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第23話 ロック鳥の襲来
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「敵襲! ロック鳥一体。警戒態勢」
よく通る、男らしく腹の底から発せられるウェインの声に、アマンダはハッと我に返った。
ガドランドはすでに弓を手に荷馬車の後ろから空を見上げていた。それまでスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていたルカも一瞬で臨戦態勢となり、ボウガンをセットする。
「ちきしょう! ついてねえ! ダンジョンに入るまで魔力は温存しときたかったのによ」
そう言いながら、なんとかロック鳥から逃げられないかと、手綱を操るロレンツが苦々しく言い放つ。
アマンダが空を見上げると、全長十メートルはありそうな、大きなハゲ鷹のような鳥が馬車の上空を回っている。その大きなかぎ爪は、この馬車をゆうゆうと掴める大きさだ。実際、牛や馬だけでなく、馬車ごと連れ去られた事例も出ている。
ドラゴンのように魔法やブレスを使わない。しかし、その巨大さで空から襲い掛かり、空高く逃げられては普通の冒険者では歯が立つ相手ではない。
周りに獲物らしいものは見られず、明らかにガドランドたちの馬車に狙いを定めている。
ルカは飛び道具を構えているが、届く範囲のはるか上空にいる。当然、ロレンツの魔法の射程圏外でもある。
「遠いな。仕方ない。アレを使うから、気をつけろ」
「おっさん、こんなところでいきなりアレ使うつもりか?」
ロレンツの言葉を待たずに、ガドランドは両手を上げて集中し始めると、周りの空気が変わり始めた。それは、アマンダの素人目に見ても、なにか恐ろしい攻撃をしようとしているのが分かった。
「やめて!」
アマンダがガドランドたちに叫ぶ。
「何言ってやがる。ここでやられちまったら、あんたのお仲間もそれっきりだぜ」
ロレンツの抗議を無視して、大きく深呼吸をすると、その細い身体から想像できないほど、力強い声で歌い始めた。透き通るその歌声は、まるで鳥が歌っているようだった。
それは酒場の歌姫の歌声ではなかった。
まるで精霊が歌っているような、神聖な歌声。
それに応えるようにロック鳥は鳴き声を上げながら、ゆっくりと降下して来た。
「馬車を止めてください」
「は?」
「いいから止めろ」
舌打ちを一つして、ロレンツが馬車を止めると、ロック鳥はすぐそばに降り立つ。
まるで昔から飼っていたかのように、親しげに頭を垂れるロック鳥を全身で撫でる赤毛のエルフ。
しかし、弟子たちは、そのロック鳥がいつ襲いかかってきてもいいように警戒を解かない。
「すみませんが、食料を少しこの子に渡してもらえませんか?」
「クリス」
ガドランドの言葉に中性的なイケメンは無表情のまま、人の頭ほどの巨大な肉の塊を持ってきた。
その肉を受け取ったアマンダはロック鳥の口元に持っていくと、少し躊躇したあと、ついばみ始めた。食べ終わったロック鳥は、一つ大きく鳴くと、アマンダに甘えるように頭を摺り寄せる。
「この子は知り合いなのか?」
「いいえ、ただ、わたしたちエルフ族は代々、森の動物たちと意思を通わせる術をもっているのです。当然、全ての動物たちではないですが。今回、この子はお腹を空かせていただけだったみたいなので、良かったです。さあ、おゆき」
ロック鳥は軽く翼を羽ばたかせると、大空へと消えていってしまった。
大空の王者が見えなくなり、四人の弟子たちはようやく緊張を解く。
「助かった!」
「助かりました」
「ふう、よかった~」
「……ありがとう」
ガドランドも大空を見上げたあと、赤毛のエルフに深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。無駄な殺生をせずにすんで、助かりました」
ああ、この人は何の躊躇もなく、頭を下げられる人なのだ。そして、よほど自信があるのか、自分のことよりも、意味なくロック鳥を殺してしまうことを気にしていた。人間は自分のことしか考えていないものだと、アマンダは思っていた。
