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第5章 箱庭の花園 / Secret Garden

第43話 eight-ball

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次の日。

ギルドのホールは、昼下がりのざわめきに包まれていた。

依頼を受けに来た冒険者や報酬を受け取る者たちが行き交い、酒場の片隅では笑い声が弾ける。

そんな喧噪の中で、リゼは立ち止まり、背後に控えるユウを振り返った。

「…紹介するね。ジャスクの3人」

声は淡々としていたが、目の奥にはかすかな緊張があった。

リゼの言葉に促され、ユウはおずおずと歩みを進める。目の前の丸テーブルには、すでに三人の冒険者が腰を下ろしていた。

「おう、リゼ!」

最初に声を張り上げたのはナズだった。浅黒い肌に鋭い眼差し、黒ぐろとした甲冑が存在感を放っている。

豪快な笑みとともにユウの背をどんと叩き、「そうか!ユウか!俺がジャスクのナズだ!よろしくな!」と力強く握手を求めてくる。

「…え、あ、はい…よろしくお願いします」

手のひらに伝わる熱気に、ユウは思わず押し返されそうになる。その様子を横目に、隣のロアは静かに視線を寄せた。

翠の髪が肩に落ち、オレンジの瞳がじっとユウを射抜く。

「…本当に人間?」

無表情のまま淡々と放たれた言葉に、ユウの背筋が固まる。問い返そうにも言葉が出ず、ただ曖昧に頷くしかなかった。

「ちょっとロア」

リゼが眉をひそめる。

「別に、確認しただけ」

彼女は視線を逸らし、再び黙り込んだ。

そんな緊張を切り裂いたのは、ハナラだった。
肘でリゼの腕を小突き、にやりと口角を上げる。

「ねえねえ、紹介って、彼氏紹介? そういうこと?」

「ち、違う!い、いや、か、彼氏だけど…!」

リゼが即座に声を上げた。
その反応に、ハナラはさらに楽しげに笑う。

「へぇ~、顔赤いよ?」

ユウはうつむき、耳まで熱くなるのを感じた。

場の空気に入り込めず、言葉を探す間にナズが肩を叩き、ハナラはクスクスと笑い続ける。ロアの視線だけが冷たく彼を測っていた。

輪に入ろうとすればするほど、居場所のなさが強まっていく。そのぎこちなさが胸に刺さり、ユウは息を詰めた。

──リゼが傍に立っている。
それだけが、唯一の支えだった。



ギルドでの賑わいがひと段落した頃、ユウはふと気づいた。気がつけば、周囲からリゼと他の二人の姿が消えている。

振り向いた先で、ハナラが腰に手を当ててこちらを見ていた。

「ちょっとさ、散歩しない?」

にやりとした笑みを浮かべ、返事を待たずに扉へ向かう。

困惑しながらも後を追うと、昼下がりの陽光が石畳を照らしていた。人通りの少ない裏道に入り、足を止めたハナラは振り返る。

「ねえ、ユウ。あんた、以前リゼが大変だったときに…ずっと見てたんでしょ?」

唐突な問いかけに、ユウは肩を強張らせた。

「…気づいてたんですか」

「そりゃあね。アタシ、そういうの得意だから」

彼女は壁に寄りかかり、瞳を細める。軽薄そうな笑みとは裏腹に、その視線は鋭かった。

「どういう魔術なの? リゼをずっと見て、支えてたやつ」

ユウは息を詰め、目を伏せた。

「ごめんなさい。わからないんです。俺の世界には、魔術なんてないんです」

「ふーん…」

ハナラは肩をすくめ、空を仰いだ。
しばし沈黙が落ち、やがて彼女はぽつりと呟いた。

「で、アタシの特技は横着ロストメモリ

ユウが顔を上げると、彼女はいたずらっぽく笑っていた。

「作った魔術が増えすぎて、いちいち唱えたり構築するのがめんどくさくなったんだよね」

「だから、番号で呼べば即発動できるようにしたの」

「…すごいですね」

素直に漏れた感想に、ハナラは鼻を鳴らした。

「そう思うでしょ? でもね、そのせいかもしれない。生きることまで横着するようになっちゃって」

彼女の笑みが、かすかに陰を帯びる。

「この身体、ほっとくと生命エネルギーが切れて、消えちゃうんだ」

ユウの目が大きく見開かれた。

「消える…?」

「そう。だから生命エネルギーを直接摂取しなきゃいけないの。ここでね」

自分の下腹部を手のひらで軽く叩きながら、あっけらかんと言う。

「だから──好きな人との子ども、アタシできないんだぁ」

あまりに率直な言葉に、ユウは息を呑んだ。答えを探せず、唇が乾く。ハナラは小首を傾げ、今度は真剣な眼差しを向けてきた。

「どんな魔術も、特技も…代償がある」

ユウの胸が痛む。
