鳴かぬ蛍が身を焦がす

らすぽてと

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第15話

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 たらふく食べてしこたま飲んで、かろうじて吐かずに店を出ることができた。明日が休みだからといって羽目を外し過ぎたことは確かだ。
「カラオケ行かない?」
「えー」
 まだまだ元気そうな時生はにこにこしながら斜向かいにあるカラオケ屋を指差した。俺は壊滅的な音痴だからカラオケにはいい思い出がない。
「おっきい声出したらちょっとはストレス解消になるかもしれないしさー」
「歌下手だからやだよ」
「僕しかいないんだから上手い下手は気にしなくていいって。行こ行こ!」
 あまり気は進まなかったけど手を引かれて店に入って、ぼんやりと床を眺めている間に時生が受付を済ませてくれていた。
 部屋に入ると時生はすぐさま俺にリモコンとマイクを渡してきた。
「トップバッターどうぞ」
「言い出しっぺなんだから先歌えよ」
「しょうがないなぁ」
 時生は言葉とは裏腹にやぶさかではない様子で、すぐに曲を選んで歌い始めた。普段より大人びた声と素人とは思えない歌唱力に、開いた口が塞がらなかった。
「めちゃくちゃ上手いな」
「ありがとー」
 俺が率直な感想を伝えると、時生は嬉しそうに笑ってお辞儀をしてからマイクを置いた。
「次は健太郎の十八番聴かせてよ」
「そんなもんねぇよ」
 持ち歌なんてないけど歌よりはラップの方がマシだから、歌えそうな曲の中から時生でも知っているものを選ぶことにした。
「この曲知ってる?」
「フェスで見たことある! ムズくない?」
「とりあえず歌ってみる」
 カラオケなんて高校の卒業記念に同級生達と行って以来だ。その時は大人数だったのをいいことに歌わずにいたから、マイクを握るのなんてもう何年振りかわからない。
 酔っているわりにはちゃんと歌えたけど、フックに差し掛かったところで時生が手を挙げて前後に振ってくれたのが面白くて途中で歌えなくなった。
「めっちゃ笑うじゃん」
「いや、ハンズアップされるの初めてで」
「ていうかラップ上手過ぎだよ!」
「ありがとう」
「今すぐラッパーなった方がいいと思う」
「それは言い過ぎだろ」
「嬉しいくせに」
 お世辞なんて言いそうにない時生から手放しで褒めてもらえて胸が熱くなった。初めてカラオケでいい思い出ができた瞬間だった。
 お互い何曲か歌ったところで選曲に悩んでいたら、時生はスマホをいじりながら恐ろしい提案をしてきた。
「まだ起きてるかわかんないけどさ、俊くん呼んでみない?」
「無理無理無理」
「健太郎がラップ上手いってギャップ萌えかもしんないじゃん」
「マジでやめてくれ頼むから」
「ちぇー、つまんないのー」
 俺が全力で反対すると時生は口を尖らせていた。勅使河原さんの歌声は気になるけど、俺の歌を聞いてもらうなんてどう考えても恥ずかし過ぎる。
「まあでも、俊くんはヒップホップ聴かなさそうだね」
「有名どころなら知ってるっぽいけどな」
「さすがだねぇ。『なるべく色んな人に話合わせられるようにしとくのもバーテンダーの仕事だと思ってる』って冬彦が言ってたよ」
「それは勅使河原さんも言ってたな」
 勅使河原さんの話を聞いてからは俺もニュースや情報番組をチェックするようになって、自分の興味の範囲外のことに触れるのも案外楽しいものだと気付いた。
「あの二人って同じタイプだよね」
「確かに」
 勅使河原さんと冬彦さんは外見としては全く違うけど、人当たりのよさや柔和な雰囲気が似ていると思う。
「お兄ちゃんと似たような人好きになるなんて夏彦もなんだかんだでブラコンなのかも」
「だったらもう直で冬彦さんとこいってくれよ」
「無茶言うね」
「そしたら丸く収まるだろ」
「残念だけど冬彦は彼女いるから」
「あんなに店長のこと好きなのになんで彼女いんだよ」
「なんとしても夏彦と冬彦くっつけたいみたいになってるじゃん」
