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第四話
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「なるほど……」
床に蹲る俺に水のペットボトルを差し出しつつ、ルキは曖昧にうなずいた。泣いた理由を正直に話すわけにもいかず、“役に入り込み過ぎてしまった”と咄嗟に説明したのが先ほどのこと。
納得はしたらしいけれど、変わらず側に居てくれている。さすったりと、無遠慮に触ってくることもない。その優しさが余計つらいとは言えず、ただ必死に涙を拭い続けた。
「ヤトさんって、神田ユラ役でしたよね」
ふと投げられる、唐突な質問。こくんと頷けば、彼は少し考える素振りを見せた。今度は迷っているような表情を数秒浮かべたかと思うと、ルキは俺の目を見た。
「この後、関係者で来れる人は飲み会しようってなってるんですよ。ちょうど、近くに予約無しで団体を受け入れてくれる居酒屋知ってて。……その道中で少し、お話しません?」
なんで、臨時で呼ばれたルキが参加することになってるんだ。
ぐちゃぐちゃだった脳内が、まるで何ともなかったかのように静まり返る。
あと、まだ全部終わってもないのに飲み会ってはっちゃけすぎでは……?
あまりに斜め上から来た提案に、あれだけ厄介だった涙も引っ込んでしまった。
「オレ、この映画の原作を知り合いから借りて読んだことがあるんです。だから、何か力になれるかもって……」
呆けている俺を見て、彼はさらに言葉を続ける。どうかな?とでも言いたげにこちらを見る彼を見ていたら、なんだか毒気を抜かれてしまった。俺も原作は読んでいるけれど、確かに他の見方は必要かもしれない。
ただ、ルキと話をするのか……。
このまま逃げ続けるより、ちゃんと話をしてから終わらせられるなら、そっちのほうが良いのかもしれない。
別に、前世のことを話すつもりはない。せめて、少しの間でも昔みたいに話してけじめをつけられたら。ふと、そう思った。
「……分かりました、行きます。あと、敬語なくて良いですよ。星野さん、タメの方がやりやすいのでは?」
「お、よくわかりましたね。ほんと堅苦しいの苦手で。一応、お言葉に甘える前に年齢聞いても? あ、実年齢って聞いて良かっ……」
「先々月、24になりました」
「言っちゃうんですね!? えっと、オレが25だから……一個下か。よし、じゃあ心置きなくタメでいこう。ついでに、呼び捨てしていい?」
「…………良いですよ」
「やった、ありがとうヤト!」
ころころと表情を変えて、最終的にはパッと笑顔を咲かせるルキ。つられて笑いそうになったのを、ぐっと堪える。
これは、一時的なわがままなのだ。下ろした髪をハーフアップに縛りながら、いつも通り冷静を装った。
手早く帰り支度を終えると、ルキが先導するように開けてくれた扉から外に出る。特に何事もなくエレベーターまで行けば、監督や美上さんやスタッフたちが待っていた。
やれ今日は潰れるまで帰さないだの、やれ恋バナしろだのと大の大人たちが盛り上がっている。一行はエレベーターに乗り込み、建物を後にしてぞろぞろと店へ向かい始めた。
その少し後ろを、ルキと2人で歩く。特に前置きもなく、夜空を見上げながら、ぽつりぽつりと彼は言葉を落とし始めた。
「原作ってさ。ニナの告白を受けた後に、ユラは子供を庇って死んじゃうんだよね」
「……読みましたから、知ってます」
「じゃあヤトは、これを見てどう思った?」
10月の少し肌寒い風が、頬を撫でた。
彼と真反対に、舗装された道を見つめて考える。
どう思う、か。ルキは、そんなふうに死んだ側だというのに。答えられると思っているのだろうか。俺を、どこまで苦しめるつもりなのだろう。……それでも、ルキが答えを知りたがっているのなら。
「……『銀河鉄道の夜』のオマージュですから、納得はできます。でも、ユラのことは馬鹿だなって」
「それは、どうして?」
「愛する人のことを泣かせて、そのうえ共にいるという約束も果たさず、他人のために死ぬなんて……自己満足でしかないでしょう」
だから俺は、嫌いだ。神田ユラも、カムパネルラも、……ルキのことも。
奥歯を噛み締めながら、これ以上本音が漏れてしまわないよう耐えた。数秒の沈黙は、ルキの葛藤だろうか。様子を盗み見れば、彼は夜空からこちらにゆっくりと視線を移し、憂いを帯びた優しい笑みを浮かべた。
「……うん、オレもそう思う」
は、と声か息かも分からないものが口から転び出た。
友達との何気ない会話に相づちを打つような、そんな軽さで。まるで当たり前だと言わんばかりの口に、どんな思いを込めてその笑みを、ルキは。
「そんなユラを演じるのって、すごく難しいと思うんだ。だから、入り込めているヤトは充分すごいと思うよ。……あ、ごめん。アドバイスっていうか慰めになっちゃったね」
「そ、そう……ですか」
なんとか途切れ途切れの返事を呟けば、ルキは自信満々にうんうんと頷いた。もっと言いたいことはあるのに、詰まっている間にも彼は先を行く。
待ってなんて言葉も出ないまま、気付けば目的地に着いてしまっていた。
床に蹲る俺に水のペットボトルを差し出しつつ、ルキは曖昧にうなずいた。泣いた理由を正直に話すわけにもいかず、“役に入り込み過ぎてしまった”と咄嗟に説明したのが先ほどのこと。
納得はしたらしいけれど、変わらず側に居てくれている。さすったりと、無遠慮に触ってくることもない。その優しさが余計つらいとは言えず、ただ必死に涙を拭い続けた。
「ヤトさんって、神田ユラ役でしたよね」
ふと投げられる、唐突な質問。こくんと頷けば、彼は少し考える素振りを見せた。今度は迷っているような表情を数秒浮かべたかと思うと、ルキは俺の目を見た。
「この後、関係者で来れる人は飲み会しようってなってるんですよ。ちょうど、近くに予約無しで団体を受け入れてくれる居酒屋知ってて。……その道中で少し、お話しません?」
なんで、臨時で呼ばれたルキが参加することになってるんだ。
ぐちゃぐちゃだった脳内が、まるで何ともなかったかのように静まり返る。
あと、まだ全部終わってもないのに飲み会ってはっちゃけすぎでは……?