この男は何より、自分のことを信用してくれていた。騙していた自分を。アマンダは今でも、ガドランドを疑っていた自分を恥ずかしく感じ始めた。これでは自分が嫌っていた人族と同じではないか。
「いいえ、力になれて良かったです。さあ、先を急ぎましょう」
今の自分の考えを悟られないように、顔を背けて、急いで馬車にもどる。
馬車に乗ったまま、火山の三合目まで行くとフリートダンジョンの入り口が見えた。
そこには、まるで街の出入口のような大きな木製の扉があり、ダンジョンキーパーと呼ばれる領主から派遣された、ダンジョンの出入りを管理する人間が数名いる。彼らにダンジョンに入る申請をして、馬車を預かってもらう。
今回は領主からの依頼のため、すんなりとダンジョンに入る許可が下りた。
ダンジョン内に入る通路は大人の男性が三人は横に並んで歩けるほど幅があり、高さも槍を縦に持って歩いても支障がないほど天井が高かった。
壁や天井は石で出来ており、ところどころ水が染み出して、石畳の床を濡らしていた。
薄暗い通路に、ひんやりとした風が流れる。
「寒いでしょう。これをかけておくといい」
ガドランドは自分用のマントを渡してくれる。ガドランドの体温がほんのりと暖かくアマンダを包む。
「ここからは危険ですから、私の後ろに」
ルカは先頭で索敵をする。次に金属の鎧を全身に包んだウェインが続く。
ガドランドの後ろには守られるようにアマンダ。その後ろにロレンツとクリスがついていく。
その隊形で一行はダンジョンを進む。
すでに一、二階層は調べ尽くされているため、半日も経たずに突破する。
ガドランドとウェインそしてロレンツは襲いかかるモンスターを次々と撃破する。
罠についてはルカが解除する。
そしてクリスが怪我を治し、みんなを補助する。
アマンダはその五人の働きをただ、黙って見ているだけだった。
三階層にあがる手前で一度、野宿をする。
ダンジョンという慣れない環境、ガドランドたちが対処してくれているとはいえ、モンスターたちの出現に神経をすり減らしたアマンダはあっという間に眠り込んでしまった。
よく通る、男らしく腹の底から発せられるウェインの声に、アマンダはハッと我に返った。
ガドランドはすでに弓を手に荷馬車の後ろから空を見上げていた。それまでスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていたルカも一瞬で臨戦態勢となり、ボウガンをセットする。
「ちきしょう! ついてねえ! ダンジョンに入るまで魔力は温存しときたかったのによ」
そう言いながら、なんとかロック鳥から逃げられないかと、手綱を操るロレンツが苦々しく言い放つ。
アマンダが空を見上げると、全長十メートルはありそうな、大きなハゲ鷹のような鳥が馬車の上空を回っている。その大きなかぎ爪は、この馬車をゆうゆうと掴める大きさだ。実際、牛や馬だけでなく、馬車ごと連れ去られた事例も出ている。
ドラゴンのように魔法やブレスを使わない。しかし、その巨大さで空から襲い掛かり、空高く逃げられては普通の冒険者では歯が立つ相手ではない。
周りに獲物らしいものは見られず、明らかにガドランドたちの馬車に狙いを定めている。
ルカは飛び道具を構えているが、届く範囲のはるか上空にいる。当然、ロレンツの魔法の射程圏外でもある。
「遠いな。仕方ない。アレを使うから、気をつけろ」
「おっさん、こんなところでいきなりアレ使うつもりか?」
ロレンツの言葉を待たずに、ガドランドは両手を上げて集中し始めると、周りの空気が変わり始めた。それは、アマンダの素人目に見ても、なにか恐ろしい攻撃をしようとしているのが分かった。
「やめて!」
アマンダがガドランドたちに叫ぶ。
「何言ってやがる。ここでやられちまったら、あんたのお仲間もそれっきりだぜ」
ロレンツの抗議を無視して、大きく深呼吸をすると、その細い身体から想像できないほど、力強い声で歌い始めた。透き通るその歌声は、まるで鳥が歌っているようだった。
それは酒場の歌姫の歌声ではなかった。
まるで精霊が歌っているような、神聖な歌声。
それに応えるようにロック鳥は鳴き声を上げながら、ゆっくりと降下して来た。
「馬車を止めてください」
「は?」
「いいから止めろ」
舌打ちを一つして、ロレンツが馬車を止めると、ロック鳥はすぐそばに降り立つ。
まるで昔から飼っていたかのように、親しげに頭を垂れるロック鳥を全身で撫でる赤毛のエルフ。
しかし、弟子たちは、そのロック鳥がいつ襲いかかってきてもいいように警戒を解かない。
「すみませんが、食料を少しこの子に渡してもらえませんか?」
「クリス」
ガドランドの言葉に中性的なイケメンは無表情のまま、人の頭ほどの巨大な肉の塊を持ってきた。
その肉を受け取ったアマンダはロック鳥の口元に持っていくと、少し躊躇したあと、ついばみ始めた。食べ終わったロック鳥は、一つ大きく鳴くと、アマンダに甘えるように頭を摺り寄せる。
「この子は知り合いなのか?」
「いいえ、ただ、わたしたちエルフ族は代々、森の動物たちと意思を通わせる術をもっているのです。当然、全ての動物たちではないですが。今回、この子はお腹を空かせていただけだったみたいなので、良かったです。さあ、おゆき」
ロック鳥は軽く翼を羽ばたかせると、大空へと消えていってしまった。
大空の王者が見えなくなり、四人の弟子たちはようやく緊張を解く。
「助かった!」
「助かりました」
「ふう、よかった~」
「……ありがとう」
ガドランドも大空を見上げたあと、赤毛のエルフに深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。無駄な殺生をせずにすんで、助かりました」
ああ、この人は何の躊躇もなく、頭を下げられる人なのだ。そして、よほど自信があるのか、自分のことよりも、意味なくロック鳥を殺してしまうことを気にしていた。人間は自分のことしか考えていないものだと、アマンダは思っていた。
この男は何より、自分のことを信用してくれていた。騙していた自分を。アマンダは今でも、ガドランドを疑っていた自分を恥ずかしく感じ始めた。これでは自分が嫌っていた人族と同じではないか。
「いいえ、力になれて良かったです。さあ、先を急ぎましょう」
今の自分の考えを悟られないように、顔を背けて、急いで馬車にもどる。
馬車に乗ったまま、火山の三合目まで行くとフリートダンジョンの入り口が見えた。
そこには、まるで街の出入口のような大きな木製の扉があり、ダンジョンキーパーと呼ばれる領主から派遣された、ダンジョンの出入りを管理する人間が数名いる。彼らにダンジョンに入る申請をして、馬車を預かってもらう。
今回は領主からの依頼のため、すんなりとダンジョンに入る許可が下りた。
ダンジョン内に入る通路は大人の男性が三人は横に並んで歩けるほど幅があり、高さも槍を縦に持って歩いても支障がないほど天井が高かった。
壁や天井は石で出来ており、ところどころ水が染み出して、石畳の床を濡らしていた。
薄暗い通路に、ひんやりとした風が流れる。
「寒いでしょう。これをかけておくといい」
ガドランドは自分用のマントを渡してくれる。ガドランドの体温がほんのりと暖かくアマンダを包む。
「ここからは危険ですから、私の後ろに」
ルカは先頭で索敵をする。次に金属の鎧を全身に包んだウェインが続く。
ガドランドの後ろには守られるようにアマンダ。その後ろにロレンツとクリスがついていく。
その隊形で一行はダンジョンを進む。
すでに一、二階層は調べ尽くされているため、半日も経たずに突破する。
ガドランドとウェインそしてロレンツは襲いかかるモンスターを次々と撃破する。
罠についてはルカが解除する。
そしてクリスが怪我を治し、みんなを補助する。
アマンダはその五人の働きをただ、黙って見ているだけだった。
三階層にあがる手前で一度、野宿をする。
ダンジョンという慣れない環境、ガドランドたちが対処してくれているとはいえ、モンスターたちの出現に神経をすり減らしたアマンダはあっという間に眠り込んでしまった。
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