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第10章 異世界配信サービス / Lock down symphony
第100話 keep it real
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陽の光が、焼け焦げた地表をゆっくりと照らしていた。
風が吹くたび、灰が舞う。
爆炎の名残を残したその場所は、もう“島”というよりも、世界の破片のようだった。
――ざわ、と耳に届く音。
ユウはまぶたを開ける。
視界に映ったのは、広がる空と、青い粒子。
かすかに柔らかい感触。
自分の頭が、誰かの膝の上にあることに気づいた。
「ユウくん、起きた!」
反射的に上体を起こす。頭の後ろで、慌てて手を引っ込める影。振り返ると、マソちゃんが頬を膨らませていた。
「もう、せっかく膝枕してあげてたのに」
ユウは額を押さえる。鼓動がまだ荒い。
焼け跡の匂いが、現実だと教えてくる。
「みんなは……? 衝突は……?」
マソちゃんはただ微笑む。
その後ろで、クラヴァルが腕を組んでため息をついた。
「どうして私たちじゃないの?」
リゼがその隣で笑っている。
「どうしてもしてみたかったんだって」
「…は?」
マソちゃんがふくれっ面のまま手を腰に当てた。
「だってユウくん、ずっと頑張ってたんだもん。
最後くらい、ゆっくり寝かせてあげたかったんだよぅ」
誰も言葉を返せなかった。
焦げついた大地に、風の音だけが流れていく。
ユウは、遠くで何かを感じた。
空気が、ふっと重くなる。
「初めまして、魔素に愛された少年」
低く響く声。振り返ると、男はゆるやかにユウに向かって歩き出す。
肩から背にかけて黒い鱗が浮かび、瞳の奥では金色の光が脈打っていた。その姿は人のようで、しかし完全な人ではない。
「その話は、私から説明しよう」
静かに歩み寄るその姿を見て、マソちゃんが目を丸くした。
「うそでしょ!? 久しぶり~!」
「さっきからずっといたではないか……まあいい」
龍の巣の主――ロアの師。先程の戦いでは黒竜の姿をしていた。
焦げた風が止まり、空がひときわ澄んで見えた。
クラヴァルが振り返る。
空間の一角から視線を感じていた。
「ちょっと待って! いいのユウ? ハイシンされてるわよ?」
ユウは、ためらいもせずにうなずいた。
「いいんだ……現実世界のみんなにも聞いてもらおう」
♢
ユウの高校の教室。
休み時間、スマホの通知に群がるクラス中の生徒たち。ユウの友人である春川が画面を覗き込み、息をのんだ。
「……やっぱり、城野だ」
部活のマネージャーが手を止め、泣き笑いの声を漏らした。
「……城野くん、なんだよね? 本当に……」
♢
SNSのトレンドは光の速さで埋まり、
コメントが滝のように流れる。
《まさか本当にいたのか》
《EWS=異世界ってマジだった》
《この映像、編集じゃないの?》
《あの子、同じ学校の!》
その中で、ただひとつ異質なコメントが残った。
《おかしい…そんなはずじゃ…あれは僕の役目なのに…!》
そのコメントも濁流に呑まれ消えていった。
♢
「……じゃあ黒龍のおじさん?」
クラヴァルが腕を組みながら、やれやれと肩をすくめた。
「説明してくれる? できれば、あそこらへんに向かってお願い」
彼女は虚空を指差した。
その先に、EWSの配信レンズがあるのだろう。
黒龍――師匠は、ゆっくりとうなずいた。
「私はドラゴンの一族を統べる、名を龍の巣。その頭領だ」
「そこにいるロアの師でもある」
ロアが小さく頭を下げる。
師匠は静かに息を吐き、視線を遠くに向けた。
「私にも旧友がいた。その者は、あなた方……ひいてはそこの少年と同じ世界の人間だった」
リゼが目を見開く。
クラヴァルが息をのむ。
「友の身体を噛み砕くなど、したくはなかったがな」
重い声が地面を震わせる。EWSのコメント欄が再び沸騰する。画面が白く光る。文字が追いつかない。
