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第9章 崩壊 / What a wonderful world
第82話 こんばんわバズ
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夜風が流れ、草の葉を静かに揺らしていた。
ほんの少し前まで耳をつんざいていた轟音も、亀裂を裂く光も、今はもう跡形もない。あるのはただ、広がる草原の匂いと冷たさだけだった。
クラヴァルは地面に横たわり、浅い呼吸を繰り返していた。
ロアは彼女の体に手を添え、淡い治癒の光を絶やさない。額に汗を浮かべ、集中を切らすまいと必死に魔力を保っていた。
「……まだ安定しない。ここで手を止める訳にはいかない」
ロアは誰にともなく低く呟き、さらに力を注ぎ込む。
少し離れたところで、ナズが剣を地に突き立てた。大きな肩が上下し、荒い息をつくたびに冷気が白く散る。
「ったく……骨が折れる戦いだったぜ」
呟きは疲労混じりだが、その目はまだ周囲を警戒している。
ハナラは視線を巡らせ、風に揺れる草の影までも注視していた。
「油断しないでナズくん」
その声音に張り詰めた緊張はなく、むしろ確実に場を守る者の冷静さが滲んでいた。
リゼはユウの隣に腰を下ろした。まだ鼓動が早く、目は周囲を追い続けている。
それでも彼女はちらりとユウを見て、小さく声をかけた。
「ユウ、大丈夫?」
ユウは答えられなかった。
口を開こうとしても声が出ない。喉に重たい塊が詰まったように、言葉が出てこない。
(俺が……呼んだから)
脳裏で繰り返すのはそれだけだった。
あの戦いを引き寄せたのは自分。帰還者が消えてしまったのも、自分の声が届いてしまったせいだ。
胸の奥で何度も反響し、膝の上で固く握った拳が震えた。
夜風が再び吹き抜ける。
仲間たちはそれぞれの役割をこなし、ただ静かに時間が過ぎていく。
その沈黙は安堵にも似ていたが、ユウにとっては罪を積み重ねる鎖のように重たかった。
♢
沈黙の草原に、不意に淡い光が差した。
誰も気づかぬまま、宙に存在する“目”が開いたように、不可視の網がこの場を切り取る。
画面の向こう──現実世界では、クラヴァルのチャンネルが突然「LIVE」と表示されていた。
視聴予約も告知もない、突発的な配信。
金の盾を持つ人気者の枠だ。通知を受けた視聴者が雪崩のように押し寄せ、コメント欄がみるみる速度を増していく。
カメラの中心に映し出されたのは、草原に横たわるクラヴァルの姿だった。
額に汗を浮かべ、口元からかすかに息を漏らし、意識はまだ戻らない。彼女の髪が夜風に揺れ、その輪郭は月明かりを浴びて淡く光って見えた。
そして──そのすぐ隣に、もうひとつの影が映っていた。
俯き、肩を震わせて座り込む少年の後ろ姿。
顔は見えない。だが体格も髪型も、明らかにクラヴァルとは違う。
低く押し殺したような声がマイクを通し、断片的に拾われる。
「……俺が……呼んだから……」
ざらついた音声に混じって、その言葉は確かに聞こえた。
異世界の仲間たちは配信に気づかない。
ロアは治療に没頭し、ナズは剣を杖にして立ち、ハナラは草原を見渡していた。
リゼだけがユウの隣に座り、彼の沈黙を案じるように横顔を覗き込んでいる。
誰一人として、この瞬間が世界へ流れていることを知らない。
映像は揺れ、風の音がノイズとなって走る。
視聴者の目にははっきりと映っていた。
クラヴァルの傍らに、説明のつかない“誰か”がいるという事実が。
♢
