さそりの心臓、君の幸い

三千鴉

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第二話

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 改めて部屋の中を覗いても、彼はにこやかに俺たちを出迎えている。あっちもあっちで、遠慮や警戒という言葉を知らないのだろうか。マネージャーはそそくさと中間に立ち、笑顔を貼り付けて他者紹介を始めた。


「月永くん、こちらはヘアメイクアーティストの星野さんだ。神宮寺さんが急用でね、代わりに来てもらったんだ。

星野さん。こちらが君に担当してもらう月永 夜十ツキナガ ヤトです。無愛想な顔してますが、うちの看板俳優ですので……上手く仕立ててやってください」


 はーいと元気に返事する相手、俺は微かにうなずくことでお辞儀も済ませる。

 マネージャー、一言が余計なんだよ。
 ツッコミを入れたくてたまらないが、どうせ言っても聞かないだろう。俺が無愛想な事実は変わらない。


「改めて、星野 瑠輝ホシノ ルキです。レオくんに頼まれて代理を務めます、よろしくお願いしますね!」


 にこにこと、手を差し出してくる。
 あぁ、どうやら礼儀も知らなさそうだ。
 神宮寺さんのことを気軽にレオくんと呼んでいるあたり、友人なのだろうけれど……それにしたって適当すぎると思う。

 取りあえず軽く無視をしておけば、少し悲しそうに手を引っ込められる。申し訳ないが、馴れ合う気は無い。
 どうせ仕事でしか関わらない上、たぶん今日限りの関係だ。……そうでなくては、困る。


 るんるんとした様子のマネージャーが退室し、彼と2人きりで残される。
 促されるまま椅子に座れば、彼は道具を揃えながらも話しかけてきた。きっと、気まずくならないようにしてくれているのだろう。その全てに、無視を貫き通す。


「ヤトさんって、今めちゃめちゃ売れてる俳優さんですよね。いやぁ、担当できるなんて嬉しいなぁ。あ、すその赤メッシュはもったいないけど隠しちゃいますね」


 うるさいやつだな、話しかけないでくれ。
 言いたくなるのを堪えて、ネットニュースを見るためにスマホへ目線を落とした。

[祝、前世婚!! 
永遠に変わらぬ愛妻家の生活に密着!]

 なんて書かれた見出しに、ふと手が止まる。

 前世婚、この世界では特別なものじゃない。
 よくニュースで流れているのを見かける。

 しかし、前世というものは本来フィクションの存在だ。それがノンフィクションであることを世間が認めたのは、何もロマンティックのためではない。

 生まれる前のことを記憶出来ているという事実は、人類をさらなるステージへと導く足掛かりとなるだろう。
 どこかの博士がそう提唱した説が注目を浴び、やがて世間へ馴染み始めただけである。

 最も、難しいことを考えない一般人にとっては、前世からの縁で再び恋に落ちるなんていうラブロマンスの方が分かりやすく。前世婚とは、そのようにして生まれた副産物に過ぎない。

 前世から誰かと縁を持つ者は瞳の色が特徴的だとも言われるが、前世の記憶をどれほど持っているかどうかは個人差があるそうで。

 そこに関しての研究は、未だ殆ど進んでいない。6割程度がきっちり記憶を保持していて、残りは断片的だったり、全く覚えていない人も居るには居るらしい。

 なんて、思考の海に沈んでみる。
 こうしていれば、背後で俺の髪を扱う男のことを考えなくて良い。そう思ったのに、男の声や顔はじくじくと確実に心を蝕んでいった。


「ヤトさん、髪やわらかいですね」

『ヤトの髪、やわらかいねぇ』


 いつかの記憶と今の声が、脳裏で重なる。
 笑う顔も、優しい声も、撫でる仕草も、全てが同じ。
 ……ずぅっと昔から、何度も同じ優しさを感じてきた。

 ひどく心が締め付けられるのに、夢の中でまで苦しめられる。おかげで、満足に眠れた日が少ない。二度と逢いたくなかったし、今も逃げ出したくてたまらない。余計な記憶が蘇る前に、早く。
 心の底にあるトゲが、じくじく痛む。


「ヤトさん、髪のセット終わりましたよ。変なとこ無ければメイクに移りますけど、大丈夫です?」

「……はい」


 しかし、そんな願いは通じない。
 鏡越しだったルキの顔が、傍に寄った。真剣な顔で、仕事に向き合っている。

 星空のように青い瞳に吸い込まれそうな感覚、懐かしさに溺れてしまいそうだ。頬の内側を噛んで、ひたすらに堪える。さらさらと道具で目元を撫でられ、ほんの少しの音が耳を刺激する。そしてとうとう、ルキは踏み込んできた。


「あら、ヤトさん。不眠かな……隈がひどいですね。出番まであと30分あるみたいですし、メイク仕上げる前に15分ほど寝てみます?」

「起きれるかわかりませんので」

「大丈夫ですって、起こしますから!」

「……では、お言葉に甘えて」


 眠れないのはお前のせいだ、なんて言えたら良かった。
 隠していたのを暴かれ、踏み込まれて。一丁前に心配なんかして、余計なお世話だ。

 でも、ルキは一度言ったことをなかなか撤回しないから、仕方なく目を閉じるしかない。
 そっと閉じた瞼に焼き付いているのは、憂いを帯びた優しいルキの笑顔。
 何も感じまいと心を殺し、従順に冷たい暗闇へと意識を落とした。
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