別に恋じゃなくても

らすぽてと

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第4話

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「テシくんって彼女いるの?」
「いないですよ」
 プライベートなことを聞いてくる客に対してテシは嫌な顔一つせずに答えるけど、あまりそういう話はしたくないのか、大抵いくつか質問に答えた後は相手の話を引き出す方向にシフトしてる。
 そうするとテシが自分に興味を持ってくれてると勘違いする客もいて、余計に変な絡み方をされてしまう時があるから厄介だ。
 テシは顔も愛想もいいから妙なファンも少なくはない。バーテンダーとの会話もバーの醍醐味ではあるけど、疑似恋愛をしたいなら正直ホストクラブかボーイズバーにでも行ってほしい。
 あんまりしつこいようなら注意しようと思いつつ、ふと洗い場の方に目を向けたら志村くんがこの世の終わりみたいな顔をしてた。
 話の流れ的にテシに彼女ができた時のことでも想像してたのかもしれないけど、さすがに落ち込み過ぎだと思う。
「すげぇ暗い顔してるけど大丈夫?」
「大丈夫です」
「キリいいところで休憩してきなよ」
 全然大丈夫そうに見えなかったから思わず一旦休んでくるよう促した。
「すみません。ありがとうございます」
 志村くんは申し訳なさそうに何度か頭を下げて、グラスを洗い終えると休憩に入っていった。
 そのうちさっきの客がテシにしつこく連絡先を聞き始めたから、俺の方から店のルールとして連絡先の交換には応じられない旨を説明した。
 それでもぐだぐだ文句を言われて、埒が明かないから「お代は結構ですのでお帰りください」と伝えて退店してもらった。
「上手く対応できなくてすみませんでした」
 テシからは謝られたけど、あの状況だったらどう立ち回ろうと結果は同じだっただろう。
「まあ、向こうもそこそこ酔ってたしな。テシは悪くないから気にしなくていいよ」
「ありがとうございます。夏彦さんかっこよかったです」
「あーそう」
 励ましたらいつもの笑顔でリアクションに困るようなことを言われて、とりあえず適当に聞き流した。
 迷惑な客を閉め出したことでちょうど誰もいなくなったからテシにも休憩に行ってもらうことにした。
「テシも休憩してきていいよ」
「一人で寂しくないですか」
「さっさと行って」
「はーい」
 くだらないことを聞かれたから突っぱねたけど、テシはにこにこ笑いながらスタッフルームに向かった。
 しばらくして休憩から戻ってきた志村くんはさっきとは打って変わって晴れやかな顔をしてた。テシと話して気分転換できたのかもしれない。
 志村くんを見てると気持ちの浮き沈みが激しくて大変そうだと思う。ただ、そんなに誰かを好きになれるなんて羨ましいような気もした。

「いらっしゃいませ」
「こんばんはー」
 大雨の影響で閑古鳥が鳴いてたところにやって来たのは俺の従兄弟の時生ときおだった。
 時生は一回りほど年下とはいえ親戚の中では一番歳が近いということもあって、親戚の集まりの時はいつも一緒に過ごしてきた。俺にとっては歳の離れた弟みたいな存在だ。
 時生が一人暮らしを始めるのを期に近くに越してきてからは会う頻度が増えたけど、わざわざ営業時間中に訪ねて来るなんて珍しい。
「どしたの?」
「ちょっと話聞いてほしくて……えっ」
 俺が用件を尋ねると時生は答えの途中で急に驚いたような声を上げた。そのままつかつかと志村くんの方に近付いていく。
「ちょっと待って、健太郎じゃない!?」
 時生は嬉しそうだったけど、志村くんは時生の顔をまじまじと見て軽く首を捻ってた。
「僕、加藤時生! 覚えてない?」
「あーっ」
 時生が眼鏡を外して名乗ったところで志村くんもようやく誰だかわかったようだ。確か二人は同い年のはずだから、同級生か何かだろうか。
「変わり過ぎてて全然わかんなかったよ」
「健太郎はびっくりするくらい変わってないね」
「さすがに身長は伸びたわ」
 志村くんが砕けた感じで喋ってるところを見るのは初めてで、同世代の相手と話す時はそんなノリなのかと意外に思った。
「盛り上がってるとこ悪いけど、どういう関係?」
「幼馴染? で、夏彦とは従兄弟だよ」
 時生が俺の質問に語尾を上げつつ答えたから詳しい話を聞こうかと思ったけど、その後すぐ志村くんに俺との関係を説明してたからタイミングを逸した。
「マジか」
 志村くんは驚きつつ時生と俺を交互に見てた。やっぱり敬語じゃないとわりかし粗野な口調みたいだ。
「そっちのお兄さんは初めましてですね」
「初めまして。勅使河原俊介と申します」
「俊介さんかぁ。全然タメ語でいいし、時生って呼んでください」
「オッケー」
 時生とテシは出会って十秒で打ち解けていて、それを見た志村くんは少しムッとしてた。せっかく機嫌を直したばかりだからあまり刺激しないであげてほしい。
「今日は何飲む?」
 これ以上テシと時生を喋らせるわけにはいかないと思って、ひとまず時生に注文を聞くことにした。
「コカボムある?」
「そんなパリピの酒ねぇよ」
 時生がクラブで一気飲みするようなカクテルの名前を口にしたから呆れてしまった。オーセンティックバーにコカボムはそうそうないだろう。
「こんなにいっぱいボトルあるのにないの?」
「うちはそんなカジュアルな店じゃないしレッドブル置いてないからな。コカレロならあるけど、どうする?」
「じゃあお任せで! 甘めなやつがいいな」
「はいはい」
 コカナップルを作りながらテシと志村くんの会話を聞くともなく聞いてたけど、どうやらテシは志村くんのことを下の名前で呼ぶようになったようだった。
「早く慣れてもらえるようにいっぱい呼ぶね、健太郎くん」
 照れてる志村くんに追い討ちを掛けるように名前を呼ぶテシを見てると、いっそのことからかってるんじゃないかと疑いそうになる。
「そこ、何イチャイチャしてんの?」
「イチャイチャって」
「僕がお悩み相談するからちゃんと聞いてよね」
「わかったよ。相談って?」
 時生から野次られた志村くんは恥ずかしそうに俯いてて、時生が本題を切り出すとぶっきらぼうに応じた。
「彼氏とケンカした」
「え?」
「あ、僕ゲイなんだ」
 彼氏という言葉を聞いた志村くんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてたけど、時生は平然と自分のセクシャリティを打ち明ける。
「すげぇさらっと言うんだな」
「言っといた方が楽だもん。ディスられたら百倍返しするだけだし」
「逞しいな」
 時生の強気な発言は志村くんの心に響いたようだった。昔は思い悩んでた時生が今は胸を張って生きてるのかと思うと感慨深い。
「でさー、彼のお母さんが今度こっちに遊びに来るらしくて、会ってみたいなって言ったらリアクション悪過ぎたからムカついちゃったんだよね」
「なるほど」
「別に恋人だって紹介してくれって言ってるわけでもないのに酷くない?」
 時生の話を聞いて真っ先に遊ばれてるからじゃないかと考えてしまったけど、いきなりそんなことを言うのは憚られる。まずは志村くんやテシの出方を見ることにした。
「友達だって嘘つくのが嫌なんじゃないの?」
「だったらそう言ってくれたらよくないですか」
「親がヤバいから会わせたくないって可能性もあるよな」
「そういうのも言ってくれたらいいじゃん」
 テシと志村くんの意見に対する時生の反応は芳しくないから、もう九分九厘別れるつもりでいるんだろう。俺もその方がいいと思うから背中を押すことにした。
「まあ、会わせたくない理由がなんにしろ、それを話せない時点でそこまでの関係性ってことなんじゃない?」
「確かにそうかも」
「とりあえず一回冷静に話し合いなよ。喧嘩腰で喋ったってロクなことないし」
「そうだね」
 一応最後に話し合いの場を設けることを提案すると、時生は意を決した様子でグラスの中身をあおった。
「頭冷えたしもう一回話してみる! ごちそうさま!」
 そのまま代金を置いて店を出てったけど、数十秒後にはまた入り口からひょっこりと顔を覗かせた。
「えっと、連絡先教えてもらっていい?」
「うん」
 志村くんだけじゃなくテシとも連絡先を交換した時生はご機嫌で帰ってった。志村くんはやっぱりいい顔をしてなかったから、相当なやきもち焼きに違いない。
 それから何時間か過ぎた頃、そろそろ寝ようかと思ってたら時生からメッセージが届いた。
『彼氏と別れたからなぐさめて』
 時生は本当に落ち込んでる時はこんな風に連絡してこない。今回は交際期間もそう長くはなかったし、フッた側だからあっさり吹っ切れたのかもしれない。
『飯でも行く?』
『おっきい穴子のお寿司食べたい!』
 寿司を要求してくるのはちょっと図々しいと思ったけど、元気そうで安心したからそれくらいは奢ってやることにした。

 時生が店に来た日から四日後、仕事終わりにスマホを見たら時生から質問が届いてた。
『俊介さんってノンケだと思う?』
 勘が鋭い時生がそんなことを聞いてくるということはテシにそう思わせるような何かがあったんだろうか。
 答えを考えてみたものの、話せば話すほどテシの本音がわからなくなってきたところはあるから悩んでしまった。
 俺に対して気がある風のことをテシが言ってきた時はいつも冗談として処理してきたけど、先週「ネタじゃないのにネタ扱いされるのも悲しい」と言われたのは少し気に掛かる。
 結局どちらとも言えなくて、とりあえず俺が知ってる情報を共有することにした。
『わかんないけど「男でも嫌な雰囲気の人じゃなかったら付き合ってみるかも」みたいなことは言ってたよ』
 テシの言葉を要約してみて改めて、そんなに気軽に付き合って大丈夫なのかと思う。時生からはすぐ『ありがと』という一文とハートまみれのスタンプが送られてきた。
 時生はなんでも報告や相談をしに来るから恋愛遍歴は把握してるけど、ほとんど彼氏が途切れたことがない印象はある。気持ちの切り替えも行動も早いから、テシのことが気になってるんだとしたら本気で口説きにいくのも時間の問題だろう。
 テシの判断基準からすると時生と付き合う未来も十分あり得るし、そうなってくると傷心した志村くんがバイトを辞めてしまわないか心配だ。
 店長という立場としては相変わらず何も起きないことを願ってる。だけど一個人としては時生にも志村くんにも頑張ってほしいから、どちらかに肩入れせずに中立でいたい。
 ただ、もしもテシの「告白のお返事待ってますね」という言葉が本心だとしたら俺も傍観者じゃいられないわけで、このまま有耶無耶にしておくのはテシにも志村くんにも時生にも悪いんじゃないかという懸念はある。
 かといって、あの場限りの冗談かもしれないような話をわざわざ蒸し返したくもない。こんなことならあの時ちゃんと答えるべきだったと後悔しても後の祭りだ。
 あの日、テシから保留にするのはズルいと言われたけど、最悪冗談で済むような空気を作ってるあいつもなかなかズルいような気がした。
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