鳴かぬ蛍が身を焦がす

らすぽてと

文字の大きさ
6 / 21

第6話

しおりを挟む
 勅使河原さんと会えない日は寂しくて仕方ない。大体お互いのシフト休みの日と定休日が並んでいるから三日連続で会えない状態になっている。
 明日は勅使河原さんの家に行くことになっているけれど、今日は会えないのかと思うとまるでやる気が出なくて二度寝してしまった。
 昼下がりに目を覚ましたら時生からメッセージが届いていた。
『夏彦のお兄ちゃんの冬彦って会ったことある?』
 店長のお兄さんは隣町にある本店を一人で切り盛りしていると聞いたことがあるけど、面識はなかったから『ない』と返したらすぐに返信が来た。
『双子並みに似てるのに性格は全然似てなくて面白いから会いに行こうよ』
 店長そっくりなお兄さんというのはとても気になって、時生と一緒に冬彦さんの店に行ってみることにした。
 待ち合わせ場所の駅前に着いて連絡を入れようとしたところで、不意に肩を叩かれた。反射的に振り返ったら時生の人差し指で頬を突かれる形になってイラッとした。
「小学生かよ」
「なついでしょ」
 いたずらが成功した時生は満足気ににんまりと笑う。四日前は桜餅みたいだった髪の色はピンクと水色に変わっていた。
「またすげぇ色してんな」
「最近キキララちゃん推しなんだよね」
「誰それ」
「え? サンリオわかんない人?」
 新手のギャルタレントか何かかと思っていたら、時生はスマホケースを見せてくれた。俺でも見たことがあるキャラクターだった。
「こいつらキキララっていうのか」
「こんな可愛い子達のことこいつらって言わないでよ」
「ごめんごめん」
 俺がなんの気なしにこいつら呼ばわりすると時生が頬を膨らませたから慌てて謝った。
「そんなことより、イメチェンした友達になんか一言ないの?」
「似合ってるね」
「そうでしょそうでしょ」
 言葉のカツアゲに遭った気がしないでもないけど、実際とても似合ってはいる。時生は自分のことをよくわかっているんだろう。
「それじゃあ出発しんこー!」
 駅から少し歩いて大通りを一本入った路地裏に冬彦さんの店はあった。
「こんばんはー」
 扉を開けて元気よく挨拶する時生に続いて店に入る。オープン直後なせいか貸し切り状態だった。
「いらっしゃいませ」
 バーカウンターには時生から聞いていた通り、顔も体格も声も店長とそっくりな人がいた。ただ、勅使河原さんに勝るとも劣らないくらいの笑顔で迎えてくれたから驚いた。
「この子が健太郎だよ」
「初めまして。佐野冬彦と申します。いつもうちの夏彦がお世話になってます」
 冬彦さんはお辞儀をした後、朗らかに笑いながら名刺を差し出してくれた。
「えっと、志村健太郎です。こちらこそお世話になっております」
「堅苦し過ぎじゃない?」
 若干緊張しながらそれを受け取って頭を下げたら時生には笑われた。
「肩の力抜いてゆっくりしていってね。ご注文は?」
「僕はスクリュードライバーで」
「俺も同じのでお願いします」
「かしこまりました」
 スクリュードライバーがどんなカクテルだったかあやふやだったけど時生に便乗した。ウォッカのオレンジジュース割りで、度数が高そうなわりに飲みやすかった。
「それにしても、びっくりするくらい弟さんに似てますね」
「よく間違えられるんだよね。半年前だったか、彼女とお茶してたら知らない女の子がツカツカツカって近付いてきて、いきなりビンタされてさ。何かと思ったら夏彦の彼女だったんだよね」
「酷い目に遭ったんですね」
「免許証見せたら平謝りされたよ」
 冬彦さんは本当に店長と瓜二つなのに表情の豊かさと話の軽快さが段違いだからずっと強い違和感を覚えている。
「なんか、店長がそんなに笑ってるところ見たことないんで脳がバグりそうです」
「夏彦ってホンット無愛想だよね! ごめんね!」
「いやいや」
 率直な感想を伝えたら冬彦さんから両手を合わせて謝られてたじろいでしまった。
「うちの一族みんな明るいからさ、なんで一人だけあんなクールに育っちゃったのか不思議なんだよね」
「突然変異じゃない?」
「突然変異ならしょうがないかー」
 楽しそうに笑い合っている冬彦さんと時生を見ていると、一族みんな明るいというのは冗談ではなさそうな気がする。
「店長って子供の頃からあんなクールだったんですか」
「昔は結構甘えん坊だったね」
「意外ですね」
「いっつもそう言ってるけど、絶対話盛ってるよね」
 時生は冬彦さんの言葉を全く信じていないようだった。今の店長のイメージは甘えん坊という言葉からかけ離れているから信じられない気持ちはよくわかる。
「全然盛ってないよ。ずっと俺の後ろくっついて歩いててさ、すっごい可愛かったんだから」
 冬彦さんはそう言いながらスマホの待ち受け画面を見せてくれた。満面の笑顔でピースしている幼稚園児と、その後ろから不機嫌そうに顔を覗かせている赤ちゃんが写っていた。
「ほっぺたぷくぷくしてて可愛い」
「だよね!」
 当たり前のことではあるけれど、店長にもこんなに小さい頃があったのかと思うと不思議な気分だ。
「にしても、子供の頃の写真待ち受けにしてるって兄弟愛すごいですね」
「そりゃあ二人っきりの兄弟だからさ。なんか夏彦の話ばっかりしちゃってごめんね?」
「むしろもっと聞きたいくらいです」
 店長は自分のことをあまり話してくれない人だし、冬彦さんのエピソードトークは新鮮で面白いからずっと聞いていたくなる。
「そうだ。志村くんさ、夏彦って実は冬生まれだって知ってる?」
「えっ、そうなんですか」
 完全に夏生まれだと思っていたからその話には驚いた。そういえば誕生日は聞いたことがない。
「うちさ、父親が秋永で母親が小春っていうの。で、冬に生まれた俺が冬彦で、せっかくだから春夏秋冬がいいよねって感じで夏彦になったんだって」
「明るい一族っぽい名前の決め方ですね」
「我が親ながら適当だなって思うよ。ちなみに店名のカトルセゾンも四季って意味だよ」
「そんな由来があったんですね」
 冬彦さんの話を聞いていると両親との仲も良さそうな雰囲気を感じて羨ましいと思ってしまった。
「ぶっちゃけどう? 仕事しんどくない?」
「正直しんどいお客さんもいますけど、最近やっと慣れてきましたし、店長も勅使河原さんもいい人だから基本は楽しくやれてます」
「ならよかった」
 近況を包み隠さず話したら冬彦さんは安心した様子で笑ってくれた。
「テッシーもたまに遊びに来てくれるんだけどさ、ホントいい子だよね」
「そうですね。いつもにこにこしてて」
「俺に何かあった時は後継いでねって約束するくらい意気投合したよ」
「気が合いそうな感じはめっちゃわかります」
 冬彦さんに何かあったら勅使河原さんと一緒に働けなくなるのかと思うと平穏無事を祈らずにはいられない。
「僕もこないだちょっと話しただけだけど好きになっちゃった」
「え? それって恋愛的な意味で?」
「うん。顔もスタイルもノリもいいし彼氏だったら最高じゃん」
 時生の言葉は聞き捨てならなかったけど、変に反応するわけにもいかなくて、俺は二人のやり取りを黙って聞いていた。
「テッシーが素敵だからって浮気しちゃダメだよ」
「今もうフリーだから大丈夫」
「えーっ!?」
 時生が真顔でダブルピースしながら暗に破局を宣言すると、冬彦さんは目を丸くしていた。
「別れたの? なんで?」
「なんだろ。方向性の違い?」
「そんなバンドの解散理由みたいな感じなの?」
「終わったことの話より僕は健太郎のことが聞きたいよ。今って恋してる?」
 時生からのキラーパスには戸惑ったけど、誰かに話したい気持ちもなくはなかったから相手のことは伏せて話してみることにした。
「してるけど、めちゃくちゃモテる人だから俺なんかじゃ無理だろうなって」
「その俺なんかってマインドやめて自信持っていきなよ」
「そうそう。健太郎くん爽やか好青年だから大丈夫だよ!」
「ありがとうございます」
 素直な気持ちを言葉にしたら二人掛かりで励まされて少し元気が出た。爽やかなんて言われたのは人生で初めてだ。
「高嶺の花にはみんな尻込みしがちだし、結局物怖じしない奴が掻っ攫っていったりするよね」
「わかるー」
 冬彦さんの言葉に時生は強く共感していた。確かにそういうところはあるかもしれない。
「健太郎もビビらずに告っちゃえば意外といけるかもだよ」
「今の関係性が壊れるかもって考えたら怖いし現状維持でもいいかって思ってるんだけど」
「俺は誰かに先越されることの方が怖いから好きになったらすぐ好きって言っちゃうなぁ。気まずくなっちゃった子もいるけどさ、意外と変わらず仲良くしてくれてる子の方が多いし、一回断られたけどしばらくして逆に向こうから告白されたパターンもあるよ」
「そんなパターンあるんですね」
 恋愛の経験値がゼロの俺からすると冬彦さんの恋愛観や経験談はとても興味深く感じる。
「好きって言われて嬉しくない人ってあんまりいないんじゃないかな」
「でもやっぱりキモいって思われそうで怖いです」
「うーん……そっかそっかー」
 俺のネガティブさには冬彦さんも困ってしまったのか、腕組みして天を仰ぎながら何か考えているようだった。
「お相手って何歳?」
「二十九歳です」
「二十九のお姉さんからしたら健太郎くんなんて絶対可愛いとしか思わないって!」
「そうですかね」
 勅使河原さんの年齢を伝えたら冬彦さんはそう力説してくれたけど、相手がお姉さんじゃなくてお兄さんだから悩んでいるとは口が裂けても言えない。
「まあ健太郎は冬彦と違って当たって砕けろって感じじゃないよね。石橋を叩いて壊す的な」
「どんなだよ」
「一人でぐるぐる考えてバッド入るタイプでしょ」
「それは確かにそうだけど」
 その点に関しては時生の言う通りだ。時生と再会した日なんて正にそうだった。
「あ、そうだ」
 冬彦さんはもう一枚名刺を渡してくれた。今度は手書きの連絡先が添えられていた。
「一人で考え込んでたら変な方向にいっちゃう時あるからさ、俺でよかったらいつでも連絡してね」
「ありがとうございます」
 冬彦さんに相談したら全部前向きに変換してくれるに違いないし、一生懸命励ましてくれるから自己肯定感が上がりそうだと思う。
 その後も小一時間ずっと恋愛について話をしてもらって、一人で悩んでいた時よりもかなり視界が開けたような気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

【完結】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
番外編はTwitter(べったー)に載せていきますので、よかったらぜひ🤲 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ 過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

処理中です...