2 / 14
第一話
しおりを挟む誰もいない講義室。
一人、窓の外に浮かぶ星空を見つめる。
どこまでも広がる綺麗な景色に、ほう、とため息を吐いてみた。がらりと開くドアの音がなければ、そのまま夜に飲まれていたかもしれない。
くすくすと肩を揺らした教え子が映る窓ガラスを見て、ここが現実だと知る。
私は教師で、彼女は教え子。それ以上があってはいけない。
なんとなく目線をずらし、彼女に問うた。
「……ニナ、お前の幸(さいわい)は見つかったか?」
「ええ、見つかりました。貴方とともに生きることです。だから神田先生、一緒に行きましょう」
「いいや、それは出来ない」
「どうして? どこまでも共にと、約束してくださったでしょう?」
「……」
彼女の方へ向き直り、次の台詞を浮かべる。
そのまま音に乗せ、紡ぐだけ。
ニナのことを愛する男として、彼女が望まない言葉を、愛ゆえに吐こう。いつもどおりを装って、教師としての感情を乗せ……あれ、なんで、声が出ない……?
「──カット!! どうしたの、ここに来るといつも調子悪いね」
「…………すみません」
聞き慣れた監督の声が響き、本当に俺が居るべき世界へと引き戻される。
ここはスタジオに作られたセットの中。『とりあえずこのシーンはここまでにしよう』という監督の声で、全て片付けられていく。偽物の星空が、簡単に晴れていった。
今行われているこの撮影は、『銀河と夜明け』という映画のもの。原作は、かの有名な『銀河鉄道の夜』をオマージュした恋愛小説である。
神田ユラという教授と、坂東ニナという女学生を主人公として、話は進んでいく。神田ユラはカムパネルラ、坂東ニナはジョバンニがモデル。
好奇心旺盛で健気な教え子のニナへ、物静かで無欲だったはずのユラが一目惚れをする。だが、教師と生徒の恋など禁断のもの。だからこそ、互いの幸せを考えながら葛藤していくお話だ。
今売れている俳優と女優がダブル主演ともあって、来月公開される予告編はそこそこ話題をさらうことだろう。
主役を任された身としては、この映画を観た多くの人に感動してほしい。
だが……、要となるシーンが一向に出来上がらない。撮れるシーンを撮れる時にというスタイルなので、スケジュールはひっ迫していない。
ただ、何度撮り直しても先ほどのシーンでセリフが出てこなくなってしまうのだ。
慌ただしく動くスタッフからタオルを受け取り、ワックスで固めた髪を乱雑に崩す。
俺はいまだ、神田ユラを理解できずにいた。
何度原作を読んでも、それこそ『銀河鉄道の夜』の方を読んだとしても。彼が言葉に込める感情が、分からない。
分かりたくない、とでも言ってしまおうか。
重なるのはいつかの景色と憎い男。
俺は適任じゃなかったのだろうか。……いや、途中で投げ出すのもよくない。また、乱暴にタオルで顔を擦った。
「どうしたの? 月永くんらしくないわね」
「美上さん……。いえ、大丈夫です」
「そう? これから別のシーンを撮影するみたいだし、控室に行ってメイクと髪を整えてもらいなさいな」
「はい、そうします」
淡々と返事をして、立ち上がる。
坂東ニナを演じる美上さんは、同じ主演である俺に何かと期待をしてくれている。役に入っていなければ基本的に無愛想な俺だから、そこまで大層な人間ではないのに。
俺は、心を殺すため俳優になった。
感情をひけらかすだけが演技ではない、全てを隠すのもまた演技だ。望まれたように、望んだように、俺は取り繕わなければならない。
何度目かの決意を浮かべて立ち上がり、スタッフにタオルを返却する。
そして、専用のヘアスタイリストが待っている控え室へと向かった。神宮寺さんと呼んでいる彼のセンスと手際はあまりに良く、毎度頼んでいるから専用みたいになっているだけなのだが。
神宮寺さんは決して明るくはないけれど、真面目で気遣いの出来る人なので印象も良い。今日は何か世間話が出来るだろうか。
そんな事を考えながら、いつも通りに控室の扉を開ける。
「どうも~」
長身の男が、にこやかに手を振っている。
不意に脳裏をよぎったワンシーンに、影と実像が重なった。同時に、開いたばかりの扉を勢いよく閉じた。
思わず膝から崩れ落ちそうになったのを、なんとか堪えて扉にすがる。
どうして、なんで。疑問が浮かぶたび、うるさい程に心臓が脈を打つ。
俺の控室には、神宮寺さんやマネージャー、共演者以外の人を基本招かない。そのどれにも当てはまらない、あの男。なぜ平然と俺の控室にいるのだろう。
どうしたものか、数歩ほど後ずさる。
すると、見計らったように扉が再び開いた。咄嗟に身構えたが、現れたのは見慣れたマネージャーの申し訳なさそうな顔だった。
部屋の中には居なかったはず……、いやこの人小さいから隠れて見えなかったのか。少し失礼な納得をしながら、目を合わせた。
「やぁ、月永くん。驚かせてしまったね」
「マネージャー……、さっきの人は?」
「紹介するから。ささ、入ってきて」
ちょいちょいと手招きをするマネージャー、警戒心をどこに置いてきたのか。呆れすら浮かんだが、取り敢えず彼の後へ続くことにした。
10
あなたにおすすめの小説
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
白花の檻(はっかのおり)
AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。
その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。
この出会いは祝福か、或いは呪いか。
受け――リュシアン。
祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。
柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。
攻め――アーヴィス。
リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。
黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。
王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる