祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲

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5日目

〝まんぷく亭〟①

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「イモール?」

「えっ、あ、はいっ⁈」

 バルトさんに名前を呼ばれ、飛び跳ねるようにして振り向いたイモールさんは、バルトさんの姿を認めホッとした顔をするも、私がいることに気付くと落ち着きなく視線を彷徨さまよわせる。

「お、お姉ちゃ……いえ、姉からバルトさんの伝言を聞いて……それで、あの」

 手をもじもじさせながら口篭くちごもるイモールさんは、なぜかチラチラと私の様子をうかがうように見てくる。
 もしかして、私に用があるのだろうか? 
 戸惑いつつ私から声をかけるべきか悩んでいると、バルトさんに思い当たることがあったようだ。

「ああ、アネスから、妹がユーチと仲良くなりたがってるからどうにかしてくれって頼まれた件だな」

「ひゃっ!」

 バルトさんがニヤリと笑ってそう言うと、小さく悲鳴を上げたイモールさんは「いえ、あの、その、それは……」と、何か言おうとするも言葉にならず顔を真っ赤にしていた。

「人様の仲を取り持つなんてのは俺の柄じゃねえんだが……まあ、ユーチの人柄はすぐにわかるだろうから、仲良くなるのは難しくないはずだからな。美味いもんを一緒にって、とっととわだかまりを解消してくれやってことで、きつく言いすぎた昨日の詫びの意味も込めて、イモールを〝まんぷく亭〟に招待したわけだ。遠慮せずにっていってくれ」

「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」

 ペコペコと頭を下げるイモールさんは、まだ表情が硬い気がする。
 きっと昨日の昼のやり取り(バルトさんの好意に甘えて家に上がり込み、手をわずらわせている厚かましい子供扱いし、バルトさんが依頼を受けない理由が私だと攻めたこと)を気にして、私と仲良くしようと考えてくれたのだと思う。
 バルトさんの好意に甘えているのも事実だし、素姓の知れない怪しい子供なのも変わらないのだけれど、歩み寄ろうとしてくれる気持ちが嬉しい。
 
「急な誘いだったんだが、仕事は大丈夫なのか?」

 バルトさんが問いかけると、イモールさんは勢いよく顔を上げ、コクコクと頷いた。

「も、もちろん。全然、まったく問題ないです。ぼんやりしてて仕事にならないから帰るように言われたとかじゃないですからっ」

「おい、そりゃあ、少しも大丈夫じゃねえだろうが」

「え?」

「自分でバラしてりゃ世話ねえわな」

「え? えっ⁈」

 イモールさんのポカンとした顔がおかしくて、笑いが漏れそうになる。
 おっとりした見た目から、思慮深く慎重な性格に見えのだが、どうも違ったみたいだ。

「うわーっ、ユーチ君の頼れるお姉さんを目指してたのに~、なんでよ? ダメダメじゃん」

 手で顔を覆い、何やらうめいているイモールさんの狼狽うろたえぶりが子供のようで、可愛かわいらしい。つい、微笑ましく眺めてしまう。
 バルトさんはそんなイモールさんを呆れ顔で一瞥いちべつすると、緩んだ顔の私に視線を向け、ニヤニヤした笑みを浮かべた。そして、からかうように私の頭をガシガシと撫でてくる。
 何か言われたわけではないのだが、含みのあるバルトさんの笑顔が、おかしな勘違いをしてそうに見えて不安になった。
 これ以上イモールさんともめたくはないのだけれど、大丈夫だろうか?
 乱暴に撫でられたせいで乱れてしまった髪を手で直す私を、イモールさんがじとっとした視線で見ているのに気付き……ますます不安になるのだった。

「もう、みんな揃っているみたいだな」

 バルトさんは店から漏れてくる声を聞き、そう言って〝まんぷく亭〟のドアを開けて押さえると、店に入るように促してくる。 
 大して広くない入り口だったので、イモールさんに先を譲ろうと端に寄ると、背後にいたバルトさんにぶつかり、支えられるような格好になってしまった。
 慌ててお礼を言うと、仰ぎ見たバルトさんが意味ありげに口の端を上げるのを見て気付く。
 この世界に〝レディーファースト〟のようなマナーがあるかはわからないが、偶然にもバルトさんと2人で、イモールさんをエスコートする形になっていたようだ。
 見た目が子供なこともあり、ちぐはぐな感じでちょっと照れくさかったけれど、としては正解だったはず。

 ただ、こうして先に店に入ることになったイモールさんが、不機嫌そうだったのが気になった。
 口を尖らせて恨みがましい視線を向けられると、間違ったかもしれないと思えてくる。
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