祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲

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5日目

驚き

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カジドワside

 ガン爺と一緒に部屋に来てみれば、バルトさんとユーチ君が楽しそうにお昼の用意をしてくれていた。
 変わった取り合わせの3人が突然やってきたときは、どうなることかと少々不安だったのだけれど、人の家だというのにすっかり馴染んでいるようで何よりだ。
 バルトさんとガン爺はもとからこんな感じで、どこにいても自分のペースでいられるらしい。それでいて嫌味がないのだから、ほんと、良い性格をしていると思う。
 そんなガン爺がしばらくはここで寝泊まりすることになったのだ。さぞ賑やかになるだろう。
 一人暮らしが気楽で好ましいと思っていたはずなのに、たまにはこういうのも良いような気がしてくるからおもしろい。
 やりたいことができて、今が楽しいからだろうか。多少のことは受け入れられる気がしている。

 居間のソファーにちょこんと座ったガン爺が、見覚えのない綺麗な置時計を手にして首を傾げていた。
 どうやら、それは自分が修理した中古品らしいのだが、あったはずの傷や汚れがなくなっているとかで、僕が何かしたんじゃないかと尋ねられた。
 傷や汚れを取る(?)なんてこと、僕にできるわけがないのだから、置時計を手渡され詰め寄られても、苦笑しか返せない。

 今の持ち主がユーチ君だというなら、本人が知っているのではと視線を向けると、バルトさんとこそこそと話をしているのが見えた。
 ちらちらとガン爺を気にしているところをみると、やっぱりこの置時計のことを知っていそうだ。
 なぜか僕の名前が聞こえた気がしていぶかしく思うも、ガン爺の疑問を解決してもらおうと声をかけることにする。

  ♢

「ユーチの腕にあるそれで、傷や汚れのある中古品が新品のようになるっていうのかい?」

「そういうことだな」

 ガン爺の問いにユーチ君がコクコクとうなずき、バルトさんも当然のように肯定している。打ち明けられた話は嘘ではないのかもしれない。けれど……どこにでもある木製の腕輪にしか見えない物が、珍しい機能を持つ魔道具だなどと聞かされても、とても信じられない。

 ガン爺は疑い深い僕と違い、素直に事実として受け入れてしまえたようだ。目を輝かせてユーチ君の腕輪を見つめている。

 実際にやって見せてくれとせがむガン爺に、バルトさんは「しょうがねえなあ」と言いつつ、ニヤニヤした笑みを浮かべていた。きっと最初から僕たちの前で披露するつもりでいたのだろう。

 処分するつもりで家の隅に放置してあった、汚れや傷のある古びたランプで試すことになり、皆でしっかり状態を確認してからユーチ君に渡す。
 ユーチ君は緊張した面持ちで、手にしたランプを腕輪に収納すると、大して間を空けずにそれを取り出した。

「「「えっ⁈」」」

 明らかに綺麗になったランプが目の前に現れ、驚いて声が出てしまう。なぜかバルトさんの声も混じっていたような……気のせいか?

 瞬きを繰り返した後、改めて見た目の変わったランプを観察する。
 くすんだ汚れも目立っていた傷も確かになくなっていた。
 息を呑む僕の耳に、感嘆かんたんの声が届く。

「……やっぱすげえな」

「これはビックリじゃ、ほんの数秒の間に何がどうなったのやら、すっかりぴかぴかになっとるのう」

 再び手にすることになったランプの変わりように、疑う余地はなかった。
 ユーチ君の腕輪の凄さに、思わず身震いしてしまう。

 ガン爺と僕の興味が、目の前のランプから腕輪に移ったのがわかったのか、ユーチ君は焦った様子で、腕から取り外せないことを告げてきた。
 魔道具が取り外せないなどということが本当にあるのか、疑わしく思うものの、貴重な魔道具だ。他人にあれこれ詮索せんさくされたくはないのだろう。
 申し訳なさそうな顔のユーチ君に無理強いする気はなかったから、膨れ上がった好奇心は、続けられたバルトさんの話に耳を傾けることで抑えることにする。

 なんでも、ユーチ君の魔道具によって、ガン爺が修理した中古品の置時計の買取価格が上がったらしいのだ。その金額を聞いたガン爺の驚きは、そうとうだったのだろう。小躍りして喜んでいた。
 嬉しそうなガン爺につられて、周りの皆の頬も緩んでいる。

 中古品の価値が低いことは僕も知っていた。
 だから、ユーチ君が自分の魔道具を使ってそれを払拭ふっしょくしたいという気持ちも共感できる。
 それもあって、周りに怪しまれないように売りに出したいから協力してくれと、頼んできたバルトさんに、深く考えずにうなずいていたのだけれど、早まっただろうか?
 ニヤリと笑ったバルトさんの顔に、厄介ごとを押しつけられる未来が浮かび、ぶるりと身体が震えるのがわかった。

 その後、バルトさんたちが用意してくれていた、冷めてしまった屋台の料理を食べ、慌ただしくそれぞれの目的のために動き出すことになる。

「それじゃあ、ワシも作業場に行くとするかのう。バル坊たちが戻ってくるまでに、やっときたいことができたでな。好きにさせてもらうで、カジ坊はワシのことはほっといてくれていいでな」

「あ、はいはい、ほっときますよ。僕も、もうちょっと頭を整理したら勝手にさせてもらうから、お互い気兼ねなくいきましょう」

 ガン爺になにやら用事を頼まれたらしいバルトさんと孤児院へ行くというユーチ君を、僕と一緒に見送ったガン爺は、いそいそと作業場へ向かった。
 僕はまだ、先ほどもたらされた情報を上手く受け止められないでいるというのに、ガン爺の切り替えの早さには感心する。

 僕はソファーに力なく座ったまま、大きく息を吐いた。

 ユーチ君のことはバルトさんから少し聞いている。
 どこで生まれどう育ったのか、バルトさんも知らないらしく、天涯孤独の身だという。
 尋ねればある程度は把握できるだろうに、それをしなかったのは、知らない方が良いとバルトさんが判断したからなのだろうか。
 見たことのない調理器具を持っていたことに加え、あの珍しい魔道具だ。
 子供らしからぬ落ち着いた態度や垣間見える知性からも察せられたが、親から贈られたのがあの腕輪だとしたら、ユーチ君は平民ではないのかもしれない。
 何かの陰謀いんぼうに巻き込まれたのか、事故による不測の事態が起きたのか、わからないけれど、バルトさんはそれらを受け入れる覚悟をしてユーチ君を側に置いているのだろう。
 面倒見が良い性格は、昔から変わっていないようだ。

 ユーチ君と知り合って間もない僕でも、あの笑顔を見ると放っておけないと感じるのだから、懐かれているバルトさんならななおさらだろう。
 バルトさんの思惑通りのようで、ちょっとしゃくだけれど、ユーチ君の笑顔のためなら協力するのもやぶさかではないかな。
 
 あれこれ考えると不安になるから、とりあえず、考えてもわからないことは後回しにして、今やらなければならないことを頑張ることにしよう。

 僕は気持ちを切り替えて、重い腰を上げた。


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