異世界配信サービス

vincent_madder

文字の大きさ
94 / 101
第10章 異世界配信サービス / Lock down symphony

第94話 異世界配信サービス-6-

しおりを挟む
時はユウが診療所を訪れたところに少し戻る。

石造りの詰所の前に、朝の風が吹き抜けていった。兵士たちはいつも通り持ち場に立ち、交代の時刻を待ちながら取り留めのない話をしている。

「今日も静かだな」

「そりゃあ、平和な証拠だろ」

笑い声がこだました。

「クラヴァル様、まだ療養中らしいな」

「元気ならそれでいいさ。騒ぎごとは御免だ」

誰もが眠たげな目をしていた。
街道を行く荷車の音が聞こえ、小鳥の鳴き声が風に混じる。それは、ありふれた朝の音。

最初に気づいたのは、年長の兵士だった。

「……おい、今、光ったか?」

誰も答えない。
空気が変わった。
風の匂いが、鉄に似た味を帯びている。

一瞬、昼と夜の境界がねじれたように見えた。
光は空を突き抜け、雲の奥で消える。

「何だ、今の……?」

「……爆発、か?」

足元の石がかすかに震え、詰所の壁に吊るしてあった剣がカランと音を立てた。

「診療所だ! 様子を見てこい!」

命令というより、焦りに近かった。二人の兵士が坂を駆け下りる。風が逆流し、耳鳴りのような音が広がる。

「女神は無事か――!」

叫びが風に溶け、遠くまで響いた。
その声を最後に、世界は再び光に包まれる。
青白い閃光。視界を焼くほどの輝き。

兵士たちは目を覆い、光が収まるのをただ待つしかなかった。

そして静寂。草の匂いだけが残り、診療所の窓からはまだ微かに青い残光が漏れていた。



――その一瞬が、
どこか別の世界では「映像」として再生されていた。

名もないチャンネル。
《兵士の日常》というタイトルの下、たった十二人の登録者しかいない過疎枠。

コメントは止まったまま。それでも、光だけは流れた。

青い閃光。兵士の叫び。診療所の窓、崩れる影。
十数秒の断片。けれどそれが、“世界を動かす映像”になった。

《何これ?》
《どこ? アヴラス?》
《女神? クラヴァルって、まさか…》
《青い光……ユウのチート技なのか?》

コメントが流れ始め、再生数が跳ね上がる。
映像は短く、説明もない。
だがそれでも、誰もが“見た”と言った。

SNSのトレンドには、
《#兵士の日常》
《#青い閃光》
《#女神クラヴァル》
《#ユウ実在説》
――いくつものハッシュタグが並んでいた。



光が途絶えた。
風も、音も、すべてが消えていた。
TPタイムパトロールの意識だけが、静止した闇の中に漂っていた。

形も温度もない。ただ“ある”という感覚だけが残っている。奔流に呑まれたはずだった。だが、消えたのではない。

彼は“観て”いた。
その静寂の中で、TPは理解する。

――ユウは、もはや異世界の摂理に干渉できる存在になりつつある。

自分わたしとは違う。自分は上位存在。
世界を渡ることは、禁則だ。だから“直接”は届かない。

ならば――別の手段を取るだけのこと。

闇の奥から、かすかな反響が届く。
──女神は無事か――!
その声に合わせて、青い閃光が走った。

診療所の屋根、崩れる影。
一瞬の映像が断片的に浮かび、また闇へと溶けていく。

TPはそれを感じ取った。誰かが“見ている”。
世界のどこかに、出来事を記録している“何か”がある。

「ほう、これが“見られる”というやつか」

声は響かず、ただ意識の中で静かに転がった。
彼の前に、淡い光がひとつ、またひとつ灯る。
粒が線を描き、輪をつくり、空間に映像が浮かぶ。

そこには兵士たちの姿があり、視界の端で光が瞬いた。TPは小さく笑う。

「なるほど。利用させてもらうとしよう」

闇の中で、ひと筋の光が拡がった。
それが、彼にとって新たな“視界”の始まりだった。



世界を記録する“配信レンズ”──

それが兵士たちの見た映像を拾い、別の世界へ流していた。

ならば、その流れを逆に辿ればいい。
干渉ではない。観測の延長。
存在を「送る」のではなく、「映す」。

「異世界の上位存在による配信はっじまるよー⭐︎」

軽薄な声が空間に弾けた瞬間、光の粒が集まり始めた。線が走り、輪郭を描き、空間の中央に“窓”が形成される。

その内部は、まるで舞台のようだった。
背後には星の瞬きが散りばめられ、前方には光の円環。

文字が浮かび上がる。
《異世界の上位存在チャンネル》
タイトルロゴがゆっくりと回転し、淡い青光を帯びて定着する。

「ふむ、悪くない」

TPは満足げに頷いた。足元には何もないが、意識が座る場所を作れば、そこに椅子が生まれる。

虚無の中に腰を下ろし、片肘をついて、ゆっくりと口元を歪めた。

「そうだな。まずは自己紹介からしようか」

