祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲

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5日目

〝まんぷく亭〟⑪

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「これはなんだ? ……おかしな形だな」

 椅子に座るなりテーブルの上を一瞥いちべつしたクレエンさんは、餃子に目を留めて片眉を上げた。
 けれど、ひょいっと摘まんだ焼き餃子は躊躇ためらうことなく口の中へ入れられる。
 潔い良い食べっぷりにポカンとするも、そのまま咀嚼そしゃくするクレエンさんの目が驚いたように見開かれ、口角が上がると同時に細められるのを見て、思わずほくそ笑む。
 ラッシャイさんも似たような笑みを浮かべていた。

 皆で作った餃子を食べたクレエンさんの反応が、期待通りで嬉しくなる。

 ラッシャイさんは私と目が合うとニヤリと笑い、いそいそと厨房へ向かった。
 クレエンさんのために料理を作りに行ったのだろう。
 味見と称して結構な量を平らげていた私のお腹は、もう満腹で食べられそうになかったのだが、手伝いは断られてしまったので、おとなしく近くの椅子に座ることにする。
 先ほどから繰り広げられているバルトさんたちの仲の良い(?)やり取りを、離れたところから眺めるのも楽しそうだ。
 

「おい、なに勝手に食ってんだよ。クレエンの分はねえぞ」

 続けて焼き餃子に手を伸ばすクレエンさんを阻止するように、バルトさんが口を挟む。

「いや、そりゃないだろ? こんな美味うま料理もんをお前らだけで食おうっていうのかよ。金ならちゃんと払うからさ、けち臭いこと言うなよな。店主、酒と一緒に料理の追加も頼むわ」

「また勝手にっ! まあ、ユーチの料理が美味うまいのは確かなんだが、クレエンに食わせるのはな……」

「は? どういうことだよ?」

 大きな声で厨房にいるラッシャイさんに酒と料理を注文したクレエンさんは、バルトさんが何を言いたいのかわからず疑問を口にした。

「今クレエンがった焼き餃子は、ユーチと一緒に俺たちが作った試作品だぞ。後からのこのこ来て何もしてないクレエンが食べるのはおかしいだろ? それに、ここにある料理はユーチが教えたユーチのメニューだからな。ユーチを邪魔者扱いする奴に食べる資格があると思うか?」

「おいおい、なんの話だ? ユーチって、そこのチビのことだろ? 俺がいつそいつを邪魔者扱いしたんだよ。気に入らなかったのはバルト、お前の腑抜ふぬけた態度にだからな。身寄りのないチビのことなんかいちいち気にしてねえぞ俺は! で、そいつがこの料理を教えただと? そんなウソ信じるかよ。そんなわけないだろ? は……なに? なんだよみんなしてマジな顔しやがって……まさかウソじゃねえってのか……?」 

 急に声のボリュームを落としたクレエンさんが困惑した顔を私に向けてくる。
 バルトさんの言ったことは嘘ではないけれど、食べる資格がないとかってことはないからね。気にせず食べてもらいたい。
 そう思って笑顔を返すも、さらに戸惑わせてしまったようだ。
「マジかよ」と驚愕きょうがくの表情で私と料理に視線を彷徨さまよわせている。

「作り方は教えたけれど、実際に料理を完成させたのはラッシャイさんですよ。僕は簡単なことしかできないですから、それほど驚かなくても……」

「いや、それはない。驚くだろ普通。小さなガキが珍しい料理を知っていて人に教えるだなんてな。お前、マジで凄いわ。あ……てことは、やっぱりバルトの子供じゃねえじゃねえか。ユーチは料理人の子供だったんだろ?」

「え?」
「はあ?」

「何があったか聞かねえが、生きてりゃいろいろあるわな。だが親からもらったもんは大事にしねえと」

 うんうんと頷き、一人で納得している様子のクレエンさんに今度はこちらが困惑する。

 バルトさんは驚いているというより、呆れているのかな?

 さっきまでクレエンさんが料理に手を出すのを邪魔していたのに、好きなように食べさせている。

「おっ、これも美味うまいな。こっちのはなんだ? んんっ! これもなかなか……」

 残念ながら〝コッコ鳥の唐揚げ〟は残っていないけれど、二種類の餃子はまだあるし、野菜の天ぷらにポポトを使った料理もある。
 ラッシャイさんが追加してくれれば、バルトさんのようにたくさん食べる人でも満足してもらえるだろう。

 あ、数切れだけどブタン肉のカツも残っている。気付くかな? 

 カジドワさんとガン爺はお酒の進みが早いが、料理も一定の速度で食べ続けている。クレエンさんの口に入るかどうか。

「おい、ユーチ。なんでお前が隅の方にいるんだ? 今日の主役はユーチだって言うじゃねえか、遠慮してねえでこっちに来て食えって」

 目つきが鋭いうえに歯に衣着きぬきせぬ物言いのせいで、なんとなく近寄りがたく思っていたクレエンさんからお呼びがかかった。

 ――それで用意されたのが、クレエンさんとバルトさんの間という微妙な席。

 大きな身体に挟まれて、ますます自分が小さくなったように感じて落ち着かない。
 おまけに、まだそれほど飲んでないはずのクレエンさんが、どこかの酔っ払いのような絡み方をしてくるから、さらに居心地が悪くなっている。
 ちなみにイモールさんは、抜かりなく私とは反対側のバルトさんの隣に陣取っていた。

「――いくら知識があっても、身体ができてねえと一人前の料理人にはなれねえからな。ここの店主を見てみろよ、あれはかなり鍛えているぞ。かみさんだって立派ななりをしてるじゃねえか。やっぱ、あれくらい肉付きが良くねえと貫禄がでねえわな。ユーチは成人までまだ5年あるから、まあ頑張りゃそれっぽくなれるだろ?」

 なぜか、クレエンさんの中で私は『親の意思を継いで立派な料理人になるという夢を持つ子供』だと思われてしまったらしい。
 幼い頃から厳しく料理を教え込まれたのだろうと、苦労を労われている。
 ときおり聞かれたら怒られそうな失礼な言葉が飛び出しひやひやしつつ、あやふやな態度でごまかしていた。
 はっきり否定して自分の身に起きたことを説明するわけにもいかないので仕方がない。

 祐一郎のときには縁がなかった料理の道も、確かに10歳という年齢なら不可能というわけでもないのかもしれない。そう思うと不思議な気持ちになる。
 これまでの経験が、この世界で意味のあるものにできば嬉しいけれど……

 何をしたいか――もう少し考えてから決めたい。

 どんな職業につくにしても、身体を鍛えるのに異論はないから頑張るつもりでいるけどね。
 
「あ、そうだ! ねえ、ユーチ君。私と一緒にギルドの食堂で働くのはどうかな? 料理人になるにしても下働きを経験するのは悪いことじゃないはずよ。今はまだ体力がなくて不安かもしれないけど、ユーチ君には便利な魔法があるんだから、頼めばきっと雇ってもらえるわ」

「え?」
 
 突然イモールさんから仕事を紹介されてしまった。
 どうやらイモールさんも私が料理人を目指していると思い込んでいるようで、「おっ、それ良いな。俺も協力してやるぞ」と、乗り気なクレエンさんと一緒に就職先を決められそうになり、慌てることに。
 今はまだその気はないことを伝え、どうにか諦めてもらったのだが、今度はイモールさんが漏らした私の魔法について詳しく聞かれ、バルトさんと苦笑しつつ適当に誤魔化すことになったのだった。
 
 

 
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