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第2章 境界線上のカタチ / Madonna Borderline
第17話 名を告げ合う夜
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石畳の屋上にかすかな風が吹いていた。
リゼはその中央に立っていた。まるで何かを待っているように。
ユウのスマホ画面には、その姿が静かに映し出されていた。通知はなかった。自動起動したEWSアプリが自然とこの映像にたどり着いていた。
ユウは声をかける前に少し息を整えた。
画面越しに彼女がこっちを向いた気がして鼓動が速くなる。
「…また来てくれたんだね」
画面の中でリゼがほんのわずかにうなずいた。
「前は…ごめんなさい。あんな言い方しかできなかった」
その言葉は短かったけれど、ためらいと少しの誠意がこもっていた。ユウはすぐに返事ができなかった。
画面の中の彼女を見つめてから、小さく息を吐いた。
「…俺の方こそ、ごめん。勝手に怒って、言いたいこともうまく言えなかった」
言葉にしてみて思ったよりも自分の中に引っかかっていたのだとわかる。リゼはふっと目を細めて小さく笑った。
「足りなかったのは、お互いさまだね」
それを聞いてユウの肩の力が少し抜けた。
「じゃあ──仲直り、してもいい?」
言いながらユウは少し照れくさそうに目をそらした。リゼは一拍おいてゆっくりと首を横に振った。
「もうしてたよ。わたしの中では」
ユウはその言葉に、心の奥が少しあたたかくなるのを感じた。
「…じゃあ、俺の中でも。今、ちゃんと」
画面の中と外でふたりは同じように小さく笑った。
風がまた静かに流れていった。
♢
ふたりの間にしばらく静かな時間が流れた。
どちらも黙っていたけれど、それが気まずい沈黙には感じられなかった。
ユウは画面の向こうの風景を見つめながらふと息を吸う音を聞いた。
リゼがぽつりと話し始めた。
「……あのとき、初めて怒られたの。ちゃんと、まっすぐ」
言葉を選ぶように、少しずつ。
「誰かに見られて、咎められて、っていうのは今までにもあった。でもあれは違ってた」
ユウは黙って耳を傾けていた。
「……なんかね、あたたかかった。怒られたのに、変だよね」
リゼの声は笑っているようでもあって、どこか少し寂しげでもあった。彼女は軽く上を向いて、目を閉じた。
「あなたの声、わたし聞こえてるよ」
その言葉が発せられた瞬間、ユウのスマホ画面から光の粒が飛び出した。
青白い光の枠がゆっくりと広がっていく。
それはディスプレイのようになり、白く発光したあと、景色を描き始める。
そこに──リゼが映っていた。
彼は思わず目を見開いた。画面越しに、自分が見られている。
リゼとユウが正面から向かい合っている。
まるでVCのように。
「……あ……」
画面の中で、リゼの瞳がユウをまっすぐに見ていた。
言葉にならないまま口を開きかけたユウに、先に声をかけたのはリゼだった。
「名前、教えて。あなたのこと、ちゃんと呼びたい」
その声はほんの少し震えていたけれど、どこまでも真剣だった。
ユウは一瞬ためらってから、小さくうなずいた。
「城野ユウ。しろの・ゆう、っていう」
リゼはその名を繰り返した。
「ユウ…」
その音を確かめるように、小さく微笑む。
「私は、リゼ・フィアルナ」
それだけで、ふたりの距離が少しだけ縮まったような気がした。ユウは何か言おうとしたけれど、リゼが先に言葉を重ねた。
「ありがとう、ユウ。あなたがいてくれてよかった」
シンプルな言葉だった。飾り気も、気負いもない。でも、それだけで十分だった。
ユウの胸の奥に、何かがそっと灯るような気がした。
「…ユウ。これからも私と──」
リゼのその言葉を聞いた瞬間、フレームにノイズが走った。ほんの一瞬、音も映像もわずかにズレるような感覚。
細かいノイズが端から走り映像が波打つように歪む。映像の明度が上がり、輪郭がぼやけていく。
ユウは反射的にスマホの画面をタップしたが、何も反応はない。
リゼの姿は、まだそこにあった。
けれど、彼女の輪郭もまた、揺らぎはじめていた。
そして、次の瞬間─フレームがふっと消えた。
♢
何の前触れも、警告もなく。
スマホの画面はただEWSのロゴ画面だった。
接続が終わったのだと、ユウは理解した。
ただそれが「終わらせられた」ようにも思えて、胸の奥にひっかかりが残る。
気づけば手が少し汗ばんでいた。
スマホを置き、イスにもたれる。
そのときだった。
ズキ、と鋭くこめかみを突く痛みが走った。
「……っ」
思わず顔をしかめる。続けて目の奥に鈍い重さ。
身体が一気にだるくなったように感じられる。
立ち上がる気力が少し遠のいていく。
寝不足だろうか。いや、さっきまでそんな気配はなかった。画面を見ていた時間も、そこまで長くはなかったはず。
でも頭が重い。ただの疲れとは少し違う、芯にひっかかるような痛み。ユウは、静かに目を閉じた。頭を抱えるほどではない。
けれど、今までになかった“何か”が、自分の中に入り込んでいる気がしてならなかった。画面の向こうに触れた余韻は、まだ心の奥に残っていた。
そしてそれとは別に、何かが確かに始まっている気がした。
リゼはその中央に立っていた。まるで何かを待っているように。
ユウのスマホ画面には、その姿が静かに映し出されていた。通知はなかった。自動起動したEWSアプリが自然とこの映像にたどり着いていた。
ユウは声をかける前に少し息を整えた。
画面越しに彼女がこっちを向いた気がして鼓動が速くなる。
「…また来てくれたんだね」
画面の中でリゼがほんのわずかにうなずいた。
「前は…ごめんなさい。あんな言い方しかできなかった」
その言葉は短かったけれど、ためらいと少しの誠意がこもっていた。ユウはすぐに返事ができなかった。
画面の中の彼女を見つめてから、小さく息を吐いた。
「…俺の方こそ、ごめん。勝手に怒って、言いたいこともうまく言えなかった」
言葉にしてみて思ったよりも自分の中に引っかかっていたのだとわかる。リゼはふっと目を細めて小さく笑った。
「足りなかったのは、お互いさまだね」
それを聞いてユウの肩の力が少し抜けた。
「じゃあ──仲直り、してもいい?」
言いながらユウは少し照れくさそうに目をそらした。リゼは一拍おいてゆっくりと首を横に振った。
「もうしてたよ。わたしの中では」
ユウはその言葉に、心の奥が少しあたたかくなるのを感じた。
「…じゃあ、俺の中でも。今、ちゃんと」
画面の中と外でふたりは同じように小さく笑った。
風がまた静かに流れていった。
♢
ふたりの間にしばらく静かな時間が流れた。
どちらも黙っていたけれど、それが気まずい沈黙には感じられなかった。
ユウは画面の向こうの風景を見つめながらふと息を吸う音を聞いた。
リゼがぽつりと話し始めた。
「……あのとき、初めて怒られたの。ちゃんと、まっすぐ」
言葉を選ぶように、少しずつ。
「誰かに見られて、咎められて、っていうのは今までにもあった。でもあれは違ってた」
ユウは黙って耳を傾けていた。
「……なんかね、あたたかかった。怒られたのに、変だよね」
リゼの声は笑っているようでもあって、どこか少し寂しげでもあった。彼女は軽く上を向いて、目を閉じた。
「あなたの声、わたし聞こえてるよ」
その言葉が発せられた瞬間、ユウのスマホ画面から光の粒が飛び出した。
青白い光の枠がゆっくりと広がっていく。
それはディスプレイのようになり、白く発光したあと、景色を描き始める。
そこに──リゼが映っていた。
彼は思わず目を見開いた。画面越しに、自分が見られている。
リゼとユウが正面から向かい合っている。
まるでVCのように。
「……あ……」
画面の中で、リゼの瞳がユウをまっすぐに見ていた。
言葉にならないまま口を開きかけたユウに、先に声をかけたのはリゼだった。
「名前、教えて。あなたのこと、ちゃんと呼びたい」
その声はほんの少し震えていたけれど、どこまでも真剣だった。
ユウは一瞬ためらってから、小さくうなずいた。
「城野ユウ。しろの・ゆう、っていう」
リゼはその名を繰り返した。
「ユウ…」
その音を確かめるように、小さく微笑む。
「私は、リゼ・フィアルナ」
それだけで、ふたりの距離が少しだけ縮まったような気がした。ユウは何か言おうとしたけれど、リゼが先に言葉を重ねた。
「ありがとう、ユウ。あなたがいてくれてよかった」
シンプルな言葉だった。飾り気も、気負いもない。でも、それだけで十分だった。
ユウの胸の奥に、何かがそっと灯るような気がした。
「…ユウ。これからも私と──」
リゼのその言葉を聞いた瞬間、フレームにノイズが走った。ほんの一瞬、音も映像もわずかにズレるような感覚。
細かいノイズが端から走り映像が波打つように歪む。映像の明度が上がり、輪郭がぼやけていく。
ユウは反射的にスマホの画面をタップしたが、何も反応はない。
リゼの姿は、まだそこにあった。
けれど、彼女の輪郭もまた、揺らぎはじめていた。
そして、次の瞬間─フレームがふっと消えた。
♢
何の前触れも、警告もなく。
スマホの画面はただEWSのロゴ画面だった。
接続が終わったのだと、ユウは理解した。
ただそれが「終わらせられた」ようにも思えて、胸の奥にひっかかりが残る。
気づけば手が少し汗ばんでいた。
スマホを置き、イスにもたれる。
そのときだった。
ズキ、と鋭くこめかみを突く痛みが走った。
「……っ」
思わず顔をしかめる。続けて目の奥に鈍い重さ。
身体が一気にだるくなったように感じられる。
立ち上がる気力が少し遠のいていく。
寝不足だろうか。いや、さっきまでそんな気配はなかった。画面を見ていた時間も、そこまで長くはなかったはず。
でも頭が重い。ただの疲れとは少し違う、芯にひっかかるような痛み。ユウは、静かに目を閉じた。頭を抱えるほどではない。
けれど、今までになかった“何か”が、自分の中に入り込んでいる気がしてならなかった。画面の向こうに触れた余韻は、まだ心の奥に残っていた。
そしてそれとは別に、何かが確かに始まっている気がした。
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