異世界配信サービス

vincent_madder

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第10章 異世界配信サービス / Lock down symphony

最終話 異世界配信サービス

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光でも闇でもない。
ただ、音のない世界が広がっていた。

空間には上下も距離もなかった。
ただ一つ、白く淡い揺らぎの中で、“自分”という存在の残響だけが漂っている。

――ざわ。
耳の奥に、遠い風の音が届いた。

ユウはまぶたを開けた。
どれだけの時間が経ったのか分からない。

空はなく、地もなく、体があるような、ないような。それでも“痛み”だけがかすかに残っていた。

「……ここは…俺は…?…」

自分の声が、真空の中に吸い込まれていく。

脳裏に浮かぶのは、あの校庭の光景。
リゼ。クラヴァル。
泣き叫ぶ声。
血に染まる視界。
そして――ナイフの冷たさ。

「あのとき、刺されて…どういうことだ…?…」

息を吐いた瞬間、空間が軋む。
視界の端で、光が線を引き、亀裂のように開いた。そこから覗く影は、あの独特な軽い口調の男。

「ヤッホー♪」

時間ときの外にいた僕なら、死の瞬間を拾うくらい造作もないのさ☆」

声と同時に、ユウの周囲に色が戻る。
透明だった世界に、淡い青が滲み、彼の姿を浮かび上がらせた。

あの笑顔。
軽薄そうでいて、どこか底知れない
――TPタイムパトロールだ。

「TP……?」

「正解♪」

TPは人差し指を立て、軽快に鳴らす。
その音が、鐘のように響いた。

世界がゆっくり回転し始める。
無数の光の粒が宙を流れ、まるで星の海のようにユウの周囲を漂った。

「君は摂理を越え、その向こう側へと渡った存在だ」

「簡単に捨てるなんてもったいないじゃないか☆」

「…ここはどこなんだ?」

ユウは声を震わせながら問う。
TPは顎に手を当て、何かを思い出すように天を仰ぐ。

「うーん、わかりやすくいうと異世界転生の最初のアレ」

「アレする場所みたいなところさ♪」

「……お前、タイムパトロールじゃなくて、神様じゃないかそれ」

TPは笑った。
それは、戦場でも見せたことのない、どこか穏やかな笑みだった。

「なんでもいいさ呼び名なんて。ボクは個体ではない。上位の概念そのものだからね」

ユウはその言葉を聞きながら、この空間の“無”が、逆に彼の存在感を際立たせているのを感じていた。

「では説明しよう。君は元の世界にも、彼らがいる異世界にも戻ることはできない」

その一言が、まるで刃のように胸を裂いた。
ユウの中に、ざらりと砂のような後悔がこぼれる。

「それを望むのであれば、また我々は闘わなくてはならない」

――もう戦いは終わったはずなのに。
また“選ばなければならない”のか。

「……もう、二つの世界が危機になることはないのか?」

TPは、ほんの少しだけ優しい声で答えた。

「ないね」

「世界を渡ることは許さないが、君が頑張ったご褒美に」

「――世界を覗き見ることだけは許そう☆」

光のフレームが、ゆっくりと回転していた。
それは鏡でもスクリーンでもない。
“覗き見ることを許された現実”だった。

ユウはその光景をただ見つめていた。
手を伸ばしても、触れることはできない。
けれどそこに映るものは確かに“彼の残した世界”だった。

クラスの教室では、春川が窓際の席に座り込んでいる。隣の机には、誰もいない。机の上には、かつてユウが描いた落書きが残っていた。

「どうして…お前が…」

春川の唇が動いたが、声にはならなかった。

別のフレームでは、クラヴァルとリゼがうつむいていた。リゼは何も言わず、拳を膝の上に握りしめている。

クラヴァルはそんな彼女を見つめながら、ただ小さく息を吐いた。

強くあろうとしても、心は壊れそうなほど痛んでいた。

そしてもうひとつの窓。
家のリビング。

母は泣き崩れ、父はその肩を抱いていた。
テレビの画面には「EWSの栄光と陰」とだけ映り、その下で世界中のコメントが紹介され続けている。

ユウの喉がひとりでに震えた。
胸の奥が締めつけられる。

「……リゼやクラヴァルに出会わなければ、こんなことにはならなかったのかな……」

声は掠れ、涙の代わりに息が漏れる。

TPは笑っていた。
しかし、その目の奥には、ほんの一瞬だけ寂しさが浮かんでいた。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「ただ君は選択したのだ」

