鳴かぬ蛍が身を焦がす

らすぽてと

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第7話

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「まだ話し足んないし、僕んちで二次会しない?」
「うん」
 時生から家に誘われて即答したけど、よく考えたら時生がどこに住んでいるか知らない。
「時生んちってどの辺?」
「こう行って、こう行って、こう行ったとこ」
「わかんねぇけど近そうってことはわかった」
 一度駅前まで戻って、スーパーで色々と買い込んでから時生の家に向かった。
「ゆっくりしていってね」
「お邪魔しまーす」
 玄関を開けた途端に甘い匂いがして、女の子の部屋っぽいなと思った。今まで一回も女の子の部屋に行ったことはないけれど。
「ここ座っていいよ」
「ありがとう」
 時生が大きなうさぎのぬいぐるみをソファからベッドの上に移動させてくれたから、うさぎの座っていたところに腰を下ろす。
「これ一旦しまっちゃうね。とりあえずジーマで大丈夫?」
「大丈夫」
 時生は買ってきた飲み物を冷蔵庫に入れて、飲み口にカットレモンが刺さった瓶を二本持ってきた。
「これってどうするのが正解?」
「色々流派はあるけど大体みんなこうしてるよ」
 未知の飲み物に困惑していたら時生はレモンを瓶に押し込んでから渡してくれた。
「それじゃ、健太郎と僕の初めての宅飲みを祝しまして、カンパーイ!」
「大袈裟だな」
 時生の乾杯の音頭に笑いながら軽く瓶をぶつける。
「なんか、時生と冬彦さんと一緒にいたら俺も明るい一族に生まれたかったって思ったよ」
 遺伝子レベルでこうだった可能性もなくはないけど、まともな環境で育っていたらこんな性格じゃなかったかもしれないと考えてしまう時はある。
「健太郎は親戚の集まりで夏彦と一緒に隅っこにいそう」
「確かに」
 店長は俺と違って根暗ではないけど、テンションが高くはないからその絵面は容易に想像できた。
「俊介さんはきっとこっち側だね」
「そうだろうな」
「フィーリング合う感じしかしないもん」
「そういや、こないだ帰る前に勅使河原さんに何言ってたの?」
 気になっていたことを思い出して聞いてみると、時生は顎に人差し指を添えて首を傾げながら答える。
「えっとねー、結構タイプです的なこと?」
 せっかく十年振りに再会して楽しくやっていけそうだと思っていたのに、時生も勅使河原さんを好きとなると仲良くできないかもしれない。
「勅使河原さんのこと恋愛的な意味で好きってマジ?」
「マジだけど、健太郎が好きな人にちょっかい出したりしないから安心してよ」
 誰が好きかなんて話したっけ、と思ってしまうくらい確信を持ってそう言われて動揺した。何も言えずにいたら時生はくすくす笑い出した。
「あれだけ好きがダダ漏れしてたら誰でもわかるって」
 否定しても仕方なさそうだったから、ここはもう諦めて認めることにした。
「そんなにわかりやすかった?」
「多分だけど、夏彦も気付いてるんじゃない?」
「あー、店長目敏いもんなー」
 店長からどう思われているかなんて今まで考えたこともなかった。
「ていうか、俊介さんって恋人いないの?」
「こないだお客さんに聞かれた時はいないって言ってたけど」
「バーテンダーって恋人いるの隠しがちじゃん」
「偏見すげぇな」
「まあいいや。聞いてみよ」
 時生はそう言ってすぐにメッセージを送っていた。勅使河原さんは嘘なんてつかないと思うけどちょっと不安になる。
「あ、既読ついた」
 緊張しながら返信を待っていたらすぐに通知音が鳴った。
「恋人いないって」
「そっか」
「ついでに男から好かれるの嫌じゃないか聞いとくね」
「お、おう」
 ひとまずホッとしたのに、さっきよりも緊張することになった。またすぐに通知音が鳴って、勅使河原さんからの返信を見た時生は嬉しそうな声を上げる。
「やっば!」
「何?」
「『時生くんなら嫌じゃないよ』って言われちゃった」
 勅使河原さんが出会って間もない時生にすらそんな返しをするなんてショックで言葉が出ない。
「健太郎かわいそー」
「どういう感想だよ」
 時生から憐れんだ目で見られて腹が立った。勅使河原さんの誰にでも優しいところは好きだけど、今はその部分が少しだけ恨めしく思える。
「こんな感じでこられたら好きになっちゃうのもわかるよ」
 時生は喋りながら何か返信しているようだった。
「何しれっと返事してんだよ」
「とりあえずデートのお誘いしようかなって」
「ちょっかい出さないって言ってたくせに」
「お食事くらいは許してよ。ていうか僕は健太郎とケンカしたくないから我慢してあげるけど、ホントはそんな必要サラサラないんだからね」
 約束が違うことを非難したら口を尖らせながら言い返されて、ぐうの音も出なかった。
「健太郎が現状維持でいいって言うなら遠慮しないよ?」
「それは勘弁してもらっていいですか」
 時生に本気を出されたら困るから思わず敬語で頼んでしまった。
「だったら僕の分まで頑張ってよね。ちゃんと自分から誘ったりしてる?」
「先週、俺んちに呼んだけど」
「へー、どんな感じだった?」
 勅使河原さんがうちに来てくれた日の自分の行動を振り返ると恥ずかしくて言葉に詰まる。
「なになになーに?」
「えっと……話の流れで押し倒した」
 正直に打ち明けてみたら、時生は破局を報告された時の冬彦さん以上に驚いた顔をしていた。
「嘘でしょ?」
「嘘じゃねぇよ」
「それでどうなったの?」
 興味津々な様子で聞かれて、恥を忍んで勅使河原さんから言われた言葉を口にする。
「『エッチする?』って言われた」
「えっ、ちょっと待って。そこまで言われてなんにもしなかったってこと?」
 その質問に頷いたら両肩を掴まれて思いっきり揺さぶられたから酔いそうになった。
「健太郎のバカ! 意気地なし!」
「だって多分冗談だし」
「百パー冗談な雰囲気だった? 表情とか声の感じとか!」
 すごい勢いで問い詰めてくる時生に気圧されつつ、あの日の勅使河原さんのリアクションを思い出してみる。
「恥ずかしそう、だったような、気もする」
「それもうガッツリ誘われてるじゃん」
 時生の見立て通りだとしたら俺はとんでもないチャンスを棒に振ったのかもしれない。だけど、あの時はまだ自分の気持ちを自覚できていなかったからどう転んでもこうなっていただろう。
 それにやっぱり、勅使河原さんが俺のことを好きだなんてどう考えてもありえないと思ってしまう。
「俺、勅使河原さんに今までダメなとこしか見せてねぇし好きになってもらえるとは」
「ダメな子の方が可愛いって思うタイプかもしれないじゃん」
「確かに面倒見いい人ではあるけど」
 後ろ向きな意見を言おうとしたら途中で前向きな意見をぶつけられた。情けない話だけど、可能性があるとしたらそれくらいしかないとは思う。
「それか、好きとエッチしたいは必ずしもイコールじゃないよね的な話かも」
「どういうこと?」
「恋人にするのはナシだけど一晩だけとかセの付くお友達ならアリみたいな」
「そんな残酷なことある?」
「なかったらいいね」
 そういう発想は全くなかったからカルチャーショックを受けた。勅使河原さんは真面目だからそんなことはないと思いたい。
「でも押し倒されてその返しできるって絶対エロい人だよね」
「だよねって言われても」
「だってそうじゃん。少なくともノンケの返しじゃないよ」
「そうなのかな」
「夏彦にも俊介さんがノンケだと思うか聞いてみよっと」
 俺達じゃ希望的観測が先に立ってしまいそうだからフラットな目線の見解は聞いてみたいし、店長から見た勅使河原さんの印象というのも気になるところではある。
「ノンケじゃなかったら店長のこと好きなんじゃねぇかなってたまに思うんだよな」
「そうなの?」
「なんとなくだけど」
「三角関係じゃん」
 勅使河原さんに対して時々感じていたことを話してみたら時生はワクワクしているようだった。
「完全に面白がってんだろ」
「そんなことないって。まあ、夏彦は男には興味ゼロだからねー。僕もちょっと前までは好きだったけど絶対無理だなって思って諦めたよ」
「えっ、マジで?」
 時生の突然の打ち明け話には驚いた。そんな素振りは一切なかったし、一回りくらい上の店長を好きだったなんて意外だ。
「お盆と正月くらいしか会わない従兄弟のお兄さんって逆によくない?」
「それはわかんねぇけど」
「夏彦にいつでも会えるとこがいいからこの辺に引っ越してきたくらいには好きだったよ」
「そうだったのか」
 店長の欠点はこれといって思い付かないから好きになる気持ちはわからなくもなかった。
「ちょっと脱線しちゃったけど、俊介さんが夏彦のこと好きだとしたら尚更しっかりアピールしなきゃね」
「アピールとは」
「冗談っぽい感じでもいいから普段からなるべく好きって伝えるのは大事だと思うよ」
「ハードルたけぇな」
 好きだなんて冗談でも緊張して言えそうにないし、もし言えたとしても重くなってしまいそうだ。
「正直、健太郎が夏彦に勝てそうなところって俊介さんを好きって気持ちくらいじゃない?」
「うん」
「好きって伝えるのもできなかったら絶対勝ち目ないって」
 厳しい意見だけど、それは時生の言う通りだと納得せざるを得なかった。他に勝てそうなのは酒の強さくらいだからなんの役にも立たない。
「とりあえず頑張ってみるよ」
「健太郎ならきっと大丈夫だよ」
 時生のその言葉はなんの根拠もないのにやけに説得力があって、こんな俺でもなんとかなるんじゃないかと思えた。
「明日勅使河原さんち行くんだけどなんかアドバイスある?」
「もう一回押し倒しちゃえば?」
「無理に決まってんだろ」
 そんな調子でうだうだ話しているうちに気付けば零時を回りそうになっていたからそろそろ帰ることにした。
「なんか、結構な時間付き合わせてごめん」
「楽しかったし全然いいよ。健太郎には幸せになってほしいから全力で応援してるね」
「ありがとう」
 小学校の頃によく遊んでいたという縁だけでこんなに親身になってくれるなんて、時生は本当にいい奴だ。
「健太郎がフラれたらその時は僕が頑張るよ」
「縁起でもないこと言うなよ」
 こういう余計な一言がなかったら最高の友達だと思う。
「じゃあまた」
「気を付けて帰ってね」
 まだ終電には間に合うタイミングだったけど、時生の家から俺の家まではそう遠くはないし、夜風が心地よかったから歩いて帰った。
 冬彦さんと時生から背中を押してもらったお陰でネガティブな気持ちはかなり薄れて、現状維持でいこうなんて考えはまるでなくなった。
 とはいえ、時生が言っていたように恋愛対象と捉えられていない可能性もゼロではない。そうだとしたら悲しいけど、もしも勅使河原さんが望むなら肉体関係だけでもいいんじゃないかとさえ考えてしまう。
 思い返せば、今までの俺はそういうことには全くと言っていいくらい興味がなかった。どちらかといえば嫌悪感があったくらいだ。
 中高と男子校だったから同級生はみんな大っぴらに猥談を繰り広げていて、雰囲気で話を合わせていたけど今一つついていけていなかった。
 勅使河原さんも人間だから性欲はあるんだろうけど、そんなことを考えると妙に罪悪感が湧いてくる。現時点ではまだ自分の中で勅使河原さんと性的なことを結びつけられていない。
 ふと、高校時代に同級生達が「好きな人で抜けるか抜けないか」という内容で議論していたことを思い出した。当時は意味がわからなかったけど、どうやら俺は抜けない側の人間だったらしい。
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