8 / 14
第??話
しおりを挟む
誰かの鼓動が聞こえる。
陽だまりに居るような心地よさに引き止められながら、うすぼんやりと世界を見た。間近に迫る、ボタンのついた白い布……。
「お寝坊さん、やっと起きた?」
「うわぁぁあ!?」
至近距離でにこりと笑う、その青年。
呼び名はルキ、三歳年上の恋人……寝ぼけた頭を事実確認で覚醒させていく。
彼は何故ここに……、ん?寝坊だ?
慌てて突き飛ばしながら起き上がれば、ルキはごろんと寝台から転げ落ちた。頭をさすりながら、彼は悪びれる様子のない顔を向けてくる。
「痛ぁい……。恋人を突き飛ばすの、良くないよ?」
「ま、待って、時間……! 遅刻!?」
「大丈夫、まだ遅刻じゃないよ」
その言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。
帝大に行くため帝都へ赴き、資産家の彼の家へ引きずり込まれてから三年。無事に書生から帝大生になった俺は、ずっと無遅刻で講義に参加していた。
なのに、お寝坊さんとか言うから焦ったじゃないか……。ルキの、うねりのないふわふわした長髪を恨みを込めて乱してやった。
わーやめてー、なんて棒読みのセリフを吐きながら、彼は身体を揺らしつつ立ち上がる。朝食を用意してくるねとだけ言い、立ち去っていった。こういう余裕ぶった態度はいけ好かないけれど、良くしてもらっている立場なので何も言えない。
寝台から降りて制服に手を通しながら、ふと窓の外を見た。舗装されていない道を歩く和服の人や、車を走らせる洋服の人。誰もせかせかとしていない、いつもの風景。
いくつかの前世の記憶を持つ俺は、時に戦乱の世の、時に日本ではないどこかの、色んな風景を脳に刻んでいる。だからだろうか、和と洋が混ざるのんびりとした今の世はとても心地よかった。
「……今日、誘ってみるか」
どことは決めていないけれど。今日は講義が早く終わる日、せっかくなら彼と出かけたい。
いつもミルクホールへ行くのに付き合ってもらっているし、たまにはカフェーでも提案してみようか。キネマも良さそうだ、今何を上映しているかは知らないけれど。
俺が甘いものや本が好きな反面、ルキは甘いものが苦手で、本よりも動く芸術が好きだ。たまには、我慢せず好きなものを楽しんでほしい。俺も、ルキの笑顔が見たい。少し浮き足立ちながら、居間へと向かう。
「準備でき……、ルキ!?」
「ヤト、ごめんねぇ。 動けないや……」
机の脚にしがみつき、蹲る彼。火照った顔で、へにゃりと無理に笑っている。慌てて駆け寄り、彼と自分の額に手を当てた。完璧にルキの方が熱い、また無理を隠して……。
溜息を吐けば、ぴくりとルキが肩を震わせた。視線を彷徨わせて、何かを口ごもる彼に肩を貸しながら、部屋へと運ぶ。寝台に寝かせた後も、手を伸ばそうとして引っ込めたりと落ち着きがない。傍に座れば、彼はやっと声を出した。
「……おにぎりだけ、作れたから。それ食べて、行っておいで」
「はぁ? ルキがこんな状態なのに、放っておくわけないでしょ」
「で、でも。ヤトに遅刻してほしくない……」
「ルキが苦しんでるんだから、休んで看病するよ。遅刻とかどうでも良いって」
目を丸くした彼は、意を決したようにおずおずと俺の衣服を掴んだ。そして引き寄せるように弱い力を込めて、顔を伏せた。
「ヤト、愛してる。お願い、そばにいて」
「もちろん。それにしても、いつも俺を組み敷いてる格好いいルキとは随分と違うな」
「……うるさいよ」
ぐいっと引き寄せられ、彼の隣へと強制的に転がされる。いつものように、押し倒したつもりだろうか。抱き枕のようにされたまま、身動きが取れない。
それでも暴れず受け入れて、なんとか彼の方を向こうとする。しかし、方向転換は許してくれなかった。
いつも余裕そうなくせに、弱ると彼は子供のようになる。ふざけている時と違い、分かりやすく余裕が消える。
それが嫌なのか、彼は前世からずっと、弱さや体調不良を隠す癖があった。ただ、ここまで弱った彼を見るのは初めてだ。
