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第2章 境界線上のカタチ / Madonna Borderline

第18話 監視室の不穏

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壁一面に並ぶモニターは、眠らない眼のように空白の時間を見つめ続けていた。

EWS監視室──窓も時計もないこの部屋では昼夜の区別すら意味を持たない。時間は“ログ”としてのみ記録され、人の感覚からは徐々に薄れていく。

男と女が無言で椅子に座り、モニター群を眺めていた。

「異常ゼロ。今夜も平和ってやつか」

男がタブレットを指先でなぞりながら、ため息まじりに言う。無精髭に手をやる様子は、倦怠というより習慣に近い。

一方、女は端末に目を落としすでに済ませたはずのログの再チェックを静かに繰り返していた。

「……“何もない”を確認するのも仕事よ」

「真面目だな、お前は。見習いたいけど見習えないわ」

軽口を交わす声すらどこかしら抑制された温度だった。ここでは会話さえも情報のひとつにすぎない。

モニターのひとつが数値の上昇を告げた。すぐに収まったその揺らぎに、女がちらりと視線を送る。

男は気づいていないふりをしたまま、タブレットに目を戻した。

「今月も該当なし。ついでに例の“401”も動きなし、っと」

男がログの走査結果を読み上げ、椅子の背にもたれる。報告というより独り言の延長線上。そこには安堵も緊張もなかった。

「あれから401に関するエラー、何も出てないな。例の件もホントに存在してるのか、あれ」

女は応える代わりに静かにログの並ぶ画面をスクロールさせていたが、しばらくしてから口を開いた。

「……“探し物”の話?」

「そう。探してるけど、見つからないやつ。いるはずなのに、どこにもいない──そんなもんをログだけで追い続けるって、なかなか業が深い仕事だと思わないか?」

女はわずかに眉を動かしつつも、視線を画面から外さなかった。

「ログやアーカイブを見てるつもりで、実際は“誰か”を探してる──そんな気がしてるのね、あんた」

「いや。気がしてるんじゃなくて、そうなんだろ。接続ログでも映像でもない。“人物そのもの”を追ってる感覚がある」

男の声音には、冗談めいた軽さの中にわずかな真剣さが混じっていた。

女は一度だけスクロールを止め、画面に映る過去ログのひとつを静かに見つめた。そこに映っていたのはもう誰も再生しない空白の記録だった。

「このシステム、運用開始からまだ二年だ。アプリをローンチして半年……何もかも分かった気になってるのが、一番危うい」

男がそう言って、背もたれに深く体を預けた。タブレットの画面には初期の設計図の断片と仕様書が並んでいる。

自分でこんなものを今さら掘り返すのか、彼自身もわからないまま指を止めた。

「設計上双方向通信はできない。干渉なんてあっちゃいけない。俺たちもそう教わったし、実際そう思ってた」

女は黙ったまま小さくタップを続けていたが、やがてぽつりとこぼした。

「でも私たちが本当に知ってるのって、EWSが“稼げるエンタメ装置”ってとこだけかもしれない」

男は一瞬鼻で笑うように息を吐いた。

「視聴者数と課金額と、ログの正確性。それだけだな。──それ以外のことは、知る必要がないってやつだ」

けれども彼はすぐに笑みを引っ込め女をじっと見た。その瞳には確かに引っかりを語っていた。

「……ほんとに、それだけなのか?」

返答はなかった。

タイミングがいいのか悪いのか、二人の端末が通知音を同時に奏でた。

画面に浮かび上がった通知は通常のレポート提出とは明らかに扱いが異なっていた。男の声がわずかに低くなった。

「……おい、これ。提出者の権限、レベル4以上。つまり……上級役員クラスだぞ」

「401関連の過去ログ、再走査指示。添付ファイルあり。提出者は匿名」

女が読み上げながら眉をひそめる。
その口調はいつも通り冷静だったが、画面を見つめる視線だけが強くなっていた。

「401は“終了案件”だったはずだろ。上がまた掘り返すってのは……気になるな」

男は椅子を回転させ、腕を組む。しばし黙考したのち、ぽつりと呟いた。

「誰かがまだ終わってないと思ってる。──あの現象を、ちゃんと定義できてないから、ってことか」

ログ再抽出の操作を始めると、画面に過去の映像リストが次々に並んでいく。ところどころ、アクセス権限不足や記録欠損を示す赤い表示が混じっていた。

「……ここ、抜けてる。アクセス制限か、上書き消去」

「削除権限は本部しか持ってない。つまり──本部が“消した”のに、“また見たい”って言ってきた」

男はそれを皮肉るように笑った。

「揺れてんのは、あっちのほうかもしれねぇな。お偉方ってやつは」

女は応えず、ただ静かに頷いてログの抽出処理を続けた。

「──で、結局さ。401と繋がってるのは誰なんだ?」

男が、再走査中のプログレスバーをじっと見つめたまま口を開く。

動きのないバーを前に沈黙が積み重なる。
女は間を置いてからいつも通りの調子で返す。

「未出。存在しない、が公式見解」

「それで終わらせるには、あまりに“生っぽい”反応だったんだよな……」

男の言葉に女は指先でログの映像を一つ再生する。

「“接続してる”というより、“繋がってしまった”のかも」

「ユーザー側に何かしたやつがいる……?」

「か、誰にも知られず──繋がれてしまった、誰かと」

女の言葉に男は黙る。
ふたりの視線が、別々の画面を見つめながら同じ問いを反芻していた。

「名前も顔もログに残らずに接続されてる……そんな芸当をEWSでできるのは」

「まるで…帰還者みたいね」

「その名を出すな。俺達クラスでは知ってはならない情報だ。たとえ偶然でも」

一瞬、室内の空気が張り詰めた。
ただ、ログ再走査のバーがゆっくりと100%に近づいていくのを、黙って見つめていた。
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