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第9章 崩壊 / What a wonderful world

第89話 イクリプス

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アヴラスの街外れ。石畳の道を外れて坂を下ると、ひっそりと木造の診療所が建っていた。

まだ朝の空気は冷たく、窓の外では小鳥の声がかすかに響いている。

建物の中は薬草を煮出した香りが満ち、奥の一室には白いシーツをかけられた簡素なベッドが据えられていた。

その上で横たわっているのは、紫の光に幾度も包まれてきた少女──クラヴァル。

銀の髪は汗で額に張り付き、呼吸は浅く、唇はまだ血の気を失っている。それでも、彼女の胸がかすかに上下していることが、ここに生の灯が残っていることを示していた。

窓から差し込む朝の光が、白いシーツの上で淡く揺れる。その光に反応するように、布団の中からかすかな吐息が漏れた。

長い睫毛がわずかに震え、やがて瞳がゆっくりと開かれていく。

その瞬間、ベッド脇の椅子でうたた寝をしていたリゼが弾かれたように身を乗り出した。

「……やっとお目覚めね。調子はどう?」

声は努めて平静を装っていたが、喉の奥はかすかに震えていた。彼女も覚悟していたのだ。もし彼女が力尽きたら。そんな最悪の別れを。

クラヴァルは視線をさまよわせ、天井を見つめたまま口角を上げる。

「……意識はあったのよ。ただ」

「おじいちゃんの術をコントロールしたくてそっちに集中してたの」

リゼは息を吐き、頬をかすかに緩めた。

「じゃあもう大丈夫なのね?」

その問いにクラヴァルは静かに首を振った。

「大丈夫じゃないわね。血が足りない。細胞を作り出すエネルギーも足りない」

「これ以上再生速度を上げると癒着が起きちゃうかも」

「サイボー? えねるぎー?」

リゼは目をぱちぱちさせて首を傾げた。聞き慣れぬ単語に、ただ正直な疑問をぶつける。

クラヴァルは小さく肩をすくめ、鼻で笑った。

「リゼはわからなくていいわよ」

「ちょっとバカにしてない?」

「ふふ、どうかしらね」

軽口の応酬が、ようやく診療所の静けさに微かな熱を取り戻す。だがその笑みの奥に、クラヴァルの瞳はまだ遠くを見据えていた。

数呼吸の沈黙の後、クラヴァルはゆっくりと視線をリゼへ向けた。その瞳には冗談の色はなく、真剣な光が宿っていた。



「それよりもちょっと」

リゼは眉をひそめる。

「なによ」

「いいから手、貸して」

唐突な申し出にリゼは一瞬戸惑ったが、それでも差し伸べられた手を拒む理由はなかった。

おずおずと自分の手を重ねた瞬間、クラヴァルはその手を布団の中へ引き込む。

「ちょ、ちょっと!」

リゼの頬が一気に朱に染まった。
だがクラヴァルは構わず、その手を下へと導いていく。

腰を越え、下腹部を過ぎ、さらに股の方へ――。
リゼの心臓が喉から飛び出しそうになる。

「!!?」

「ない!? どういうこと!?」

驚愕の声が診療所に響き、リゼの瞳は大きく見開かれていた。かつて砂漠での戦闘でも見せたことのない狼狽だった。

クラヴァルは苦笑を浮かべ、息を吐く。

「ふふふ……上手くいったでしょ?」

「だってアンタ……男の子じゃ……まさか!?」

リゼの声は震え、言葉を繋げることができなかった。

クラヴァルは淡々と、しかし誇らしげに語る。

「貰い物の魔術だから苦労したわ。でもおじいちゃんには本当に感謝だわ」

リゼは唇を震わせる。

「アンタ命の危機だったのになんてことを……」

クラヴァルは力強く首を振る。

「これで……ユウとの未来が作れる……!」

彼女の瞳は真っ直ぐで、揺らぎはなかった。



リゼはしばらく声を失っていた。
その静寂の中で、窓から差し込む光がクラヴァルの横顔を照らす。

少女の顔には疲労の影が濃く刻まれていたが、それでもなお意志だけは鋼のように輝いていた。

やがてリゼは低く呟いた。

「……狂ってる……」

それは罵倒というより、畏怖に近い吐息だった。
クラヴァルは微笑んだ。

「これくらいじゃないとユウの女には相応しくないわよ」

リゼの拳が自然と握られる。

「アンタ……」

窓の外では朝日が昇りきり、診療所の部屋全体が白く照らされていく。クラヴァルの決意は光の中でさらに輪郭を増し、リゼの心を強く揺さぶった。

クラヴァルはリゼライバルの目をまっすぐに見返し、言い切る。

その言葉は鋭くも優しく、挑戦状のようでもあり、願いのようでもあった。

リゼの心臓は激しく脈打つ。
憧れと恐怖、嫉妬と尊敬──複雑な感情が渦を巻き、言葉にできない重みとなって胸を締めつけた。

「リゼ。ついてこれるかしら?」
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