異世界配信サービス

vincent_madder

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第10章 異世界配信サービス / Lock down symphony

第96話 それぞれの未来へ

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爆音の残滓がまだ空にこびりついていた。

広場だった空間は、もはや原形をとどめていない。岩山はほとんど吹き飛び、地面は焦げ、空気そのものが歪んでいた。

紅いドラゴンの吐息が熱風となって吹き荒れる。
ナズはその正面に立ち、血まみれの腕をぶら下げながら笑った。

「おいおい!ここからじゃねえかよ!」

「満身創痍がよく言う!」

「てめえもギリッギリだろうが!」

互いの影が焼け焦げた地に長く伸びる。
どちらが先に倒れてもおかしくない――そんな時。

「双方そこまで!」

謎の声が、雷鳴のように空間全体を震わせた。
同時に、風の流れが止まる。

一瞬後、黒い光が空中に滲み、まるで“バインド”の扉のような楕円のフレームが開いた。

その中から、ひとりの男が歩み出る。

ロアが息をのんだ。

「…お師匠さま…」

紅いドラゴンも、その巨大な首を垂れた。

「師匠…」

男はゆるやかに歩き出す。

肩から背にかけて黒い鱗が浮かび、瞳の奥では金色の光が脈打っていた。その姿は人に似て、しかし完全な人ではない。

「これアガマ。姉弟子の前だからといって、やり過ぎではないか?」

その声は低く、穏やかだが、抗いがたい威圧を帯びていた。

ハナラがぽつりと呟く。

「人…でもところどころドラゴンみたい…」

男――師匠が振り返る。

「はじめましてハナラ・ミィク=トア。これは龍人という形態だよ」

金の瞳が柔らかく光る。

「聞きたいこと言いたいこと色々あるだろうが、まずは中へ。歓迎しよう」

男の指先がゆっくりと宙をなぞる。
黒い光の輪が再び揺らめき、空間に道が開かれる。

「ようこそ竜の巣へ」

その声に、アガマがわずかに喉を鳴らした。

「ふん、師の前では仕方ないか」

ナズは口角を上げた。

「おいくそドラゴン」

「なんだ雑魚人間ヒューマー

「お前アガマっていうんだろ?お前も龍人ってなれるのか?」

「造作もないわ」

アガマの身体が光に包まれる。

次の瞬間、巨大な竜の輪郭が崩れ、長身の男の姿が現れた。紅い髪が炎のように揺れ、人間の形になってもその眼光は消えない。

「いいじゃねえか。その状態であとでまたやろうぜ。拳だけでな!」

「拳…?笑わせる!当たれば半身がなくなるぞ」

その物騒な言葉を背に、ハナラが両手を腰に当てて怒鳴る。

「もー早くいきましょ!」

ロアは苦笑し、ナズが肩をすくめる。
全員が黒い光の中を進むと、扉の縁が静かに閉じていった。

こうして――嵐のような戦いは、終わりを告げた。



空がふっと歪んだ。

次の瞬間、ユウたちは石畳の上に立っていた。
草の匂いと香辛料の匂いが入り混じり、異世界の風が頬を撫でる。

異国の市場のように賑やかな街並みが広がり、通りにはローブ姿の人々と獣人たちが行き交っている。

「息子が連れてってくれた旅行先が異世界だった件について」

父親の第一声がそれだった。
口調は冗談めいているのに、目の奥は現実を必死に理解しようとしている。

母親はすかさず腕をつねりながら言う。

「お父さんが行こうって言ったじゃないの」

ユウは肩をすくめた。

「この先にリゼ達の街があるんだ。ついてきて」

石造りの街を歩く三人。
屋台から漂う焼き菓子の甘い匂いに、母が目を輝かせた。父は目を泳がせながら周囲を観察する。

「いやしっかし…むしろ逆に最近のテーマパークの完成度がすごく感じるぞ」

「もうお父さん、そんなキョロキョロみてたら失礼ですよ」

「いや母さんもだよ」

親子の会話がどこか滑稽で、通りすがりの商人が笑みを浮かべて通り過ぎた。

ユウは小さく息を吐き、懐かしい光景を眺めながら歩みを進める。

そんなとき、視界の端に見覚えのある女性が映った。

「カヤさん!」

通りの向こうで、買い物袋を抱えたカヤが振り向く。

「ユウ!?どこ行ってたのよ!リゼがまだ戻らないの!」

声をかけられたユウは駆け寄りながら答える。

「大丈夫!リゼはもう見つけたんです!アヴラスにいます!」

「アヴラス…?どこそれ?」

「えーと…とりあえずリゼを連れてくるので、あそこの二人を少しお願いできますか?」

カヤは目をぱちくりさせた。

「別にいいけど、どちらさま?」

「俺の両親です」

「え!?それって異世界の!?どういうこと!」

ユウは申し訳なさそうに笑う。

「リゼたちに会わせたくて…」

カヤは額を押さえ、深いため息をついた。

「あー…。わかった!いつもの食堂にいるからね!」

「ふたりとも!こちらはカヤさん。リゼのルームメイトだよ」

両親が少し緊張しながら頭を下げる。
カヤも慣れたように微笑んで手を振った。

「じゃあちょっと待ってて!」

ユウが言うや否や、青い光が彼の足元に走る。
次の瞬間、風が巻き、ユウの姿は掻き消えた。

「は!?うそ!?消えた!?」

父親が呆然と虚空を見つめ、母親が慌てて首を振る。

「もう…あの子、なんも説明してないじゃないの。ごめんなさいねカヤさん。巻き込んでしまって」

「…とりあえず食堂に行きましょう。そこでお話しましょう、ガッツリと」



アヴラスの診療所は、午後の光を受けて穏やかに輝いていた。

外では薬草を干す匂い、遠くで鳥のさえずりが聞こえる。その平和な空気の中、ユウはドアを押し開けた。

「ご両親が異世界こちらに来てる!?なんで急に!?」

リゼの声が跳ねる。
驚きと動揺と、どこか嬉しさの混じった響きだった。

ユウは頬をかきながら小さく笑う。

「全部話したら会いに行こうって…」

リゼは呆れたように息をついた。

「嬉しいのよ?でも心の準備が……」

その声に重なるように、シーツの擦れる音がした。ベッドの上、クラヴァルが身を起こしていた。包帯越しでも、その瞳の輝きは失われていない。

「私は行くわよ。お父さんとお母さんに失礼ですもの。寝てられないわよ」

ユウは慌てて駆け寄る。

「クラヴァル!?無茶するな!」

クラヴァルは静かに微笑んだ。

「無茶じゃないわよ。回復に力を回したから。戦わないなら平気よ」

リゼは唇をかみ、複雑な表情を浮かべる。
クラヴァルの言葉の裏には、彼女なりの覚悟があった。

「そうね…その辺も含めて“家族”でお話しないとね…」

ユウが首をかしげる。

「その辺って何?」

リゼはにっこりと笑ってごまかす。

「あとで話すわユウ。連れて行って」

その声には、どこか懐かしい温かさがあった。
ユウは頷き、手を前に出す。青い光が彼の掌に集まり、空間がねじれ始める。

光の粒子が舞い上がり、三人の髪を揺らす。
診療所の中に小さな嵐が巻き起こり、
その中心でユウが低く呟く。

「バインド」

瞬間、世界が反転した。
リゼとクラヴァルの姿が光に包まれ、
アヴラスの空は一筋の蒼い閃光だけを残して静寂に戻っていった。



黒い光の扉を抜けた先は、まるで洞窟をくり抜いて作られた大屋敷だった。

壁は滑らかな黒曜石のように輝き、天井には光る結晶が吊るされている。
そこが“竜の巣”の一角――ドラゴンたちが長く住まう聖域だった。

奥の広間。

木目の深い大きな卓を囲み、師匠とロア、ハナラ、ナズが向かい合って座る。

漂う空気は不思議な静けさを帯び、どこか懐かしい温もりさえあった。

師匠は湯呑を手に取りながら、静かに言った。

「我が盟友が逝ったことはわかっている。惜しい男を失くした」

その言葉にロアが小さく頷く。

「…ご立派な最後でした…」

師匠はふっと微笑んだ。

「そうか。あいつが作る、“らーめん”という料理が大層美味くてな…」

記憶の底を覗くように目を細めたあと、ふっと息を吐く。

「まぁいい」

そして、まっすぐロアを見据えた。

「我が弟子、ロア・セフィ=ノルト。龍の理を継ぐものよ」

ロアは静かに膝を正す。

「はい」

師匠の瞳が金色に光る。

「今は亡き盟友との約束のもと、掟をすべて赦す。その力を十全に使うのだ」

ロアは目を瞬かせた。

「え?」

「お前が龍の力を使っても、龍化は進まない。その代償は我らが別の形で引き受けよう」

「いいのですか?」

「ふっ、あの存在タイムパトロールは星の理そのもの。ならば対抗するには、龍の理も必要であろう」

ロアは俯き、静かに唇を噛んだ。

彼女の胸の奥には、帰還者との戦いで見た光景がよみがえる。“理を踏み越えた人間”――その行く末を、彼女は知っていた。

やがて顔を上げたロアは、隣に座るハナラのほうへ向き直る。その表情は決意を帯びている。

突然、ロアはハナラの下腹部に手を当てた。
ハナラが跳ね上がるように叫ぶ。

「ちょっロア!?」

ロアの指先が淡く光る。
再生グローリーホーリー!」

一瞬、ハナラの全身が薄い金色に包まれ、
次の瞬間には彼女の頬に血の気が戻っていた。

「龍の理は代償まで作用する力。だから―」

ハナラの瞳が大きく見開かれる。

「うそ…まさか…!」

師匠が朗らかに笑い声を上げる。

「はっはっは!よい使い方だ!」

ロアは静かに手を下ろし、師匠を見た。

「……ありがとうございます」

師匠は立ち上がり、三人を順に見渡す。

「では帰りたまえ。決戦は近いぞ」

一拍の沈黙。
そして、ゆっくりと笑みを浮かべて言った。

「皆で幸せになろうではないか」

その声は洞窟の天井に反響し、
龍たちの巣に眠る古い石碑を震わせた。

外の世界では、すでに運命の歯車がまた動き始めていた。
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