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第5章 箱庭の花園 / Secret Garden
第48話 knowledgespark
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眩い白光が爆ぜ、ユウの輪郭はあっけなく霧散した。
伸ばしていた手は空を切り、指先には温もりの残滓だけが焼き付いている。
リゼは声も出せず、その場に立ち尽くしていた。
部屋には、乱れた家具と彼の気配の残骸が漂っているだけ。
たった今まで隣にいた彼が、跡形もなく消えたという現実だけが重くのしかかる。
耳の奥には、最後に聞いた声がまだ残っていた。
――待ってて。必ず、戻る。
その一言を思い返すたび、胸が強く締めつけられる。脆く崩れそうになる心を必死で支える杭のように、その声を掴み直す。
「……私はユウを信じる」
唇からこぼれた声は、弱々しくも確かだった。彼が残した誓いを信じ抜くこと。それだけが、今の自分にできる唯一のことだった。リゼは拳を握りしめ、涙をこらえて顔を上げた。
胸に宿したその決意は、暗闇に浮かぶ小さな灯のように、彼女をぎりぎりの場所で支えていた。
♢
翌朝の空気は澄んでいるのに、リゼの胸は重かった。
夜のうちに涙は一滴も出なかった。ただぽっかりと穴が空いたまま、彼の温もりを思い出そうとすればするほど胸が痛んだ。
冒険者ギルドの扉を押し開けると、すでにジャスクの三人は揃っていた。
ハナラは腕を組んで壁際に立ち、ロアは分厚い書類を広げて読み込み、ナズは椅子を後ろに傾けて足を投げ出している。
その光景はいつも通りのはずなのに、ユウがいないだけで色褪せて見えた。
「……ユウが、いなくなったの」
声を絞り出した瞬間、三人の視線が一斉に集まった。ハナラの表情が険しくなり、ロアは黙って本を閉じ、ナズは口笛を吹くのをやめた。
リゼは深く息を吸い、昨夜の出来事を話した。
突然、白い光に包まれ、抗う間もなく元の世界に引き戻されてしまったこと。
沈黙が落ちた。その重苦しい空気を破ったのはハナラだった。
「その“ハイシン”だっけ? 要は覗いてくる魔術は遮断してる」
「遮断……?」
リゼが聞き返す。
ハナラは顎を軽くしゃくって補足する。
「だからリゼのことは向こうの世界からは見えなくなってる。あんたを覗く眼は、今はもう届かないのよ」
リゼははっとした。
ユウがこちらを見ようとしても、今は何も映らないということ――。それは、彼との絆が一方的に途切れたことを意味していた。
「ユウくんはリゼを見ることができない。……ならばどうするのか」
ロアが静かに言葉を落とした。
問いは突き放すようでいて、真剣な響きを帯びていた。どうすれば、再び繋がれるのか。リゼの胸に新たな焦燥が芽生えた。
沈黙を埋めるように、ナズがぽんと手を打った。
「なんか聞いたことある話なんだよなー……なんだっけ?」
唐突な一言に、リゼは顔を上げる。ロアが目を細め、思い出すように口を開いた。
「それ、“魔素に愛された男”の話?」
「違うわよ。“魔素を愛した男”の話でしょ」
ハナラがきっぱりと否定する。
二人の声が重なると、ナズは苦笑して肩を竦めた。
「あの頃はパーティ組んでなかったし、みんなバラバラだったから聞いてた噂も違う。どっちが本当かなんて、誰も知らねぇよ」
「けれど――」
ロアが低い声を重ねる。
「確かにそんな呼び名で語られる人物がいた」
「ある者は“愛された”と言い、ある者は“愛した”と語る。どちらにせよ、この世界の住人ではなかったそうだ」
リゼは黙って耳を傾けていた。魔素に愛される? 魔素を愛する?
そのどちらも、自分の理解を越えた言葉だった。
「……実際に存在したの?」
小さく漏らした問いに、ジャスクの三人は顔を見合わせた。
「真偽は分からない。だが、語り継がれる時点で只者じゃなかったんだろうな」
ナズがそう言って笑うと、場に一瞬だけ柔らかな空気が流れた。
だがリゼの胸の奥には、言葉の残響が重く沈む。
“魔素に愛された男”――その伝説は、今のユウと無関係ではない気がしてならなかった。
「彼が同じ世界にいるのであれば、感知している可能性が非常に高い。おそらく邂逅する」
ロアの言葉は淡々としていたが、そこには確かな手応えが感じられた。リゼの胸がわずかに熱を帯びる。
――ユウが再びこちらに辿り着ける、その可能性が示されたのだ。
しかし、その光をすぐに遮る声があった。
「だったら問題ないわね。問題はクラヴァル」
ハナラが腕を組み直し、厳しい調子で言う。
ナズが片眉を上げた。
「その覗き見?はクラヴァルの方は続いてるんだろ? で、ユウに対してアプローチしてる、と」
ロアは頷き、冷ややかに言葉を継ぐ。
「アプローチそのものは自由だ。だがそれが向こうの世界で公開されている。結果として――“ユウ探し”が始まっていると推察できる」
「針の筵ね~」
ハナラは肩を竦め、唇に皮肉な笑みを浮かべた。
「リゼには申し訳ないけど、ユウ、そんなタフには見えなかったから」
その言葉が突き刺さり、リゼは胸を押さえた。現実側でユウがどれほど追い詰められているのか、想像するだけで息が詰まる。
あの優しい彼が、群衆の好奇と嘲笑に晒されているのだ。
(ユウ……大丈夫?)
脳裏に浮かぶのは、震える手でスマホを握りしめる彼の姿。クラヴァルの視線は獰猛で、視聴者の目は容赦なく彼を囲む。
リゼは歯を食いしばり、祈るように拳を握った。
その小さな仕草を、ジャスクの三人は見逃さなかった。誰も軽口を叩かなかった。
ただそれぞれの思惑を胸にしまいながら、ユウを案じるように沈黙を保った。
重い空気の中で、リゼは深く息を吸った。胸の奥に広がる不安は消えない。
クラヴァルの存在は脅威でしかなく、ユウは今まさに孤立無援の状態に置かれている。リゼは顔を上げ、真っ直ぐにジャスクの三人を見据えた。
「きっと大丈夫。世界もクラヴァルも乗り越えて……ユウは必ず帰ってくる。だから、ハナラ」
呼びかけると、ハナラはじっと彼女を見返した。
「……いいのね?」
短い問いに、リゼは力強く頷いた。
「うん。お願い」
ハナラは目を閉じ、しばしの沈黙ののち、手をかざす。
「……術式解除」
淡い光が指先から零れ落ち、見えない壁のように張られていた結界がほどけていく。
リゼの背に、風が吹き抜けた気がした。
彼女は小さく息を吐き、微笑んだ。
「ありがとう」
ぽつりと零れた言葉は、心の底からの感謝だった。
「そうさ!」
ナズが明るく声を張った。
「外野の声なんて気にするな! 俺たちがついてる!」
豪快な笑みに、リゼの胸にほんのわずか安堵が宿る。
♢
リゼはひとり、窓辺に立ち、星のまたたく夜空を見上げた。遠い空の下にユウがいる。彼は今、どんな目に遭っているのだろう。
クラヴァルの冷たい瞳が彼を捕らえているのかもしれない。
それでも――リゼは目を閉じ、強く祈った。
(ユウ……私は信じてる。必ず、帰ってきて)
小さな囁きは夜風に溶け、星々の間へ消えていった。
伸ばしていた手は空を切り、指先には温もりの残滓だけが焼き付いている。
リゼは声も出せず、その場に立ち尽くしていた。
部屋には、乱れた家具と彼の気配の残骸が漂っているだけ。
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――待ってて。必ず、戻る。
その一言を思い返すたび、胸が強く締めつけられる。脆く崩れそうになる心を必死で支える杭のように、その声を掴み直す。
「……私はユウを信じる」
唇からこぼれた声は、弱々しくも確かだった。彼が残した誓いを信じ抜くこと。それだけが、今の自分にできる唯一のことだった。リゼは拳を握りしめ、涙をこらえて顔を上げた。
胸に宿したその決意は、暗闇に浮かぶ小さな灯のように、彼女をぎりぎりの場所で支えていた。
♢
翌朝の空気は澄んでいるのに、リゼの胸は重かった。
夜のうちに涙は一滴も出なかった。ただぽっかりと穴が空いたまま、彼の温もりを思い出そうとすればするほど胸が痛んだ。
冒険者ギルドの扉を押し開けると、すでにジャスクの三人は揃っていた。
ハナラは腕を組んで壁際に立ち、ロアは分厚い書類を広げて読み込み、ナズは椅子を後ろに傾けて足を投げ出している。
その光景はいつも通りのはずなのに、ユウがいないだけで色褪せて見えた。
「……ユウが、いなくなったの」
声を絞り出した瞬間、三人の視線が一斉に集まった。ハナラの表情が険しくなり、ロアは黙って本を閉じ、ナズは口笛を吹くのをやめた。
リゼは深く息を吸い、昨夜の出来事を話した。
突然、白い光に包まれ、抗う間もなく元の世界に引き戻されてしまったこと。
沈黙が落ちた。その重苦しい空気を破ったのはハナラだった。
「その“ハイシン”だっけ? 要は覗いてくる魔術は遮断してる」
「遮断……?」
リゼが聞き返す。
ハナラは顎を軽くしゃくって補足する。
「だからリゼのことは向こうの世界からは見えなくなってる。あんたを覗く眼は、今はもう届かないのよ」
リゼははっとした。
ユウがこちらを見ようとしても、今は何も映らないということ――。それは、彼との絆が一方的に途切れたことを意味していた。
「ユウくんはリゼを見ることができない。……ならばどうするのか」
ロアが静かに言葉を落とした。
問いは突き放すようでいて、真剣な響きを帯びていた。どうすれば、再び繋がれるのか。リゼの胸に新たな焦燥が芽生えた。
沈黙を埋めるように、ナズがぽんと手を打った。
「なんか聞いたことある話なんだよなー……なんだっけ?」
唐突な一言に、リゼは顔を上げる。ロアが目を細め、思い出すように口を開いた。
「それ、“魔素に愛された男”の話?」
「違うわよ。“魔素を愛した男”の話でしょ」
ハナラがきっぱりと否定する。
二人の声が重なると、ナズは苦笑して肩を竦めた。
「あの頃はパーティ組んでなかったし、みんなバラバラだったから聞いてた噂も違う。どっちが本当かなんて、誰も知らねぇよ」
「けれど――」
ロアが低い声を重ねる。
「確かにそんな呼び名で語られる人物がいた」
「ある者は“愛された”と言い、ある者は“愛した”と語る。どちらにせよ、この世界の住人ではなかったそうだ」
リゼは黙って耳を傾けていた。魔素に愛される? 魔素を愛する?