 店長と冬彦さんが恋仲になるなんて現実的ではないことくらいもちろんわかっている。だけど、店長が他の誰かを好きになってくれることはわりと本気で願っている。
「なんかもう、俺の努力でどうこうなる問題じゃない気がしてるんだよな」
「今はまだトントンなんだからそんな腐らずに頑張りなよ」
 頑張れと言われても、足りないところばかりで何から頑張ればいいか見当も付かない。
「時生は恋人にもっと好きになってもらいたい時ってどんなことしてる?」
「えー、なんだろ。開発と調教?」
「真面目に答えてくれよ」
「だってホントにそうなんだもん。そういうコミュニケーションって楽しいし、僕なしじゃ生きられないくらいになってほしいし」
「そんなにか」
 そこまでゾッコンになってもらえるならいいけど、あまりにも上級者向けで未経験者の俺は参考にできなさそうだ。
「そういえば俊くんはドMだって言ってたよ」
「普通に喋っててそんな話するタイミングってある?」
「あるある。ライトなノリだったけど、僕の勘ではガチだと思うよ」
 なんとも言えないその情報で複雑な気持ちになった。俺は勅使河原さんに酷いことをしたいとは思えないから本当だとしたら困る。
「付き合う上で性癖の相性って大事?」
「どうだろ。多分、それが原因で別れるのはよっぽど合わない時くらいじゃない?」
「俺が我慢すりゃいい話なのかな」
「例えばだけど、もし俊くんから『思いっ切りお腹殴って』って頼まれたらできるの?」
「絶対無理」
 極端な例を出すにしても絶妙に嫌なところを突いてくるなと思った。勅使河原さんを殴るなんて考えただけで心が痛くなる。
「そういう時にどこまで歩み寄ったり代わりの案出したりできるか的な話だよね。一回断ったら言いづらくなってずっと我慢させることになっちゃうかもしれないし」
「難易度たけぇな」
「健太郎がついてけないレベルじゃなきゃいいね」
 酒が入っているとはいえ、こんなディープな話になるなんて思っていなかった。この際だからもう一つ質問してみることにした。
「一個、気になることあるんだけど」
「何?」
「えっと……ナニが無駄にデカいのって嫌がられる?」
「えっ、そんな立派なの? ていうか抱く気満々なんだね」
「いや、別にそういうわけじゃ」
「だってそうじゃん」
 時生に指摘されて初めて気付いたけど、今まで自分が抱かれる側になる可能性なんて考えたことがなかった。
「抱くか抱かれるかってどうやって決めんの?」
「そうだなぁ。ゲイ界隈だと最初から役割ハッキリしてることの方が多いかも。あと、そこまでしたいって思わない人もいるしね。健太郎だって抱きたいって言われてもって感じじゃない?」
「それもそうだな」
 物腰が柔らかい勅使河原さんからそんなことを言われるなんてまるで想像できない。体格差からするとそっちの方が自然だったとしても受け入れがたいものがある。
「なんにしたって、いざって時のためにちゃんと勉強しときなよ」
「わかった」
「あれ? なんでこんな話になったんだっけ」
「なんだっけな。もう忘れた」
 果たしていざという時が本当に来るのかはわからないけど、今のうちに時生に色々聞けてよかったと思う。
「せっかくカラオケ来たのにそんなに歌ってないね」
「そろそろ帰るか」
「やだー! もう一曲歌ってくれるまで帰りたくないよー!」
「帰るぞ」
 子供みたいに大声で駄々をこねられて耳をやられそうになった。立ち上がって時生の手を引っ張ってみても、引っ張り返されて全然動かない。
「バカ力だな」
「健太郎が非力なだけでしょ?」
「いや、俺、勅使河原さんから『力持ちだね』って言われたことあるし、前のバイト先でも」
「負け犬の遠吠えはいいから歌ってよ」
 コケにされてムカついたけどこのままじゃ帰れそうにないから、もう時生に気を遣わずに自分の好きな曲を入れた。
 何も持ってない俺でも奇跡的に店長に勝てたらいいのに、なんて考えながら歌っていたら言葉が少しつっかえた。
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