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第5話
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「健太郎くんが昨日お勉強しに来てくれました」
休み明けにテシから満面の笑みでそんな報告をされた。こないだファミレスで話してたレッスンとやらが実施されたらしい。
「どうだった?」
「二ヶ月くらい前に話したことも覚えててくれて嬉しかったです」
「そっか」
正直、志村くんの記憶力は人並みよりちょっと下くらいだと思うけど、テシの話ならよく覚えてるから知識に関しては難なく身に付きそうだ。
「実技は?」
「ステアをやってみてもらいました」
「地味で嫌になりそうだな」
「シェイクの方がよかったですかね?」
「まあいんじゃないの」
一般的にはバーテンダーはシェイカーを振ってるイメージが強いだろうからバースプーンを回す練習をさせられたらガッカリするかもしれない。でも、志村くんならきっとテシに言われたことは文句も言わずに真面目にやってるだろう。
「おはようございます」
「おはよう」
「お、テシの弟子だ」
「へ?」
「いや、テシのところで修行中だって聞いたからさ」
出勤してきた志村くんは右手の中指と薬指に絆創膏をしてた。そこはステアする時に負荷が掛かる部分だから、指の皮が剥けるくらい練習してたことが伺えて、そういえば俺にもそんな時期があったなと懐かしくなった。
振り返ってみると、小学生の頃に「お父さんみたいなかっこいいバーテンダーになりたい」と言い出した兄貴が親父からステアを教わってるのを見て「俺もやりたい」と言ってしまったのが運の尽きだったと思う。
最初のうちはちょっとできるようになっただけで褒めてもらえて嬉しかった。できるのが当たり前になってからは兄貴への対抗心で頑張ってたけど、そのうち本当に好きでやってる兄貴には敵わないと悟って徐々にやる気は失せてった。
高校に上がって本格的に店を手伝うようになって以降は他にやりたいこともなかったから惰性で続けてるようなものだ。
だけど、お代を貰ってる以上は最善のサービスを提供する義務があるし、店まで任されるようになったからには責任感を持ってやってはいる。
元を辿れば親に構ってほしいだけだった俺から見れば、志村くんはこっち側の人間だ。履歴書に書いてた志望動機は要約すると「家から近いから」で、バーテンダーに興味なんて微塵もなかったに違いない。
テシに褒められたいとか一緒に過ごしたいという気持ちでやってるとしたら、ある程度テシの手を離れた時にモチベーションを維持できなくなりそうで心配だ。
学んでいく中でバーテンダーという職業そのものを好きになれれば兄貴やテシみたいに楽しくやっていけると思う。志村くんには俺みたいになってほしくないから、これから向こう側に行ってくれることを願うばかりだ。
今夜も無事に営業を終えたけど、台風の影響であまりにも悪天候だから二人を帰らせるのは忍びなく思えた。
「この天気の中帰らせるの可哀想だし、うち来る?」
「えっ、そんなこと許されるんですか」
ここの二階にある俺の家に来ることを提案してみたら、テシは驚きと嬉しさが入り混じった表情を浮かべてた。
「別にいいよ」
「わぁ、ありがとうございます」
家に呼ぶなんてまた友達扱いされそうで嫌ではあるけど安全に帰らせるためだから仕方ない。
「志村くんは?」
「えっと、お言葉に甘えさせていただきます」
志村くんにも聞いてみると恭しく頭を下げてくれた。つくづく腰が低い子だ。
閉店作業を終えて二人を家に招いたら、テシが早速しょうもない質問をしてきた。
「モデルルームじゃないですよね?」
「適当に座って」
俺がそれを聞かなかったことにしてソファに座るよう促すとテシは一番下手に座った。志村くんがその真横に座ったことには少し驚いた。
二ヶ月くらい前の飲み会ではわざわざ人一人分くらい空けて座ってたし、テシに距離を詰められた時におろおろしてたけど、知らないうちに随分親しくなったみたいだ。
「志村くん、コーヒーでいい?」
「いや、お構いなく」
「そんぐらい出させてよ」
「ありがとうございます」
