鳴かぬ蛍が身を焦がす

らすぽてと

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第3話

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 気にし過ぎるのは良くないなんて、俺も頭では理解しているつもりだ。
 だけど実際、気にしないでいることは難しい。いっそ不可能じゃないかとさえ思う時がある。
 レンタルショップに向かう道すがら、俺は大きな溜め息を吐いてしまった。ついさっきまで何を借りるか考えていたのに、なんの脈絡もなく、勅使河原さんから言われたことを思い出したから。
 勅使河原さんは男でも惚れそうになるくらい素敵な人だけど、唯一の欠点は不可思議な言動が多いということだ。
 なるべく理解したいのに、どう考えてもさっぱりわからない時がある。店長が言うには「あいつは思考の動線がおかしいから仕方ない」らしい。
 そして目下、俺の脳内でリフレインしているのは昨日の閉店後の清掃中に突然飛び出したこの一言。
「志村くんって昼間はファンシーショップにいそうだよね」
 その発言の意図は全くわからなかったけど、味方だと思っていた店長にまで「なんかわかるわ」と言われ、俺はもちろん「行ったことないです」と否定した。シンプルかつ、いつになく強めに。
 そもそも俺の中ではファンシーショップの定義さえ曖昧だった。思わず検索サイトで調べてみたくらいだし、振り返ってみればその単語が会話に出てきたことすら人生初だった。
 だけど、全く無縁だった言葉が今ではもう忘れようがないレベルにまで達している。
 しかもこのタイミングで、昨日までは気にも留めていなかったその類いの店を発見したものだから、思わず立ち止まってしまった。
 見渡した店内は絶望的なまでに男っ気がなく、俺はその光景を目の当たりにしてようやく「ファンシーショップにいそう」と言われた意味を考えるのをやめることができた。
「志村くん?」
 その時、不意に背後から呼び掛けられて、姿を見なくてもその声の主はさっきまで俺の思考の大半を占めていた人だとわかった。なんともありがたくない偶然だ。
 できることなら聞こえなかったことにしたかった。でも、それを実行するほどの勇気はないから観念して振り返る。
「どっ、どうも」
「奇遇だね」
 挙動不審気味な俺にも勅使河原さんはにこにこと笑い掛けてくれる。直前に何かいい事でもあったんだろうかと思うくらいの笑顔だ。
 なんとなく目を合わせられなくて視線を落とした俺は、勅使河原さんが右手に提げている大きな買い物袋の存在に気付いた。
 長々と引き止めて手が痛くなってしまったら申し訳ない。だけどこの状況だから何か言い訳したい。なのに何も浮かんでこない。
「プレゼントでも買うの?」
 迷っているうちに無邪気な疑問を投げ掛けられてしまった。
「いや、あのー、そういうわけじゃなくて」
 まさか「ファンシーショップを確認してました」とは言えず、反射的にそんな風に答えたけども、よく考えたら肯定してもいいところだったかもしれない。
「自分用?」
「違います断じて」
 そういう趣味だと思われるのが一番嫌だから二つ目の質問にはきっぱりと答えた。
「あ、わかった!」
 そこで勅使河原さんが何かひらめいた様子で声を上げたからドキッとした。別に何があるというわけじゃないのに、昨日のことを引きずっていると知られるのは現段階で二番目に嫌なことにランクインしている。
「あれでしょ?」
 だけど幸か不幸か、勅使河原さんが指差したのはキティちゃんが目印のポップコーンの自動販売機だった。
 概してこういうものなんだ。こっちが気にしていることを相手が覚えていないなんてよくある話。
 勅使河原さんが昨日の記憶を忘れ去っていると悟って冷静になれたせいか、俺は極めて無難な言い訳を思い付いた。
「知り合いっぽい子がいる気がしたんですけど全然別人でした」
「あー、なるへそ」
 淀みなく言い切るとそれ以上追究されることもなく、一安心した俺はとりあえず最初から目に付いていた袋の中身を当てにいくことにした。
「ところでそれ、お米ですよね」
「よくわかったね」
 今更ながら、五キロだか十キロだかの荷物を持った状態でよく俺に話し掛ける気になったものだと思う。それ以前にこんな街中で気付いてくれたこと自体が奇跡じゃないか。そう考えたら少し元気になれた。
 とはいえ、俺ってゲイなんじゃないかと思いそうになるくらい好きな人から暗に男らしくないと言われたという事実が脳裏を掠めてなんだか惨めな気分になる。我ながら情緒不安定だ。
 無駄なことだとわかってはいるけど、どうにか男らしさをアピールできないものかと画策してみる。
「重さ当てていいですか」
「クイズ好きなんだね」
 トンチンカンな理由を付けて勅使河原さんから袋を受け取ることに成功した俺はそのまま何食わぬ顔で勅使河原さんの家の方向へ歩き出した。
「え? 米泥棒?」
「そんなつもりないです」
 あらぬ疑いを掛けられて笑いながら否認すると、バーカウンターの外では比較的鈍感な勅使河原さんもさすがに察してくれたらしい。
「そういう気遣いはか弱い乙女にやってあげるもんじゃないの?」
「男女差別良くないですよ」
 頑なに袋を持ったまま歩き続けていたら、勅使河原さんはそれ以上何も言わなくなる。無言の時間が長く感じて不安になってきた頃、ぽつりとこう言われた。
「そういうの、好きだよ」
 この人は俺をドギマギさせるプロに違いない。一瞬で心拍数が上がってしまった。
「好き、ですか」
 都合のいい聞き間違いじゃないか確認すると、勅使河原さんは笑顔で答えてくれる。
「うん。ちょっと頑固なとことかね。けど、持ってもらうのも悪いから」
 勅使河原さんはそう言いながら、袋を持っている俺の手を持つという行動に出た。思いがけない譲歩案に驚いていると、何も言わずにしたり顔で笑われた。
「そう来ましたかぁ」
 嬉しいような悔しいような恥ずかしいような状況で感情が渋滞を起こしつつある。だけど俺にはこの手を振りほどくことなんてできないし、勅使河原さんも離すつもりはなさそうだ。
「このまま志村くんごとお持ち帰りしちゃおうかと思って」
 もちろん全部ただの冗談に決まっている。今の言葉だって、触れ合っている手だって。それでも時々、ちょっと本気なんじゃないかと信じたくなるんだからどうしようもない。
「そっちがその気なら上がり込んじゃいましょうかね」
 きっと今日で関係性が変わる可能性なんて皆無だろうけど、当面は性懲りもなく冗談に便乗しておくことにした。
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