異世界配信サービス

vincent_madder

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第10章 異世界配信サービス / Lock down symphony

第91話 グリッドサンズ

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バイト先のコンビニのドアが閉まると、外の空気が一気に冷たく感じられた。

夕方のラッシュが落ち着き、街の喧騒もどこか遠くに霞んでいる。

「お疲れっしたー!お先でーす!」

背後に声を投げると、同僚たちが一斉に返した。

「「おつかれー」」

制服のポロシャツを脱ぎながら、春川はスマホをポケットから取り出した。

画面の通知がやたらと点滅している。メッセージも着信も、全部同じ名前だ。

『マネージャー』

部活のマネージャーから、十件以上の不在着信。

(なんだよこれ……事故でもあったか?)

指先で通話ボタンを押すと、すぐに応答音のあと、慌ただしい息遣いが耳に届いた。

「もしもし春川!?」

「お疲れ、何かあったの?」

「ごめん……相談があって」

「どした?」

相手の声は普段より高く、焦りが混じっていた。
春川は歩道に腰を下ろし、コンビニの袋を足元に置いた。

スピーカーから聞こえるのは、いつもの彼女の声のはずなのに、どこか震えている。

「ほら、最近、城野休みがちでしょ?」

「部活はサボるわ、学校サボるわってな。テストも近いのにな」

「私…本当に城野が、その、《ユウ》なんじゃないかって」

「…は?」

あまりに突拍子もない言葉に、春川は思わず笑ってしまった。

「お前までどうしったってんだよ。あれだろ?ネタ動画にハマってるんか?」

「違うのよ」

マネージャーの声が遮った。

「私、お父さんが自衛官なんだけど」

「それがどうしたんだよ」

「今日の夕飯で、配信EWSの話になってさ」

「はあ?」

「うちの幽霊部員にもユウって子がいて、まさか異世界と繋がってるわけないよねーって笑ったの」

「うん」

「でも……ウチのお父さんさ、そういう冗談にうるさいの」

「“友達をそんな風に言うんじゃない”って、いつもなら怒るのに」

彼女は小さく息を吸った。

「今日に限って、何も言わなかったの」

「……」

「こんなこと、今までなかったの!」

風が吹き抜け、春川の頬を撫でた。
スマホ越しの彼女の声が、やけに遠く感じる。

「だから私、本当に城野なんじゃないかって」

「お父さん、なんか知ってるんじゃないかって…」

「そんなわけあるかよ!? 異世界だぞ!? 海外旅行じゃないんだぞ!」

春川は半ば叫ぶように言って、額を押さえた。

「それにさ──」

口に出しかけた瞬間、脳裏にいくつもの記憶が蘇る。

──ユウに、衛星が機動兵器化してる都市伝説を話したこと。

──自分がそのネタにハマって、何度も同じ話をしていたこと。

──そして、あの“衛星が墜落ロストした日”。

──そのタイミングで、ユウが何日も欠席していたこと。

「……」

息が止まる。

偶然だ、と自分に言い聞かせようとした。
けれど、脳裏のピースがひとつ、またひとつ繋がっていく。

「ちょっと春川!? 聞こえてる!? ねえ!」

マネージャーの声が焦りを帯びて響く。
春川はゆっくりと口を開いた。

「なぁ」

「それがマジだったとしたらさ」

「???」

「俺らもクラス単位で異世界転移しちゃうのかな」

沈黙。

そして、受話器の向こうから呆れ声。

「バカじゃないの?」

春川は乾いた笑いを漏らした。
けれど胸の奥では、笑いに似た何かがきしんでいた。



TPが消えたあと、診療所の中には静寂だけが残っていた。床に散らばった薬瓶の破片が、かすかに光を反射している。

窓の外には、先ほどまで暴れていた黒霧の残滓が、ゆっくりと風に溶けていった。

リゼが息を整えながらユウを見る。

「ユウ…さっきから、何をしてるの?」

ユウはぼんやりと宙を見つめていた。

どこか遠くを聞くような、集中した眼差し。

「初めまして、でいいのかなぁ」

柔らかい声が響いた。

空気のどこからともなく。

まるで風の粒に混じって、音そのものが生まれるように。

ユウは反射的に声を上げる。

「この声は一体……」

リゼが眉をひそめる。

「ユウ? さっきから一人で何を言ってるの?」

「……他の人には聞こえないよぉ」

不意に返ってきた声は、微笑むように甘く、どこか無垢だった。

ユウは息を呑む。

「誰だ……?」

「さっきはよくできましたぁ」

その声は、まるで子どものような調子で、褒めるように響く。

「リゼ、誰かの声がずっとそばで聞こえてるんだ」

リゼは首をかしげ、心配そうに覗き込む。

「ユウ……疲れてるんじゃないの?」

バインドしてくれたから聞こえるようになったんだよぉ」

声がまた重なった。

可愛らしいのに、どこか異様な透明さを帯びた響き。

ユウの周囲の空気が、淡く波打っている。

「これができたのは君でふたりめぇ」

ユウははっとして目を見開く。

「リゼ、この聞こえる声は、多分なんだけど……」

「ホッシーはねぇ、ボクのことをねぇ――」

その先を遮るように、ユウの口から言葉が漏れた。

「この声は……魔素だ」

声は嬉しそうに弾む。

「マソちゃんって呼んでくれたんだよぉ」

その瞬間、診療所の空気がかすかに光を帯びたように見えた。
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