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第9章 崩壊 / What a wonderful world
第88話 キャタライズ
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重厚な扉がゆっくりと開かれた。
軋む金具の音が石造りの天井に反響し、冷気が外から流れ込む。
導かれるままに進む三人の足音が赤い絨毯に沈み、広間は次第に異様な静けさに包まれていった。
そこは領主館ではなく、アヴラスの城の謁見の間。公式な要件や催事で使う、まさに威厳を示すための場所であった。
天井は高く、アーチ状の梁には金属の装飾が鈍く光り、壁には戦の記録を象った巨大なタペストリーが何枚も掛けられていた。
中央には大理石で縁取られた長い道。
その最奥に据えられた豪奢な椅子に、アヴラスの領主が腰掛けていた。
威圧感を纏ったその姿は、ただ座しているだけで広間全体を支配していた。背筋は伸び、瞳には鋭い光。
冷徹さと知略を兼ね備えた支配者──三人の冒険者を迎えるにふさわしい視線だった。
口を開いたのは領主だった。
「提案がある」
「公にはしていないが、転移の魔術について我が国は一定の研究を終えている」
唐突に告げられた言葉に、ナズがわずかに眉を上げる。リゼがいない場で、彼は臆することなく腕を組んだ。
ロアもハナラも息を飲み、その視線を外さずに領主の言葉を待つ。
「見るもの一切の他言しないでもらえると約束してくれるのであれば」
「君たちを元の場所に送ろう」
広間に重苦しい沈黙が落ちた。その場を破ったのはナズだった。
「ずいぶんと気前がいいじゃないか」
領主は唇に笑みを浮かべた。だがその笑みは人を安心させるものではなく、冷徹な計算を孕んでいた。
「君たちに貸しを作ることができる者など、この大陸といえど少ないだろうね」
床に響く声が冷ややかに広間を満たす。
ただの親切心ではない。支配する者の一言ひとことが、相手を試し、値踏みし、そして支配するための鎖であることを、三人は直感していた。
ロアはわずかに目を細め、ハナラは緊張を崩さぬまま背筋を伸ばした。ナズはあえて顎を上げ、挑むような視線を返す。
力と知略で支配される場所──その舞台に、三人は立たされていた。少し逡巡してナズが口を開ける。
「何が望みなんだ?」
♢
領主の瞳が光を帯び、彼らをまっすぐに射抜く。
「そうだな、あの少年は何者なのかな?」
その問いが広間の空気をさらに張り詰めさせた。
ハナラが一歩前に出る。声色は淡々としていたが、鋭さを帯びていた。
「どこにでもいる男の子ですよ」
領主は鼻で笑い、椅子の肘掛けを指で軽く叩いた。
「おもしろいな」
「牢屋から忽然と消えることができる少年は、どこにもいないと思うがね」
三人の背筋が強張る。
領主の視線は逃さない獲物を捉える鷹のようだった。
「君たちはそれができると知っていたから、慌てなかった」
「なかなかの演技だったがね」
その追及を切ったのはナズ。
「……アイツは異界の者だ。領主サマは気づいてたんだろ?」
領主はゆっくりと瞳を細め、頷いた。
「……魔素に愛された者の一族、かな?」
だがロアは即座に首を振る。
「特技は受け継いでいますが血は繋がっておりません」
領主の眉がかすかに動いた。
「ほう……」
その間もハナラの視線は揺らがない。
「失礼ながら、偉大なるアヴラスの領主様」
「わざわざ少年の素性に触れる理由はなんでしょう」
領主は椅子に深く背を預け、天井に飾られたタペストリーを仰いだ。
「異界から来た者、伝説の男の影を背負う者…」
「国の未来を左右しかねぬ存在だ。私が興味を持つのは当然だろう?」
その言葉に、空気はさらに重く沈んだ。
だがジャスクの三人は、臆することなく眼差しを返した。
ナズが低く笑い、腕を組み直す。
「伝説の男はあの空間での戦いの最中に現れたよ」
ロアがうなずき、静かな声を重ねる。
「身を挺して我々を助けてくれました」
領主は沈黙を保ち、顎に手を添えて考え込む。
「ふむ」
重苦しい空気を切ったのはハナラだった。
「彼にご執心のようですね」
領主は不意に口角を上げ、あっさりと言った。
「そりゃそうでしょ」
「僕のクラヴァルちゃんの男なんでしょ?」
一瞬の沈黙。
「「「あんたのじゃねーよ」」」
三人の声がぴたりと揃った。
謁見の間に場違いな響きが広がり、張り詰めていた空気が一気に弾けた。
側付きの諸官たちからもため息と失笑が漏れてくる。ナズは肩を揺らして笑い、ロアは小さくため息をつく。ハナラは視線を逸らし、苦々しくも微笑んだ。
領主もまたわずかに笑みを浮かべる。
「国王に言ったことを自分も言われるとは、ね」
広間には再び沈黙が落ちたが、もはや先ほどの冷たさだけではなかった。笑いと緊張が交互に交じり合い、奇妙な余韻を残す。
だが領主の眼差しに宿る光は消えていなかった。
――異界の少年とクラヴァル。国の未来を左右する存在。
その火種が、この場で確かに刻まれたのだ。
軋む金具の音が石造りの天井に反響し、冷気が外から流れ込む。
導かれるままに進む三人の足音が赤い絨毯に沈み、広間は次第に異様な静けさに包まれていった。
そこは領主館ではなく、アヴラスの城の謁見の間。公式な要件や催事で使う、まさに威厳を示すための場所であった。
天井は高く、アーチ状の梁には金属の装飾が鈍く光り、壁には戦の記録を象った巨大なタペストリーが何枚も掛けられていた。
中央には大理石で縁取られた長い道。
その最奥に据えられた豪奢な椅子に、アヴラスの領主が腰掛けていた。
威圧感を纏ったその姿は、ただ座しているだけで広間全体を支配していた。背筋は伸び、瞳には鋭い光。
冷徹さと知略を兼ね備えた支配者──三人の冒険者を迎えるにふさわしい視線だった。
口を開いたのは領主だった。
「提案がある」
「公にはしていないが、転移の魔術について我が国は一定の研究を終えている」
唐突に告げられた言葉に、ナズがわずかに眉を上げる。リゼがいない場で、彼は臆することなく腕を組んだ。
ロアもハナラも息を飲み、その視線を外さずに領主の言葉を待つ。
「見るもの一切の他言しないでもらえると約束してくれるのであれば」
「君たちを元の場所に送ろう」
広間に重苦しい沈黙が落ちた。その場を破ったのはナズだった。
「ずいぶんと気前がいいじゃないか」
領主は唇に笑みを浮かべた。だがその笑みは人を安心させるものではなく、冷徹な計算を孕んでいた。
「君たちに貸しを作ることができる者など、この大陸といえど少ないだろうね」
床に響く声が冷ややかに広間を満たす。
ただの親切心ではない。支配する者の一言ひとことが、相手を試し、値踏みし、そして支配するための鎖であることを、三人は直感していた。
ロアはわずかに目を細め、ハナラは緊張を崩さぬまま背筋を伸ばした。ナズはあえて顎を上げ、挑むような視線を返す。
力と知略で支配される場所──その舞台に、三人は立たされていた。少し逡巡してナズが口を開ける。
「何が望みなんだ?」
♢
領主の瞳が光を帯び、彼らをまっすぐに射抜く。
「そうだな、あの少年は何者なのかな?」
その問いが広間の空気をさらに張り詰めさせた。
ハナラが一歩前に出る。声色は淡々としていたが、鋭さを帯びていた。
「どこにでもいる男の子ですよ」
領主は鼻で笑い、椅子の肘掛けを指で軽く叩いた。
「おもしろいな」
「牢屋から忽然と消えることができる少年は、どこにもいないと思うがね」
三人の背筋が強張る。
領主の視線は逃さない獲物を捉える鷹のようだった。
「君たちはそれができると知っていたから、慌てなかった」
「なかなかの演技だったがね」
その追及を切ったのはナズ。
「……アイツは異界の者だ。領主サマは気づいてたんだろ?」
領主はゆっくりと瞳を細め、頷いた。
「……魔素に愛された者の一族、かな?」
だがロアは即座に首を振る。
「特技は受け継いでいますが血は繋がっておりません」
領主の眉がかすかに動いた。
「ほう……」
その間もハナラの視線は揺らがない。
「失礼ながら、偉大なるアヴラスの領主様」
「わざわざ少年の素性に触れる理由はなんでしょう」
領主は椅子に深く背を預け、天井に飾られたタペストリーを仰いだ。
「異界から来た者、伝説の男の影を背負う者…」
「国の未来を左右しかねぬ存在だ。私が興味を持つのは当然だろう?」
その言葉に、空気はさらに重く沈んだ。
だがジャスクの三人は、臆することなく眼差しを返した。
ナズが低く笑い、腕を組み直す。
「伝説の男はあの空間での戦いの最中に現れたよ」
ロアがうなずき、静かな声を重ねる。
「身を挺して我々を助けてくれました」
領主は沈黙を保ち、顎に手を添えて考え込む。
「ふむ」
重苦しい空気を切ったのはハナラだった。
「彼にご執心のようですね」
領主は不意に口角を上げ、あっさりと言った。
「そりゃそうでしょ」
「僕のクラヴァルちゃんの男なんでしょ?」
一瞬の沈黙。
「「「あんたのじゃねーよ」」」
三人の声がぴたりと揃った。
謁見の間に場違いな響きが広がり、張り詰めていた空気が一気に弾けた。
側付きの諸官たちからもため息と失笑が漏れてくる。ナズは肩を揺らして笑い、ロアは小さくため息をつく。ハナラは視線を逸らし、苦々しくも微笑んだ。
領主もまたわずかに笑みを浮かべる。
「国王に言ったことを自分も言われるとは、ね」
広間には再び沈黙が落ちたが、もはや先ほどの冷たさだけではなかった。笑いと緊張が交互に交じり合い、奇妙な余韻を残す。
だが領主の眼差しに宿る光は消えていなかった。
――異界の少年とクラヴァル。国の未来を左右する存在。
その火種が、この場で確かに刻まれたのだ。
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