慣れない環境だからか、志村くんはいつもより少し緊張してるようだった。志村くんの遠慮深さはテシにも見習ってほしいと思う。
「俺には聞いてくれないんですか」
「テシはなんでもいいだろ」
「コーヒーはお砂糖とミルクいっぱい入れないと飲めません」
「子供かよ」
恥ずかしげもなくそう言い張るテシには呆れてしまった。そういえば、前に甘いもの以外ならハンバーグとオムライスとカレーが好きと言ってた時も子供みたいだと思った。
「二十九ちゃいです」
「うるせぇな」
「店長って勅使河原さんの扱い雑過ぎません?」
にっこり笑いながらぶりっ子っぽく年齢を言うテシにイラついてたら、志村くんから全く理由がわからないという様子で尋ねられた。
「そうだよね?」
テシがよくぞ言ってくれたと言わんばかりに志村くんの腕にしがみ付くと、志村くんは目を白黒させてた。
仕事中ならセクハラだと注意するところだけど、今はプライベートだし志村くんも嫌がってないから看過することにした。
「志村くんみたいに礼儀正しかったら俺もそれ相応に対応するけどさ、テシは完全に俺のことナメてんじゃん」
「そんな風に見える?」
「見えないです」
キスするのかと思うくらいの距離感でテシから問い掛けられた志村くんは狼狽えながらも即答してた。志村くんは大概テシの肩を持つから三人で話してる時にテシと意見が割れると俺が不利になる。
「逆言えば志村くんはテシに甘過ぎると思うよ」
「ちゃんと公平にジャッジしてます」
志村くんも人のことは言えないだろうと思って指摘したら、意外に堂々と言い返されてちょっと笑いそうになった。
「全然ナメてないのでもう少し優しくしてください」
「まあ、善処するよ」
志村くんにぴったりくっついたまま笑い掛けてくるテシには適当に返事しておいた。二人が付き合ったって別に構わないと思ってたのに、実際にイチャついてるところを見るのはあまりいい気分じゃなかった。
今の心境を言語化するなら、おもちゃを取られたみたいな気持ちに近いと思う。テシの比じゃないくらい子供染みてて自嘲せざるを得ない。
これは嫉妬と言えるほど強い感情でもないけど、いつの間にかテシに対してそれなりに愛着を抱いてたことは自覚してしまって、それがなんとも腑に落ちなかった。
休み明けにテシから満面の笑みでそんな報告をされた。こないだファミレスで話してたレッスンとやらが実施されたらしい。
「どうだった?」
「二ヶ月くらい前に話したことも覚えててくれて嬉しかったです」
「そっか」
正直、志村くんの記憶力は人並みよりちょっと下くらいだと思うけど、テシの話ならよく覚えてるから知識に関しては難なく身に付きそうだ。
「実技は?」
「ステアをやってみてもらいました」
「地味で嫌になりそうだな」
「シェイクの方がよかったですかね?」
「まあいんじゃないの」
一般的にはバーテンダーはシェイカーを振ってるイメージが強いだろうからバースプーンを回す練習をさせられたらガッカリするかもしれない。でも、志村くんならきっとテシに言われたことは文句も言わずに真面目にやってるだろう。
「おはようございます」
「おはよう」
「お、テシの弟子だ」
「へ?」
「いや、テシのところで修行中だって聞いたからさ」
出勤してきた志村くんは右手の中指と薬指に絆創膏をしてた。そこはステアする時に負荷が掛かる部分だから、指の皮が剥けるくらい練習してたことが伺えて、そういえば俺にもそんな時期があったなと懐かしくなった。
振り返ってみると、小学生の頃に「お父さんみたいなかっこいいバーテンダーになりたい」と言い出した兄貴が親父からステアを教わってるのを見て「俺もやりたい」と言ってしまったのが運の尽きだったと思う。
最初のうちはちょっとできるようになっただけで褒めてもらえて嬉しかった。できるのが当たり前になってからは兄貴への対抗心で頑張ってたけど、そのうち本当に好きでやってる兄貴には敵わないと悟って徐々にやる気は失せてった。
高校に上がって本格的に店を手伝うようになって以降は他にやりたいこともなかったから惰性で続けてるようなものだ。
だけど、お代を貰ってる以上は最善のサービスを提供する義務があるし、店まで任されるようになったからには責任感を持ってやってはいる。
元を辿れば親に構ってほしいだけだった俺から見れば、志村くんはこっち側の人間だ。履歴書に書いてた志望動機は要約すると「家から近いから」で、バーテンダーに興味なんて微塵もなかったに違いない。
テシに褒められたいとか一緒に過ごしたいという気持ちでやってるとしたら、ある程度テシの手を離れた時にモチベーションを維持できなくなりそうで心配だ。
学んでいく中でバーテンダーという職業そのものを好きになれれば兄貴やテシみたいに楽しくやっていけると思う。志村くんには俺みたいになってほしくないから、これから向こう側に行ってくれることを願うばかりだ。
今夜も無事に営業を終えたけど、台風の影響であまりにも悪天候だから二人を帰らせるのは忍びなく思えた。
「この天気の中帰らせるの可哀想だし、うち来る?」
「えっ、そんなこと許されるんですか」
ここの二階にある俺の家に来ることを提案してみたら、テシは驚きと嬉しさが入り混じった表情を浮かべてた。
「別にいいよ」
「わぁ、ありがとうございます」
家に呼ぶなんてまた友達扱いされそうで嫌ではあるけど安全に帰らせるためだから仕方ない。
「志村くんは?」
「えっと、お言葉に甘えさせていただきます」
志村くんにも聞いてみると恭しく頭を下げてくれた。つくづく腰が低い子だ。
閉店作業を終えて二人を家に招いたら、テシが早速しょうもない質問をしてきた。
「モデルルームじゃないですよね?」
「適当に座って」
俺がそれを聞かなかったことにしてソファに座るよう促すとテシは一番下手に座った。志村くんがその真横に座ったことには少し驚いた。
二ヶ月くらい前の飲み会ではわざわざ人一人分くらい空けて座ってたし、テシに距離を詰められた時におろおろしてたけど、知らないうちに随分親しくなったみたいだ。
「志村くん、コーヒーでいい?」
「いや、お構いなく」
「そんぐらい出させてよ」
「ありがとうございます」
慣れない環境だからか、志村くんはいつもより少し緊張してるようだった。志村くんの遠慮深さはテシにも見習ってほしいと思う。
「俺には聞いてくれないんですか」
「テシはなんでもいいだろ」
「コーヒーはお砂糖とミルクいっぱい入れないと飲めません」
「子供かよ」
恥ずかしげもなくそう言い張るテシには呆れてしまった。そういえば、前に甘いもの以外ならハンバーグとオムライスとカレーが好きと言ってた時も子供みたいだと思った。
「二十九ちゃいです」
「うるせぇな」
「店長って勅使河原さんの扱い雑過ぎません?」
にっこり笑いながらぶりっ子っぽく年齢を言うテシにイラついてたら、志村くんから全く理由がわからないという様子で尋ねられた。
「そうだよね?」
テシがよくぞ言ってくれたと言わんばかりに志村くんの腕にしがみ付くと、志村くんは目を白黒させてた。
仕事中ならセクハラだと注意するところだけど、今はプライベートだし志村くんも嫌がってないから看過することにした。
「志村くんみたいに礼儀正しかったら俺もそれ相応に対応するけどさ、テシは完全に俺のことナメてんじゃん」
「そんな風に見える?」
「見えないです」
キスするのかと思うくらいの距離感でテシから問い掛けられた志村くんは狼狽えながらも即答してた。志村くんは大概テシの肩を持つから三人で話してる時にテシと意見が割れると俺が不利になる。
「逆言えば志村くんはテシに甘過ぎると思うよ」
「ちゃんと公平にジャッジしてます」
志村くんも人のことは言えないだろうと思って指摘したら、意外に堂々と言い返されてちょっと笑いそうになった。
「全然ナメてないのでもう少し優しくしてください」
「まあ、善処するよ」
志村くんにぴったりくっついたまま笑い掛けてくるテシには適当に返事しておいた。二人が付き合ったって別に構わないと思ってたのに、実際にイチャついてるところを見るのはあまりいい気分じゃなかった。
今の心境を言語化するなら、おもちゃを取られたみたいな気持ちに近いと思う。テシの比じゃないくらい子供染みてて自嘲せざるを得ない。
これは嫉妬と言えるほど強い感情でもないけど、いつの間にかテシに対してそれなりに愛着を抱いてたことは自覚してしまって、それがなんとも腑に落ちなかった。
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