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第2話
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歓送迎会の当日、俺の中ではマイナス思考とプラス思考がせめぎ合っていた。
俺は鈴木さんが苦手だし、鈴木さんだって俺を嫌っているということは火を見るよりも明らかだ。俺なんていない方がいいんじゃないかと思う。
だけど「楽しみにしてるね」と言ってくれた勅使河原さんのことを思い出して、仲良くなれるチャンスだと考えると前向きな気持ちになる。
蓋を開けてみれば、幸い俺の席は勅使河原さんの隣だったけど、鈴木さんがいると萎縮してしまって全く会話に入っていけなかった。
勅使河原さんや店長が話を振ってくれても上手く返せず、妙な緊張で喉が渇いて一杯目のビールがどんどん減っていく。
せめて料理を取り分けるくらいはしたかったのに勅使河原さんが「本日の主役なんだから気を遣わないで」と言って全部やってくれた。
「一番下っ端なのにすみません」
「入ったの二ヶ月しか変わらないからほぼ同期だよ」
「えっ、そうなんですか」
何もできていないことを謝ったら、勅使河原さんから驚きの事実を知らされた。俺が入店した時には既に何年も勤めていそうな雰囲気だったからとても信じられなかった。
「だから俺のことは雑に扱ってくれていいからね」
「いや、勅使河原さんには足を向けて寝られないんで」
「引っぱたいてくれたっていいよ」
「無茶言わないでください」
勅使河原さんは時々店長からのツッコミでビンタをされても笑顔でいるけど、さすがに俺にはそんな真似はできない。
「次、何飲む?」
俺のジョッキが空に近いことに気付いた勅使河原さんは少しこちらに近付いてきてメニューを見せてくれた。慣れない距離感でそわそわしてしまう。
とりあえずまたビールにしようかと思ったけど、ふと勅使河原さんがカルーアミルクを頼んでいたことを思い出した。
「カルーアミルクってどんな味なんですか」
「味見してみる? 間接キスが嫌じゃなかったら」
飲んだことがなかったから尋ねてみると、勅使河原さんは笑顔でグラスを渡してくれた。
回し飲みなんて今までの人生で何回もやってきたのに、間接キスと言われると気が引けて、一応勅使河原さんが飲んでいなさそうな方向から口を付ける。
「カフェオレみたいですね」
「カルーアはコーヒーリキュールだからね」
「あの、初歩的なこと聞きたいんですけど、そもそもリキュールってなんですか」
俺はバーで働いているわりには知識がなさ過ぎるから、この機会に気になっていたことを聞いてみた。
「テシ、ガッツリ話したら志村くんうんざりしちゃうと思うからザックリ話してあげて」
そこで鈴木さんと話していたはずの店長からそんな一言が飛んできたから驚いた。もしかしたら聖徳太子はこんな感じだったのかもしれない。
「ガッツリとザックリどっちがいい?」
「えっと……ガッツリでお願いします」
「じゃあ、まずはスピリッツの話からにするね」
せっかくだから詳しく聞きたくて前者を選んだら、勅使河原さんは勉強が苦手な俺でも飲み込めるくらいわかりやすく説明してくれて楽しかった。
お酒の話をしている時の勅使河原さんは本当に生き生きとしていて素敵だと思う。きっとバーテンダーは勅使河原さんにとっての天職なんだろう。
翌日、目を覚ましたら隣に勅使河原さんが寝ていたから驚き過ぎて声も出なかった。思わず飛び起きたせいで勅使河原さんを起こしてしまった。
「おはよう」
「すみませんでした」
寝起きでもいつも通りの笑顔で挨拶してくれた勅使河原さんに対して、俺の口からいの一番に出たのは挨拶よりも謝罪の言葉だった。
「謝ることないよ。よく寝れた?」
「爆睡させていただきました」
酔っ払って記憶を失くすなんて映画や漫画ではよくある話だけど、まさか自分がやってしまうとは思っていなかった。
