に向かい直した。

「ごめん、なんか声をかけられた気がして……でも、勘違いだったみたい」

 そう、言い訳をすると、先ほどまでの満腹だった胃袋が、すっと腹八分目くらいに収まったのを感じた。
 誰かに胃袋の中身の一部を盗まれたような、不思議な感じだった。しかし、これでジャムサンドを食べられるスペースは十分に出来た。

「じゃあ、お母さんのジャムサンドいただくよ」

 イチゴのジャムサンドはイチゴの香りと酸味、そしてジャムの甘みがほどよいバランスで、手作りだとは思えないほど美味しかった。決して甘すぎなく、酸味がアクセントとなって、毎日食べても飽きないのでは無いかと思うほどだった。

「美味しいね。武田さん、これを家で食べられるの? うらやましい」
「でしょう~。だから、是非、食べてもらいたかったんだ。うちの家族も皆好きだから、夏前には無くなっちゃうんだけどね」
「そんな貴重な物を……お母さんにお礼を言っておいてよ」
「あら、お礼を言うのはママにだけ?」
「あ、そうだ。サンドイッチ、美味しかったです。ありがとう」
「どういたしまして。全部食べてもらってボクも嬉しいよ」

 そう言うと、彼女は空になった弁当箱の蓋を取り、箱の部分の中に折りたたむと、ぺったんこになった。中身がなくなると折りたためる便利な弁当箱だった。

「へ~珍しいね」
「でしょう。大会とかに持って行っても、かさばらないから重宝してるんだ」

 そうだった。今まで普通の女子高生の気がしていたけれど、彼女は学校でも期待されている陸上選手だった。
 そういえば、そんな彼女とどうしてこんな所に来ることになったのだろうかと、僕は思い返した。

「そういえば、今日ここに来たのは”お礼”だって言っていたよね。そろそろ、何のお礼なのか教えてくれないかな?」
「覚えてない? ……どうしようかな。まさか、去年、ボクと話したこと自体忘れてる?」
「それは覚えてるよ。夏休みのことだろう」
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