熱い吐息が背中にかかり、何度か深く息を吐いたのが分かった。苦しいのかと少しだけ身を離そうとすれば、ルキはよりいっそう抱きしめる力を強めた。そして、吐息にぽつりぽつりと音を乗せていく。
「……信じて、もらえないだろうけど。オレ、ずっと昔に君と会ったことがあるんだ」
「……うん」
「一目惚れ、したんだよ」
それがいつのことなのか、深く語らずに彼は間を置いた。先を迷っているのか、なかなか次を語り出さない。大丈夫だよと伝えるため、腹部に回されたルキの手に俺の手を重ねる。指を絡め合うと、彼はまた息を吐いて音を乗せた。
「君の側にいたいと思った、離したくないと思った。愛しいと感じて、愛したいと願った。だから、帝都に来た君を強引に迎え入れたんだよ。……でも、ちょっぴり後悔した。結果的にオレは、君が幸せになる道をいくつか奪っちゃったから」
「そんなこと無いよ。……ありがとう、俺を見つけてくれて」
いつも言えなかったのに。俺もぽろりと本音がこぼれていた。いつか死んでしまうかもしれないルキと出会うたび、苦しい想いをする。……けれど。
「きっと、これからも世間の目は厳しいよ。ねぇ、ヤトはそれでも生きていたい?」
「……? 当たり前でしょ」
ルキと生きる事が、何より幸せなんだ。
そう伝えるつもりで言葉を返せば、小さく「そっか」と言って彼は黙った。もぞりと動き、ルキは前触れもなく俺の首筋を柔く食んだ。甘く広がる幸福感に似た感覚に、目を細める。彼は歯を立てるだけ立てて、力は込めずにそっと離して、また吐息を吐いた。
「オレも、生きてたい……なぁ……」
小さく呟いて、規則正しい寝息を立て始めた彼。なんとか身を翻して見れば、少し苦しげだが安心したように眠っている。顔にかかる髪を震える手で退かしてやりながら、ルキを見下ろす。
じゃあ、なんで俺を置いていくの。生きていたいと言いながら、それでも人を庇って死ねるのか。矛盾した想いを抱えて、苦しいはずなのに余裕ぶって。嗚呼、もしかしてさ。
──それが、ルキの幸せなの?
陽だまりに居るような心地よさに引き止められながら、うすぼんやりと世界を見た。間近に迫る、ボタンのついた白い布……。
「お寝坊さん、やっと起きた?」
「うわぁぁあ!?」
至近距離でにこりと笑う、その青年。
呼び名はルキ、三歳年上の恋人……寝ぼけた頭を事実確認で覚醒させていく。
彼は何故ここに……、ん?寝坊だ?
慌てて突き飛ばしながら起き上がれば、ルキはごろんと寝台から転げ落ちた。頭をさすりながら、彼は悪びれる様子のない顔を向けてくる。
「痛ぁい……。恋人を突き飛ばすの、良くないよ?」
「ま、待って、時間……! 遅刻!?」
「大丈夫、まだ遅刻じゃないよ」
その言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。
帝大に行くため帝都へ赴き、資産家の彼の家へ引きずり込まれてから三年。無事に書生から帝大生になった俺は、ずっと無遅刻で講義に参加していた。
なのに、お寝坊さんとか言うから焦ったじゃないか……。ルキの、うねりのないふわふわした長髪を恨みを込めて乱してやった。
わーやめてー、なんて棒読みのセリフを吐きながら、彼は身体を揺らしつつ立ち上がる。朝食を用意してくるねとだけ言い、立ち去っていった。こういう余裕ぶった態度はいけ好かないけれど、良くしてもらっている立場なので何も言えない。
寝台から降りて制服に手を通しながら、ふと窓の外を見た。舗装されていない道を歩く和服の人や、車を走らせる洋服の人。誰もせかせかとしていない、いつもの風景。
いくつかの前世の記憶を持つ俺は、時に戦乱の世の、時に日本ではないどこかの、色んな風景を脳に刻んでいる。だからだろうか、和と洋が混ざるのんびりとした今の世はとても心地よかった。
「……今日、誘ってみるか」
どことは決めていないけれど。今日は講義が早く終わる日、せっかくなら彼と出かけたい。
いつもミルクホールへ行くのに付き合ってもらっているし、たまにはカフェーでも提案してみようか。キネマも良さそうだ、今何を上映しているかは知らないけれど。
俺が甘いものや本が好きな反面、ルキは甘いものが苦手で、本よりも動く芸術が好きだ。たまには、我慢せず好きなものを楽しんでほしい。俺も、ルキの笑顔が見たい。少し浮き足立ちながら、居間へと向かう。
「準備でき……、ルキ!?」
「ヤト、ごめんねぇ。 動けないや……」
机の脚にしがみつき、蹲る彼。火照った顔で、へにゃりと無理に笑っている。慌てて駆け寄り、彼と自分の額に手を当てた。完璧にルキの方が熱い、また無理を隠して……。
溜息を吐けば、ぴくりとルキが肩を震わせた。視線を彷徨わせて、何かを口ごもる彼に肩を貸しながら、部屋へと運ぶ。寝台に寝かせた後も、手を伸ばそうとして引っ込めたりと落ち着きがない。傍に座れば、彼はやっと声を出した。
「……おにぎりだけ、作れたから。それ食べて、行っておいで」
「はぁ? ルキがこんな状態なのに、放っておくわけないでしょ」
「で、でも。ヤトに遅刻してほしくない……」
「ルキが苦しんでるんだから、休んで看病するよ。遅刻とかどうでも良いって」
目を丸くした彼は、意を決したようにおずおずと俺の衣服を掴んだ。そして引き寄せるように弱い力を込めて、顔を伏せた。
「ヤト、愛してる。お願い、そばにいて」
「もちろん。それにしても、いつも俺を組み敷いてる格好いいルキとは随分と違うな」
「……うるさいよ」
ぐいっと引き寄せられ、彼の隣へと強制的に転がされる。いつものように、押し倒したつもりだろうか。抱き枕のようにされたまま、身動きが取れない。
それでも暴れず受け入れて、なんとか彼の方を向こうとする。しかし、方向転換は許してくれなかった。
いつも余裕そうなくせに、弱ると彼は子供のようになる。ふざけている時と違い、分かりやすく余裕が消える。
それが嫌なのか、彼は前世からずっと、弱さや体調不良を隠す癖があった。ただ、ここまで弱った彼を見るのは初めてだ。
熱い吐息が背中にかかり、何度か深く息を吐いたのが分かった。苦しいのかと少しだけ身を離そうとすれば、ルキはよりいっそう抱きしめる力を強めた。そして、吐息にぽつりぽつりと音を乗せていく。
「……信じて、もらえないだろうけど。オレ、ずっと昔に君と会ったことがあるんだ」
「……うん」
「一目惚れ、したんだよ」
それがいつのことなのか、深く語らずに彼は間を置いた。先を迷っているのか、なかなか次を語り出さない。大丈夫だよと伝えるため、腹部に回されたルキの手に俺の手を重ねる。指を絡め合うと、彼はまた息を吐いて音を乗せた。
「君の側にいたいと思った、離したくないと思った。愛しいと感じて、愛したいと願った。だから、帝都に来た君を強引に迎え入れたんだよ。……でも、ちょっぴり後悔した。結果的にオレは、君が幸せになる道をいくつか奪っちゃったから」
「そんなこと無いよ。……ありがとう、俺を見つけてくれて」
いつも言えなかったのに。俺もぽろりと本音がこぼれていた。いつか死んでしまうかもしれないルキと出会うたび、苦しい想いをする。……けれど。
「きっと、これからも世間の目は厳しいよ。ねぇ、ヤトはそれでも生きていたい?」
「……? 当たり前でしょ」
ルキと生きる事が、何より幸せなんだ。
そう伝えるつもりで言葉を返せば、小さく「そっか」と言って彼は黙った。もぞりと動き、ルキは前触れもなく俺の首筋を柔く食んだ。甘く広がる幸福感に似た感覚に、目を細める。彼は歯を立てるだけ立てて、力は込めずにそっと離して、また吐息を吐いた。
「オレも、生きてたい……なぁ……」
小さく呟いて、規則正しい寝息を立て始めた彼。なんとか身を翻して見れば、少し苦しげだが安心したように眠っている。顔にかかる髪を震える手で退かしてやりながら、ルキを見下ろす。
じゃあ、なんで俺を置いていくの。生きていたいと言いながら、それでも人を庇って死ねるのか。矛盾した想いを抱えて、苦しいはずなのに余裕ぶって。嗚呼、もしかしてさ。
──それが、ルキの幸せなの?
10
あなたにおすすめの小説
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる