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第3章 光と影の女たち / Goddess in the Doorway

第22話 芽吹く静寂

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街が静けさを取り戻した。

焼けた石畳からはまだ薄く煙が立っている。
裂けた壁、崩れた屋根、割れた窓──そこに風が吹き抜けるたび、瓦礫が小さく音を立てた。

焦げた木材の匂いと、鉄と血のにおいが、混ざり合って鼻を刺す。

ただ空には光が残っていた。

ロアの魔術が描いた幾重もの光陣がゆっくりと消えていく。その余韻はまだ空気に温度として漂っていた。

さっきまで光に包まれていた街の中心には、人々が少しずつ戻ってきていた。

子どもを抱きしめる母親。
肩を貸し合いながら歩く冒険者たち。
壊れた屋台を前に、呆然と立ち尽くす男。

戦いは、終わったのだ。

ハナラは崩れかけた階段に腰を下ろしていた。
瓦礫の感触は冷たくて硬いが今はそれがちょうどいい。風が吹くたび、フードがはためく。

視線の先に何を見ているのだろうか。

「…これで一難は去ったかな」

独り言のように呟いて、背もたれのない段差に背を預ける。目を閉じるわけでもなく、かといって周囲を観察するでもない。

「ジャスクだ!」

「ありがとう、命の恩人!」

遠巻きに聞こえてくる声がいくつか。

走り寄ってくる足音もあったが、ハナラは手を軽くひらひらと振っただけだった。

笑うでもなく応えるでもなく。それ以上何かをするでもなく言うでもなく。

火の粉が空に舞っていく。誰かが泣いて誰かが笑った。空にはまだ淡い光が残っている。
石畳に座ったまま、ハナラは空を見ていた。

少ししてふと視線を動かす。
視界の端で、何かが引っかかった。

人の気配ではない。動くものもない。けれどそこだけ空間が違って見えた。薄く歪むような視線がぶつかるような、言葉にならない違和感。

しばらく黙ったまま、それを見つめる。

「…覗かれてるな」

呟くように言うと目を細める。
立ち上がるでもなく、足を運ぶでもなく、ただその場所を見ている。

「誰だお前は」

すぐそばにいた冒険者が振り向いた。

「え?なに?」

ハナラは応えなかった。

周囲の喧騒が少しずつ戻り始めていたが、その一点だけ、音が届いていないように感じられた。



画面の中で、誰かがこちらを見ていた。

ユウは部屋で突っ立ったままスマホを握りしめていた。映像の中にはいつも通り異世界の光景が広がっている。戦いのあとの街。動き始める人々。

その中で、一人だけ──ハナラが画面のこちらを見ているように感じた。

じっと視線を合わせているような錯覚。だがそれは錯覚にしては長すぎた。目が合っているとさえ思えた。

「…見えてるのか?」

思わず声が漏れた。

スマホのスピーカーからは何も返ってこない。
もちろんそれは当然だった。返事があるはずがない。けれど──

No.555トリプルファイブ。術式遮断」

映像の中でハナラの口が動いた。
次の瞬間画面に細かなノイズが走る。

音声は歪み、色彩が滲み、フレーム全体が揺らいだ。ナズの声がかすかに聞こえる。

「どうした?」

「わからない」

ハナラの声ははっきりしていた。

「一連の顛末を見ていたヤツがいる」

ロアが、振り返ることなく言葉を継ぐ。

「敵か?」

「透視じゃない。離れた場所から状況を監視する魔術…そんなの知らない」

ナズが眉をひそめる。

「で──極小範囲の術を遮断か」

ユウはそれをすべて聞いていた。

会話をしているのは分かっても意味は分からなかった。ただ何かが決定的に違ってしまったという感覚だけが、胸の奥で膨らんでいた。

ノイズの向こうで、画面が白く焼かれていく。
色が抜け、音が消え、まるで世界が終わる瞬間のように。そして──

──配信は終了しました──

文字だけが、画面の中央に浮かんでいた。

ユウはスマホを見つめていた。

画面には、もう何も映っていない。

ただ、[配信は終了しました]の文字が、光を失ったまま浮かんでいる。指先でスクロールしても更新しても結果は同じだった。

街の喧騒も、リゼの姿も、すべてが消えていた。

何が起きたのかは分からない。ただ切られた。向こうから断たれたのだということだけははっきりしていた。

喉が渇いていた。

あんなに絶叫したのだ。そして急にのしかる疲労を感じていた。心拍が少し速いことに気づいて、ユウはようやく呼吸を整えようとした。

「……切られた、んだよな」

声に出してみたところで答えはない。そう言わなければ感覚が定まらなかった。イスの背にもたれたまま、ユウはしばらく動かなかった。

胸の奥には何かが残っているが言葉にはならない。映像も、証拠も、今は何もない。

それでも──リゼは、生きていると思った。
それだけは不思議と疑えなかった。

でも、引っかかるものが残っている。
スマホの画面に手を伸ばす。

もう何も映らないその先に向かって、指先が触れる。

「異世界で──いったい、何が起こってるんだ?」
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