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第9章 崩壊 / What a wonderful world

第85話 越境-2-

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城門を抜け、石畳の階段を下りる。
足元から伝わる冷気と、湿り気を帯びた空気。

ユウは両腕を騎士に掴まれたまま、深い地下へと連れ込まれていった。

「ここだ」

鉄格子が軋み、重たい音を立てて開いた。
中は石壁に囲まれた狭い空間。

苔の匂いと、どこからともなく滴る水音。
かろうじて灯る松明が、陰影を濃くしている。

「入れ」

背中を押され、ユウは転がるように牢に放り込まれた。膝が石床にぶつかり、鈍い痛みが走る。

振り返ったときには、すでに鉄格子が閉ざされていた。ガシャン、と響く音が、心臓の奥に杭を打つ。鎧に身を包んだ兵が無言で鍵をかける。

その仕草は慣れたもので、まるで日常の一部のようだった。

ユウは鉄格子にすがりつき、声を張ろうとした。
だが喉から出たのは、掠れた息だけだった。

「……ここ、は……」

鉄格子の向こうはもう無表情の兵士たちだけ。
自分が異世界で「罪人」として扱われているという現実が、じわじわと押し寄せてきた。

狭い牢の中、湿った石床。
背中に冷たい石壁を感じながら、ユウは膝を抱えた。孤独と閉塞が、心を締め付けていった。



「待ってください!」

重々しい空気を切り裂くように、リゼの声が響いた。

彼女は騎士たちの前に立ちはだかり、領主を真っ直ぐに見据える。

「ユウは私たちと共に戦ったんです! クラヴァルを助け、命を懸けてくれた!」

「どうして牢に入れる必要があるんですか!」

領主は背筋を伸ばし、冷徹な眼差しでリゼを見返した。

「掟に従うのみだ。依頼に名を連ねぬ者が戦場に立つことは、許されぬ」

「不確定は害となる。……それが秩序だ」

「秩序……?」

リゼの声が震える。

「秩序のために、仲間を縛るのですか!」

騎士の一人が一歩前に出て、手を広げてリゼを制する。

「お嬢さん、退いていただこう。領主様の決定は絶対だ」

「黙って従えと言うのですか!」

リゼは腰の剣に手をかける。
怒りが滲み、刃を抜き放つ寸前だった。

「リゼ!」

ハナラの声が鋭く飛んだ。
その手が彼女リゼの肩を掴み、強引に押し止める。

「ここで抜けば、ユウもリゼも終わりよ」

「でも……!」

リゼの目に涙が滲む。悔しさと怒りに燃えた瞳。
それでも仲間ハナラの手を振り払うことはできなかった。

領主はわずかに目を細め、静かに告げた。

「情に流されて秩序を乱すことは許されぬ」

「それがこの国を守る力だ」

言葉は冷たく、揺るぎなかった。
リゼは拳を握りしめ、震える唇を噛む。
叫びたい言葉が喉を塞ぎ、声にならない。

結局、彼女にできたのはクラヴァルの傍に戻り、震える背を仲間に支えられることだけだった。



石壁に囲まれた牢の中は、ひどく静かだった。

湿った空気が肌にまとわりつき、わずかな水滴の音が響くたびに、心臓がざわついた。

ユウは膝を抱え、鉄格子越しに薄暗い廊下を見つめていた。仲間の声はここには届かない。

ただ、自分が「罪人」として扱われているという現実だけが重くのしかかっていた。

(……俺は、何をしてるんだ)

喉の奥から声が漏れるが、誰にも届かない。
それでも口に出さずにはいられなかった。

その時、廊下を巡回していた衛兵が足を止め、鉄格子に近づいてきた。

口元にいやらしい笑みを浮かべながら、鉄格子に腕をかける。

「よう、あんちゃん」

低い声が響く。

「何して捕まったんだい?」

ユウは目を伏せ、黙り込む。

「おいおい、答えろよ」

衛兵は肩を揺らし、下卑た笑いを漏らす。

「まあいいや」

「……あんちゃんのツレの女、いいカラダしてんじゃねーか」

ユウの背筋が震える。
だが唇はきつく閉じられ、声は出なかった。

「へへっ。領主様に刃向かって、牢に入れられてるんならよ」

衛兵は鉄格子を叩き、声を潜める。

「そのうち、こっちに来るだろうよ」

「……!」

ユウの目が見開かれる。
衛兵はさらに顔を近づけ、吐息をかけるように囁いた。

「そしたらよぉ……俺がじぃっくり、可愛がってやるよ」

下品な笑い声が、狭い牢に響き渡る。

ユウの胸に怒りが燃え上がる。
全身が熱を帯び、拳が震え、喉の奥から声が絞り出されそうになる。

「安心しろって」

衛兵はさらに笑う。

「ちゃんと声は聞かせてやるからよ……ゲハハハ!」

その瞬間、ユウは激昂した。

「やめろォッ!!!」

鉄格子を掴み、力任せに揺さぶる。
鉄と鉄がぶつかり合う鈍い音が、牢の奥に響き渡った。

衛兵はわざと驚いたように肩をすくめると、鼻で笑い、ゆっくりと離れていった。

残されたユウの両手は血が滲むほどに震え、怒りと無力感が胸を締めつけていた

ユウは鉄格子から手を離し、石床に崩れ落ちた。
肩で荒い息を繰り返し、胸の奥で燃え上がる怒りが収まらない。

だが拳を握りしめても、鎖を叩きつけても、何も変わらない。

「……俺が……ここにいたって……」

声が震える。

「何も守れない……!」

頭の中で、リゼやクラヴァルの姿が浮かんでは消えた。

衛兵の嘲りが耳にこびりつき、胃の底から吐き気がこみ上げる。

(……ここから出ていく!)

ユウは深く息を吸い込み、両の掌を重合わせる。
意識を沈めると、鼓動の裏側でかすかなざわめきが生まれる。

それは光ではなく、音だった。その拍を掴み、手を広げる。すると空気にきしみが走り、牢の壁に細い裂け目が浮かんだ。

「…ッッ」

蜘蛛の巣のように広がる亀裂から、淡い光が漏れる。

それは枠を描くのではなく、石壁そのものを削り取るように広がっていった。

裂け目の奥から、冷たく乾いた風が逆流する。

「行かせろ……!」

ユウの身体が震え、足元の石床が揺らぎ始める。
視界が波打ち、牢の中が溶けていくように霞む。

やがて感覚は急に反転した。
床が沈み込み、身体ごと暗い淵に吸い込まれる。

次の瞬間、全ての音が止まり、真っ白な静寂が広がった。

──そして。

目を開けたユウの視界に映ったのは、天井に貼りついた蛍光灯。埃の積もった本棚、自分の机、散らかった教科書。

「……帰ってきた……?」

呼吸が浅くなる。確かにここは、自分の部屋。

現実世界だった。
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