画面に「LIVE」の赤文字が点灯した瞬間、通知を受け取ったファンたちが一斉に押し寄せた。
金の盾を持つ人気冒険者──クラヴァルの配信。
普段なら開始直後から賑やかな挨拶で埋まるはずのコメント欄は、このとき異様なざわめきで満たされていった。
《……寝てる?》
《違う、倒れてない?》
《クラヴァルが横たわってる……》
映像には、荒れた草原に身を横たえるクラヴァル。治療の光がほのかに差しているが、視聴者にはそれが何なのか理解できない。
ただ「無防備に倒れている彼女」という衝撃の図だけが伝わり、コメントの速度はさらに加速した。
そしてその隣に映る、見慣れぬ影。
《今の背中、誰?》
《髪短い? 男?》
《声した! 今“呼んだ”って……聞こえたよな?》
コメント欄が一斉にスクロールする。
キャプチャツールが即座に作動し、切り抜き動画が数十秒単位で拡散されていく。
SNSのトレンド欄には瞬く間に「#クラヴァル」「#誰かいる」「#謎の声」が並び、爆発的な勢いで拡散していった。
コントロールルームで画面を見ていた真宮カオリは、思わず手にしていたペンを落とした。
デスクに散らばる書類の上で、ペンが乾いた音を立てる。
「…クラヴァルが倒れている?」
呟きは震え、喉の奥で途切れた。
モニターには、クラヴァルの隣で項垂れる少年の後ろ姿。
そして拾われた、あまりにも聞き慣れた声。
胸の奥が強く脈打つ。
偶然や錯覚ではない。
彼女は確信に近い直感で悟っていた。
「今のは……城野君」
画面の中では依然、クラヴァルと“誰か”が映り続けている。コメント欄は雪崩のように流れ、混乱と熱狂が渦を巻いていた。
♢
夜の草原は、ただ冷たく静かだった。
風に揺れる草が擦れ合い、かすかな音を立てる。
だがそこにいる者たちの耳に届くのは、自らの鼓動と荒い呼吸の音ばかりだった。
ロアはクラヴァルの胸元に手をかざし続けていた。
治癒の光は弱々しいが、途切れさせれば即座に命の灯が揺らぎそうで、彼女は一瞬も集中を緩められなかった。
「あと少し……もう少しで安定するはず……」
自分に言い聞かせるように声を落とし、汗を滴らせて力を送り続ける。
ユウは顔を上げられなかった。
喉の奥に言葉が詰まり、ただ小さく唸るような息が漏れる。
それでも彼女の存在だけが、辛うじて彼を崩れ落ちる淵から支えていた。
草原の夜は静かに続き、誰も配信の存在を知らないまま時間が過ぎていった。
♢
EWSのコントロールルーム。
無数のモニターに並ぶ配信映像のひとつが、異常な伸びを示していた。
「……クラヴァルの枠、再開しています!」
オペレーターの声に、室内がざわつく。
「この前の生配信から視聴者数が跳ね上がってる」
画面に映っているのは、倒れ伏すクラヴァルと、そのすぐ傍らにいる“誰か”の後ろ姿。
コメント欄は爆発的な速度で流れていた。
《クラヴァルが倒れてる!》
《誰だよこの影!》
《男の声した!ユウ?ユウって誰!?》
モニターを見つめていた一人の女性が、椅子から身を乗り出す。真宮カオリ。教師であり、そして運営に協力する観測者のひとりでもあった。
「……城野君」
声はほとんど囁きだったが、確信の重さを帯びていた。彼女はすぐにインカムへ手を伸ばす。
「映像を中断。すぐに」
「しかし、記録は──」
「残せばいい。今はこれ以上見せられない」
鋭い指示が飛ぶ。
瞬間、画面がグレーに切り替わり、中央にEWSのロゴと、定型の文言が表示された。
【本配信は、映像内容が倫理規定に抵触したため中断されました。】
【本件についての詳細は開示されません。】
コメント欄は《止まった?》《切られた?》《やっぱ何かいた!》と炎上の勢いを増す。
