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第8章 それは配信を超えた物語 / the beginning
第72話 歩む道
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朝の光が木の隙間から差し込み、小屋の中を淡く照らしていた。
夜の冷えがまだ残る空気の中、クラヴァルはゆっくりと腰を上げる。
彼女の手甲がかすかに光を帯び、脈を打つように震えていた。その光は、彼女自身を呼び戻す合図のようでもあった。
「あーあ…女神の仕事の時間だわ」
静かに、けれど確かに告げられた言葉。軽口のように響くのに、その横顔には張り詰めた覚悟が見え隠れする。
「クラヴァル」
リゼが思わず呼び止めた。
クラヴァルは立ち止まり、振り返る。いつもの気だるげな笑みを浮かべているのに、その瞳の奥には冷たい光が宿っていた。
「すぐ戻るわ。私には、帰る場所があるから」
扉がきしむ音と共に、冷たい朝の風が流れ込む。クラヴァルはそのまま外へ歩み出し、光の尾を引くように姿を消した。
残された小屋に、静寂だけが満ちる。
ユウはしばらく立ち尽くしたまま、息を詰めていた。胸の奥に残るのは安堵でもなく、寂しさとも違う、言葉にできないざらついた感覚。
(クラヴァルにも、彼女だけの場所があるんだ)
その当たり前の事実を、改めて思い知らされる。
自分にはどちらの世界が「帰る場所」なのか。答えのない問いが胸に沈んでいく。
隣に立つリゼが小さく肩をすくめ、ユウを見る。
「行きましょう、ユウ」
ユウはゆっくりと頷いた。
まだクラヴァルの気配が漂う小屋を後にし、二人は街へ向かって歩き出した。
♢
街に戻った昼時、ギルドの食堂は冒険者たちで賑わっていた。
皿のぶつかる音、注文を飛ばす声、笑いと怒号が混ざり合い、木造の大広間を震わせている。
扉を開けて中へ入ると、真っ先に気づいたのはナズだった。
「ん?…ユウ!」
驚きに目を見開き、椅子を鳴らして立ち上がる。
ハナラも笑い、ロアは深く息をつきながら、けれどどこか安堵した顔でこちらへ歩み寄ってきた。
「無事でなにより」
「もう!どれだけ心配させたと思ってるのよ!」
三人の声に迎えられ、ユウは素直に頭を下げる。
「心配かけました」
肩の力が抜けたような笑みが、三人の顔に広がった。
席に着くと、湯気を立てるスープの香りが漂う。温かな空気に包まれて、ユウは胸の奥にあった緊張が少しずつほどけていくのを感じた。
彼はこれまでの顛末を、言葉を選びながら語っていった。
裂け目に飲み込まれたこと、クラヴァルと行動を共にしたこと、そして自分の特技――バインドについて。
話を聞き終えたロアは目を伏せて、「興味深いな」と感嘆交じりに笑った。
ナズはうなずきながら、「それでも帰ってこれたなら大したものだ」と短く言葉を添える。
ハナラは腕を組んで聞いていたが、最後にふっと口元をゆるめた。
「こちらとあちらじゃ、常識が違うのよ。世界が違うんだから当たり前でしょ」
その言葉に、ユウは思わず笑ってしまう。厳しい調子なのに、仲間として受け入れてくれているのが伝わったからだ。
食堂のざわめきに混じって、ジャスクの笑い声が響く。長い旅路を経て、ようやく「戻ってきた」と胸の奥で実感できるひとときだった。
食堂での談笑が一段落すると、リゼは席を立った。
「…少し見てくるわ」
視線の先には、冒険者たちが群がる依頼掲示板。木の板にはびっしりと紙が貼られ、討伐や護衛、採集の依頼が乱雑に並んでいる。
人の合間を縫って歩くその背を、ユウは無意識に目で追った。
背筋を伸ばし、真っ直ぐに紙へと向かう姿。
ついこの前まで危なっかしさが目についたのに、今は堂々と冒険者らしい空気を纏っている。
(……リゼも、ここで生きていくんだ)
胸の奥でそう思うと、不思議と誇らしいような、それでいて少し遠くに行ってしまうような感覚が重なった。
「焦って無理はするなよ」
遠目に見ていたロアが、ぽつりと漏らす。
ナズもうんうん頷きながら告げる。
「でも、あいつはもう止まらんだろうな」
ハナラは肩をすくめる。
「女ってのはそういうものよ」
依頼票を一枚手に取り、じっと目を通すリゼ。
その横顔には揺るぎのない意志が宿っていた。
ユウは椅子に腰かけたまま、その背中を目に焼きつける。頼もしさと同時に、手を伸ばしても届かない距離を覚えてしまう自分がいた。
ユウは湯気の立つカップを空にし、深く息をつく。
「…今日はここまでにするよ」
ぽつりと呟くと、リゼが振り返った。
「もう戻るの?」
「うん。明日も学校あるからね」
リゼは短く「そう」と答えるだけだったが、その声色はどこか寂しげに響いた。
ユウは立ち上がり、彼女の前に歩み寄る。
「また来るから」
その言葉に、リゼはわずかに目を細めて頷いた。
冒険者のざわめきに混じって、ほんの少しの沈黙が二人の間を満たす。
繋を発動する直前、ユウは自分の胸に問いかける。
(俺は、どちらの世界で生きるべきなんだ……?)