あまりに斜め上から来た提案に、あれだけ厄介だった涙も引っ込んでしまった。
「オレ、この映画の原作を知り合いから借りて読んだことがあるんです。だから、何か力になれるかもって……」
呆けている俺を見て、彼はさらに言葉を続ける。どうかな?とでも言いたげにこちらを見る彼を見ていたら、なんだか毒気を抜かれてしまった。俺も原作は読んでいるけれど、確かに他の見方は必要かもしれない。
ただ、ルキと話をするのか……。
このまま逃げ続けるより、ちゃんと話をしてから終わらせられるなら、そっちのほうが良いのかもしれない。
別に、前世のことを話すつもりはない。せめて、少しの間でも昔みたいに話してけじめをつけられたら。ふと、そう思った。
「……分かりました、行きます。あと、敬語なくて良いですよ。星野さん、タメの方がやりやすいのでは?」
「お、よくわかりましたね。ほんと堅苦しいの苦手で。一応、お言葉に甘える前に年齢聞いても? あ、実年齢って聞いて良かっ……」
「先々月、24になりました」
「言っちゃうんですね!? えっと、オレが25だから……一個下か。よし、じゃあ心置きなくタメでいこう。ついでに、呼び捨てしていい?」
「…………良いですよ」
「やった、ありがとうヤト!」
ころころと表情を変えて、最終的にはパッと笑顔を咲かせるルキ。つられて笑いそうになったのを、ぐっと堪える。
これは、一時的なわがままなのだ。下ろした髪をハーフアップに縛りながら、いつも通り冷静を装った。
手早く帰り支度を終えると、ルキが先導するように開けてくれた扉から外に出る。特に何事もなくエレベーターまで行けば、監督や美上さんやスタッフたちが待っていた。
やれ今日は潰れるまで帰さないだの、やれ恋バナしろだのと大の大人たちが盛り上がっている。一行はエレベーターに乗り込み、建物を後にしてぞろぞろと店へ向かい始めた。
その少し後ろを、ルキと2人で歩く。特に前置きもなく、夜空を見上げながら、ぽつりぽつりと彼は言葉を落とし始めた。
「原作ってさ。ニナの告白を受けた後に、ユラは子供を庇って死んじゃうんだよね」
「……読みましたから、知ってます」
「じゃあヤトは、これを見てどう思った?」
10月の少し肌寒い風が、頬を撫でた。
彼と真反対に、舗装された道を見つめて考える。
どう思う、か。ルキは、そんなふうに死んだ側だというのに。答えられると思っているのだろうか。俺を、どこまで苦しめるつもりなのだろう。……それでも、ルキが答えを知りたがっているのなら。
「……『銀河鉄道の夜』のオマージュですから、納得はできます。でも、ユラのことは馬鹿だなって」
「それは、どうして?」
「愛する人のことを泣かせて、そのうえ共にいるという約束も果たさず、他人のために死ぬなんて……自己満足でしかないでしょう」
だから俺は、嫌いだ。神田ユラも、カムパネルラも、……ルキのことも。
奥歯を噛み締めながら、これ以上本音が漏れてしまわないよう耐えた。数秒の沈黙は、ルキの葛藤だろうか。様子を盗み見れば、彼は夜空からこちらにゆっくりと視線を移し、憂いを帯びた優しい笑みを浮かべた。
「……うん、オレもそう思う」
は、と声か息かも分からないものが口から転び出た。
友達との何気ない会話に相づちを打つような、そんな軽さで。まるで当たり前だと言わんばかりの口に、どんな思いを込めてその笑みを、ルキは。
「そんなユラを演じるのって、すごく難しいと思うんだ。だから、入り込めているヤトは充分すごいと思うよ。……あ、ごめん。アドバイスっていうか慰めになっちゃったね」
「そ、そう……ですか」
なんとか途切れ途切れの返事を呟けば、ルキは自信満々にうんうんと頷いた。もっと言いたいことはあるのに、詰まっている間にも彼は先を行く。
待ってなんて言葉も出ないまま、気付けば目的地に着いてしまっていた。
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