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第5章 箱庭の花園 / Secret Garden

第42話 衝動は若者の特権

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干し草の香りが濃く、胸の鼓動と重なるように小屋の中に響いていた。

互いの距離はもうなかった。衣服を脱ぎ捨て、肩と肩が触れ、吐息が重なり世界が狭まっていく。

「……ユウ」

震える声が名前を呼ぶたび、鼓動が跳ね上がる。

「リゼ……」

掠れた返事。唇が絡むたび、視界が熱で滲んだ。

リゼは額を預け、小さく囁いた。

「……もう、繋がりたい」

その言葉に、ユウは喉を鳴らした。
答えを探すよりも先に、リゼは続けた。

「でも……ひとつだけ決めてほしいの」

瞳を逸らさずに、彼女は必死に言葉を重ねる。

「魔術があるの……避けるためのものと、赤ちゃんができやすくなるもの……どっちがいい?」

喉が詰まる。
呼吸の間に、彼女の熱と未来の重みが押し寄せてくる。

「……私は、あなたが望む方でいい」

真っ赤な頬で、震える声。それでも瞳は逸らさなかった。

「リゼ……」

名を呼ぶだけで胸が痛い。
──決めなければならない。その答えは……。



「……いいよ、きて」

小さく交わされた声。すぐに、言葉は意味を失っていった。

「…痛っ…あぁっ…」
「リゼ……っ」

きしむ音。ぎし、ぎし、と小屋が小さく揺れる。

「……だめ……そんなに……」

「大丈夫……俺がいる」

吐息が重なり、声が途切れる。
指が絡み、体温がひとつに溶けていく。

ぱさりと毛布が滑り落ちる音。
ドクンと心臓の鼓動が二人の間に反響する。

「……もっと……」

「……離れたくない」

押し殺した声と、細い喘ぎ。湿った音。
森の空気に溶けるたび、小屋の中の世界は二人のものだけになっていった。

小屋の中は、静かになった。
行為のあとの匂いと、二人の荒い呼吸だけがまだ残っている。

「……はぁ……はぁ……」

リゼは乱れた前髪を指先で押さえ、ユウの肩に額を預けていた。胸の鼓動が、まだ落ち着かない。

ユウも同じだった。

背中を支えるように腕を回し、しばらく声が出せなかった。互いの存在を確かめるように、静かに体温を分け合う。

「……ユウ」

小さな声。
呼ばれるたびに、胸の奥が熱を帯びる。

「…もう一回、だめ?」

リゼは、視線を外したまま、ただ肩を寄せ続けた。ユウはそれ以上何も言わず、静かにその重みを受け止めた。

毛布の下、二人は身体を重ね合わせていく。



干し草の上で肩を寄せ合い、ランタンの淡い灯りに照らされた二人は、まだ互いの体温を手放せずにいた。

静寂の中、ユウがぽつりと呟く。

「……これから、どうなるんだろう」

それは無意識に漏れた声だった。けれど、その問いは確かに二人の胸を貫いた。

リゼは一瞬、瞳を伏せる。唇だけがかすかに動いた。

「……生き残るために、私は強くならなきゃいけない」

声は掠れていたが、どこか固い決意を含んでいた。ユウが顔を向けると、リゼは真剣な眼差しを返す。

その瞳は、戦場で剣を振るうときのように鋭く、それでいて揺れていた。

「でも……」

言葉が喉で絡み、一拍の沈黙。
リゼは小さく首を振り、今度は少し震えた声で続けた。

「でも私は……あなたといる未来を選びたい」

その一言に、ユウの胸が熱を帯びる。

彼女の告白はただの感情ではなかった。戦いの世界で日々生き延びるために選び取らねばならない「未来」の形だった。

ユウは迷わなかった。

「……俺も、一緒に生きたい」

吐き出すように、けれど確かに言葉を重ねた。

「リゼと……どんな未来でも、一緒に」

リゼの瞳が潤み、声にならない息を漏らす。
彼女は震える手を伸ばし、ユウの頬をそっとなぞった。

「……本当に、言っちゃったね」

泣き笑いのような表情。ユウはその手に自分の手を重ね、強く握った。

ランタンの炎が揺れるたび、影が重なり、ひとつに溶け合っていく。秘密の小屋は二人の未来を誓う場所に変わっていた。

けれど、リゼの胸にはかすかな棘のような不安も芽生えていた。

「……ユウ」

「ん?」

「これから、どんなことがあっても、隣にいてね」

「もちろん」

短く返した声は、揺るぎない。
互いの未来が、静かな誓いと共に重なっていった。

ふぃに外の森がざわり、と風が枝を揺らした。
その一瞬、鋭い音が夜気を裂く。──枝が折れたのだ。

ユウとリゼは反射的に顔を上げ、互いに目を見交わす。緊張が一気に走る。

小屋の薄い壁一枚の向こう、そこには誰もいないはずの森が広がっている。

ユウは息を殺し、耳を澄ました。
けれど、聞こえてくるのはただ木々のざわめきと、どこか遠くで小鳥が羽ばたく音だけ。

風が梢を揺らし、葉を散らしたに過ぎないのだろう。

「……風、かな」

ユウが呟いたが、リゼの表情は強張ったままだった。

「……違う。わからないけど、何か……」

リゼの瞳は暗闇を射抜くように森の奥を見据えていた。剣の柄に添えた手が、わずかに震えている。

普段なら即座に「大丈夫」と言える彼女が、今は黙り込んでいる。

ユウは思わず彼女の肩に手を置いた。

「平気だよ、リゼ。たぶん、ただの音だ」

リゼの手が、ユウの指をぎゅっと握り締めた。
その強さはまるで「離さない」と言い聞かせるようで、骨がきしむほどだった。

「……この秘密、誰にも奪わせない」

低く、確かな声。けれど、その奥にかすかな震えが混じっているのをユウは感じ取った。
彼女自身も、この時間が脆いことを知っているのだ。

ユウはその手を握り返す。

「守ろう。……ふたりで」

リゼは微かに頷いた。唇を結び、視線をユウに重ねる。その眼差しは、強さと不安とを抱えたまま揺れていた。



やがて二人は毛布を片付け、小屋を出た。

森の外へ戻る道は、冷えた空気が頬を刺す。
木々の間を歩く足音だけが響き、互いの吐息が白く溶けていく。

背後の小屋は、森の奥に沈み込むように静かに佇んでいた。そこに宿った秘密は、確かに二人の絆を強めたはずだった。

──だが。

森のさらに奥、影の深みに。
揺れる木々の間から、その背中を見つめる“視線”があった。

人か、獣か、あるいは──別の何かか。
輪郭すら定かではない。
ただ確かに、二人を追うように視界がそこにあった。

リゼもユウも、その存在に気づくことはなかった。

「……急ごう」

リゼが小さく呟き、歩を早める。

二人の足音は遠ざかっていく。
残された森の奥で、その視線はなお消えず、静かに彼らを追い続けていた。
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