異世界配信サービス

vincent_madder

文字の大きさ
95 / 101
第10章 異世界配信サービス / Lock down symphony

第95話 home spice home

しおりを挟む
霞ヶ関の地下、厚い鉄扉が閉ざされた会議室。
蛍光灯の光は青白く、誰の顔色も悪く見える。

壁一面のモニターには、異世界から届いたとされる《上位存在チャンネル》の映像が繰り返し流れていた。

モニターの光の中で、男が笑っている。
その口元が、まるで画面越しにこちらを嘲っているように見えた。

誰もが沈黙していた。
時計の針の音が、やけに大きく響く。
空調の低い唸りが、まるで地の底の呼吸のように重く漂っていた。

配信開始からバズるまで、わずか三時間。
すでにSNSのトレンドは世界中で炎上している。

“異世界の神の実況配信”。
その文言だけで、各国の通信網が同時に震えた。

「…で、このなんとかパトローナムだっけ?」

不意に沈黙を破ったのは、中央の席に座る大臣だった。疲れ切った顔で眼鏡を押し上げ、苦笑とも諦めともつかぬ声を漏らす。

「タイムパトロールです、大臣」

隣の官僚が、ため息を混ぜて訂正する。
その声には緊張と苛立ちが入り混じっていた。

「そいつがEWSで配信していた内容の信憑性はどうなんだ?」

「当初我々がEWSを開発していたときの懸念点と一致しております」

淡々とした声が響いた。
真宮カオリ。EWS開発チーム、いわゆる初期メンバーの女。

彼女の背筋はまっすぐで、疲労の色すら見せない。ただ、長年この計画を知る者だけが持つ“覚悟”が滲んでいた。

「うーむ。もう一度説明願えますかな?」

大臣の問いに、真宮は静かに頷く。
モニターを指先で示しながら、抑揚を抑えた声で言った。

「今まで異世界側で度々登場していた、我々は脅威と読んでいる個体があります」

「魔獣とは違い、異世界側の意思といいますか、世界の防衛機能が具現化した存在と認識しておりました」

会議室の空気がわずかに揺れる。
“防衛機能”という言葉に、何人かの官僚が小さく顔を見合わせた。

「観察の結果、ですか?」

「いいえ、帰還者からの知識です。そのため我々は異世界側に渡るのではなく、盗み見るという手段を確立しました」

短く、だが強い言葉。
“渡る”ことの危険を、彼女はよく知っていた。

「その脅威をなんらかの形で複数回撃退した結果、意思の疎通を図る個体が登場した、ということですかな?」

「はい。ただ、EWSを逆手に取って配信をしてくるのは前代未聞です」

真宮の声がわずかに震えた。
画面の向こうで笑う“それ”は、もう単なる異世界の存在ではない。こちらを見て、こちらの世界を認識している。

官僚が椅子を引き、かき集めた資料をめくる。

「過去にも警告といった形で極秘に配信やコンタクトがあったのでは?」

「そのような記録は確認できませんでした」

大臣は腕を組み直した。皮肉を込めたように笑い、低く呟く。

「…で、こちらの世界からなんらかの形で異世界に渡った人物がいる、と」

「渡った人物やクラヴァルが現実世界こちら側に来た結果、結びつきが強くなり、二つの世界が時空間的に近づいてしまったようです」

“結びつき”という言葉が落ちた瞬間、室内の温度が下がった気がした。物理では説明できない領域に、誰もが足を踏み入れ始めている。

「信憑性は?フェイクではないのですか?画面の中なら好きに言えるでしょう?」

官僚が笑いを交えて言うが、その笑いは乾いていた。真宮はわずかに視線を伏せ、冷静に返す。

「ありえなくはないのです。そして二つの世界の“当たりどころ”が悪ければ正面衝突、つまり対消滅するほどのエネルギーのぶつかりが起こります」

空気が凍りついた。
誰もがその言葉を理解できた。

それは“終わり”を意味していた。

「そして二人をどうにかしたところで、もう止まらない、と主張しているわけですな」

「もう政治でどうにかできる問題ではないですよ」

静かな絶望が漂う。官僚たちの間で、紙をめくる音さえ響かない。

「パニックにならないようにするのが政治の仕事だろう」

大臣の声には苛立ちが滲む。だがその目には、恐怖の色も見えた。

真宮は一呼吸置いて言った。

「おそらくですが、どうにかできる人、組織に向けて配信してるかしれません」

「どういうことですか?」

官僚が眉をひそめる。

「…そんなオカルトチックな」

大臣が口を挟んだ。
その言葉が出ること自体、すでに“理屈が破綻している”証拠だった。

「では大臣…定例会見ではどのように」

官僚の声は震えていた。
大臣はわずかに目を細め、吐き捨てるように言った。

「ありえない、ぶった切る、以上だ」

その瞬間、モニターの光がひときわ強く瞬いた。
画面の中で、トレンチコートの男がこちらを見たように見えた。



夜の住宅街は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

テレビからはニュース番組の特集が流れている。
キャスターが冷静を装いながらも、声の端にわずかな震えを残している。

《異世界の上位存在チャンネル、世界同時視聴者数が一億を突破しました》

ユウの家のリビングでは、蛍光灯の光が柔らかく壁に滲んでいた。カーテンの隙間から月の明かりが差し込み、食卓の上に白い影を落とす。

父と母、そしてユウの三人。
食器は片づけられ、テーブルの上には温くなったお茶が三つ。

外の世界では各国が緊急会議を開いている。
――世界の命運が語られるその裏で、
一つの“家族会議”が、静かに始まろうとしていた。

食卓を囲む三人の間に、微妙な沈黙が漂っていた。

母親によってテレビの音は消され、聞こえるのは冷蔵庫のモーター音と、外を通り過ぎる車のタイヤの擦過音だけ。

母親の指先が湯呑みの縁をなぞり、ユウはその動きをぼんやりと見つめていた。

父親が、ゆっくりと口を開いた。

「母さんから大体は聞いている」

「非行に走っているとは思えなかったが、まさか異世界でヤンチャしているとはなぁ」

ユウは思わず顔を上げた。

父親の声には叱責の色はなく、むしろ苦笑に近い。呆れと信じられない気持ちの中間にあるような、複雑な響きだった。

「ヤンチャって……」

ユウは小さく抗議する。けれどその声は弱く、反論というより照れ隠しのように聞こえた。

父親は椅子の背にもたれ、腕を組む。

「父さんもEWSの配信見たぞ。なんだあのヤバいやつ。言ってること本当なのか?」

「俺にも同じ事言ってたよ。本当なんだと思う」

ユウは俯いたまま答えた。
どこか遠くを見るような目。自分が異世界あちらにいたあの感覚が、まだ身体の奥に残っている。

父親は短く唸った。

「……ふむ」

その表情は、厳しさではなく、ただ純粋に“考えている”顔だった。

長年サラリーマンとして生き、数字と報告書でしか世界を測ってこなかった男が、初めて“現実では説明できない出来事”と向き合っている。

沈黙の間に、母親が口を挟んだ。

「お父さん?」

問いかける声には、不安と優しさが混ざっていた。

「…あの口っぷりからすると、本当だったとしても今すぐ、今日明日といったリミットではないだろう」

父親は小さく息をつき、天井を見上げた。
冷静さを取り戻そうとするように。

「どういう事?」

母親の声が震える。

父親は、ゆっくりとユウを見た。目の奥に、かすかな覚悟の光が見える。

「ユウ。何か考えてるんだろう?言ってみなさい」

ユウは一瞬ためらい、唇を湿らせてから答えた。

異世界あちらにいれば、多分“その時”っていうのがわかるんだ」

「だから、その時になったら」

ユウは父親の目をしっかり見つめ答えた。

「バインドで躱す」

その言葉に、母親が目を丸くした。

「ユウ?お母さんにもわかるように説明してくれる?」

ユウはうつむき、手の中で指を絡める。
説明しようとしても、理屈が現実の言葉にならない。ただ、あの“光”を思い出すだけで胸が締め付けられた。

沈黙を破ったのは、父親だった。

「なるほど……質量の概念が存在する前に座標を一瞬ずらすわけか」

「ねえ、ちょっとお父さん??」

母親が呆れたように言う。
彼の口調は、まるで研究者のようだった。ユウも父親が元々理系の出身とは聞いていたが、理解の速さにユウ自身がついていけていなかった。

父親は数秒間、何かを考えるように目を閉じた。
やがて、パッと立ち上がり、声を上げる。

「よし!俺にできることがないことはよく分かった!母さん出かけるぞ!」

「父さん!?」
「お父さん!?」

ユウと母が同時に声を上げた。父親はニヤリと笑い、スーツの上着を掴む。

「ユウ。会わせたい人ってのがいるんだろう?」

唐突な言葉に、ユウは一瞬きょとんとした。

「…は?」

「さぁ母さん!家族旅行だ!」

「行き先は異世界だけどな!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

転生?したら男女逆転世界

美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。 ※カクヨム様にも掲載しております

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】 異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。 『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。 しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。 そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

処理中です...