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第5話
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「テシくんって彼女いるの?」
グラスを洗っていたらお客さんのそんな言葉が聞こえてきて、俺は思わず耳をそば立てた。
「いないですよ」
これまではそんなに気にしていなかったけど、恋していることを自覚した今ではその情報が心の底から嬉しく思える。
「モテそうなのにね。なんか変な性癖でもあるの?」
「それは言えないですね」
「あんのかよ」
その質問を受けて否定しない勅使河原さんに店長は少し引いた様子でツッコんだ。
勅使河原さんは本当にモテる人だし、女性からアプローチされているのは何度も見てきた。というか、昨日も見たばかりだ。
店の方針としてお客さんとは連絡先を交換しないことになっているらしいからそこに関しては安心できるけど、きっとプライベートでも引く手数多に違いない。
もしも勅使河原さんに彼女ができたらと考えただけで落ち込むし、まだいもしない彼女にすら嫉妬しそうになる。
「すげぇ暗い顔してるけど大丈夫?」
考え込んでいたら店長から声を掛けられて我に返った。
「大丈夫です」
「キリいいところで休憩してきなよ」
「すみません。ありがとうございます」
完全に仕事に集中できていなかったことを反省しつつ、グラスを洗い終えて休憩に入らせてもらった。
気持ちを切り替えたいのに全然上手くいかなくて、晩飯を食べている最中もずっと勅使河原さんのことを考えてしまっていた。
そばにいられるだけで満足と言えるほど無欲ではないけど、告白する勇気はない。それに、告白できたところで上手くいくイメージが全く湧かない。
同性から好意を向けられるなんて嫌かもしれないし、この気持ちは隠しておくべきじゃないかとも思う。
だけどこのまま伝えずにいるのは耐えられる気がしないから、やっぱりいつかは腹を括って告白するべきなんだろうか。
思考が堂々巡りになっていたところで、扉をノックする音が響いてきた。「はい」と返事をすると、勅使河原さんがひょこっと顔を覗かせた。
「お客様はけちゃったから一緒に休憩してもいい?」
「もちろんです」
今日は大雨で客足が遠のいているらしい。いつも交代で休憩しているから休憩時間を一緒に過ごすのは初めてだった。
「あんまり頼りにならないかもしれないけど、俺でよかったらいつでも相談してね」
さっきの俺の落ち込み振りがよっぽど酷かったせいか、勅使河原さんも心配してくれているようで、そう言いながらチョコレートを渡してくれた。
「ありがとうございます」
気持ちは嬉しかったけど、残念ながら一番相談できない相手が勅使河原さんだからお礼を言うことしかできない。
「元気出る動画見る?」
「見たいです」
勅使河原さんはスマホをこちらに差し出して、アライグマがキャットフードを盗んで二足歩行で逃げていく動画を見せてくれた。動画そのものよりも勅使河原さんはこれで元気が出るのかということで笑ってしまった。
「元気出た?」
「勅使河原さんと話すと元気出ます」
アライグマで元気になったとは思われたくなくてそう答えたら勅使河原さんも笑ってくれた。
「志村くんが元気になってくれるならいくらでも話すよ」
「よろしくお願いします」
休憩時間いっぱいまで勅使河原さんが話してくれたお陰で、こんな風に一緒に過ごせるだけでも幸せだから当面は現状維持でもいいかと思えた。
「休憩いただきました」
「おかえり」
「何かやることありますか」
休憩から戻ってもまだ店内にお客さんはいなくて、手持ち無沙汰になってしまった俺は店長に指示を仰いだ。
「いつも一生懸命働いてくれてるし、たまには給料泥棒してくれていいよ」
「いや、まだグラスを割りまくった罪を償ってる最中なんで」
「二ヶ月も前のことまだ気にしてんの?」
店長の優しい言葉に恐縮していたら珍しく笑われた。店長の笑顔を見れるなんて滅多にないから明日は槍が降るかもしれない。
「今、夏彦さん笑ってませんでした?」
そのタイミングでスタッフルームから戻って来た勅使河原さんは興味津々で店長に声を掛ける。
「志村くんが面白かったからさ」
「何話してたんですか」
「テシの悪口」
「しれっと大嘘つかないでくださいよ」
しばらく三人で喋っていたら、ようやくお客さんがやって来た。
「いらっしゃいませ」
「こんばんはー」
その人は原宿辺りにいそうな個性的な出立ちで、髪色はピンクと黄緑だったから桜餅みたいだなと思った。
「どしたの?」
店長がタメ口で話しているということはどうやら常連さんらしい。
「ちょっと話聞いてほしくて」
その時、不意に俺と目が合ったその人は「えっ」と声を上げた。
「ちょっと待って、健太郎じゃない!?」
急に下の名前を呼ばれたから知り合いなんだろうけど、全くピンと来なかった。その人は眼鏡を外して自分の顔を指差す。
「僕、加藤時生! 覚えてない?」
「あーっ」
その名前を聞いて小学校時代の同級生だとわかった。俺が中高一貫校に進学してからは疎遠になっていたからもう十年振りくらいになる。よくよく見れば当時の面影があった。
「変わり過ぎてて全然わかんなかったよ」
「健太郎はびっくりするくらい変わってないね」
「さすがに身長は伸びたわ」
昔は時生の方が俺より背が小さかったのに、知らない間に完全に追い抜かれてしまっていて少し悔しい。
「盛り上がってるとこ悪いけど、どういう関係?」
「幼馴染? で、夏彦とは従兄弟だよ」
「マジか」
店長からの質問に答えた後、時生はさらりと驚きの事実を告げた。従兄弟だと聞かされても時生が店長を呼び捨てにしているのはなんとなくヒヤヒヤする。
「そっちのお兄さんは初めましてですね」
時生が勅使河原さんに笑顔で話し掛けると、勅使河原さんも笑顔でそれに応えた。
「初めまして。勅使河原俊介と申します」
「俊介さんかぁ。全然タメ語でいいし、時生って呼んでください」
「オッケー」
ウィンクしながら目元でピースする時生に勅使河原さんも同じように返す。時生のコミュニケーション能力なら勅使河原さんとの親密さも余裕で追い抜かれそうで怖い。
「今日は何飲む?」
「コカボムある?」
「そんなパリピの酒ねぇよ」
時生に注文を聞いた店長はそう聞き返されて即答した。時生は小学校の頃から陽気だったけど、そのまま大人になったみたいだ。
時生と店長がああだこうだと言い合っているのを眺めていたら勅使河原さんから「ねぇ」と声を掛けられた。
「俺も健太郎くんって呼んでいい?」
時生に名前で呼ばれてもなんとも思わないのに、勅使河原さんに呼ばれると妙にドキッとする。
「いいですけど、なんか慣れなくて不思議な感じします」
「早く慣れてもらえるようにいっぱい呼ぶね、健太郎くん」
名前を呼びながら笑い掛けられた時は心臓を鷲掴みにされた気がした。
「そこ、何イチャイチャしてんの?」
「イチャイチャって」
時生が急にこちらを指差してきたから俺は思わずその言葉を復唱した。
「僕がお悩み相談するからちゃんと聞いてよね」
「わかったよ。相談って?」
「彼氏とケンカした」
「え?」
時生の口からいきなり思い掛けない単語が飛び出して、反射的に聞き返すと時生はあっけらかんとこう言った。
「あ、僕ゲイなんだ」
「すげぇさらっと言うんだな」
「言っといた方が楽だもん。ディスられたら百倍返しするだけだし」
「逞しいな」
俺は同性が好きだなんて隠さなきゃいけないと思っていたから、時生のあっさりとしたカミングアウトで目から鱗が落ちた。
「でさー、彼のお母さんが今度こっちに遊びに来るらしくて、会ってみたいなって言ったらリアクション悪過ぎたからムカついちゃったんだよね」
「なるほど」
「別に恋人だって紹介してくれって言ってるわけでもないのに酷くない?」
時生の言い分もわかるけど、その話だけだと彼氏にも何か事情があるんじゃないかと思う。
「友達だって嘘つくのが嫌なんじゃないの?」
「だったらそう言ってくれたらよくないですか」
勅使河原さんがそう尋ねても時生は腑に落ちないようだった。
「親がヤバいから会わせたくないって可能性もあるよな」
「そういうのも言ってくれたらいいじゃん」
俺も彼氏の肩を持ってしまったけど、時生はやっぱり不満気だった。
「まあ、会わせたくない理由がなんにしろ、それを話せない時点でそこまでの関係性ってことなんじゃない?」
「確かにそうかも」
一番辛辣な店長の意見に同調したところを見ると、時生はもうある程度見切りをつけているのかもしれない。
「とりあえず一回冷静に話し合いなよ。喧嘩腰で喋ったってロクなことないし」
「そうだね」
時生は店長の言葉に納得したみたいで、グラスの中身を一気に飲み干す。
「頭冷えたしもう一回話してみる! ごちそうさま!」
そう言いながらカウンターにお金を置いて、時生は嵐のように去っていった。かと思ったら、すぐ戻ってきた。
「えっと、連絡先教えてもらっていい?」
「うん」
さっきの勢いはどこへやら、恥ずかしそうにスマホを差し出してくる時生に笑いながら連絡先を交換した。
「俊介さんも教えてもらっても?」
「いいよ」
「わーい」
勅使河原さんにも連絡先を交換してもらった時生は手放しで喜んでいた。願わくばあまり仲良くならないでほしい。
「あ、ちょっと耳借りてもいいですか」
「どうぞ」
時生に何か耳打ちされた勅使河原さんは驚いた表情を浮かべたけれど、次の瞬間には笑顔になっていた。
「嬉しいな。ありがとう」
「えへへ。じゃあまた!」
「またねー」
勅使河原さんと笑い合った後、時生はブンブンと手を振って今度こそ帰っていった。
「なんか、うちの親戚が騒がしくてごめんね」
「いえいえ」
「素敵なご親戚ですね」
なぜか店長から謝られたから俺は首を横に振った。勅使河原さんもにこにこ笑っている。
「ちなみにさっきなんて言われたんですか」
「なんだろうね」
尋ねてみても勅使河原さんは微笑むばかりで教えてくれなくて、時生が一体何を言ったのか気になって仕方なかった。
グラスを洗っていたらお客さんのそんな言葉が聞こえてきて、俺は思わず耳をそば立てた。
「いないですよ」
これまではそんなに気にしていなかったけど、恋していることを自覚した今ではその情報が心の底から嬉しく思える。
「モテそうなのにね。なんか変な性癖でもあるの?」
「それは言えないですね」
「あんのかよ」
その質問を受けて否定しない勅使河原さんに店長は少し引いた様子でツッコんだ。
勅使河原さんは本当にモテる人だし、女性からアプローチされているのは何度も見てきた。というか、昨日も見たばかりだ。
店の方針としてお客さんとは連絡先を交換しないことになっているらしいからそこに関しては安心できるけど、きっとプライベートでも引く手数多に違いない。
もしも勅使河原さんに彼女ができたらと考えただけで落ち込むし、まだいもしない彼女にすら嫉妬しそうになる。
「すげぇ暗い顔してるけど大丈夫?」
考え込んでいたら店長から声を掛けられて我に返った。
「大丈夫です」
「キリいいところで休憩してきなよ」
「すみません。ありがとうございます」
完全に仕事に集中できていなかったことを反省しつつ、グラスを洗い終えて休憩に入らせてもらった。
気持ちを切り替えたいのに全然上手くいかなくて、晩飯を食べている最中もずっと勅使河原さんのことを考えてしまっていた。
そばにいられるだけで満足と言えるほど無欲ではないけど、告白する勇気はない。それに、告白できたところで上手くいくイメージが全く湧かない。
同性から好意を向けられるなんて嫌かもしれないし、この気持ちは隠しておくべきじゃないかとも思う。
だけどこのまま伝えずにいるのは耐えられる気がしないから、やっぱりいつかは腹を括って告白するべきなんだろうか。
思考が堂々巡りになっていたところで、扉をノックする音が響いてきた。「はい」と返事をすると、勅使河原さんがひょこっと顔を覗かせた。
「お客様はけちゃったから一緒に休憩してもいい?」
「もちろんです」
今日は大雨で客足が遠のいているらしい。いつも交代で休憩しているから休憩時間を一緒に過ごすのは初めてだった。
「あんまり頼りにならないかもしれないけど、俺でよかったらいつでも相談してね」
さっきの俺の落ち込み振りがよっぽど酷かったせいか、勅使河原さんも心配してくれているようで、そう言いながらチョコレートを渡してくれた。
「ありがとうございます」
気持ちは嬉しかったけど、残念ながら一番相談できない相手が勅使河原さんだからお礼を言うことしかできない。
「元気出る動画見る?」
「見たいです」
勅使河原さんはスマホをこちらに差し出して、アライグマがキャットフードを盗んで二足歩行で逃げていく動画を見せてくれた。動画そのものよりも勅使河原さんはこれで元気が出るのかということで笑ってしまった。
「元気出た?」
「勅使河原さんと話すと元気出ます」
アライグマで元気になったとは思われたくなくてそう答えたら勅使河原さんも笑ってくれた。
「志村くんが元気になってくれるならいくらでも話すよ」
「よろしくお願いします」
休憩時間いっぱいまで勅使河原さんが話してくれたお陰で、こんな風に一緒に過ごせるだけでも幸せだから当面は現状維持でもいいかと思えた。
「休憩いただきました」
「おかえり」
「何かやることありますか」
休憩から戻ってもまだ店内にお客さんはいなくて、手持ち無沙汰になってしまった俺は店長に指示を仰いだ。
「いつも一生懸命働いてくれてるし、たまには給料泥棒してくれていいよ」
「いや、まだグラスを割りまくった罪を償ってる最中なんで」
「二ヶ月も前のことまだ気にしてんの?」
店長の優しい言葉に恐縮していたら珍しく笑われた。店長の笑顔を見れるなんて滅多にないから明日は槍が降るかもしれない。
「今、夏彦さん笑ってませんでした?」
そのタイミングでスタッフルームから戻って来た勅使河原さんは興味津々で店長に声を掛ける。
「志村くんが面白かったからさ」
「何話してたんですか」
「テシの悪口」
「しれっと大嘘つかないでくださいよ」
しばらく三人で喋っていたら、ようやくお客さんがやって来た。
「いらっしゃいませ」
「こんばんはー」
その人は原宿辺りにいそうな個性的な出立ちで、髪色はピンクと黄緑だったから桜餅みたいだなと思った。
「どしたの?」
店長がタメ口で話しているということはどうやら常連さんらしい。
「ちょっと話聞いてほしくて」
その時、不意に俺と目が合ったその人は「えっ」と声を上げた。
「ちょっと待って、健太郎じゃない!?」
急に下の名前を呼ばれたから知り合いなんだろうけど、全くピンと来なかった。その人は眼鏡を外して自分の顔を指差す。
「僕、加藤時生! 覚えてない?」
「あーっ」
その名前を聞いて小学校時代の同級生だとわかった。俺が中高一貫校に進学してからは疎遠になっていたからもう十年振りくらいになる。よくよく見れば当時の面影があった。
「変わり過ぎてて全然わかんなかったよ」
「健太郎はびっくりするくらい変わってないね」
「さすがに身長は伸びたわ」
昔は時生の方が俺より背が小さかったのに、知らない間に完全に追い抜かれてしまっていて少し悔しい。
「盛り上がってるとこ悪いけど、どういう関係?」
「幼馴染? で、夏彦とは従兄弟だよ」
「マジか」
店長からの質問に答えた後、時生はさらりと驚きの事実を告げた。従兄弟だと聞かされても時生が店長を呼び捨てにしているのはなんとなくヒヤヒヤする。
「そっちのお兄さんは初めましてですね」
時生が勅使河原さんに笑顔で話し掛けると、勅使河原さんも笑顔でそれに応えた。
「初めまして。勅使河原俊介と申します」
「俊介さんかぁ。全然タメ語でいいし、時生って呼んでください」
「オッケー」
ウィンクしながら目元でピースする時生に勅使河原さんも同じように返す。時生のコミュニケーション能力なら勅使河原さんとの親密さも余裕で追い抜かれそうで怖い。
「今日は何飲む?」
「コカボムある?」
「そんなパリピの酒ねぇよ」
時生に注文を聞いた店長はそう聞き返されて即答した。時生は小学校の頃から陽気だったけど、そのまま大人になったみたいだ。
時生と店長がああだこうだと言い合っているのを眺めていたら勅使河原さんから「ねぇ」と声を掛けられた。
「俺も健太郎くんって呼んでいい?」
時生に名前で呼ばれてもなんとも思わないのに、勅使河原さんに呼ばれると妙にドキッとする。
「いいですけど、なんか慣れなくて不思議な感じします」
「早く慣れてもらえるようにいっぱい呼ぶね、健太郎くん」
名前を呼びながら笑い掛けられた時は心臓を鷲掴みにされた気がした。
「そこ、何イチャイチャしてんの?」
「イチャイチャって」
時生が急にこちらを指差してきたから俺は思わずその言葉を復唱した。
「僕がお悩み相談するからちゃんと聞いてよね」
「わかったよ。相談って?」
「彼氏とケンカした」
「え?」
時生の口からいきなり思い掛けない単語が飛び出して、反射的に聞き返すと時生はあっけらかんとこう言った。
「あ、僕ゲイなんだ」
「すげぇさらっと言うんだな」
「言っといた方が楽だもん。ディスられたら百倍返しするだけだし」
「逞しいな」
俺は同性が好きだなんて隠さなきゃいけないと思っていたから、時生のあっさりとしたカミングアウトで目から鱗が落ちた。
「でさー、彼のお母さんが今度こっちに遊びに来るらしくて、会ってみたいなって言ったらリアクション悪過ぎたからムカついちゃったんだよね」
「なるほど」
「別に恋人だって紹介してくれって言ってるわけでもないのに酷くない?」
時生の言い分もわかるけど、その話だけだと彼氏にも何か事情があるんじゃないかと思う。
「友達だって嘘つくのが嫌なんじゃないの?」
「だったらそう言ってくれたらよくないですか」
勅使河原さんがそう尋ねても時生は腑に落ちないようだった。
「親がヤバいから会わせたくないって可能性もあるよな」
「そういうのも言ってくれたらいいじゃん」
俺も彼氏の肩を持ってしまったけど、時生はやっぱり不満気だった。
「まあ、会わせたくない理由がなんにしろ、それを話せない時点でそこまでの関係性ってことなんじゃない?」
「確かにそうかも」
一番辛辣な店長の意見に同調したところを見ると、時生はもうある程度見切りをつけているのかもしれない。
「とりあえず一回冷静に話し合いなよ。喧嘩腰で喋ったってロクなことないし」
「そうだね」
時生は店長の言葉に納得したみたいで、グラスの中身を一気に飲み干す。
「頭冷えたしもう一回話してみる! ごちそうさま!」
そう言いながらカウンターにお金を置いて、時生は嵐のように去っていった。かと思ったら、すぐ戻ってきた。
「えっと、連絡先教えてもらっていい?」
「うん」
さっきの勢いはどこへやら、恥ずかしそうにスマホを差し出してくる時生に笑いながら連絡先を交換した。
「俊介さんも教えてもらっても?」
「いいよ」
「わーい」
勅使河原さんにも連絡先を交換してもらった時生は手放しで喜んでいた。願わくばあまり仲良くならないでほしい。
「あ、ちょっと耳借りてもいいですか」
「どうぞ」
時生に何か耳打ちされた勅使河原さんは驚いた表情を浮かべたけれど、次の瞬間には笑顔になっていた。
「嬉しいな。ありがとう」
「えへへ。じゃあまた!」
「またねー」
勅使河原さんと笑い合った後、時生はブンブンと手を振って今度こそ帰っていった。
「なんか、うちの親戚が騒がしくてごめんね」
「いえいえ」
「素敵なご親戚ですね」
なぜか店長から謝られたから俺は首を横に振った。勅使河原さんもにこにこ笑っている。
「ちなみにさっきなんて言われたんですか」
「なんだろうね」
尋ねてみても勅使河原さんは微笑むばかりで教えてくれなくて、時生が一体何を言ったのか気になって仕方なかった。
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