すでに、切り抜き動画は拡散を始めていた。
フロアに重たい沈黙が落ちる。
真宮は唇を噛みしめ、モニターに映らなくなった黒い画面を見つめ続けた。
「…城野君、何が起きているの?」
ほんの少し前まで耳をつんざいていた轟音も、亀裂を裂く光も、今はもう跡形もない。あるのはただ、広がる草原の匂いと冷たさだけだった。
クラヴァルは地面に横たわり、浅い呼吸を繰り返していた。
ロアは彼女の体に手を添え、淡い治癒の光を絶やさない。額に汗を浮かべ、集中を切らすまいと必死に魔力を保っていた。
「……まだ安定しない。ここで手を止める訳にはいかない」
ロアは誰にともなく低く呟き、さらに力を注ぎ込む。
少し離れたところで、ナズが剣を地に突き立てた。大きな肩が上下し、荒い息をつくたびに冷気が白く散る。
「ったく……骨が折れる戦いだったぜ」
呟きは疲労混じりだが、その目はまだ周囲を警戒している。
ハナラは視線を巡らせ、風に揺れる草の影までも注視していた。
「油断しないでナズくん」
その声音に張り詰めた緊張はなく、むしろ確実に場を守る者の冷静さが滲んでいた。
リゼはユウの隣に腰を下ろした。まだ鼓動が早く、目は周囲を追い続けている。
それでも彼女はちらりとユウを見て、小さく声をかけた。
「ユウ、大丈夫?」
ユウは答えられなかった。
口を開こうとしても声が出ない。喉に重たい塊が詰まったように、言葉が出てこない。
(俺が……呼んだから)
脳裏で繰り返すのはそれだけだった。
あの戦いを引き寄せたのは自分。帰還者が消えてしまったのも、自分の声が届いてしまったせいだ。
胸の奥で何度も反響し、膝の上で固く握った拳が震えた。
夜風が再び吹き抜ける。
仲間たちはそれぞれの役割をこなし、ただ静かに時間が過ぎていく。
その沈黙は安堵にも似ていたが、ユウにとっては罪を積み重ねる鎖のように重たかった。
♢
沈黙の草原に、不意に淡い光が差した。
誰も気づかぬまま、宙に存在する“目”が開いたように、不可視の網がこの場を切り取る。
画面の向こう──現実世界では、クラヴァルのチャンネルが突然「LIVE」と表示されていた。
視聴予約も告知もない、突発的な配信。
金の盾を持つ人気者の枠だ。通知を受けた視聴者が雪崩のように押し寄せ、コメント欄がみるみる速度を増していく。
カメラの中心に映し出されたのは、草原に横たわるクラヴァルの姿だった。
額に汗を浮かべ、口元からかすかに息を漏らし、意識はまだ戻らない。彼女の髪が夜風に揺れ、その輪郭は月明かりを浴びて淡く光って見えた。
そして──そのすぐ隣に、もうひとつの影が映っていた。
俯き、肩を震わせて座り込む少年の後ろ姿。
顔は見えない。だが体格も髪型も、明らかにクラヴァルとは違う。
低く押し殺したような声がマイクを通し、断片的に拾われる。
「……俺が……呼んだから……」
ざらついた音声に混じって、その言葉は確かに聞こえた。
異世界の仲間たちは配信に気づかない。
ロアは治療に没頭し、ナズは剣を杖にして立ち、ハナラは草原を見渡していた。
リゼだけがユウの隣に座り、彼の沈黙を案じるように横顔を覗き込んでいる。
誰一人として、この瞬間が世界へ流れていることを知らない。
映像は揺れ、風の音がノイズとなって走る。
視聴者の目にははっきりと映っていた。
クラヴァルの傍らに、説明のつかない“誰か”がいるという事実が。
♢
画面に「LIVE」の赤文字が点灯した瞬間、通知を受け取ったファンたちが一斉に押し寄せた。
金の盾を持つ人気冒険者──クラヴァルの配信。
普段なら開始直後から賑やかな挨拶で埋まるはずのコメント欄は、このとき異様なざわめきで満たされていった。
《……寝てる?》
《違う、倒れてない?》
《クラヴァルが横たわってる……》
映像には、荒れた草原に身を横たえるクラヴァル。治療の光がほのかに差しているが、視聴者にはそれが何なのか理解できない。
ただ「無防備に倒れている彼女」という衝撃の図だけが伝わり、コメントの速度はさらに加速した。
そしてその隣に映る、見慣れぬ影。
《今の背中、誰?》
《髪短い? 男?》
《声した! 今“呼んだ”って……聞こえたよな?》
コメント欄が一斉にスクロールする。
キャプチャツールが即座に作動し、切り抜き動画が数十秒単位で拡散されていく。
SNSのトレンド欄には瞬く間に「#クラヴァル」「#誰かいる」「#謎の声」が並び、爆発的な勢いで拡散していった。
コントロールルームで画面を見ていた真宮カオリは、思わず手にしていたペンを落とした。
デスクに散らばる書類の上で、ペンが乾いた音を立てる。
「…クラヴァルが倒れている?」
呟きは震え、喉の奥で途切れた。
モニターには、クラヴァルの隣で項垂れる少年の後ろ姿。
そして拾われた、あまりにも聞き慣れた声。
胸の奥が強く脈打つ。
偶然や錯覚ではない。
彼女は確信に近い直感で悟っていた。
「今のは……城野君」
画面の中では依然、クラヴァルと“誰か”が映り続けている。コメント欄は雪崩のように流れ、混乱と熱狂が渦を巻いていた。
♢
夜の草原は、ただ冷たく静かだった。
風に揺れる草が擦れ合い、かすかな音を立てる。
だがそこにいる者たちの耳に届くのは、自らの鼓動と荒い呼吸の音ばかりだった。
ロアはクラヴァルの胸元に手をかざし続けていた。
治癒の光は弱々しいが、途切れさせれば即座に命の灯が揺らぎそうで、彼女は一瞬も集中を緩められなかった。
「あと少し……もう少しで安定するはず……」
自分に言い聞かせるように声を落とし、汗を滴らせて力を送り続ける。
ユウは顔を上げられなかった。
喉の奥に言葉が詰まり、ただ小さく唸るような息が漏れる。
それでも彼女の存在だけが、辛うじて彼を崩れ落ちる淵から支えていた。
草原の夜は静かに続き、誰も配信の存在を知らないまま時間が過ぎていった。
♢
EWSのコントロールルーム。
無数のモニターに並ぶ配信映像のひとつが、異常な伸びを示していた。
「……クラヴァルの枠、再開しています!」
オペレーターの声に、室内がざわつく。
「この前の生配信から視聴者数が跳ね上がってる」
画面に映っているのは、倒れ伏すクラヴァルと、そのすぐ傍らにいる“誰か”の後ろ姿。
コメント欄は爆発的な速度で流れていた。
《クラヴァルが倒れてる!》
《誰だよこの影!》
《男の声した!ユウ?ユウって誰!?》
モニターを見つめていた一人の女性が、椅子から身を乗り出す。真宮カオリ。教師であり、そして運営に協力する観測者のひとりでもあった。
「……城野君」
声はほとんど囁きだったが、確信の重さを帯びていた。彼女はすぐにインカムへ手を伸ばす。
「映像を中断。すぐに」
「しかし、記録は──」
「残せばいい。今はこれ以上見せられない」
鋭い指示が飛ぶ。
瞬間、画面がグレーに切り替わり、中央にEWSのロゴと、定型の文言が表示された。
【本配信は、映像内容が倫理規定に抵触したため中断されました。】
【本件についての詳細は開示されません。】
コメント欄は《止まった?》《切られた?》《やっぱ何かいた!》と炎上の勢いを増す。
すでに、切り抜き動画は拡散を始めていた。
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