そのどちらも、自分の理解を越えた言葉だった。
「……実際に存在したの?」
小さく漏らした問いに、ジャスクの三人は顔を見合わせた。
「真偽は分からない。だが、語り継がれる時点で只者じゃなかったんだろうな」
ナズがそう言って笑うと、場に一瞬だけ柔らかな空気が流れた。
だがリゼの胸の奥には、言葉の残響が重く沈む。
“魔素に愛された男”――その伝説は、今のユウと無関係ではない気がしてならなかった。
「彼が同じ世界にいるのであれば、感知している可能性が非常に高い。おそらく邂逅する」
ロアの言葉は淡々としていたが、そこには確かな手応えが感じられた。リゼの胸がわずかに熱を帯びる。
――ユウが再びこちらに辿り着ける、その可能性が示されたのだ。
しかし、その光をすぐに遮る声があった。
「だったら問題ないわね。問題はクラヴァル」
ハナラが腕を組み直し、厳しい調子で言う。
ナズが片眉を上げた。
「その覗き見?はクラヴァルの方は続いてるんだろ? で、ユウに対してアプローチしてる、と」
ロアは頷き、冷ややかに言葉を継ぐ。
「アプローチそのものは自由だ。だがそれが向こうの世界で公開されている。結果として――“ユウ探し”が始まっていると推察できる」
「針の筵ね~」
ハナラは肩を竦め、唇に皮肉な笑みを浮かべた。
「リゼには申し訳ないけど、ユウ、そんなタフには見えなかったから」
その言葉が突き刺さり、リゼは胸を押さえた。現実側でユウがどれほど追い詰められているのか、想像するだけで息が詰まる。
あの優しい彼が、群衆の好奇と嘲笑に晒されているのだ。
(ユウ……大丈夫?)
脳裏に浮かぶのは、震える手でスマホを握りしめる彼の姿。クラヴァルの視線は獰猛で、視聴者の目は容赦なく彼を囲む。
リゼは歯を食いしばり、祈るように拳を握った。
その小さな仕草を、ジャスクの三人は見逃さなかった。誰も軽口を叩かなかった。
ただそれぞれの思惑を胸にしまいながら、ユウを案じるように沈黙を保った。
重い空気の中で、リゼは深く息を吸った。胸の奥に広がる不安は消えない。
クラヴァルの存在は脅威でしかなく、ユウは今まさに孤立無援の状態に置かれている。リゼは顔を上げ、真っ直ぐにジャスクの三人を見据えた。
「きっと大丈夫。世界もクラヴァルも乗り越えて……ユウは必ず帰ってくる。だから、ハナラ」
呼びかけると、ハナラはじっと彼女を見返した。
「……いいのね?」
短い問いに、リゼは力強く頷いた。
「うん。お願い」
ハナラは目を閉じ、しばしの沈黙ののち、手をかざす。
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彼女は小さく息を吐き、微笑んだ。
「ありがとう」
ぽつりと零れた言葉は、心の底からの感謝だった。
「そうさ!」
ナズが明るく声を張った。
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豪快な笑みに、リゼの胸にほんのわずか安堵が宿る。
♢
リゼはひとり、窓辺に立ち、星のまたたく夜空を見上げた。遠い空の下にユウがいる。彼は今、どんな目に遭っているのだろう。
クラヴァルの冷たい瞳が彼を捕らえているのかもしれない。
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