彼女の声音は軽やかに聞こえるのに、その奥には深い諦めが潜んでいた。

「リゼを守りたい気持ちから…キミの力は特技にまで昇華できると思う。でも代償がある。必ず」

鋭い視線がユウを射抜く。

「それだけは、覚えておいて」

言葉は軽く吐き出されたようでいて、胸に重く沈んだ。ユウは小さく頷くしかなかった。

──「代償」。
その二文字が、心の奥で鈍い鐘のように鳴り響いていた。



リゼはロアと並んで、ギルド裏の小道を歩いていた。それはユウとハナラが話している時間とほぼ同じ頃。

「…ロア」

リゼが声をかけると、隣を歩く彼女は無言で頷くだけだった。普段から感情を見せないロアの横顔は、淡い光の中でさらに無機質に見える。

けれど、その唇がわずかに動いた。

「ナズのこと、どう思ってる?」

唐突な問いに、リゼは目を瞬いた。

「…ナズ?冒険者の先輩として、仲間として、大事な人よ」

ロアは立ち止まり、空を仰いだ。
しばらく口を閉ざしたまま、やがて小さく息を吐いた。

「聞いて欲しい。ナズとは幼馴染。ずっと一緒だった」

声は淡々としていた。

「子どもの頃、私はただ後を追いかけてばかりいた。ナズが木に登れば、私も登った。川に飛び込めば、私も飛び込んだ」

その表情に感情は乏しい。けれど、言葉は確かに熱を帯びていた。

「…気づいたら、好きになってた。けど、言えなかった」

ロアは視線を落とし、両手を重ねる。
その指が微かに震えていた。

「治癒の才能を見出されて、村を出て、修練に明け暮れた。必死だった。…早く戻りたかった。ナズに追いつきたかった。隣に立てるように」

リゼは黙って聞いていた。胸の奥に、小さな棘が刺さる。

「数年後、ナズが冒険者として村を出たと聞いた。私は歓喜した。…ようやく隣に行けると思った」

「だから“治癒”を突き詰めた。診療のためじゃなく、戦場で使える範囲治癒を。仲間を守れる、誰にも負けない力を」

その眼差しは強く、そして苦しかった。

「それが治癒ホーリーグローリー──私の特技」

ロアは拳を握りしめ、吐き出すように続けた。

「でも…戻ったときには、ナズにはもう“好きな人”がいた」

その言葉に、リゼの心がわずかに震える。

「…それがハナラ」

ロアは一瞬、笑った。だがその笑みは痛々しいほど歪んでいた。

「私のほうがずっと昔から好きだったのに…!」

声がかすれる。

「許せなくて!…二人が結ばれているところに、割って入った」

リゼは息を止めた。普段のロアからは想像もできない告白。静かな彼女が、心の奥底に抱えてきた激情。

「でも、ナズは…それでも私を愛してくれてる」

ロアは自嘲するように笑った。

「“ついで”じゃないって。…ちゃんと愛してるって」

言葉は揺れていたが、その目には確かな光があった。

「…それでも、私の中の棘は消えない」

リゼは胸の奥に重い塊を抱えた。
強く、冷静に見えるロアでさえ、こんなにも人間臭い痛みを抱えている。

彼女はただ頷くことしかできなかった。

──仲間を癒すロアの力の裏には、許されない感情と、切り裂かれた想いが渦巻いている。

その告白は、リゼの心に深い影を落とした。



夕刻の街路。石畳に灯されたランプが揺れ、橙の光が影を長く伸ばしていた。

リゼとユウは再び顔を合わせたが、互いの表情は固いままだった。

「…どうしたの?」

リゼが問いかける。声は普段より少し硬い。
ユウは逡巡したのち、唇を噛んで俯いた。

「さっき…ハナラさんに言われたんだ。特技には“代償”があるって」

リゼの眉がわずかに動く。

「代償…?」

「リゼを守りたい気持ちが俺の力を特技まで昇華させるかもしれない。けど、その時…どんな代償を背負うのかって」

リゼは黙り込み、視線を逸らした。
彼女の耳にはまだ、ロアの言葉が残っている。

──「ナズとは幼馴染。ずっと好きだった。でも……ハナラと結ばれて」
──「許せなくて、二人が結ばれているところに割って入った」

仲間たちですら、誰かを好きになることで深い傷を負い、背負い続けている。それが決して珍しいことではないと、今さら思い知らされた。

「……」

二人の間に沈黙が落ちる。
どちらも相手に心の中をさらけ出したくても、言葉にできない。

ユウは口を開いた。

「もし…俺がリゼの隣に立つことで、何かを失う代償を払わなきゃならないとしたら」

その声にリゼの肩がぴくりと揺れた。
彼女はユウの目を見据え、静かに問い返す。

「…それでも、あなたは私を選ぶ?」
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