18 / 101
第2章 境界線上のカタチ / Madonna Borderline
第18話 監視室の不穏
しおりを挟む
壁一面に並ぶモニターは、眠らない眼のように空白の時間を見つめ続けていた。
EWS監視室──窓も時計もないこの部屋では昼夜の区別すら意味を持たない。時間は“ログ”としてのみ記録され、人の感覚からは徐々に薄れていく。
男と女が無言で椅子に座り、モニター群を眺めていた。
「異常ゼロ。今夜も平和ってやつか」
男がタブレットを指先でなぞりながら、ため息まじりに言う。無精髭に手をやる様子は、倦怠というより習慣に近い。
一方、女は端末に目を落としすでに済ませたはずのログの再チェックを静かに繰り返していた。
「……“何もない”を確認するのも仕事よ」
「真面目だな、お前は。見習いたいけど見習えないわ」
軽口を交わす声すらどこかしら抑制された温度だった。ここでは会話さえも情報のひとつにすぎない。
モニターのひとつが数値の上昇を告げた。すぐに収まったその揺らぎに、女がちらりと視線を送る。
男は気づいていないふりをしたまま、タブレットに目を戻した。
「今月も該当なし。ついでに例の“401”も動きなし、っと」
男がログの走査結果を読み上げ、椅子の背にもたれる。報告というより独り言の延長線上。そこには安堵も緊張もなかった。
「あれから401に関するエラー、何も出てないな。例の件もホントに存在してるのか、あれ」
女は応える代わりに静かにログの並ぶ画面をスクロールさせていたが、しばらくしてから口を開いた。
「……“探し物”の話?」
「そう。探してるけど、見つからないやつ。いるはずなのに、どこにもいない──そんなもんをログだけで追い続けるって、なかなか業が深い仕事だと思わないか?」
女はわずかに眉を動かしつつも、視線を画面から外さなかった。
「ログやアーカイブを見てるつもりで、実際は“誰か”を探してる──そんな気がしてるのね、あんた」
「いや。気がしてるんじゃなくて、そうなんだろ。接続ログでも映像でもない。“人物そのもの”を追ってる感覚がある」
男の声音には、冗談めいた軽さの中にわずかな真剣さが混じっていた。
女は一度だけスクロールを止め、画面に映る過去ログのひとつを静かに見つめた。そこに映っていたのはもう誰も再生しない空白の記録だった。
「このシステム、運用開始からまだ二年だ。アプリをローンチして半年……何もかも分かった気になってるのが、一番危うい」
男がそう言って、背もたれに深く体を預けた。タブレットの画面には初期の設計図の断片と仕様書が並んでいる。
自分でこんなものを今さら掘り返すのか、彼自身もわからないまま指を止めた。
「設計上双方向通信はできない。干渉なんてあっちゃいけない。俺たちもそう教わったし、実際そう思ってた」
女は黙ったまま小さくタップを続けていたが、やがてぽつりとこぼした。
「でも私たちが本当に知ってるのって、EWSが“稼げるエンタメ装置”ってとこだけかもしれない」
男は一瞬鼻で笑うように息を吐いた。
「視聴者数と課金額と、ログの正確性。それだけだな。──それ以外のことは、知る必要がないってやつだ」
けれども彼はすぐに笑みを引っ込め女をじっと見た。その瞳には確かに引っかりを語っていた。
「……ほんとに、それだけなのか?」
返答はなかった。
タイミングがいいのか悪いのか、二人の端末が通知音を同時に奏でた。
画面に浮かび上がった通知は通常のレポート提出とは明らかに扱いが異なっていた。男の声がわずかに低くなった。
「……おい、これ。提出者の権限、レベル4以上。つまり……上級役員クラスだぞ」
「401関連の過去ログ、再走査指示。添付ファイルあり。提出者は匿名」
女が読み上げながら眉をひそめる。
その口調はいつも通り冷静だったが、画面を見つめる視線だけが強くなっていた。
「401は“終了案件”だったはずだろ。上がまた掘り返すってのは……気になるな」
男は椅子を回転させ、腕を組む。しばし黙考したのち、ぽつりと呟いた。