ユウは顔を上げた。
光に照らされ、瞳の奥にかすかな決意が戻る。

「……選択……」

「その選択は素晴らしいものだ」

「誇り給え、城野君」

TPの言葉は、鐘の音のように響き、
その空間にひとすじの暖かい光を残した。

「……戦うのは、もういいよ」

ユウはかすかに笑った。

「もう一度聞くけど、世界が危機になることはないんだろ?」

「このボクが保証しよう☆」



TPタイムパトロールの声が響く。

「ひとつ、このまま消滅する。」

「ふたつ、ここで二つの世界を永劫の時をもって観察する。」

「みっつ、まったく別の異世界で生きていく。
――ちょうど君にあってる世界があってね♪」

ユウはゆっくり顔を上げる。
その目はもう、迷っていなかった。

「そうか……俺は……」

TPは腕を組み、肩をすくめる。

「すぐ決めなくてもいい。その後の二つの世界でも見るかい?」

ユウは笑った。
その笑みは、どこか懐かしく、
どこか救われたような、そんな笑顔だった。

「いや、決めたよTP。俺は――」

光が強くなり、

彼の声はその輝きの中に吸い込まれていった。



夕方の光が斜めに差し込む。

ユウは腰に下げた木刀を抜き、魔獣の影を見送った。その手は、戦士のそれではなく、もう“生きる人間”のものになっていた。

「……今日の討伐はこれくらいかな。帰って畑に水を撒かないと」

言葉が自然と口をつく。
ここに来て半年。

戦うよりも耕すことの方が多くなった。
種をまき、水をやり、朝になれば太陽が昇る。
それだけで充分だった。

村の子どもが遠くから手を振る。
ユウも笑って手を振り返した。
あの喧騒も、戦火も、もうここにはない。

隣国のエルフのお姫様が、討伐の終わった湖の周りを別荘地として開拓している、なんて噂も聞こえてくるような場所だ。

空を見上げると、流れる雲が白く透けている。
かつて“異世界”と呼んだ場所よりも、ずっと静かで穏やかだった。

魔素の流れは感じない。
マソちゃんの声も聞こえない。

それでも――ふと右腕を空に向けて、掌を開く。

「……バインド。……なんてな」

光は出ない。でもその手の中には、確かに“つながり”の記憶が残っていた。リゼの笑顔。クラヴァルの横顔。マソちゃんの声。

全部が、自分の中で静かに息をしていた。

「明日もこの世界で、生きていくか」

ユウは小さく笑い、風の中にその言葉を溶かした。鳥が鳴き、遠くで木々がざわめく。


世界は、何事もなかったように続いていく。

――完。






















頭上で、ドォン、と爆音が鳴った。

ユウが顔を上げると、空が裂けていた。
巨大な影が、ゆっくりと降りてくる。

「……なんだ?」

雲を割って降下してくるそれは、船だった。

ただの船ではない。
外殻を覆う漆黒の装甲が、陽光を反射している。
周囲を取り囲むように、いくつもの魔術陣が光を放っていた。

「……まさか」

土煙が上がる。船が地面に着地し、砂塵の中からいくつかの影が現れる。

甲板の上に立つ一人の男が、煙の向こうでこちらを見た。

ユウは息を呑んだ。

全身を覆う黒い装甲。
背後に漂う、かすかな魔術の残光。

その口が、確かに動いた。

「──遅くなったぜ、クソヤロウ!」

ユウの目が見開かれる。
その声は――ナズ。

徐々に土煙が晴れる。
見覚えのあるシルエットが見える。

あれはきっと、ロア、ハナラ、アガマ。

そしてクラヴァルとリゼ。

ユウは一歩、二歩、そして我慢できずに駆け出した。

遠くで、風に混じって聞こえる声があった。

「ユウくん!」

それは、懐かしい――マソちゃんの声だった。

ユウは笑う。体の奥に、久しぶりに熱が戻る。

彼は全力で走り出した。



どこか別の場所。
スクリーンの光の中で、TPが椅子にもたれながら笑っていた。

「というわけで――上位存在チャンネルで別の配信を皆で見るって企画、どうだったかな?」

その声が、静寂の宇宙に響く。

EWSの配信を使って別の異世界をTPが配信していた。

ユウの生存が爆発的に拡散されていく。

スマホを握りしめ、泣き崩れるユウの両親がいた。

配信を見ながら乾杯をするCEOがいた。

安堵のあまり抱きつくマネージャーと、空を向いて男泣きする春川がいた。

EWS管制室で泣き崩れる真宮先生がいた。

ガッツポーズをする自衛隊員の姿があった。

配信はエンディングに差し掛かる。
TPはウインクしながら手を振る。

「まあ不定期開催だけど♪ 次の配信もよろしくね~☆」


彼らの物語は、続いていく。


――異世界配信サービス 完。
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