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第8章 それは配信を超えた物語 / the beginning
第73話 スタア誕生前夜
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午後の柔らかな光が、職員室脇の面談室に差し込んでいた。
机の上には、進路希望調査票が一枚。
その欄はすべて空白のまま、無言でユウを責め立てていた。
「…はぁ…城野」
真宮先生が眼鏡の奥からじっと覗き込む。声は穏やかだが、決して逃がさない重さがあった。
「どうして何も書いてないの?」
拳を握ったまま、ユウは言葉を探した。
頭ではいくつも答えが浮かぶ。大学、就職、曖昧な“未定”。
でも口から出たのは、それらではなかった。
「異世界で、生きていきたいんです」
空気が一瞬止まった。
自分でも驚くほど素直に出た言葉。先生の眉がわずかに動く。
「他の選択肢は? 君にはまだ無限に道があるはずよ」
その瞬間、頭の奥に声が響いた。
「向こうの世界で生きていくのもひとつの道だ」
「だが道はそれだけじゃない」
帰還者の低い声が、鮮やかに甦る。
胸の奥に冷たい鉄が差し込まれるような感覚に、ユウは小さく息を詰めた。
「……考えてみます」
かろうじてそう答えると、先生はじっとユウの顔を見つめた。
間を置いて、話題を変えるように問いかける。
「SNSでの騒ぎ、見てるわよね。平気なの?」
ユウは机に置いた拳を強く握りしめる。
「正直、キツイです。何を言われても心臓が潰れそうで……」
言葉が詰まる。だが次に零れた声は、鋭く強かった。
「でも、二人がいるから平気なんです」
「二人?」
「リゼと、クラヴァルが」
先生は目を細め、静かに吐息を漏らした。
「…二人、ね」
その響きには憂いと警戒が混じっていた。ユウの視線の先には希望がある。だが同時に、危うい執着の光も宿っている。
真宮は机に手を置き、しばし言葉を探した。
(この子は……どこまで行ってしまうのかしら)
午後の光が調査票の白紙を照らし、そこに書かれるべき未来の輪郭をなおさら空虚にしていた。
♢
面談を終えて部屋を出ると、午後の風が制服の袖を揺らした。
ユウはポケットの中でスマホが震えているのに気づき、画面を覗き込む。
[クラヴァルちゃん来てるわよ]
差出人は母親。短い一文に、胸の奥が大きく跳ねた。
つい先ほどまで「二人がいるから平気」と言ったばかりだ。だが実際にクラヴァルが自宅に現れていると知ると、ただの言葉ではなく現実として迫ってくる。
横を歩いていた真宮先生が、不思議そうにユウを見やった。
「どうかしたの?」
ユウは迷った。ここで誤魔化すこともできる。けれど胸の奥でざわつく衝動が、ためらいを押し流した。
「先生……会わせたい人がいます」
真宮の足が止まる。
「会わせたい人?」
訝しげに眉を寄せるが、ユウの表情は真剣そのものだった。
「信じてもらえないかもしれません。でも、先生にだけは見てもらいたいんです」
風が吹き抜け、校舎の窓がかすかに軋む。
真宮は短く息を吐き、軽く顎を引いた。
「いいわ。どこに行けばいいの?」
その声色には警戒もあったが、それ以上に、教師としての責任感と、目の前の生徒の真剣さに押された気配があった。
♢
家の玄関を開けた瞬間、ほんのりと甘い香りが漂ってきた。
母が誰かと談笑している声が奥から聞こえ、ユウの背筋が強張る。
「おかえり、ユウ。あら真宮先生まで」
「お邪魔します」
「いえいえ、ああそうクラヴァルちゃん、先に上がって待ってるわよ」
母は何気なく言い、台所へ戻っていった。
真宮先生は一歩遅れて玄関から上がり、ユウの横顔をうかがった。
「……本当に“いる”のね」
ユウはうなずき、階段を上る。
ドアを開けると、自室の椅子にクラヴァルが腰掛けていた。長い脚を組み、瞳に煌びやかに光を宿し振り返る。
「おかえりなさい♪お邪魔してるわよ」
当たり前のように掛けられた言葉が、この部屋に不釣り合いで、逆に現実味を強めていた。
ユウは深く息を吸い、隣に立つ教師へ向き直った。
「先生。彼女がクラヴァル。クラヴァル・ホシミネです」
真宮は一瞬だけ瞳を見開き、表情を変えかけたが、すぐに口元を隠して取り繕った。
「…なるほど。名乗りまでしっかりしているのね」
ユウはさらに言葉を重ねる。
「クラヴァル? こちらは真宮先生」
「君の感じる“視線の仕組み”を作った人の一人だよ」
クラヴァルはじっと相手を見つめ、唇に笑みを浮かべた。
「初めまして。私がクラヴァルよ。センセイっていうのは、ユウの師匠筋ってこと?」
真宮はわずかに肩をすくめ、静かに頷いた。
「真宮カオリだ。よろしく。師匠筋という解釈で構わないわ」
三人の視線が交差し、部屋の空気が張り詰める。
やがて真宮が切り出した。
「城野。あなたが巻き込まれている件は、SNS上でも騒ぎになっている」
「世間の反応は甘くない。理解してるわね?」
クラヴァルは首を傾げて尋ねる。
「反応?」
「もしかして前にユウに伝えてって言ったこと?ふーん」
クラヴァルがふっと笑った。
「だったら私が直接説明すればいいじゃない」
「センセイ、あなたなら舞台を用意できるんじゃなくて?」
挑発的とも取れる言葉に、真宮はわずかに目を細めた。
「……調整しよう。少し時間が欲しい」
その声音には驚きも警戒もあったが、それ以上にクラヴァルの気迫を認めざるを得ない響きがあった。
♢
先生を送るためにユウも外へ出る。
真宮はしばらく沈黙したのち、静かに口を開いた。
「大まかな目処はついたわ」
「ただし城野。こちらからも頼みがある。クラヴァルについてのことだ」
ユウは思わず身を乗り出す。
「???」
真宮は、言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。
「彼女の家名はホシミネと言ったな?」
「実は——おじさまの姓も、星嶺なんだ」
ユウの胸が跳ねた。
「!!!」
「おじさまは……異世界にいる孫を探している」
その言葉は、これまでの曖昧な繋がりを一気に現実の線に変えた。
ユウは言葉を失い、ただ胸のざわつきと奇妙な安堵を同時に抱いていた。
自分が選んだ道は間違いではないのかもしれない。だがその道は、思った以上に深く広がり、予想もしない人々と繋がっていた。
「そんなことって…わかりました。俺も考えます」
「彼女の舞台については調整は私がする。明日には用意するわ」
その言葉が交わされた瞬間、ユウのスマホに通知音が鳴り響く。SNSの画面が光り、噂と憶測が一気に駆け巡る。
“クラヴァルが緊急生配信へ”
真宮先生が愚痴る。
「なんでもうリークしてるのよ…!」
その文字列が、瞬く間に拡散されていく。
嵐の中心にいるのは、間違いなく自分たちだ。
ユウは息を呑み、窓から見下ろすクラヴァルの顔を見つめた。
彼女は視線を逸らさず、ただユウだけを見据えていた。
机の上には、進路希望調査票が一枚。
その欄はすべて空白のまま、無言でユウを責め立てていた。
「…はぁ…城野」
真宮先生が眼鏡の奥からじっと覗き込む。声は穏やかだが、決して逃がさない重さがあった。
「どうして何も書いてないの?」
拳を握ったまま、ユウは言葉を探した。
頭ではいくつも答えが浮かぶ。大学、就職、曖昧な“未定”。
でも口から出たのは、それらではなかった。
「異世界で、生きていきたいんです」
空気が一瞬止まった。
自分でも驚くほど素直に出た言葉。先生の眉がわずかに動く。
「他の選択肢は? 君にはまだ無限に道があるはずよ」
その瞬間、頭の奥に声が響いた。
「向こうの世界で生きていくのもひとつの道だ」
「だが道はそれだけじゃない」
帰還者の低い声が、鮮やかに甦る。
胸の奥に冷たい鉄が差し込まれるような感覚に、ユウは小さく息を詰めた。
「……考えてみます」
かろうじてそう答えると、先生はじっとユウの顔を見つめた。
間を置いて、話題を変えるように問いかける。
「SNSでの騒ぎ、見てるわよね。平気なの?」
ユウは机に置いた拳を強く握りしめる。
「正直、キツイです。何を言われても心臓が潰れそうで……」
言葉が詰まる。だが次に零れた声は、鋭く強かった。
「でも、二人がいるから平気なんです」
「二人?」
「リゼと、クラヴァルが」
先生は目を細め、静かに吐息を漏らした。
「…二人、ね」
その響きには憂いと警戒が混じっていた。ユウの視線の先には希望がある。だが同時に、危うい執着の光も宿っている。
真宮は机に手を置き、しばし言葉を探した。
(この子は……どこまで行ってしまうのかしら)
午後の光が調査票の白紙を照らし、そこに書かれるべき未来の輪郭をなおさら空虚にしていた。
♢
面談を終えて部屋を出ると、午後の風が制服の袖を揺らした。
ユウはポケットの中でスマホが震えているのに気づき、画面を覗き込む。
[クラヴァルちゃん来てるわよ]
差出人は母親。短い一文に、胸の奥が大きく跳ねた。
つい先ほどまで「二人がいるから平気」と言ったばかりだ。だが実際にクラヴァルが自宅に現れていると知ると、ただの言葉ではなく現実として迫ってくる。
横を歩いていた真宮先生が、不思議そうにユウを見やった。
「どうかしたの?」
ユウは迷った。ここで誤魔化すこともできる。けれど胸の奥でざわつく衝動が、ためらいを押し流した。
「先生……会わせたい人がいます」
真宮の足が止まる。
「会わせたい人?」
訝しげに眉を寄せるが、ユウの表情は真剣そのものだった。
「信じてもらえないかもしれません。でも、先生にだけは見てもらいたいんです」
風が吹き抜け、校舎の窓がかすかに軋む。
真宮は短く息を吐き、軽く顎を引いた。
「いいわ。どこに行けばいいの?」
その声色には警戒もあったが、それ以上に、教師としての責任感と、目の前の生徒の真剣さに押された気配があった。
♢
家の玄関を開けた瞬間、ほんのりと甘い香りが漂ってきた。
母が誰かと談笑している声が奥から聞こえ、ユウの背筋が強張る。
「おかえり、ユウ。あら真宮先生まで」
「お邪魔します」
「いえいえ、ああそうクラヴァルちゃん、先に上がって待ってるわよ」
母は何気なく言い、台所へ戻っていった。
真宮先生は一歩遅れて玄関から上がり、ユウの横顔をうかがった。
「……本当に“いる”のね」
ユウはうなずき、階段を上る。
ドアを開けると、自室の椅子にクラヴァルが腰掛けていた。長い脚を組み、瞳に煌びやかに光を宿し振り返る。
「おかえりなさい♪お邪魔してるわよ」
当たり前のように掛けられた言葉が、この部屋に不釣り合いで、逆に現実味を強めていた。
ユウは深く息を吸い、隣に立つ教師へ向き直った。
「先生。彼女がクラヴァル。クラヴァル・ホシミネです」
真宮は一瞬だけ瞳を見開き、表情を変えかけたが、すぐに口元を隠して取り繕った。
「…なるほど。名乗りまでしっかりしているのね」
ユウはさらに言葉を重ねる。
「クラヴァル? こちらは真宮先生」
「君の感じる“視線の仕組み”を作った人の一人だよ」
クラヴァルはじっと相手を見つめ、唇に笑みを浮かべた。
「初めまして。私がクラヴァルよ。センセイっていうのは、ユウの師匠筋ってこと?」
真宮はわずかに肩をすくめ、静かに頷いた。
「真宮カオリだ。よろしく。師匠筋という解釈で構わないわ」
三人の視線が交差し、部屋の空気が張り詰める。
やがて真宮が切り出した。
「城野。あなたが巻き込まれている件は、SNS上でも騒ぎになっている」
「世間の反応は甘くない。理解してるわね?」
クラヴァルは首を傾げて尋ねる。
「反応?」
「もしかして前にユウに伝えてって言ったこと?ふーん」
クラヴァルがふっと笑った。
「だったら私が直接説明すればいいじゃない」
「センセイ、あなたなら舞台を用意できるんじゃなくて?」
挑発的とも取れる言葉に、真宮はわずかに目を細めた。
「……調整しよう。少し時間が欲しい」
その声音には驚きも警戒もあったが、それ以上にクラヴァルの気迫を認めざるを得ない響きがあった。
♢
先生を送るためにユウも外へ出る。
真宮はしばらく沈黙したのち、静かに口を開いた。
「大まかな目処はついたわ」
「ただし城野。こちらからも頼みがある。クラヴァルについてのことだ」
ユウは思わず身を乗り出す。
「???」
真宮は、言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。
「彼女の家名はホシミネと言ったな?」
「実は——おじさまの姓も、星嶺なんだ」
ユウの胸が跳ねた。
「!!!」
「おじさまは……異世界にいる孫を探している」
その言葉は、これまでの曖昧な繋がりを一気に現実の線に変えた。
ユウは言葉を失い、ただ胸のざわつきと奇妙な安堵を同時に抱いていた。
自分が選んだ道は間違いではないのかもしれない。だがその道は、思った以上に深く広がり、予想もしない人々と繋がっていた。
「そんなことって…わかりました。俺も考えます」
「彼女の舞台については調整は私がする。明日には用意するわ」
その言葉が交わされた瞬間、ユウのスマホに通知音が鳴り響く。SNSの画面が光り、噂と憶測が一気に駆け巡る。
“クラヴァルが緊急生配信へ”
真宮先生が愚痴る。
「なんでもうリークしてるのよ…!」
その文字列が、瞬く間に拡散されていく。
嵐の中心にいるのは、間違いなく自分たちだ。
ユウは息を呑み、窓から見下ろすクラヴァルの顔を見つめた。
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