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第5章 箱庭の花園 / Secret Garden

第49話 歪みを追って

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翌日。

冒険者ギルドの広間はいつも通りのざわめきに包まれていた。依頼を探す者、談笑する者、武具を整える者。

それぞれの喧噪が交じり合うなか、リゼは足を踏み入れた。

その瞬間、冷たい気配が走る。

「リィゼェ~」

甘ったるい声が、広間を裂くように響いた。
振り向くと、ギルドの奥に立つ白い影。
クラヴァルがそこにいた。

まるで舞台に登場する役者のようにゆったりと歩を進め、周囲の視線をものともせずリゼへ真っ直ぐ向かってくる。

「また来ちゃった」

「…クラヴァル」

リゼの声は自然に硬くなった。先日の余韻がまだ胸に残っている。

「ねえ…ユウと繋がってるんでしょう? 私にも会わせなさいよ!」

あまりに露骨な物言いに、ギルドの空気が一瞬ざわめく。事情を知らぬ冒険者たちが互いに目を見交わす中、リゼは静かに言い返した。

「ユウはここにはいないわよ」

その一言に、クラヴァルの瞳が大きく見開かれる。

「……は?…来ていたの?ユウが?」

一歩近づいてくる気配に、リゼの心臓が早鐘を打つ。

だが口を閉ざし、答えなかった。沈黙が何よりの肯定に変わるのをわかっていても、口にするわけにはいかなかった。

クラヴァルは数秒の沈黙ののち、低く笑みを漏らした。

「世界を…渡るチカラ。やっぱりユウは…私こそ、ふさわしい」

リゼの胸が熱くなる。

「……あなたには、ユウは渡さない!」

声が広間に響いた瞬間、周囲のざわめきは静まり返った。リゼの瞳は真っ直ぐクラヴァルを射抜いていた。

クラヴァルの瞳に宿る光は、執着の色を帯びていた。一歩、また一歩と近づきながら声を震わせる。

「ユウは……私のもの。あの人の力は、私にこそ相応しいのよ!」

リゼは一歩も退かずに言い返す。

「ユウは、そんなものじゃない。何度でも言う!あなたには絶対に渡さない!」

瞬間、クラヴァルの表情が歪み、怒りを隠さなくなった。

「……なんですって!」

その叫びと同時に、彼女の手がリゼの襟元を掴もうと伸びる。

反射的に身を引いたリゼの視界を遮るように、がっしりとした腕が割り込んだ。

「それくらいにしてくれないか、お嬢ちゃん」

ナズだった。無造作にクラヴァルの手首を掴み、力を込めずともびくともしない。

クラヴァルは振り払おうとするが、まるで岩を相手にしているかのように動かない。

「離しなさい!」

ギロリと睨む眼光は、鋭い刃のようだった。

「これ以上は静観できないわよ」

ハナラが低い声を投げかける。彼女は掌をクラヴァルに向けていた。

「ブチ砕くぞ、クソガキが」

ロアが椅子を蹴り飛ばし、拳がギギギと鳴っている。その声音は本気だった。

「お、おいロアちゃん、落ち着いて」

ナズが片手で制しながら笑う。しかしその眼差しは鋭さを失っていない。

数瞬のにらみ合い。クラヴァルは唇を噛み、やがて大きく息を吐き出した。

「……ふんっ」

短い嘲りを残し、手を引っ込めると踵を返した。広間を見渡すように視線を走らせ、誰も彼女を止められないことを確認するかのようにゆっくり歩き出す。

扉が軋む音と共に、クラヴァルの姿はギルドから消えた。

静まり返った広間には、緊張の残滓だけが漂っていた。リゼは胸を押さえ、震える呼吸を整える。その瞳には、確かに消えぬ強さが宿っていた。



クラヴァルは歩みを止め、扉越しに響いていたざわめきを振り返る。

「……ユウが、来ていた?」

唇がゆるみ、笑いがこみ上げる。悔しさと歓喜が入り混じった声が喉を震わせた。

「リゼの態度……隠すつもりだったのに、図星だったみたいね」

胸に手を当てると、そこに残っている微かな気配が確かにあった。ユウがこの世界に触れた残り香。普通の者なら感じるはずもない痕跡を、彼女は嗅ぎ分けていた。

「……ふふ、やっぱり。繋がってる……」

瞳を閉じ、思い出すのは母の声。かつて耳元で囁かれた、不思議な言葉。

――“あどれす”を掴めば、道は開く――

当時は意味も分からず聞き流していたが、今なら分かる。匂いのように漂う残滓を辿れば、必ず辿り着けるのだ。

「私なら……できる」

細い肩を震わせながら、クラヴァルは自らの胸を叩いた。その瞳には、もはや少女のあどけなさはなかった。



ラーメン屋の奥。
狭い座敷に腰を下ろしたユウの前で、帰還者は無造作に湯呑を置いた。

薄暗い室内には、湯気と油の匂いが混じっている。だがユウの意識は、今や別のものに集中していた。

「言ったろ。お前は魔素を“使える”が、“理解していない”」

帰還者の声は低く、しかし刺すような鋭さを含んでいた。ユウは唾を飲み込み、拳を握った。

「…理解する、って…どうやれば」

「簡単だ。感じろ」

帰還者はユウの手を取り、掌を開かせる。

「空気に漂う粒子の流れを掴め。呼吸に混じって体内に入るもの、それが魔素だ」

「この店には薄くだが魔素がある。集まっているところがテナントだった。だからここで店をやっている」

ユウは息を整え、瞼を閉じた。

耳の奥で鼓動が響く。静寂の中に、確かに何かが脈打つ気配を感じた。光の粒が指先をかすめるような、微かな感覚。

「…これが…?」

掠れた声と同時に、人差し指の先が淡く光を帯びた。だが次の瞬間、頭を殴られたような衝撃が走る。

「――ッ!」

視界がぐらりと揺れ、吐き気が込み上げた。

「やめろ、もういい」

帰還者が制して腕を支える。ユウは荒い呼吸を繰り返し、冷や汗を滴らせた。

「…すみません、俺…」

「謝ることはない」

帰還者は短く切り捨てるように言った。

「まだ体が順応していない。だが、触れられただけでも一歩だ」

ユウは唇を噛んだ。指先の光は消えたが、確かにそこにあった。自分の意志で掴みかけた力――それを見失うわけにはいかない。

「…リゼを守るためなら、何度だってやります」

顔を上げたユウの瞳には、疲弊を超えた強い光が宿っていた。
帰還者は短く鼻を鳴らし、その姿を黙って見守った。

三者の想いが同じ夜空の下で交差し、物語は新たな局面へと向かおうとしていた。
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