「誰かがまだ終わってないと思ってる。──あの現象を、ちゃんと定義できてないから、ってことか」
ログ再抽出の操作を始めると、画面に過去の映像リストが次々に並んでいく。ところどころ、アクセス権限不足や記録欠損を示す赤い表示が混じっていた。
「……ここ、抜けてる。アクセス制限か、上書き消去」
「削除権限は本部しか持ってない。つまり──本部が“消した”のに、“また見たい”って言ってきた」
男はそれを皮肉るように笑った。
「揺れてんのは、あっちのほうかもしれねぇな。お偉方ってやつは」
女は応えず、ただ静かに頷いてログの抽出処理を続けた。
「──で、結局さ。401と繋がってるのは誰なんだ?」
男が、再走査中のプログレスバーをじっと見つめたまま口を開く。
動きのないバーを前に沈黙が積み重なる。
女は間を置いてからいつも通りの調子で返す。
「未出。存在しない、が公式見解」
「それで終わらせるには、あまりに“生っぽい”反応だったんだよな……」
男の言葉に女は指先でログの映像を一つ再生する。
「“接続してる”というより、“繋がってしまった”のかも」
「ユーザー側に何かしたやつがいる……?」
「か、誰にも知られず──繋がれてしまった、誰かと」
女の言葉に男は黙る。
ふたりの視線が、別々の画面を見つめながら同じ問いを反芻していた。
「名前も顔もログに残らずに接続されてる……そんな芸当をEWSでできるのは」
「まるで…帰還者みたいね」
「その名を出すな。俺達クラスでは知ってはならない情報だ。たとえ偶然でも」
一瞬、室内の空気が張り詰めた。
ただ、ログ再走査のバーがゆっくりと100%に近づいていくのを、黙って見つめていた。
EWS監視室──窓も時計もないこの部屋では昼夜の区別すら意味を持たない。時間は“ログ”としてのみ記録され、人の感覚からは徐々に薄れていく。
男と女が無言で椅子に座り、モニター群を眺めていた。
「異常ゼロ。今夜も平和ってやつか」
男がタブレットを指先でなぞりながら、ため息まじりに言う。無精髭に手をやる様子は、倦怠というより習慣に近い。
一方、女は端末に目を落としすでに済ませたはずのログの再チェックを静かに繰り返していた。
「……“何もない”を確認するのも仕事よ」
「真面目だな、お前は。見習いたいけど見習えないわ」
軽口を交わす声すらどこかしら抑制された温度だった。ここでは会話さえも情報のひとつにすぎない。
モニターのひとつが数値の上昇を告げた。すぐに収まったその揺らぎに、女がちらりと視線を送る。
男は気づいていないふりをしたまま、タブレットに目を戻した。
「今月も該当なし。ついでに例の“401”も動きなし、っと」
男がログの走査結果を読み上げ、椅子の背にもたれる。報告というより独り言の延長線上。そこには安堵も緊張もなかった。
「あれから401に関するエラー、何も出てないな。例の件もホントに存在してるのか、あれ」
女は応える代わりに静かにログの並ぶ画面をスクロールさせていたが、しばらくしてから口を開いた。
「……“探し物”の話?」
「そう。探してるけど、見つからないやつ。いるはずなのに、どこにもいない──そんなもんをログだけで追い続けるって、なかなか業が深い仕事だと思わないか?」
女はわずかに眉を動かしつつも、視線を画面から外さなかった。
「ログやアーカイブを見てるつもりで、実際は“誰か”を探してる──そんな気がしてるのね、あんた」
「いや。気がしてるんじゃなくて、そうなんだろ。接続ログでも映像でもない。“人物そのもの”を追ってる感覚がある」
男の声音には、冗談めいた軽さの中にわずかな真剣さが混じっていた。
女は一度だけスクロールを止め、画面に映る過去ログのひとつを静かに見つめた。そこに映っていたのはもう誰も再生しない空白の記録だった。
「このシステム、運用開始からまだ二年だ。アプリをローンチして半年……何もかも分かった気になってるのが、一番危うい」
男がそう言って、背もたれに深く体を預けた。タブレットの画面には初期の設計図の断片と仕様書が並んでいる。
自分でこんなものを今さら掘り返すのか、彼自身もわからないまま指を止めた。
「設計上双方向通信はできない。干渉なんてあっちゃいけない。俺たちもそう教わったし、実際そう思ってた」
女は黙ったまま小さくタップを続けていたが、やがてぽつりとこぼした。
「でも私たちが本当に知ってるのって、EWSが“稼げるエンタメ装置”ってとこだけかもしれない」
男は一瞬鼻で笑うように息を吐いた。
「視聴者数と課金額と、ログの正確性。それだけだな。──それ以外のことは、知る必要がないってやつだ」
けれども彼はすぐに笑みを引っ込め女をじっと見た。その瞳には確かに引っかりを語っていた。
「……ほんとに、それだけなのか?」
返答はなかった。
タイミングがいいのか悪いのか、二人の端末が通知音を同時に奏でた。
画面に浮かび上がった通知は通常のレポート提出とは明らかに扱いが異なっていた。男の声がわずかに低くなった。
「……おい、これ。提出者の権限、レベル4以上。つまり……上級役員クラスだぞ」
「401関連の過去ログ、再走査指示。添付ファイルあり。提出者は匿名」
女が読み上げながら眉をひそめる。
その口調はいつも通り冷静だったが、画面を見つめる視線だけが強くなっていた。
「401は“終了案件”だったはずだろ。上がまた掘り返すってのは……気になるな」
男は椅子を回転させ、腕を組む。しばし黙考したのち、ぽつりと呟いた。
「誰かがまだ終わってないと思ってる。──あの現象を、ちゃんと定義できてないから、ってことか」
ログ再抽出の操作を始めると、画面に過去の映像リストが次々に並んでいく。ところどころ、アクセス権限不足や記録欠損を示す赤い表示が混じっていた。
「……ここ、抜けてる。アクセス制限か、上書き消去」
「削除権限は本部しか持ってない。つまり──本部が“消した”のに、“また見たい”って言ってきた」
男はそれを皮肉るように笑った。
「揺れてんのは、あっちのほうかもしれねぇな。お偉方ってやつは」
女は応えず、ただ静かに頷いてログの抽出処理を続けた。
「──で、結局さ。401と繋がってるのは誰なんだ?」
男が、再走査中のプログレスバーをじっと見つめたまま口を開く。
動きのないバーを前に沈黙が積み重なる。
女は間を置いてからいつも通りの調子で返す。
「未出。存在しない、が公式見解」
「それで終わらせるには、あまりに“生っぽい”反応だったんだよな……」
男の言葉に女は指先でログの映像を一つ再生する。
「“接続してる”というより、“繋がってしまった”のかも」
「ユーザー側に何かしたやつがいる……?」
「か、誰にも知られず──繋がれてしまった、誰かと」
女の言葉に男は黙る。
ふたりの視線が、別々の画面を見つめながら同じ問いを反芻していた。
「名前も顔もログに残らずに接続されてる……そんな芸当をEWSでできるのは」
「まるで…帰還者みたいね」
「その名を出すな。俺達クラスでは知ってはならない情報だ。たとえ偶然でも」
一瞬、室内の空気が張り詰めた。
ただ、ログ再走査のバーがゆっくりと100%に近づいていくのを、黙って見つめていた。
0
あなたにおすすめの小説
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
転生?したら男女逆転世界
美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。
※カクヨム様にも掲載しております
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】
異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。
『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。
しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。
そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる