さそりの心臓、君の幸い

三千鴉

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第??話

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 草原の匂いがする。
 目を開ければ、綺麗な星空が広がっていた。

 空を受け止めるように、大の字になる。
 草の上に投げ出された袂は、まるで夜空の色を吸っているようだ。ほどけそうな帯もそのままに、少しだけはしたない格好で大きく息をする。

 ふと、俺の手を誰かが握り締めた。
 驚いて目線を向ければ、こちらを向いて寝転がったルキが居た。二人で見つめ合うのは気恥ずかしい、すぐに視線を空へ戻した。


「……綺麗だな」

「うん、ヤト綺麗だねぇ」

「ちゃんと話聞いてる?」

「え、さっきのって愛の言葉でしょ?」

「馬鹿、違うって。星空のことだよ」

「じゃあ、やっぱりオレのことじゃん。ほら、オレの目って星空みたいな青でしょ?」

「自分で言うな」


 にこにこと笑うルキの頭へ、塞がっていない片手を手刀の形にして、とんと殴る。彼の方に体を向けることになって、大げさに痛がる顔が近くに映る。
 
 もう成人間近なのに、なんだか幼子みたいな仕草をするものだから笑ってしまった。そんな俺の笑みを何と思ったのか、ルキはさらに体を寄せてきた。

 ついばむような口づけを頬に落とされる。
 さっきまでのはどこへ行ったんだ、急に大人びるんじゃない。
 思わずカッと体温を上げれば、ルキもおかしそうに笑って、調子に乗った。

 手の甲とか、額とか、色んなところに口づけを落とされたり、食まれたりする。くすぐったいと言えば拍車がかかるのはいつもの事だけれど、やはり身体が火照ってしまう。
 やめろと言ってもやめないルキへ、俺はいつも抱き締めて動きを止める。

 彼の後頭部に手を回し、引き寄せた。
 胸元に押し付けさせれば、もう何も出来ないだろう。それでも嬉しくてたまらないのか、ルキは胸元でくすくすと笑いをこぼす。彼の吐息が、俺の鼓動に合わさっていく。
 つられて俺も笑顔になって、この上ない幸せを噛み締めるのだ。


 ルキと俺が育った村では、俺たちの幸せは誰にも受け入れてもらえない。
 男と女が結ばれて、子供を作って、世代を繋いでいくのが当たり前だから。俺たちの出会いも、想いも、みんなにとっては受け入れられない間違いだ。

 けれど、この想いを手放す気はない。
 繋いだ手を振りほどくつもりはないし、このままどこへだって逃げられる。俺の母には、親不孝者だと絶望された。ルキの父には、優秀な息子を堕落させるなど許されない、殺してやるとまで言われてしまった。

 けれどルキは、一緒にどこまでも逃げようと手を握り返してくれた。そうして俺たちは今ここで、幸せを感じて笑う。ルキも、俺も、二人だけの世界で生きていくんだ。


 ひとしきり笑いあってから、起き上がろうとする。そうしたら、押し倒す寸前みたいな格好で、ルキが俺に覆い被さってきた。なんだよと笑えば、ちょっぴり真剣な顔をした彼が声を出す。


「……ヤト、明日は何しよっか」

「また遠くまで行って……あー、でも食料見つけないとな」

「ここを北に行くと村があるみたいだよ。作物を少し分けてもらえるよう、頼んでみたら良いかもしれない」

「じゃあ、そこに寄ろう。どこまで交渉出来るか分かんないけど……ルキは賢いから、最悪野草でも大丈夫だな。そしたら、また一緒にどこまでも逃げよう」

「うん。でも、ヤトは口が上手いからきっと大丈夫だよ」


 優しい顔で、ルキが頭を一撫でしてくれた。
 ルキ、と大好きな名前を呼ぶ。手を伸ばして、俺も彼の真っ黒な髪を撫でてみた。
 
 中途半端な俺の灰色とは違う。この純粋さが大好きだから、この色に染められたいと思える。
 大事に、大事に、色移りを願って撫でた。

 しかし何も返ってこず、ただ、憂いを帯びた優しい笑顔を向ける彼。
 どうしたの、と声を出せたか分からない。

 突然ぷつりと糸を切られたかのように、ルキの全身から力が抜けた。瞳から光をなくし、俺に全ての体重を預けてくる。重いとか、退けとか、そう言おうとした。


「…………る、き?」


 ぬるりと、彼の背に回した手が何かで濡れる。何の覚悟もなしに手を見れば、赤黒く湿っていた。顔から血の気が引いて、咄嗟にルキの下から這い出て後退る。

 とさりと地面へ伏せたルキの背には、深々と矢が二本刺さっていた。見えずともそれは心臓を貫いているはずで、もう助からないと冷静な頭が事実を告げる。

 ……助からない? 誰が、どうして。

 なんで、ルキは。

 まるで俺を庇うみたい……に……?


「────!!」


 自分が、何の音を出して叫んだか分からない。意味のない慟哭が喉を焼いて、わけもわからず涙を呼んで、ぐちゃぐちゃにした。心を、なにもかもを、めちゃくちゃに。


『にげて、ヤト』


 最後の最期に聞こえたような、ルキの声。

 ぐるぐる、回り出した世界で足掻く。

 みっともなく喚きながら、もがく。

 草履の鼻緒がぷつんと切れても、柔らかな草を無我夢中で踏みつけ続けた。馬鹿みたいに綺麗な星空の下で、瞼に焼き付いて消えない黒の混じった赤。

 耳元で唸る風は、こびりついた優しい声をさらってくれない。ルキの憂いを帯びた優しさが、どこまでも俺を苛んでいく。

 嗚呼、どうして君は──。
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