答えは出ないまま、一歩踏み出し、感覚が反転する。
――光の先には、見慣れた自分の部屋。窓の外には街の灯りが瞬いている。
明日、自分を待つのは現実の学校と、真宮先生との二者面談だ。
ユウは机の上の進路希望調査票を見やり、未記入の白紙を指先でなぞった。
夜の冷えがまだ残る空気の中、クラヴァルはゆっくりと腰を上げる。
彼女の手甲がかすかに光を帯び、脈を打つように震えていた。その光は、彼女自身を呼び戻す合図のようでもあった。
「あーあ…女神の仕事の時間だわ」
静かに、けれど確かに告げられた言葉。軽口のように響くのに、その横顔には張り詰めた覚悟が見え隠れする。
「クラヴァル」
リゼが思わず呼び止めた。
クラヴァルは立ち止まり、振り返る。いつもの気だるげな笑みを浮かべているのに、その瞳の奥には冷たい光が宿っていた。
「すぐ戻るわ。私には、帰る場所があるから」
扉がきしむ音と共に、冷たい朝の風が流れ込む。クラヴァルはそのまま外へ歩み出し、光の尾を引くように姿を消した。
残された小屋に、静寂だけが満ちる。
ユウはしばらく立ち尽くしたまま、息を詰めていた。胸の奥に残るのは安堵でもなく、寂しさとも違う、言葉にできないざらついた感覚。
(クラヴァルにも、彼女だけの場所があるんだ)
その当たり前の事実を、改めて思い知らされる。
自分にはどちらの世界が「帰る場所」なのか。答えのない問いが胸に沈んでいく。
隣に立つリゼが小さく肩をすくめ、ユウを見る。
「行きましょう、ユウ」
ユウはゆっくりと頷いた。
まだクラヴァルの気配が漂う小屋を後にし、二人は街へ向かって歩き出した。
♢
街に戻った昼時、ギルドの食堂は冒険者たちで賑わっていた。
皿のぶつかる音、注文を飛ばす声、笑いと怒号が混ざり合い、木造の大広間を震わせている。
扉を開けて中へ入ると、真っ先に気づいたのはナズだった。
「ん?…ユウ!」
驚きに目を見開き、椅子を鳴らして立ち上がる。
ハナラも笑い、ロアは深く息をつきながら、けれどどこか安堵した顔でこちらへ歩み寄ってきた。
「無事でなにより」
「もう!どれだけ心配させたと思ってるのよ!」
三人の声に迎えられ、ユウは素直に頭を下げる。
「心配かけました」
肩の力が抜けたような笑みが、三人の顔に広がった。
席に着くと、湯気を立てるスープの香りが漂う。温かな空気に包まれて、ユウは胸の奥にあった緊張が少しずつほどけていくのを感じた。
彼はこれまでの顛末を、言葉を選びながら語っていった。
裂け目に飲み込まれたこと、クラヴァルと行動を共にしたこと、そして自分の特技――バインドについて。
話を聞き終えたロアは目を伏せて、「興味深いな」と感嘆交じりに笑った。
ナズはうなずきながら、「それでも帰ってこれたなら大したものだ」と短く言葉を添える。
ハナラは腕を組んで聞いていたが、最後にふっと口元をゆるめた。
「こちらとあちらじゃ、常識が違うのよ。世界が違うんだから当たり前でしょ」
その言葉に、ユウは思わず笑ってしまう。厳しい調子なのに、仲間として受け入れてくれているのが伝わったからだ。
食堂のざわめきに混じって、ジャスクの笑い声が響く。長い旅路を経て、ようやく「戻ってきた」と胸の奥で実感できるひとときだった。
食堂での談笑が一段落すると、リゼは席を立った。
「…少し見てくるわ」
視線の先には、冒険者たちが群がる依頼掲示板。木の板にはびっしりと紙が貼られ、討伐や護衛、採集の依頼が乱雑に並んでいる。
人の合間を縫って歩くその背を、ユウは無意識に目で追った。
背筋を伸ばし、真っ直ぐに紙へと向かう姿。
ついこの前まで危なっかしさが目についたのに、今は堂々と冒険者らしい空気を纏っている。
(……リゼも、ここで生きていくんだ)
胸の奥でそう思うと、不思議と誇らしいような、それでいて少し遠くに行ってしまうような感覚が重なった。
「焦って無理はするなよ」
遠目に見ていたロアが、ぽつりと漏らす。
ナズもうんうん頷きながら告げる。
「でも、あいつはもう止まらんだろうな」
ハナラは肩をすくめる。
「女ってのはそういうものよ」
依頼票を一枚手に取り、じっと目を通すリゼ。
その横顔には揺るぎのない意志が宿っていた。
ユウは椅子に腰かけたまま、その背中を目に焼きつける。頼もしさと同時に、手を伸ばしても届かない距離を覚えてしまう自分がいた。
ユウは湯気の立つカップを空にし、深く息をつく。
「…今日はここまでにするよ」
ぽつりと呟くと、リゼが振り返った。
「もう戻るの?」
「うん。明日も学校あるからね」
リゼは短く「そう」と答えるだけだったが、その声色はどこか寂しげに響いた。
ユウは立ち上がり、彼女の前に歩み寄る。
「また来るから」
その言葉に、リゼはわずかに目を細めて頷いた。
冒険者のざわめきに混じって、ほんの少しの沈黙が二人の間を満たす。
繋を発動する直前、ユウは自分の胸に問いかける。
(俺は、どちらの世界で生きるべきなんだ……?)
答えは出ないまま、一歩踏み出し、感覚が反転する。
――光の先には、見慣れた自分の部屋。窓の外には街の灯りが瞬いている。
明日、自分を待つのは現実の学校と、真宮先生との二者面談だ。
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