「問題のお互いの世界の衝突についても、無論関知している」
師匠の声は静かで、よく通る。
「結論から言おう。――危機は去った」
♢
師匠の言葉が落ちた瞬間、EWSのコメント欄が一斉に光に変わった。流れる文字の速さが処理限界を超え、画面そのものが白く発光しているように見える。
《世界は助かったの?》
《嘘だろ? あれだけの爆発だったのに》
《TPは死んだのか?》
《この人、誰……?ドラゴン……?》
コメントが押し寄せ、波のように泡立っては消えていく。
その喧騒の中、リゼが一歩前に出た。
掌を胸に当て、かすれた声で言う。
「でも……まだユウは、バインドで何もしてないです……」
彼女の声は不安に満ちていた。
クラヴァルがそっとリゼの肩に触れる。
その仕草には、戦友としての温かさがあった。
黒龍――師匠は、ゆっくりと首を横に振る。
「いや。少年は“やった”のだ」
「……え?」
「先ほどの戦いでの、最後の攻撃。見事だった」
師匠の声は、低く、確信に満ちていた。
「こちら側の世界の“位相”をずらすほどの、な」
ロアが目を見開く。
「そのような知識をお持ちだったのですね……」
師匠は目を細め、懐かしむように笑った。
「はるか昔にな…友と語り合ったのだ」
「お互いの理知がいつの日か届くことを夢見て…我々は叶わなかったがな」
クラヴァルが息をのむ。
「まさか、その“友”って――」
「うむ。君たちも知っている、帰還者。彼は私の盟友だ」
リゼが目を見開く。
クラヴァルは唇を噛み締め、喉が震えていた。
♢
風が止んだ。
マソちゃんが小さく瞬きをする。
師匠はユウを見た。
「君は、苦難を乗り越え、私たちの望みを叶えてくれた。礼を言おう」
ユウは少し驚いたように顔を上げた。
喉が乾き、言葉が出ない。
師匠の金色の瞳が、静かに光る。
「名を聞かせてくれるかな?」
ユウはゆっくりと立ち上がり、まだ膝の上に名残惜しそうに手を置くマソちゃんを見下ろした。
「……俺は、ユウ。城野ユウです」
その瞬間、EWSのトレンドが爆発的に跳ね上がる。
“城野ユウ”の名前が検索ランキングの世界一位に躍り出る。
現実世界中の視聴者が、彼の名前を叫んでいた。
クラヴァルが苦笑する。
「ユウ、バレちゃったけど、よかったの?」
ユウは空を見上げ、少し笑った。
「クラヴァル、俺……決めてたんだ、実は」
リゼが横から覗き込む。
「何を?」
ユウは答えず、ただ遠くを見た。
その瞳には、“この先を受け止める覚悟”があった。
♢
数日後。
陽の光は柔らかく、空気の澄んだ朝だった。
ユウは、異世界のリゼの暮らす街の片隅に立っていた。街の匂いも、風の音も、どこか穏やかで懐かしい。
「……戻るの?」
リゼの声は、静かな湖面のようだった。
ユウは頷く。
「うん。みんなに、ちゃんと挨拶してくる」
クラヴァルが腕を組み、口を尖らせる。
「ふん……目立つことしちゃダメよ? あっちではもう伝説になってるんだから」
マソちゃんがユウの肩の上でぴょんと跳ねた。
「ユウくん、ハナラちゃんに教えてもらった魔術、使えるんでしょ?」
「認識阻害だろ? 一応、ね」
ユウは苦笑しながら、右手をかざした。
魔素が静かに流れ、肌の輪郭が空気に溶けていく。
「……これで、誰にも気づかれずに行ける」
♢
現実世界。
朝の通学路。
制服姿のユウが、誰にも気づかれぬまま歩いていた。通りすぎる学生たちの笑い声が、まるで遠い音楽のように聞こえる。
校門をくぐる直前、ユウは立ち止まった。
そして、小さく息を吸う。
「……術式解除」
認識阻害の魔術が解ける。
その瞬間――
「……あれ!? 城野じゃね!?」
「えっ、生きてたの!?」
「EWSの……本人!?」
どよめきが一気に広がる。ユウは苦笑して手を振った。
「おはよう、みんな」
声にならない歓声と拍手が、校庭の外からも響いていた。
♢
授業が終わり、放課後。
職員室の扉をノックすると、真宮先生が顔を上げた。
「……やっぱり、来ると思ってた」
「先生」
ユウは深く頭を下げる。
「今までありがとうございました」
真宮は腕を組み、少しだけ笑った。
「お前のせいで、この数日ニュース対応でほとんど徹夜だったぞ」
「すみません……」
「まあ、世界救った生徒を叱る教師なんて、いないけどな」
二人は笑い合った。
その笑いには、もう涙のにおいはなかった。
職員室から出た後、ユウはそのまま学舎を発つことにした。
校庭には、人の輪ができてまるで祭りの会場のようだった。
EWSを通じて世界中に流れたあの日から、
この学校はもう“普通の学校”ではなくなっていた。
教師も生徒もスマホを掲げ、歓声があちこちで上がる。
ユウはその輪の中を通り、ゆっくりと立ち止まる。西日が頬を照らす。
彼は振り返り、笑った。頬を撫でる風が、どこか名残惜しい。
「今までありがとうございました!」
「みんなの応援が、俺を支えてくれました!」
声がマイクのように響いた。
拍手と歓声が、校庭中を包み込む。
そして、ユウは右腕をかざした。
光が走り、空間が水面のように揺らぐ。
──眼の前の空間が口を開けた。
そこには、リゼ、クラヴァル。
そしてロア、ハナラ、ナズの冒険者パーティ名ジャスクの三人が立っていた。
まるで光の中に浮かぶように微笑んでいる。
「…お前じゃない…」
誰かの声が、風に混じって消えていく。
遠くにいる真宮先生と目が合った。
ユウは頷き、歩みを進める。
その人波の奥で。
一人の生徒が、ぎこちない足取りでユウへと近づいていることに、周囲は気づくことはなかった。
♢
誰も気づかない。
近づく彼の手の中に、鈍く光るナイフがあることに。
ユウは振り返る。
光の向こう、異世界に繋がる扉が風に揺れる。
ザシュッ。
一瞬、影が重なった。
「……え?」
ユウの声が掠れた。
ブレザーの胴回りが、赤黒く変色していく。
一人の生徒がナイフを抜きながら、金切り声で叫びちらす。
「お前じゃない!僕が!世界を!救ったり!」
「リゼたちと!結ばれるはずだったんだあぁ!」
ナイフがユウの背や胸に何度も突き立てられる。
刃が肉を裂き、赤が地面に滴り落ちた。悲鳴が校庭を揺らす。
真宮先生が叫び、駆け出した。だが、群衆の波が彼女を飲み込んだ。
学校の周囲から監視していた特殊部隊の無線が緊急発報する。
「対象が!」
「周囲が危険だ! 暴漢を狙撃! 排除しろ!」
銃声が轟く。
「ゥグャアァ…!」
生徒の脚に弾丸が撃ち込まれ、抱え込むように倒れた。
刹那、リゼとクラヴァルの悲鳴が、光の向こう側から響いた。
「ユウゥゥゥ!!!」
「ユウ!!!」
二人は門を駆け抜けようとした。しかし、その腕を後方からナズとロアが掴む。
「待て! 行くな!!」
地面に数発の弾丸が着弾し、砂塵が舞う。
特殊部隊の無線が交信している。
「そのまま異世界側からの侵入を牽制」
――越えることは許されていない――
ハナラは、今すぐにでも飛び出したい気持ちで震えている指先を両手で握り、悲痛な顔でユウを見た。
彼は地面に膝をつき、血に染まりながらも、こちらを見ていた。その瞳は、何かを伝えようとして
――パタリと倒れた。
途端に光が収束していく。異世界への扉が、悲鳴を上げるように閉じていく。
ハナラの叫びがこだまする。
「はやく二人を! 間に合わなくなる!」
「ダメ!ユウが…ユウが!!」
「離しなさい!ユウ!こっちよユウ!」
ナズとロアがリゼとクラヴァルを抱え、ハナラのもとへ連行する。
バツンと音を立てて門が閉じる。
怒声も、泣き声も、全ての音がまるで打ち消し合うように響いている
校庭には、ユウを中心に赤色が広がり続ける。
ユウは倒れたまま、動かない。
次の瞬間。
その身体が、ゆっくりと光に包まれ――
忽然と、消えた。
それはまるで。
最初から、そこに存在しなかったかのように。
風が吹くたび、灰が舞う。
爆炎の名残を残したその場所は、もう“島”というよりも、世界の破片のようだった。
