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第7章 失われた代償 / Price-Cost

第65話 Way of (twinkle)future

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砂漠での死闘から数日。

リゼは大都市アヴラスの一角に滞在していた。

整った宿の部屋、食事も欠かさず届く。だが、それが誰の采配によるものか、彼女は知らない。

──クラヴァルが裏で手を回していることを。

「……人が、多い」

石畳を踏みしめながら市場を歩くたび、胸の奥がざわついた。砂漠の孤独とは違う。雑踏のざわめきに、逆に自分が浮いてしまう。

ナズも、ハナラも、ロアもここにはいない。

剣を腰に下げながら、リゼは人の波に飲み込まれないよう足を止めた。

「ユウ……」

無意識に、唇からその名がこぼれる。一度結ばれたのに、離ればなれ。次はいつ会えるのかも分からない。その不安が、大都市の喧噪の中でいっそう濃く胸に沈んでいく。

小さく拳を握りしめる。

「会いたい」──ただその想いだけが、彼女の支えだった。

人のざわめきに足を止め、胸の奥でユウの名を呟いた瞬間だった。空気がふっと震えた。

視界の端に、光の継ぎ目のような裂け目が浮かび上がる。そこから滲み出す、懐かしい気配。

「……え?」

リゼが目を見開いた時、光の中から少年の影が踏み出した。スマホを片手に、荒い息をつきながら、それでもまっすぐにリゼを見つめる顔。

「……ユウ!」

叫ぶより先に、身体が動いていた。リゼは駆け寄り、その胸に飛び込む。ユウも驚きながら腕を広げ、彼女を強く抱きしめ返した。

「遅れて……ごめん」

「……ほんとに、来てくれたんだ」

瞳の端から涙が零れ落ち、ユウのシャツに染みていく。彼はそっと髪を撫で、耳元で囁いた。

「会いたかったよ」

胸に広がる温もりに、リゼは力が抜けるほどの安堵を覚えた。市場のざわめきも、街の喧噪も、今はもう遠い。

世界に残されたのは、ユウの声と抱擁だけだった。

「ここじゃ……落ち着けないな」

ユウが耳元で囁くと、リゼは名残惜しそうに彼の胸から顔を上げた。

「どこか、二人だけになれる場所……」

「なら、一緒に戻ろう」

ユウはリゼの手を握り、その掌に意識を集中させる。バインドの力が脈打ち、指先から光が走った。

「ユウ……?」

「大丈夫。君となら、扉は開ける」

目の前の景色が変わり二人は歩みを進める。
次に足元を踏みしめたとき、そこはアヴラスではなく、懐かしい都市の広場だった。

「……戻ってきた」

リゼの瞳が大きく揺れる。見慣れた石畳、街角の香り。一度は離れたこの場所に、ユウと共に立っている。彼女は握られた手に力を込め、胸の奥から笑みが溢れた。

「ユウがいてくれるなら、どこにだって帰れる」

「そうだよ。リゼと一緒なら、きっと」

二人は互いに見つめ合い、繋いだ手を離さずに歩き出した。もうその温もりを手放すつもりはなかった。



人で賑わう市場の通りに、二人の足音が並んだ。

ユウはきょろきょろと露店を見回し、リゼは横で小さく笑っている。

「うわ……焼いてるの全部肉じゃん」

「串に刺すと何でもおいしそうに見えるの、不思議ね」

リゼは屋台で買った串焼きを口に運び、目を丸くした。

「ん……! 熱い、けど……おいしい!」

「ははっ、猫舌のくせに勢いよすぎ」

ユウも一口かじり、口の端を火傷しそうになって慌てる。リゼは思わず吹き出し、肩を震わせた。

「ほら、私のこと笑えないでしょ?」

「……リゼに笑われるのは、別にいいかも」

リゼの頬が赤く染まり、視線を逸らす。
市場のざわめきに紛れて、二人の距離はまた少し近づいていった。果物の露店で、リゼが真っ赤な実を指さす。

「これ、ユウも食べてみて」

「あーんってするの?」

「な、なによその言い方っ……! ……あ、あーん」

慌てて差し出すリゼの手。
ユウは照れ隠しの笑みを浮かべながら、そっと口に含んだ。

「……甘い」

「そ、そう。……よかった」

その瞬間、後ろから駆けてきた子どもが二人の間をすり抜け、リゼが体勢を崩す。ユウはとっさに手を取った。そのまま指が絡まり、互いの掌がぴたりと重なる。

「……あ」

「……」

市場の喧騒の中で、二人だけの空気がゆっくりと育っていく。



森の奥にひっそりと佇む小屋。
扉を閉めた瞬間、外のざわめきはすべて消えた。

「ここなら……誰にも邪魔されない」

リゼの声は小さく、それでいてどこか震えていた。ユウは頷き、彼女をそっと抱き寄せる。

最初の口づけは触れるだけ。だが一度離れた唇は、すぐにまた求め合うように重なった。

「ユウ……」

「リゼ……」

名前を呼ぶたび、互いの想いが募っていく。
抱きしめた腕に力がこもり、息遣いが近づく。

やがて震える指先が、布の端をそっと掴んだ。
ためらいと熱が入り混じり、ゆっくりと衣服を外していく。

一枚、また一枚。

素肌に触れるたびに、鼓動が重なり合い、熱が溶け合う。視線が絡み、唇が再び吸い寄せられるように結ばれる。

離れることができず、何度も、深く。
まるで互いの存在を確かめ尽くすかのように、口づけは甘く激しく重なっていった。

「もう……離さない」

「離れたくない……」

小屋の中には、二人の吐息と鼓動だけが満ちていた。



世界は狭く、温もりだけで完結していた。
小屋の窓から差し込む光が、ゆっくりと傾いていく。外はもう夕暮れ。橙に染まる光が、二人の影を長く伸ばしていた。

リゼはまだユウの肩に頬を寄せていた。
熱の余韻に包まれ、指先は彼の背中を離そうとしない。

「……ユウ、また帰っちゃうの?」

寂しげな問いかけに、ユウは苦笑しながらも、彼女の髪を撫でた。

「まだやることがある…必ずまた来る」

「……約束」

「約束だ」

二人は最後にもう一度、静かに唇を重ねる。
今度の口づけは甘さよりも、確かな誓いのように深く。

小屋を出て、ユウの前の空間が口を開ける。
あの二人の世界を繋いだフレームのような青白い光。

「……!」

リゼはその手を離すまいと握りしめた。
ユウは微笑み、握り返す力を残して囁いた。

「リゼ、待ってて」

「……待ってる」

光が弾け、温もりが消える。
小屋に残されたのは、リゼひとり。
けれど、彼女の胸には確かに刻まれていた。

──もう一人じゃない。

また必ず、彼は戻ってくる。

その確信を抱きながら、リゼは静かに目を閉じた。
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