さそりの心臓、君の幸い

三千鴉

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第七話

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 少し駆け足で、現場へと辿り着く。
 今回の撮影は屋外の公園で行われるため、貸し切りにしている。しかし、エキストラや関係者など多くの人がいるためか、まるで休みの日のような賑わいがそこにあった。違うところと言えば、休憩所や機材置き場として隅にテントが仮設されていることだろう。

 騒ぎにならないよう、裏にある入り口から仮設テントへと。エキストラの中には、有名人とお近づきになりたくて応募してくる人もいる。だから無闇に近づかず、さっさとマネージャーと合流した。

 手帳とにらめっこしていたマネージャーは、俺の足音を聞くとすぐに顔を上げ、にこりと微笑んだ。


「早めに来るとは聞いていたけど、思ったより早かったね。三十分も前だけど」

「……はい、支度が早く終わったので。マネージャーこそ、早いですね」

「まあ、こっちはスケジュールの調整とか色々あるからね。 あ、そうそう。月永くんに悲報……いや、朗報かも」


 妙な含みを持たせたマネージャーに、きょとんと視線を返す。マネージャーはペンで反対側のテントを指すと、口を開いた。


「監督、寝坊だってさ」

「それが朗報……ですか?」

「違う違う。開始時刻遅れるから、星野さんと話せる時間あるよってこと。ほら、あっちの関係者テントに居るはずだから行っておいで」

「…………! ありがとう、ございます」


 説明されるまで気づかなかった自分の鈍さが恥ずかしい。マネージャーへ心から感謝を込めて頭を下げ、関係者テントの方へと向かった。

 ルキと話すことに対して、躊躇いが無くなったわけではない。どれだけ決意したところで、脳に染み付いた恐怖が足を震わせる。

 でも、きっとルキだって苦しい思いをしてきたのだ。今の彼に記憶がないのだとして、今までの彼の苦しみから目を逸らしていい理由にはならない。むしろ覚えている側の俺が、向き合わなければ。

 人のごった返す方へ足を進め、彼の姿を必死に探した。道中へ溢れかえっているのは、エキストラたちの噂話。くだらない話をするのは緊張を解す面でも有効的だろう、俺がいちいち気にすることではない。


「……ねえ、あれ星野くんじゃない?」


 ふと、若い女性の声がルキの名字を親しく呼んだ。思わず急ブレーキをかけ、声のした方に勢いよく顔を向ける。黒髪の若い女性二人が、関係者テントを指差しながら話し込んでいた。指を差す方向にはルキが居て、神宮寺さんと何やら会話をしている様子。

 偶然とはいえ彼を見つけられたのだ、何も気にせず駆け寄ればいい。しかし、何故かその場で立ち止まった俺は、女性二人の会話に耳を傾けてしまっていた。


「え? どこよ、というか誰?」

「ほら、あの人! アレスっていうヘアサロンで指名上位だった、美容師さん!」

「ああ、アンタが通い詰めてたとこの人ね。にしても、ホストじゃないんだからさ……」

「優しく綺麗に仕上げてくれるって、本当に人気だったんだから!」


 ストレートヘアの女性は興味がなさそうな感じだが、ウェーブがかったボブヘアの女性は相当熱が入っている。

 それほど、ルキの勤めるヘアサロンに通い詰めていたのだろう。俺が知らない頃のルキを、知っているあの女性。ルキは彼女のことを、記憶にとどめているのだろうか。


「はいはい。……ていうか、その人が辞めちゃったとかで3年前に泣きついてこなかったっけ」

「そうなの! 好きな人を追いかけるために独立するって」


 好きな人。追いかけるために安定した職場から離れられるほど、ルキが好きな人。ぐるぐると思考が回り、他のことが考えられなくなりそうになる。

 ……駄目だ、今は余計なことを浮かべている場合じゃない。止めた足を再び動かし、少しぎこちない動作でテントを目指す。ようやくルキも気付いたのか、目を丸くして俺の方を見てくれた。


「あれ、ヤト! どうしたの?」

「き、昨日のこと……」

「昨日?」


 うまく言葉を出せなくても、優しい彼はちゃんと待ってくれる。だから俺は、ゆっくりと深呼吸をして言葉を作る準備をした。そうして、ルキの顔を真っ直ぐに見る。


「昨日、途中で帰ってしまったことを謝りたくて。すみませんでした」

「え、そんなこと? 別にいいのに……というか、俺の方こそ体調のこと気付けなくてごめんね」


 やはり、彼は優しすぎる。簡単に絆される俺も俺だけれど、全く変わっていないことにひどく安心してしまうのだ。胸を撫で下ろして次の言葉を準備していれば、ふと神宮寺さんの声が割り入った。


「珍しいな、星野。お前が、昨日会った人ともうこんなに仲良くなったのか?」

「ちょ、ひどいなぁレオくん。まるで俺が、いつもは一匹狼みたいな言い草じゃん」


 そうだが?と言わんばかりの顔をした神宮寺さんが、今度は俺の方に視線を向けた。

 ルキが一匹狼?こんなに仲良くなった?

 何がなんだか分からないけれど、神宮寺さんは見たことがない程の満面の笑みで、満足そうに頷いた。


「よし、これなら任せられるな」

「はい?」

「月永さん。実は俺、事情があって仕事を続けられそうになくて。急遽代理として星野を立てたんですが、これほど仲が良いのなら後を任せられます」

「はぁ……、え?」


 任せる、とは。なにを、だれに?
 ひたすら混乱しているのは俺だけらしいが、ルキもどこか慌てた様子で何かを言おうとし、もどかしい顔を浮かべていた。


「ああ、これは月永さんのマネージャーさんにも既に話を通しているので。星野、月永さんのメイク頼んだぞ」

「だから、あのさぁ……!」

「嫌なのか?」

「……そうじゃない、けど」

「じゃあ大丈夫だな」


 先ほど話し込んでいたのは、このことだったのだろうか。ルキに担当してもらえるのなら、会える機会が増えるということであり、俺としては嬉しいことだ。

 しかし、ルキは嫌がっているわけでなさそうだが否定的に見える。やはり、先ほどの噂が関係しているのか。なにもかも、聞かねば分からないことだらけだ。


「よろしくお願いします、星野さん」

「ルキで良いよ、よろしくね」


 だから、彼の退路を塞ぐ。俺から歩み寄り、彼から話してもらえる時まで待つために傍へ行く。ルキは何かを観念したように優しく笑い、俺へ手を差し出した。その手をしっかり握り、俺も初めて彼に笑いかけてやる。目を丸くしたルキを見て、なんだか胸がすっきりした。

 ……しかし、なぜ神宮寺さんまで度肝を抜かれたような顔をしたのか。普段のルキと、そこまで違うのだろうか。
 様々な疑問を残しながら、ルキによって控えテントへと引きずられていくのだった。
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