――ざわ、と耳に届く音。
ユウはまぶたを開ける。
視界に映ったのは、広がる空と、青い粒子。
かすかに柔らかい感触。
自分の頭が、誰かの膝の上にあることに気づいた。
「ユウくん、起きた!」
反射的に上体を起こす。頭の後ろで、慌てて手を引っ込める影。振り返ると、マソちゃんが頬を膨らませていた。
「もう、せっかく膝枕してあげてたのに」
ユウは額を押さえる。鼓動がまだ荒い。
焼け跡の匂いが、現実だと教えてくる。
「みんなは……? 衝突は……?」
マソちゃんはただ微笑む。
その後ろで、クラヴァルが腕を組んでため息をついた。
「どうして私たちじゃないの?」
リゼがその隣で笑っている。
「どうしてもしてみたかったんだって」
「…は?」
マソちゃんがふくれっ面のまま手を腰に当てた。
「だってユウくん、ずっと頑張ってたんだもん。
最後くらい、ゆっくり寝かせてあげたかったんだよぅ」
誰も言葉を返せなかった。
焦げついた大地に、風の音だけが流れていく。
ユウは、遠くで何かを感じた。
空気が、ふっと重くなる。
「初めまして、魔素に愛された少年」
低く響く声。振り返ると、男はゆるやかにユウに向かって歩き出す。
肩から背にかけて黒い鱗が浮かび、瞳の奥では金色の光が脈打っていた。その姿は人のようで、しかし完全な人ではない。
「その話は、私から説明しよう」
静かに歩み寄るその姿を見て、マソちゃんが目を丸くした。
「うそでしょ!? 久しぶり~!」
「さっきからずっといたではないか……まあいい」
龍の巣の主――ロアの師。先程の戦いでは黒竜の姿をしていた。
焦げた風が止まり、空がひときわ澄んで見えた。
クラヴァルが振り返る。
空間の一角から視線を感じていた。
「ちょっと待って! いいのユウ? ハイシンされてるわよ?」
ユウは、ためらいもせずにうなずいた。
「いいんだ……現実世界のみんなにも聞いてもらおう」
♢
ユウの高校の教室。
休み時間、スマホの通知に群がるクラス中の生徒たち。ユウの友人である春川が画面を覗き込み、息をのんだ。
「……やっぱり、城野だ」
部活のマネージャーが手を止め、泣き笑いの声を漏らした。
「……城野くん、なんだよね? 本当に……」
♢
SNSのトレンドは光の速さで埋まり、
コメントが滝のように流れる。
《まさか本当にいたのか》
《EWS=異世界ってマジだった》
《この映像、編集じゃないの?》
《あの子、同じ学校の!》
その中で、ただひとつ異質なコメントが残った。
《おかしい…そんなはずじゃ…あれは僕の役目なのに…!》
そのコメントも濁流に呑まれ消えていった。
♢
「……じゃあ黒龍のおじさん?」
クラヴァルが腕を組みながら、やれやれと肩をすくめた。
「説明してくれる? できれば、あそこらへんに向かってお願い」
彼女は虚空を指差した。
その先に、EWSの配信レンズがあるのだろう。
黒龍――師匠は、ゆっくりとうなずいた。
「私はドラゴンの一族を統べる、名を龍の巣。その頭領だ」
「そこにいるロアの師でもある」
ロアが小さく頭を下げる。
師匠は静かに息を吐き、視線を遠くに向けた。
「私にも旧友がいた。その者は、あなた方……ひいてはそこの少年と同じ世界の人間だった」
リゼが目を見開く。
クラヴァルが息をのむ。
「友の身体を噛み砕くなど、したくはなかったがな」
重い声が地面を震わせる。EWSのコメント欄が再び沸騰する。画面が白く光る。文字が追いつかない。
「問題のお互いの世界の衝突についても、無論関知している」
師匠の声は静かで、よく通る。
「結論から言おう。――危機は去った」
♢
師匠の言葉が落ちた瞬間、EWSのコメント欄が一斉に光に変わった。流れる文字の速さが処理限界を超え、画面そのものが白く発光しているように見える。
《世界は助かったの?》
《嘘だろ? あれだけの爆発だったのに》
《TPは死んだのか?》
《この人、誰……?ドラゴン……?》
コメントが押し寄せ、波のように泡立っては消えていく。
その喧騒の中、リゼが一歩前に出た。
掌を胸に当て、かすれた声で言う。
「でも……まだユウは、バインドで何もしてないです……」
彼女の声は不安に満ちていた。
クラヴァルがそっとリゼの肩に触れる。
その仕草には、戦友としての温かさがあった。
黒龍――師匠は、ゆっくりと首を横に振る。
「いや。少年は“やった”のだ」
「……え?」
「先ほどの戦いでの、最後の攻撃。見事だった」
師匠の声は、低く、確信に満ちていた。
「こちら側の世界の“位相”をずらすほどの、な」
ロアが目を見開く。
「そのような知識をお持ちだったのですね……」
師匠は目を細め、懐かしむように笑った。
「はるか昔にな…友と語り合ったのだ」
「お互いの理知がいつの日か届くことを夢見て…我々は叶わなかったがな」
クラヴァルが息をのむ。
「まさか、その“友”って――」
「うむ。君たちも知っている、帰還者。彼は私の盟友だ」
リゼが目を見開く。
クラヴァルは唇を噛み締め、喉が震えていた。
♢
風が止んだ。
マソちゃんが小さく瞬きをする。
師匠はユウを見た。
「君は、苦難を乗り越え、私たちの望みを叶えてくれた。礼を言おう」
ユウは少し驚いたように顔を上げた。
喉が乾き、言葉が出ない。
師匠の金色の瞳が、静かに光る。
「名を聞かせてくれるかな?」
ユウはゆっくりと立ち上がり、まだ膝の上に名残惜しそうに手を置くマソちゃんを見下ろした。
「……俺は、ユウ。城野ユウです」
その瞬間、EWSのトレンドが爆発的に跳ね上がる。
“城野ユウ”の名前が検索ランキングの世界一位に躍り出る。
現実世界中の視聴者が、彼の名前を叫んでいた。
クラヴァルが苦笑する。
「ユウ、バレちゃったけど、よかったの?」
ユウは空を見上げ、少し笑った。
「クラヴァル、俺……決めてたんだ、実は」
リゼが横から覗き込む。
「何を?」
ユウは答えず、ただ遠くを見た。
その瞳には、“この先を受け止める覚悟”があった。
♢
数日後。
陽の光は柔らかく、空気の澄んだ朝だった。
ユウは、異世界のリゼの暮らす街の片隅に立っていた。街の匂いも、風の音も、どこか穏やかで懐かしい。
「……戻るの?」
リゼの声は、静かな湖面のようだった。
ユウは頷く。
「うん。みんなに、ちゃんと挨拶してくる」
クラヴァルが腕を組み、口を尖らせる。
「ふん……目立つことしちゃダメよ? あっちではもう伝説になってるんだから」
マソちゃんがユウの肩の上でぴょんと跳ねた。
「ユウくん、ハナラちゃんに教えてもらった魔術、使えるんでしょ?」
「認識阻害だろ? 一応、ね」
ユウは苦笑しながら、右手をかざした。
魔素が静かに流れ、肌の輪郭が空気に溶けていく。
「……これで、誰にも気づかれずに行ける」
♢
現実世界。
朝の通学路。
制服姿のユウが、誰にも気づかれぬまま歩いていた。通りすぎる学生たちの笑い声が、まるで遠い音楽のように聞こえる。
校門をくぐる直前、ユウは立ち止まった。
そして、小さく息を吸う。
「……術式解除」
認識阻害の魔術が解ける。
その瞬間――
「……あれ!? 城野じゃね!?」
「えっ、生きてたの!?」
「EWSの……本人!?」
どよめきが一気に広がる。ユウは苦笑して手を振った。
「おはよう、みんな」
声にならない歓声と拍手が、校庭の外からも響いていた。
♢
授業が終わり、放課後。
職員室の扉をノックすると、真宮先生が顔を上げた。
「……やっぱり、来ると思ってた」
「先生」
ユウは深く頭を下げる。
「今までありがとうございました」
真宮は腕を組み、少しだけ笑った。
「お前のせいで、この数日ニュース対応でほとんど徹夜だったぞ」
「すみません……」
「まあ、世界救った生徒を叱る教師なんて、いないけどな」
二人は笑い合った。
その笑いには、もう涙のにおいはなかった。
職員室から出た後、ユウはそのまま学舎を発つことにした。
校庭には、人の輪ができてまるで祭りの会場のようだった。
