76 / 101
第8章 それは配信を超えた物語 / the beginning
第76話 灯りの下で
しおりを挟む
夜の街は、雨上がりの舗道にネオンが映えていた。
煌々と光る看板、電飾の瞬き──クラヴァルは物珍しそうに見上げ、足を止めるたびにユウを振り返る。
「ユウがデートに誘ってくれるなんて」
挑発的な笑み。
「この前の配信のお礼だと思ってよ」
ユウは肩をすくめ、視線を逸らす。
クラヴァルの銀髪が街灯を反射し、夜の雑踏の中でも異彩を放っていた。
通り過ぎる人々が思わず振り返るが、当人は気づかないふりで、光の粒に興味津々だ。
やがて二人は、裏通りの一角にある古びた暖簾の前に立った。
黄色地に黒文字で「ラーメン」とだけ記された暖簾が湿った風に揺れる。
ユウが暖簾を押し上げると──
店内に爆音のジャーマンメタルが響き渡っていた。ギターのリフが金属の塊のように叩きつけられ、狭い空間を震わせる。
「……呪歌? 戦の音楽?」
クラヴァルは眉をひそめて首をかしげる。
カウンターの奥で鍋を振っていた男が、煙の向こうで笑った。
「ようボウズ。女連れとは、見せつけてくれるじゃねえか」
ユウは慌てて両手を振る。
「そ、そんなんじゃないですよ! 彼女がラーメン食べたことないっていうので」
「いきなりインスパイア系とはスパルタだな」
帰還者は目を細め、鍋の蓋を鳴らしながら言う。
「まぁいい、待ってな」
油とスープの匂いが、音楽の轟音をも上書きして鼻をついた。ユウは息を呑み、クラヴァルはきらきらした瞳で厨房を覗き込んだ。
♢
湯気を立てて置かれた丼から、醤油と脂の香りが立ちのぼる。
分厚いチャーシューと山盛りの野菜、その頂から溶け出す背脂がスープに煌めいていた。
「……っ!」
クラヴァルは顔を近づけ、目を輝かせた。
「この匂い、嗅いだだけで支配されそう」
ユウは思わず吹き出しそうになり、慌てて箸を割る。
「支配って……普通に“美味しそう”でいいだろ」
クラヴァルは初めて扱う割り箸にしばらく格闘したあと、ようやく麺を掬い上げた。
丼から立ち上る湯気とともに口へ運ぶ。
「──!」
一口で目を見開き、勢いよく啜りあげる。
「これ……すごい。絡みついて、逃げられない。口から喉まで“接続”されるみたい」
ユウはむせかけ、咳払いする。
「いやだから……普通に“美味しい”って言えよ」
クラヴァルは笑い、今度はスープをレンゲですくう。黄金色の液体を口に含み、しばらく目を閉じた。
「…全部、奪われる。体の奥に沈んでいって、残りを欲しがらせる。…これは危険な食べ物ね」
「危険って」
ユウは額を押さえ、ため息をついた。
隣で一心不乱に麺を啜る彼女を見ながら、自分は落ち着かず、ただ黙々と箸を進めるしかない。
カウンターの奥では、帰還者が黙々と追加の具を整えながら、ちらりと二人を観察していた。
爆音のリフが途切れるたび、箸とレンゲのぶつかる音が妙に鮮明に響いた。
♢
クラヴァルは最後の一口まで迷いなく平らげ、レンゲを置いて満ち足りた笑みを浮かべた。
「こんな不思議な食べ物はじめて! おいしかったわ」
丼を空にしたクラヴァルは、満面の笑みを浮かべて言った。
カウンターの奥で片付けをしていた帰還者が、肩をすくめて応じる。
「ラーメン食ったことないなんて、人生損してるぞお嬢ちゃん」
クラヴァルは少し照れたように唇を尖らせ、肩をすくめた。
「失礼しちゃう。まだまだこれからなんだから」
そう言うと、彼女は真っ直ぐに手を差し出した。
「ごちそうさま」
帰還者はわずかに目を細め、苦笑を浮かべながらその手を取る。分厚く、硬い掌。だが同時に、不思議な温もりが伝わってきた。
──その瞬間。
クラヴァルの瞳がわずかに揺らぐ。
握った掌の甲に、淡く浮かび上がる陣の刻印があった。血流と呼応するように、淡く光を返す紋様。
(……母から聞いた。祖父の身体には数々の陣が彫ってあったって。魔素と会話するために必要だったって)
