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第9章 崩壊 / What a wonderful world
第84話 オフィシャル・パワー
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草原に、重い蹄の響きが近づいてくる。
夜明けの光を背に、馬車と騎士団の一団が土煙を上げて現れた。
鉄の鎧に身を包んだ兵たちが隊列を整え、その中央からひときわ大きな馬車が停まった。
扉が開き、威厳をまとった男が姿を現す。
背筋を伸ばし、眼差しは鋭く、周囲を射抜くように見渡している。
その一瞥だけで、空気が張りつめた。
「……見ない顔ばかりだな」
低い声が草原に響く。
仲間たちが息を呑んだその瞬間、ナズが口角を上げて一歩踏み出す。
「アンタの顔も見たことねえぜ」
思わず場の緊張が揺らぐ。
領主は眉を寄せ、だがすぐに口調を和らげた。
「……冒険者、か。無礼を許そう」
「名乗りたまえ」
ナズは胸を張り、堂々と応じる。
「ジャスクのナズ・ガレヴァルド。最大化のナズで通ってるぜ」
領主の目が一瞬見開かれる。
「おお! 東の大陸の六天のひとり、でよかったかな?」
ナズは鼻を鳴らす。
「その呼び方は好きじゃねーけど、俺を知ってくれてるならいいか」
彼は剣をしまい、周囲を見渡す。
「ただ、ここがどこでアンタが誰かも分かっちゃいねえ。それが実際のところだ」
領主は静かに頷き、声を張った。
「ここは西の大陸の国のひとつ、スエイル」
「その都のひとつ、アヴラスである」
「私はそのアヴラスの領主。この度の黒い半球の調査をクラヴァルに依頼した者だ」
その言葉に、仲間たちの背筋が伸びた。
依頼主本人の登場──空気が重みを増すのを、誰もが肌で感じていた。
♢
領主の言葉を受け、ナズが半歩退いた。
かわって前に出たのはジャスクの2人だった。
「領主様、我らジャスクがここで見たことを簡潔に」
ナズが顎をしゃくると、ロアが口を開いた。
声は疲労にかすれていたが、その眼差しは真剣だった。
「黒い半球は、内部での戦闘の末に消滅しました」
「敵──TPと呼ばれていた者は姿を消し、行方知れずです」
リゼがうなずき、言葉を継ぐ。
「討伐の証も残せぬほどの消失でした。けれど確かに、一度は決着を見たのです」
領主は静かに目を閉じ、短くうなずいた。
「なるほど……状況は理解した」
そして視線を横たわるクラヴァルへ向ける。
彼女の呼吸は浅く、紫の光がかすかに脈打つ。
「クラヴァルについては、こちらで引き継ごう」
領主の声が響く。
「お待ちください!」
リゼが一歩前に出た。
「彼女は私の仲間です。看護は私も続けさせてください」
領主はわずかに目を細め、しばし沈黙したのち、口を開いた。
「構わぬ。むしろ私も、落ち着いて話を聞きたいからな」
リゼの肩がわずかに緩む。
だが、緊張は完全には解けなかった。
ロアが深く息を吸い、領主へ報告する。
「命の灯は繋がりました。ただし……しばらくは安静が必要です」
領主は頷き、騎士団へ命じた。
「クラヴァルを馬車に運べ。丁重に扱え」
二人の騎士が静かに近づき、担架を用意する。
その様子を、仲間たちは無言で見守っていた。
誰もが、次の言葉を待っているのを感じていた。
領主は深い息をつき、視線を周囲へ巡らせた。
そして、ひとつの問いを放つ。
♢
「ところで──」
「─あの青年は何者だ?」
領主の視線が、仲間たちの背後に立つユウへと注がれた。冷たい眼差しに射抜かれ、ユウは思わず肩を強張らせる。
「彼も私たちの仲間です」
すかさずハナラが言い切った。
その声音には、揺るぎない信頼が込められていた。
しかし領主は首を横に振る。
「どう見ても冒険者には見えぬ。……そなた、名を名乗れ」
ユウは喉を鳴らし、震える声を絞り出す。
「し、城野……ユウ……」
その名を聞いても、領主の表情は微動だにしなかった。
「…シロノ…我が国では聞いたこともない名だ。冒険者札は?」
ユウは言葉を失う。
差し出せるものは何もなかった。
「持っていないのか」
領主の声は低く沈んだ。
周囲の騎士たちがざわめき、鎧がかすかに鳴った。
「領主様、彼は確かに戦いに加わりました。私たちと共に命を賭けて」
リゼが一歩踏み出し、必死に訴える。
「札や登録はなくとも、仲間として認めています!」
だが、領主の眼差しは揺るがない。
「依頼主である私の目から見れば、これは重大な違反だ」
「依頼を受けた者以外が、特に冒険者以外の者が介入するなど、不法そのもの」
「ジャスクの者たちは巻き込まれたのだ。それは理解しよう。だが」
「その者はクラヴァルと一緒に半球に入った行ったという報告がある」
空気が一層重くなる。
ユウは必死に口を開こうとしたが、言葉が見つからなかった。
自分の出自も、来歴も、この場で説明できるようなものではない。
沈黙が流れる。
リゼの表情が苦く歪み、ナズは奥歯を噛みしめた。ロアやハナラも視線を下げるしかなかった。
領主は冷ややかに告げる。
「素性も明かせず、証も示せぬ。……そのような者を、館へ連れ帰るわけにはいかぬ」
鋭い眼差しがユウを射抜く。
騎士団の列から二人が前に進み、鎧の擦れる音が重く響いた。
「お待ちください!」
リゼが声を張り上げた。
「彼は確かにこの場で戦いました! クラヴァルを、私たちを支えたんです! どうか信用を──」
ユウは立ち尽くしていた。
弁明しようと口を開くが、出てくるのは乾いた息ばかり。
「……」
自分のことをこの世界で説明できるものなど何一つなかった。
「連れて行け」
領主の命が下る。
騎士たちがユウの両腕を取った。
冷たい鉄の手甲が肌に食い込み、背筋に寒気が走る。
「ちょ、ちょっと待って……!」
ユウがもがくが、力の差は歴然だった。
「やめて!」
リゼが駆け寄ろうとする。
だが別の騎士が立ちはだかり、剣の柄に手を掛けた。その威圧に、リゼは一歩も進めず、拳を震わせるしかなかった。
「領主様! せめて話を聞いてください!」
声を張り上げるが、返ってくるのは冷徹な一言だけ。
「話ならば、牢の中で聞こう」
ユウは振り返る。
必死に見開いた目で、リゼと仲間たちを探す。
ナズは奥歯を噛み、ロアは唇をかみしめ、ハナラはただ睨み返していた。
誰一人として、決定を覆す力はなかった。
リゼの目が揺らいだ。
悔しさと怒り、そして無力感。
叫びたいのに声にならず、喉の奥で熱が渦巻く。
ユウの姿が騎士団の列に飲み込まれていく。
草原の風が吹き抜ける中、リゼの拳は血が滲むほどに握り締められていた。
夜明けの光を背に、馬車と騎士団の一団が土煙を上げて現れた。
鉄の鎧に身を包んだ兵たちが隊列を整え、その中央からひときわ大きな馬車が停まった。
扉が開き、威厳をまとった男が姿を現す。
背筋を伸ばし、眼差しは鋭く、周囲を射抜くように見渡している。
その一瞥だけで、空気が張りつめた。
「……見ない顔ばかりだな」
低い声が草原に響く。
仲間たちが息を呑んだその瞬間、ナズが口角を上げて一歩踏み出す。
「アンタの顔も見たことねえぜ」
思わず場の緊張が揺らぐ。
領主は眉を寄せ、だがすぐに口調を和らげた。
「……冒険者、か。無礼を許そう」
「名乗りたまえ」
ナズは胸を張り、堂々と応じる。
「ジャスクのナズ・ガレヴァルド。最大化のナズで通ってるぜ」
領主の目が一瞬見開かれる。
「おお! 東の大陸の六天のひとり、でよかったかな?」
ナズは鼻を鳴らす。
「その呼び方は好きじゃねーけど、俺を知ってくれてるならいいか」
彼は剣をしまい、周囲を見渡す。
「ただ、ここがどこでアンタが誰かも分かっちゃいねえ。それが実際のところだ」
領主は静かに頷き、声を張った。
「ここは西の大陸の国のひとつ、スエイル」
「その都のひとつ、アヴラスである」
「私はそのアヴラスの領主。この度の黒い半球の調査をクラヴァルに依頼した者だ」
その言葉に、仲間たちの背筋が伸びた。
依頼主本人の登場──空気が重みを増すのを、誰もが肌で感じていた。
♢
領主の言葉を受け、ナズが半歩退いた。
かわって前に出たのはジャスクの2人だった。
「領主様、我らジャスクがここで見たことを簡潔に」
ナズが顎をしゃくると、ロアが口を開いた。
声は疲労にかすれていたが、その眼差しは真剣だった。
「黒い半球は、内部での戦闘の末に消滅しました」
「敵──TPと呼ばれていた者は姿を消し、行方知れずです」
リゼがうなずき、言葉を継ぐ。
「討伐の証も残せぬほどの消失でした。けれど確かに、一度は決着を見たのです」
領主は静かに目を閉じ、短くうなずいた。
「なるほど……状況は理解した」
そして視線を横たわるクラヴァルへ向ける。
彼女の呼吸は浅く、紫の光がかすかに脈打つ。
「クラヴァルについては、こちらで引き継ごう」
領主の声が響く。
「お待ちください!」
リゼが一歩前に出た。
「彼女は私の仲間です。看護は私も続けさせてください」
領主はわずかに目を細め、しばし沈黙したのち、口を開いた。
「構わぬ。むしろ私も、落ち着いて話を聞きたいからな」
リゼの肩がわずかに緩む。
だが、緊張は完全には解けなかった。
ロアが深く息を吸い、領主へ報告する。
「命の灯は繋がりました。ただし……しばらくは安静が必要です」
領主は頷き、騎士団へ命じた。
「クラヴァルを馬車に運べ。丁重に扱え」
二人の騎士が静かに近づき、担架を用意する。
その様子を、仲間たちは無言で見守っていた。
誰もが、次の言葉を待っているのを感じていた。
領主は深い息をつき、視線を周囲へ巡らせた。
そして、ひとつの問いを放つ。
♢
「ところで──」
「─あの青年は何者だ?」
領主の視線が、仲間たちの背後に立つユウへと注がれた。冷たい眼差しに射抜かれ、ユウは思わず肩を強張らせる。
「彼も私たちの仲間です」
すかさずハナラが言い切った。
その声音には、揺るぎない信頼が込められていた。
しかし領主は首を横に振る。
「どう見ても冒険者には見えぬ。……そなた、名を名乗れ」
ユウは喉を鳴らし、震える声を絞り出す。
「し、城野……ユウ……」
その名を聞いても、領主の表情は微動だにしなかった。
「…シロノ…我が国では聞いたこともない名だ。冒険者札は?」
ユウは言葉を失う。
差し出せるものは何もなかった。
「持っていないのか」
領主の声は低く沈んだ。
周囲の騎士たちがざわめき、鎧がかすかに鳴った。
「領主様、彼は確かに戦いに加わりました。私たちと共に命を賭けて」
リゼが一歩踏み出し、必死に訴える。
「札や登録はなくとも、仲間として認めています!」
だが、領主の眼差しは揺るがない。
「依頼主である私の目から見れば、これは重大な違反だ」
「依頼を受けた者以外が、特に冒険者以外の者が介入するなど、不法そのもの」
「ジャスクの者たちは巻き込まれたのだ。それは理解しよう。だが」
「その者はクラヴァルと一緒に半球に入った行ったという報告がある」
空気が一層重くなる。
ユウは必死に口を開こうとしたが、言葉が見つからなかった。
自分の出自も、来歴も、この場で説明できるようなものではない。
沈黙が流れる。
リゼの表情が苦く歪み、ナズは奥歯を噛みしめた。ロアやハナラも視線を下げるしかなかった。
領主は冷ややかに告げる。
「素性も明かせず、証も示せぬ。……そのような者を、館へ連れ帰るわけにはいかぬ」
鋭い眼差しがユウを射抜く。
騎士団の列から二人が前に進み、鎧の擦れる音が重く響いた。
「お待ちください!」
リゼが声を張り上げた。
「彼は確かにこの場で戦いました! クラヴァルを、私たちを支えたんです! どうか信用を──」
ユウは立ち尽くしていた。
弁明しようと口を開くが、出てくるのは乾いた息ばかり。
「……」
自分のことをこの世界で説明できるものなど何一つなかった。
「連れて行け」
領主の命が下る。
騎士たちがユウの両腕を取った。
冷たい鉄の手甲が肌に食い込み、背筋に寒気が走る。
「ちょ、ちょっと待って……!」
ユウがもがくが、力の差は歴然だった。
「やめて!」
リゼが駆け寄ろうとする。
だが別の騎士が立ちはだかり、剣の柄に手を掛けた。その威圧に、リゼは一歩も進めず、拳を震わせるしかなかった。
「領主様! せめて話を聞いてください!」
声を張り上げるが、返ってくるのは冷徹な一言だけ。
「話ならば、牢の中で聞こう」
ユウは振り返る。
必死に見開いた目で、リゼと仲間たちを探す。
ナズは奥歯を噛み、ロアは唇をかみしめ、ハナラはただ睨み返していた。
誰一人として、決定を覆す力はなかった。
リゼの目が揺らいだ。
悔しさと怒り、そして無力感。
叫びたいのに声にならず、喉の奥で熱が渦巻く。
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