EWSを通じて世界中に流れたあの日から、
この学校はもう“普通の学校”ではなくなっていた。
教師も生徒もスマホを掲げ、歓声があちこちで上がる。
ユウはその輪の中を通り、ゆっくりと立ち止まる。西日が頬を照らす。
彼は振り返り、笑った。頬を撫でる風が、どこか名残惜しい。
「今までありがとうございました!」
「みんなの応援が、俺を支えてくれました!」
声がマイクのように響いた。
拍手と歓声が、校庭中を包み込む。
そして、ユウは右腕をかざした。
光が走り、空間が水面のように揺らぐ。
──眼の前の空間が口を開けた。
そこには、リゼ、クラヴァル。
そしてロア、ハナラ、ナズの冒険者パーティ名ジャスクの三人が立っていた。
まるで光の中に浮かぶように微笑んでいる。
「…お前じゃない…」
誰かの声が、風に混じって消えていく。
遠くにいる真宮先生と目が合った。
ユウは頷き、歩みを進める。
その人波の奥で。
一人の生徒が、ぎこちない足取りでユウへと近づいていることに、周囲は気づくことはなかった。
♢
誰も気づかない。
近づく彼の手の中に、鈍く光るナイフがあることに。
ユウは振り返る。
光の向こう、異世界に繋がる扉が風に揺れる。
ザシュッ。
一瞬、影が重なった。
「……え?」
ユウの声が掠れた。
ブレザーの胴回りが、赤黒く変色していく。
一人の生徒がナイフを抜きながら、金切り声で叫びちらす。
「お前じゃない!僕が!世界を!救ったり!」
「リゼたちと!結ばれるはずだったんだあぁ!」
ナイフがユウの背や胸に何度も突き立てられる。
刃が肉を裂き、赤が地面に滴り落ちた。悲鳴が校庭を揺らす。
真宮先生が叫び、駆け出した。だが、群衆の波が彼女を飲み込んだ。
学校の周囲から監視していた特殊部隊の無線が緊急発報する。
「対象が!」
「周囲が危険だ! 暴漢を狙撃! 排除しろ!」
銃声が轟く。
「ゥグャアァ…!」
生徒の脚に弾丸が撃ち込まれ、抱え込むように倒れた。
刹那、リゼとクラヴァルの悲鳴が、光の向こう側から響いた。
「ユウゥゥゥ!!!」
「ユウ!!!」
二人は門を駆け抜けようとした。しかし、その腕を後方からナズとロアが掴む。
「待て! 行くな!!」
地面に数発の弾丸が着弾し、砂塵が舞う。
特殊部隊の無線が交信している。
「そのまま異世界側からの侵入を牽制」
――越えることは許されていない――
ハナラは、今すぐにでも飛び出したい気持ちで震えている指先を両手で握り、悲痛な顔でユウを見た。
彼は地面に膝をつき、血に染まりながらも、こちらを見ていた。その瞳は、何かを伝えようとして
――パタリと倒れた。
途端に光が収束していく。異世界への扉が、悲鳴を上げるように閉じていく。
ハナラの叫びがこだまする。
「はやく二人を! 間に合わなくなる!」
「ダメ!ユウが…ユウが!!」
「離しなさい!ユウ!こっちよユウ!」
ナズとロアがリゼとクラヴァルを抱え、ハナラのもとへ連行する。
バツンと音を立てて門が閉じる。
怒声も、泣き声も、全ての音がまるで打ち消し合うように響いている
校庭には、ユウを中心に赤色が広がり続ける。
ユウは倒れたまま、動かない。
次の瞬間。
その身体が、ゆっくりと光に包まれ――
忽然と、消えた。
それはまるで。
最初から、そこに存在しなかったかのように。
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間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
大和型戦艦、異世界に転移する。
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第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
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