鳴かぬ蛍が身を焦がす

らすぽてと

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第14話

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 どうにか仕事を終えてスマホを見たら、時生から『ここ来て』というメッセージとグルメサイトのURLが届いていた。すぐに『今から行く』と返信した。
 今日は遅刻したせいで仕事前も休憩中も何も食べていない。空腹を通り越して何も感じない状態だったけど、店に着いて美味そうな匂いを嗅いだら急激に腹が減ってきた。
 時生はすぐに俺を見つけたようで、店の奥の方から「すみませーん。ハイボール濃いめ二つくださーい」という声が聞こえてきた。一杯目は強制なのかと思いつつ、店員さんに案内されてそちらに向かった。
「勝手に決めんなよ」
「ハイボール嫌いだった?」
「まあいいけど」
 俺が非難しても時生に悪びれた様子は一切なくて、呆れながら席に座った。居酒屋にしては小洒落た印象の店だから俺なんて場違いなように感じる。
「食べ物系どうする?」
「時生の好きなもんでいいよ。俺、好き嫌いないし」
「そしたら適当に頼んじゃうね」
 程なくしておしぼりとお通しとハイボールを持ってきてくれた店員さんに、時生は一気に何品も注文していた。
「頼み過ぎじゃね?」
「美味しいものいっぱい食べて元気出してほしいもん」
「それはありがとう」
「健太郎が残したら僕が全部食べるよ」
「すげぇ自信だな」
 食べ切れるか心配なくらいだったけど、胸を張って豪語されたからここは時生を信じることにした。
「それじゃ、お疲れ様」
「お疲れ」
 ジョッキを合わせて乾杯をして、一息で五分の四くらい飲んでしまった。空きっ腹にハイボールがしみる。
「ほぼ一気じゃん」
「飲まなきゃやってらんねぇってこういう気分なんだなって今日理解した」
 三人で付き合うと決まった時から色々と考えては気分が浮き沈みしていて、今はまた荒んだ気持ちでいる。
「介抱してあげるから思う存分飲んでいいよ」
 時生はそう言ってメニューを差し出してくれた。なんだかもう文字が頭に入ってこなくて、結局ハイボールをもう一杯頼んだ。
 時生に今日の出来事をどう話せばいいか悩みつつ、何かのすり身と野菜を四角く固めたみたいなお通しを食べて、残りのハイボールを流し込んだ。
「あの後、勅使河原さんから返事もらえて」
「うん」
「一応、付き合ってもらえることになった」
「一応?」
 ややこしい事態に至った経緯を説明したら、時生は至極驚いていて、途中からはドン引きしたような表情を浮かべていた。
「何その状況」
 俺も逆の立場だったらそんな反応になるとは思う。わかってはいたけど、二股を許すなんて世間一般ではありえないことだと再認識した。
「健太郎はそれでいいの?」
「俺だって嫌は嫌だし自分でもどうかしてると思ってるよ。でも、ここで諦めたらもうチャンスなさそうな気がしたんだからしょうがねぇだろ」
「どうどうどう」
 納得いかない様子で尋ねられて、俺も不本意だということは伝えたくて捲し立てたら苦笑いしながら宥められた。
「ていうか、二人が付き合ってたって何?」
「そこは掘り下げる勇気なかった」
「正直、寝てると思う?」
「思う」
「うわー」
 俺の答えを聞いた時生はテーブルに突っ伏していたけど、料理が運ばれてくると起き上がって店員さんにお礼を言っていた。
「夏彦が男に興味ないんじゃなくて僕に興味ないだけだったってわかって正式に失恋した感あるよぉ」
 時生はそんな風に嘆きながらもテキパキとサラダを取り分けて俺の前に置いてくれた。店長への恋は諦めたと言っていたけど、ショックなものはショックらしい。
「赤ちゃんの頃から知ってるからそういう目で見れないってのもあんじゃねぇの」
「そんなもんなのかな」
「そっちの方がまともな大人だと俺は思うよ」
「僕ももう大人なのに」
 こんな時どう声を掛けていいかわからなくて、ハイボールを飲み干す時生をただ見ていることしかできなかった。
「健太郎って白ワインいける?」
「あんま飲んだことないけど多分大丈夫」
「ボトルいっちゃっていい?」
「いいよ」
 時生が注文を入れたところでまた料理が次々運ばれてきて、あっという間にテーブルがいっぱいになった。
「じゃんじゃん食べちゃってね」
「ワイン置くとこ確保しないとな」
 食事も喉を通らないんじゃないかと心配だったけど、時生はサラダをもりもり食べていたから安心した。料理はどれも美味かったし、腹が満たされたことで徐々に心も落ち着いてきた。
「とりあえず、夏彦への腹いせに健太郎のこと今まで以上に応援するね」
「腹いせってのはあれだけどありがとう」
「いつまでにどっちか選ぶとか決めてないの?」
 言われてみれば、あの時そんな話はしていなかった。だけど、期限付きという雰囲気ではなかった気がする。
「多分、勅使河原さんの気持ちが固まるまでか、誰かが愛想尽かすまでだろうな」
「ずるずる引っ張られて健太郎が二十代を棒に振らないか心配だよ」
「別れたからって全部無駄になるわけじゃねぇだろ」
「それはそうだね」
 まだ失恋したことなんてないのに、つい知った風な口を利いてしまった。これから七、八年も付き合ってもらえたらそれはもう万々歳だけど、できることなら死ぬまで一緒にいたい。
 何品か食べ終えたタイミングで次の料理とワインが運ばれてきた。時生はワインをグラスの九分目くらいまで注いで渡してくれた。
「ワインってこんな注ぎ方するもんだっけ」
「香りを楽しむような情緒ないでしょ」
「それもそうだな」
 和食にワインなんてどうなんだろうと思っていたけど、意外に刺身や焼き鳥と合って、酒も箸も進んでしまった。
「そういえば、三人で付き合ってるゲイカップルのインタビュー、どこかで見たことあるかも」
「調べてみてもいい?」
「どうぞ」
 試しに『三人で付き合う ゲイ』で検索したら思ったより沢山実例が出てきた。お互い同意した上で複数の人と付き合うことをポリアモリーといって、その中でも俺達のような付き合い方はヴィーというらしい。
「おんなじような人達もいるにはいるんだな」
「とりあえず健太郎には向いてなさそう」
「俺もそう思う」
 まだ付き合ってもいないうちから勅使河原さんと親し気に話している全ての人を妬ましく思っていたくらい嫉妬深い俺がこれから上手くやっていけるかなんて不安しかない。
「メンタルやられそうになったら早めに降りなね」
「もうわりとやられてるけどな」
「だよねー」
 勅使河原さんに告白するまでに色んなフラれ方を想像していたものの、店長と付き合っていたなんて想定外過ぎてダメージが大きかった。
「店長って俺が勅使河原さんを好きってわかってたのかな」
「わかってないってことはないんじゃないかなぁ」
「だとしたら酷くねぇかと思うんだけど」
 一番引っ掛かっていることを話してみたら、時生は「うーん」と目を瞑って首を捻っていた。
「酷いって言いたくなる気持ちはわかるけど、僕的には夏彦は悪くないと思うよ。わざわざ譲ってあげなくたっていいし。なんか一言ほしかったの?」
「今日くらいは論破しないでくれよ」
「ごめんごめん」
 辛辣な正論に思わず泣き言を吐いてしまった。だけど、甘ったれた意見に易々と同意してくれないのはありがたいことのようにも思う。
 客観的に見れば、店長がいつも優しいからといって味方してくれるんじゃないかと勝手に期待して、期待通りにいかなかったから勝手に傷付いているというだけの話だ。
「逆恨みして夏彦のこと刺したりしないでね」
「そこまで恨んでねぇよ」
 店長に対して多少の恨みや妬みは抱いているけど、それよりも人として好きという感情の方が強いから一層つらいところはある。
 俺がもっと早く行動を起こしていればこんなことにはなっていなかったかもしれないし、もしもタイムマシンがあるなら過去の自分に「早く告白しないと地獄見ることになるぞ」と忠告したい。
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