「あの、なんにも覚えてないんですけど……俺、なんか変なことしませんでした?」
恐る恐るそう切り出すと、勅使河原さんは昨夜の俺の様子を教えてくれる。
「変なことはしてなかったけど、泣きながら『いつもありがとうございます』ってずっとお礼言ってくれてたよ」
「うわぁ……」
それを聞いた瞬間、俺は今まで知らなかった自分の酒癖にドン引きした。隣でひたすら管を巻いていたのかと思うと消えてしまいたくなる。
「ご迷惑お掛けしてすみませんでした」
「俺の方こそ飲み過ぎてるのに気付いてあげられなくてごめんね」
「いや、勅使河原さんは一ミリも悪くないです」
もう一度謝ると逆に謝り返されてしまったから全力で首を横に振った。
「そういえば、志村くんってずっと東烏沢に住んでるんだっけ」
「えっと、高校出た時からなんで……四年くらいになりますね」
「そうなんだ」
質問を受けていつからこの街に住んでいるか思い返して、高校卒業からもうそんなに経っているのかとゾッとした。
「俺、最近引っ越してきたばっかりでまだそんなにお店知らないから教えてくれない?」
「任せてください」
勅使河原さんから頼られることなんてそうないから嬉しくて意気揚々と答えたものの、俺が普段行っているようなクオリティの店を紹介していいものか迷う。
「めちゃくちゃ美味いラーメン屋があるんですけど、めちゃくちゃ汚いんですよね」
「何それ行ってみたい。なんだったら今から行かない?」
「行きましょう」
ダメ元で聞いてみたら勅使河原さんは好意的に受け入れてくれたから、俺がよく行く年季の入ったラーメン屋に案内した。
「ここのチャーハン、チャーシューが謎に赤いからその色が全体に移ってて真っピンクなんですよ。でも味は保証します」
「えー、気になるからラーチャンセットにしようかな」
「餃子や唐揚げも美味いですよ」
「悩むところだね」
勅使河原さんはメニューの写真を見て真剣に悩んでいる。わりと優柔不断なのかもしれない。
「どっちも頼んで一緒に食べます?」
「志村くんってそんなに食べれるの?」
「余裕です」
両方注文することを提案したら驚かれたから、俺は不思議に思いながらそう答えた。
「昨日はあんまり食べてなかったから少食なのかと思ってたよ」
飲み会では緊張していたせいで食欲がなかったからそんな風に思われていたらしい。
「なんか緊張してお酒ばっか飲んじゃってご迷惑お掛けしました」
「ううん。そのお陰でここに連れてきてもらえたから結果オーライだよ」
「そう言ってもらえたら助かります」
勅使河原さんはつくづく優しいと思う。酔い潰れたから今日一緒に過ごせていると考えると昨日の自分のことも許せそうだ。
結局何を頼むか決めるのは難航したけど、最終的にはラーチャンセット二つと餃子と唐揚げとカニ玉を注文した。
「それにしても、志村くん全然顔に出ないからどこから酔ってたかわかんなかったよ」
「記憶あやふやですけど、スピリタスは七十回以上蒸留するって話辺りまでは覚えてます」
「志村くんさえよければ何回でも話すよ」
「是非お願いします」
昨日の話の続きを興味深く聞いているうちに、あっという間に料理が運ばれてきた。
「わー、ホントに真っピンクだね。いただきます」
「いただきます」
昨日は横並びだったけど、今日は向かい合わせだから美味しそうに食べている表情がよく見えて癒される。
「全部美味しいね」
「お口に合ったならよかったです」
「餃子食べちゃったから今日はキスできないね」
急にそんな冗談を言われると妙にうろたえてしまって、一瞬、もしかして俺はゲイなんじゃないかと自分を疑いそうになった。どう返事したらいいかわからない。
「引いてる?」
変な間ができたせいで不安気な顔をさせてしまって申し訳なくなる。
「乗るかスカすか迷ってました」
「あはは、どっちの志村くんも見てみたいな」
店長だったらこういう時は冷たくあしらうに違いないけど、俺はそんな柄じゃないから乗っかる方がいいのかもしれない。
「次はちゃんと返せるように頑張ります」
「頑張るようなことじゃないと思うよ」
反省を踏まえて決意表明をしたらくすくす笑われた。できることなら、これからは笑わせられるようになりたいと思った。
俺は鈴木さんが苦手だし、鈴木さんだって俺を嫌っているということは火を見るよりも明らかだ。俺なんていない方がいいんじゃないかと思う。
だけど「楽しみにしてるね」と言ってくれた勅使河原さんのことを思い出して、仲良くなれるチャンスだと考えると前向きな気持ちになる。
蓋を開けてみれば、幸い俺の席は勅使河原さんの隣だったけど、鈴木さんがいると萎縮してしまって全く会話に入っていけなかった。
勅使河原さんや店長が話を振ってくれても上手く返せず、妙な緊張で喉が渇いて一杯目のビールがどんどん減っていく。
せめて料理を取り分けるくらいはしたかったのに勅使河原さんが「本日の主役なんだから気を遣わないで」と言って全部やってくれた。
「一番下っ端なのにすみません」
「入ったの二ヶ月しか変わらないからほぼ同期だよ」
「えっ、そうなんですか」
何もできていないことを謝ったら、勅使河原さんから驚きの事実を知らされた。俺が入店した時には既に何年も勤めていそうな雰囲気だったからとても信じられなかった。
「だから俺のことは雑に扱ってくれていいからね」
「いや、勅使河原さんには足を向けて寝られないんで」
「引っぱたいてくれたっていいよ」
「無茶言わないでください」
勅使河原さんは時々店長からのツッコミでビンタをされても笑顔でいるけど、さすがに俺にはそんな真似はできない。
「次、何飲む?」
俺のジョッキが空に近いことに気付いた勅使河原さんは少しこちらに近付いてきてメニューを見せてくれた。慣れない距離感でそわそわしてしまう。
とりあえずまたビールにしようかと思ったけど、ふと勅使河原さんがカルーアミルクを頼んでいたことを思い出した。
「カルーアミルクってどんな味なんですか」
「味見してみる? 間接キスが嫌じゃなかったら」
飲んだことがなかったから尋ねてみると、勅使河原さんは笑顔でグラスを渡してくれた。
回し飲みなんて今までの人生で何回もやってきたのに、間接キスと言われると気が引けて、一応勅使河原さんが飲んでいなさそうな方向から口を付ける。
「カフェオレみたいですね」
「カルーアはコーヒーリキュールだからね」
「あの、初歩的なこと聞きたいんですけど、そもそもリキュールってなんですか」
俺はバーで働いているわりには知識がなさ過ぎるから、この機会に気になっていたことを聞いてみた。
「テシ、ガッツリ話したら志村くんうんざりしちゃうと思うからザックリ話してあげて」
そこで鈴木さんと話していたはずの店長からそんな一言が飛んできたから驚いた。もしかしたら聖徳太子はこんな感じだったのかもしれない。
「ガッツリとザックリどっちがいい?」
「えっと……ガッツリでお願いします」
「じゃあ、まずはスピリッツの話からにするね」
せっかくだから詳しく聞きたくて前者を選んだら、勅使河原さんは勉強が苦手な俺でも飲み込めるくらいわかりやすく説明してくれて楽しかった。
お酒の話をしている時の勅使河原さんは本当に生き生きとしていて素敵だと思う。きっとバーテンダーは勅使河原さんにとっての天職なんだろう。
翌日、目を覚ましたら隣に勅使河原さんが寝ていたから驚き過ぎて声も出なかった。思わず飛び起きたせいで勅使河原さんを起こしてしまった。
「おはよう」
「すみませんでした」
寝起きでもいつも通りの笑顔で挨拶してくれた勅使河原さんに対して、俺の口からいの一番に出たのは挨拶よりも謝罪の言葉だった。
「謝ることないよ。よく寝れた?」
「爆睡させていただきました」
酔っ払って記憶を失くすなんて映画や漫画ではよくある話だけど、まさか自分がやってしまうとは思っていなかった。
「あの、なんにも覚えてないんですけど……俺、なんか変なことしませんでした?」
恐る恐るそう切り出すと、勅使河原さんは昨夜の俺の様子を教えてくれる。
「変なことはしてなかったけど、泣きながら『いつもありがとうございます』ってずっとお礼言ってくれてたよ」
「うわぁ……」
それを聞いた瞬間、俺は今まで知らなかった自分の酒癖にドン引きした。隣でひたすら管を巻いていたのかと思うと消えてしまいたくなる。
「ご迷惑お掛けしてすみませんでした」
「俺の方こそ飲み過ぎてるのに気付いてあげられなくてごめんね」
「いや、勅使河原さんは一ミリも悪くないです」
もう一度謝ると逆に謝り返されてしまったから全力で首を横に振った。
「そういえば、志村くんってずっと東烏沢に住んでるんだっけ」
「えっと、高校出た時からなんで……四年くらいになりますね」
「そうなんだ」
質問を受けていつからこの街に住んでいるか思い返して、高校卒業からもうそんなに経っているのかとゾッとした。
「俺、最近引っ越してきたばっかりでまだそんなにお店知らないから教えてくれない?」
「任せてください」
勅使河原さんから頼られることなんてそうないから嬉しくて意気揚々と答えたものの、俺が普段行っているようなクオリティの店を紹介していいものか迷う。
「めちゃくちゃ美味いラーメン屋があるんですけど、めちゃくちゃ汚いんですよね」
「何それ行ってみたい。なんだったら今から行かない?」
「行きましょう」
ダメ元で聞いてみたら勅使河原さんは好意的に受け入れてくれたから、俺がよく行く年季の入ったラーメン屋に案内した。
「ここのチャーハン、チャーシューが謎に赤いからその色が全体に移ってて真っピンクなんですよ。でも味は保証します」
「えー、気になるからラーチャンセットにしようかな」
「餃子や唐揚げも美味いですよ」
「悩むところだね」
勅使河原さんはメニューの写真を見て真剣に悩んでいる。わりと優柔不断なのかもしれない。
「どっちも頼んで一緒に食べます?」
「志村くんってそんなに食べれるの?」
「余裕です」
両方注文することを提案したら驚かれたから、俺は不思議に思いながらそう答えた。
「昨日はあんまり食べてなかったから少食なのかと思ってたよ」
飲み会では緊張していたせいで食欲がなかったからそんな風に思われていたらしい。
「なんか緊張してお酒ばっか飲んじゃってご迷惑お掛けしました」
「ううん。そのお陰でここに連れてきてもらえたから結果オーライだよ」
「そう言ってもらえたら助かります」
勅使河原さんはつくづく優しいと思う。酔い潰れたから今日一緒に過ごせていると考えると昨日の自分のことも許せそうだ。
結局何を頼むか決めるのは難航したけど、最終的にはラーチャンセット二つと餃子と唐揚げとカニ玉を注文した。
「それにしても、志村くん全然顔に出ないからどこから酔ってたかわかんなかったよ」
「記憶あやふやですけど、スピリタスは七十回以上蒸留するって話辺りまでは覚えてます」
「志村くんさえよければ何回でも話すよ」
「是非お願いします」
昨日の話の続きを興味深く聞いているうちに、あっという間に料理が運ばれてきた。
「わー、ホントに真っピンクだね。いただきます」
「いただきます」
昨日は横並びだったけど、今日は向かい合わせだから美味しそうに食べている表情がよく見えて癒される。
「全部美味しいね」
「お口に合ったならよかったです」
「餃子食べちゃったから今日はキスできないね」
急にそんな冗談を言われると妙にうろたえてしまって、一瞬、もしかして俺はゲイなんじゃないかと自分を疑いそうになった。どう返事したらいいかわからない。
「引いてる?」
変な間ができたせいで不安気な顔をさせてしまって申し訳なくなる。
「乗るかスカすか迷ってました」
「あはは、どっちの志村くんも見てみたいな」
店長だったらこういう時は冷たくあしらうに違いないけど、俺はそんな柄じゃないから乗っかる方がいいのかもしれない。
「次はちゃんと返せるように頑張ります」
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