コメント欄はゼロ。誰も見ていない。
だが、TPの瞳は愉快そうに細められていた。

「やっぱり立とう。初めての配信だから緊張するぜ♪」

光の環の中、TPはゆるやかに立ち上がった。
足元には何もない。それでも、彼の姿は確かに“映っていた”。

「私の名前は──タイムパトロール!」

軽やかに両手を広げる。声に合わせて空間が震え、赤と黄の光が反射して円環を満たした。

「本来なら私は名前など持たないが、まぁニックネームだな!ヨロシクゥ♪」

虚空に弾けたその声は、どこか遠く、別の世界へ届いていた。

最初の数秒、画面の再生数はゼロ。
コメントも、視聴者もいない。だが、発せられた単語が断片的に浮かび上がり、文字へと変換されていく。

《クラヴァル》
《リゼ》
《ジャスク》
そして──《城野ユウ》

その瞬間、解析AIが反応した。音声を拾い、文字列を識別、タグを自動生成する。

《#ユウ》《#クラヴァル》《#上位存在チャンネル》

SNSの片隅で、誰かが呟く。

《これ、異世界の実況?》
《映像がリアルすぎる》
《声、誰かに似てね?》

数分後、再生数が跳ね上がる。通知が連鎖し、
「上位存在チャンネル」というワードが瞬く間に拡散していく。

画面の右側を、文字が滝のように流れた。
《ヤバい》
《これ本物?》
《青い閃光の元凶?》
《だからフェイクだって》

TPはその様子を眺めながら、愉快そうに肩を揺らした。

「画面の向こう側の矮小な存在どもよ!」

声が高く響き、背景の光が彼の背後で螺旋を描く。

「これが──ネットde真実だ⭐︎」

その一言を合図に、視聴者数は爆発的に増加した。



EWS本部の管制室。

無数のモニターが壁一面を埋め、中央の警告灯が赤く点滅していた。

「……アラート発生。チャンネル名、確認不能」

オペレーターの声に、別の席の職員が顔を上げる。

「発信元はどこだ?」

「不明です。異世界側の観測網に、未知の映像が割り込んでいます」

画面には、ひとつのタイトルが浮かんでいた。

《異世界の上位存在チャンネル》

その名の下で、トレンチコートの男が愉快そうに笑っている。映像解析が即座に走り、音声データが分解される。

「……検知ワード、『ユウ』『クラヴァル』『ジャスク』。一致率、九十五パーセント」

「おい、それまずいぞ!」

「即時ミュート処理を! 名前が出てる!」

緊張した声が飛び交う。数秒の沈黙ののち、誰かが叫んだ。

「ディレイがある、まだいける!」

指先がキーボードを叩く。
システム側で構築された“安全遅延機構ディレイ”が作動し、音声の数秒前を追うように無音領域が挿入された。

「……よし、『城野ユウ』部分、消音完了!」

「映像には触れるな。ディレイ維持で続行だ!」

管制室の空気が張り詰める。
防衛省からのエージェントだとしても、できるのはここまで。モニターには、依然としてTPが映っていた。



SNSのトレンド欄は、数分で埋め尽くされる。
《#ユウ実在説》
《#異世界の上位存在チャンネル》
《#世界干渉論》

ニュースアプリの速報、掲示板のスレッド、各国の政府チャンネルが一斉に反応を始める。

――霞ヶ関「映像解析中」
――某国「新たなサイバー事案として調査」
――西欧連合「非公式ながら共有を開始」

さらに同時刻。誰かがTPの映像を切り抜き、SNSに上げた。再生数は数千万を越え、コメント欄は混乱と熱狂で埋まる。

《神?》
《AI?》
《これ、配信ノリが軽すぎて怖い》

モニターを見つめる職員が、呆然と呟いた。
「…マジでコイツ何者なんだ?」

別の世界の声が、現実の通信網を満たしていく。

その中心で、TPの笑みだけが静かに揺らめいていた。彼は現実世界の“いわゆる神配信者”になっていた。

「では二つの世界の行く末について語っていこうではないか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

転生?したら男女逆転世界

美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。 ※カクヨム様にも掲載しております

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】 異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。 『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。 しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。 そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

処理中です...