背筋を冷たいものが駆け抜ける。
「まさか……」心の奥で呟き、握る手が微かに震えた。
帰還者もまた、一瞬だけ息を呑み、目を丸くした。互いに気づいたのだ──この血に流れる響きが、決して無関係ではないことを。
クラヴァルはふと真顔になり、低く、かすれる声で呟いた。
「……父さんや母さんにも食べさせたかった」
その言葉に、帰還者はわずかに目を細める。
「……そうか」
短い一言。だがそこには重さと、何かを抱えた響きが宿っていた。
ユウは二人の様子を見守りながら、胸の奥に熱いものが込み上げるのを感じていた。
──ただの握手ではない。
そう直感して、息を詰めた。
♢
勘定を済ませ、二人は暖簾を押し上げて外に出た。夜風が頬を撫で、さっきまでの熱気を洗い流していく。
「ボウズ!」
背後から声が飛んだ。
振り返りかけたユウの目に、戸口に立つ帰還者の姿が映る。爆音のジャーマンメタルを背に、彼は暖簾を押さえながら声を張った。
「恩に着る!」
「お嬢ちゃん! ……いつでも来てくれ」
その声音はわずかに揺れていた。
ユウはほんの一瞬だけ言葉を返そうとしたが、口を閉じ、静かに前を向く。代わりに歩みを進め、隣のクラヴァルと肩を並べた。
街灯が灯る夜道。
クラヴァルはしばし黙って歩き、やがて小さな声を零す。
「……ユウ、ありがとう」
ユウは返事をしなかった。
ただ隣に歩調を合わせ、影を寄り添わせる。
街灯の下に重なった二人の影は、ひとつに見えるほど近かった。
煌々と光る看板、電飾の瞬き──クラヴァルは物珍しそうに見上げ、足を止めるたびにユウを振り返る。
「ユウがデートに誘ってくれるなんて」
挑発的な笑み。
「この前の配信のお礼だと思ってよ」
ユウは肩をすくめ、視線を逸らす。
クラヴァルの銀髪が街灯を反射し、夜の雑踏の中でも異彩を放っていた。
通り過ぎる人々が思わず振り返るが、当人は気づかないふりで、光の粒に興味津々だ。
やがて二人は、裏通りの一角にある古びた暖簾の前に立った。
黄色地に黒文字で「ラーメン」とだけ記された暖簾が湿った風に揺れる。
ユウが暖簾を押し上げると──
店内に爆音のジャーマンメタルが響き渡っていた。ギターのリフが金属の塊のように叩きつけられ、狭い空間を震わせる。
「……呪歌? 戦の音楽?」
クラヴァルは眉をひそめて首をかしげる。
カウンターの奥で鍋を振っていた男が、煙の向こうで笑った。
「ようボウズ。女連れとは、見せつけてくれるじゃねえか」
ユウは慌てて両手を振る。
「そ、そんなんじゃないですよ! 彼女がラーメン食べたことないっていうので」
「いきなりインスパイア系とはスパルタだな」
帰還者は目を細め、鍋の蓋を鳴らしながら言う。
「まぁいい、待ってな」
油とスープの匂いが、音楽の轟音をも上書きして鼻をついた。ユウは息を呑み、クラヴァルはきらきらした瞳で厨房を覗き込んだ。
♢
湯気を立てて置かれた丼から、醤油と脂の香りが立ちのぼる。
分厚いチャーシューと山盛りの野菜、その頂から溶け出す背脂がスープに煌めいていた。
「……っ!」
クラヴァルは顔を近づけ、目を輝かせた。
「この匂い、嗅いだだけで支配されそう」
ユウは思わず吹き出しそうになり、慌てて箸を割る。
「支配って……普通に“美味しそう”でいいだろ」
クラヴァルは初めて扱う割り箸にしばらく格闘したあと、ようやく麺を掬い上げた。
丼から立ち上る湯気とともに口へ運ぶ。
「──!」
一口で目を見開き、勢いよく啜りあげる。
「これ……すごい。絡みついて、逃げられない。口から喉まで“接続”されるみたい」
ユウはむせかけ、咳払いする。
「いやだから……普通に“美味しい”って言えよ」
クラヴァルは笑い、今度はスープをレンゲですくう。黄金色の液体を口に含み、しばらく目を閉じた。
「…全部、奪われる。体の奥に沈んでいって、残りを欲しがらせる。…これは危険な食べ物ね」
「危険って」
ユウは額を押さえ、ため息をついた。
隣で一心不乱に麺を啜る彼女を見ながら、自分は落ち着かず、ただ黙々と箸を進めるしかない。
カウンターの奥では、帰還者が黙々と追加の具を整えながら、ちらりと二人を観察していた。
爆音のリフが途切れるたび、箸とレンゲのぶつかる音が妙に鮮明に響いた。
♢
クラヴァルは最後の一口まで迷いなく平らげ、レンゲを置いて満ち足りた笑みを浮かべた。
「こんな不思議な食べ物はじめて! おいしかったわ」
丼を空にしたクラヴァルは、満面の笑みを浮かべて言った。
カウンターの奥で片付けをしていた帰還者が、肩をすくめて応じる。
「ラーメン食ったことないなんて、人生損してるぞお嬢ちゃん」
クラヴァルは少し照れたように唇を尖らせ、肩をすくめた。
「失礼しちゃう。まだまだこれからなんだから」
そう言うと、彼女は真っ直ぐに手を差し出した。
「ごちそうさま」
帰還者はわずかに目を細め、苦笑を浮かべながらその手を取る。分厚く、硬い掌。だが同時に、不思議な温もりが伝わってきた。
──その瞬間。
クラヴァルの瞳がわずかに揺らぐ。
握った掌の甲に、淡く浮かび上がる陣の刻印があった。血流と呼応するように、淡く光を返す紋様。
(……母から聞いた。祖父の身体には数々の陣が彫ってあったって。魔素と会話するために必要だったって)
背筋を冷たいものが駆け抜ける。
「まさか……」心の奥で呟き、握る手が微かに震えた。
帰還者もまた、一瞬だけ息を呑み、目を丸くした。互いに気づいたのだ──この血に流れる響きが、決して無関係ではないことを。
クラヴァルはふと真顔になり、低く、かすれる声で呟いた。
「……父さんや母さんにも食べさせたかった」
その言葉に、帰還者はわずかに目を細める。
「……そうか」
短い一言。だがそこには重さと、何かを抱えた響きが宿っていた。
ユウは二人の様子を見守りながら、胸の奥に熱いものが込み上げるのを感じていた。
──ただの握手ではない。
そう直感して、息を詰めた。
♢
勘定を済ませ、二人は暖簾を押し上げて外に出た。夜風が頬を撫で、さっきまでの熱気を洗い流していく。
「ボウズ!」
背後から声が飛んだ。
振り返りかけたユウの目に、戸口に立つ帰還者の姿が映る。爆音のジャーマンメタルを背に、彼は暖簾を押さえながら声を張った。
「恩に着る!」
「お嬢ちゃん! ……いつでも来てくれ」
その声音はわずかに揺れていた。
ユウはほんの一瞬だけ言葉を返そうとしたが、口を閉じ、静かに前を向く。代わりに歩みを進め、隣のクラヴァルと肩を並べた。
街灯が灯る夜道。
クラヴァルはしばし黙って歩き、やがて小さな声を零す。
「……ユウ、ありがとう」
ユウは返事をしなかった。
ただ隣に歩調を合わせ、影を寄り添わせる。
街灯の下に重なった二人の影は、ひとつに見えるほど近かった。
0
あなたにおすすめの小説
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
転生?したら男女逆転世界
美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。
※カクヨム様にも掲載しております
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】
異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。
『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。
しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。
そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる