11 / 14
第八話
しおりを挟む
優しい手つきで、髪を梳かれる。
先ほどとは打って変わって楽しそうなルキが、何かを口ずさんでいる。嫌そうにしていたのは本当になんだったのか、なんて思いながらも別の言葉で沈黙を破る。
「星野さ──、る、ルキ。ずっとフリーで仕事やってたんです?」
「慣れないと思うけど、敬語なくしていいからね。んで、仕事のこと? まあ、美容院で働いてたこともあるよ」
「辞めた、のか?」
結局気にしないままではいられなくて、つい零してしまった。聞いてどうするかなんて、ちっとも考えていない。何と返されれば満足出来るのかも分からない。
「うん、辞めた。フリーじゃないと、好きな人を追っかけられなくてさ」
それでもルキは優しく、残酷な現実を息のように吐いた。
噂話が本当だったなんて、そんなことあるのか。普通は、多少なりとも誇張されるものだろう。駄目だ、動揺している場合じゃない。言葉を繋がないと。震えそうになる声を律して、何とか息を吐く。
「……好きな人?」
「そうそう。3年前だったかな、突然テレビに現れて話題をかっさらった子でね。フリーだったら、色んな仕事取りやすいから。その子の担当も出来るかなと思ってさ」
「そ、そうか。芸能人とは接触出来てるし、良かったな」
満足そうに頷くルキは、髪のセットを終えてメイクに取り掛かる。あまり喋らないようにしながら、俺はまた思考に沈んだ。
3年前、俺が初めてテレビに出た頃。その頃は黄金世代と呼ばれ、様々な芸能人の才が花開いた時期でもある。確か、美上さんもこの時期にブレイクしたはずだ。
数多いる中で、もしかしたら俺かもと自惚れるのは少し恥ずかしい。そもそもルキは俺のことを覚えていないはずで、間違っていたらと思うと寒気さえ覚える。
つまるところ、触れないのが正解だ。今の目的は、好きになってもらうことじゃない。ルキの幸せを知ることだ。
──しかし、彼の幸せが『俺じゃない誰か』に向けられるのならば。俺は、ちゃんと応援してあげられるだろうか。一抹の不安が、苦味のように広がっていく。
「よし! 今回もバッチリ出来たよ」
「あ、うん……ありがとう」
「ん? 何か気になるところあった? 遠慮なく言ってよ、オレはヤトの担当なんだし」
心配そうに覗き込むルキの青い瞳に、また吸い込まれそうになる。やっとの思いで目を逸らし、返答を探す。
なんと言うのが正解だろう。彼にとっては出会ったばかりである男が、『貴方のことを深く知りたい』だなんて言い出したら気味が悪いに決まっている。しかし、誤魔化すにしても良い言葉が思い浮かばない。
結局のところ、気まずい時間を作り出してしまうだけだった。それでもルキは優しく笑い、茶化すように場を繋げてくれる。
「あ、もしかして。オレの好きな子気になったり? そんなわけ無いか」
「うん、──あっ」
「えっ」
それに甘えて、流せばよかったのに。
いつも天邪鬼な俺の口は、なぜか素直にそう口にしていた。流石に彼も驚いたようで、目をまん丸にして固まっている。また訪れた気まずい沈黙の中、今度は俺が先に言葉を繋げる。
「べ、別に変な意図はないからな? どういう子が好きなのか、と思って。せっかく担当になったなら、色んな話をしてみたく、て……」
我ながら苦し紛れだとは思うが、誤魔化さずに言える本音だけだとこうなってしまった。メイク担当と、恋バナから関係を進める芸能人なんてどこにいるんだ。いや、ここに居るし、どこかには居るんだろう。しかし、あまりに大胆すぎて俺らしくはない。
やらかした。大丈夫だろうか、ルキはなんと言ってくるだろう。これで気まずい関係になるのが、いちばん駄目だ。
ぐるぐると思考を巡らせて焦っていれば、ふとルキが俺の頭に手を乗せた。びっくりして見上げれば、彼はそっぽを向いている。ただ、その耳は赤い。…………なぜ?
「そ、そっか……。まあ、今日は撮影があるからね。うん。また休みの日にでも、カフェとかで話す? あ、オフに誰かと会うの嫌だったら全然大丈夫だよ」
「…………? いや、そんなことは。オフでも会うなら、連絡先交換しとくか?」
「う、うん!」
やたらと焦り始めたルキ。今さら、芸能人と交流していることを自覚したのだろうか。それにしても赤面している理由は?
何にせよ、あんなに余裕そうだった彼とは大違いで少し面白い。
ルキは慣れていなさそうな手つきで、メッセージアプリの友達登録の画面を開いた。そのまま差し出してくるので、こっちが操作してQRコードを出し、彼のアカウントを登録する。無事にトーク画面へ追加され、口元が綻んだ。
それも束の間、スマホに表示された時間が撮影間近であることを知らせているのに気付く。悠長にしている場合ではないと急いで立ち上がれば、「ヤト!」とルキに呼ばれる。
「いってらっしゃい、頑張って!」
「あぁ、全力でやってくる」
何よりも嬉しい一言だった。じんわりと暖かく広がる言葉に、もう一度口元を綻ばせる。しっかりとルキのエールを心に刻み、誰にも気付かれないよう仕舞う。
彼と、いつデート出来るだろう。
どんなことを話せるだろうか。
楽しみで、楽しみで、心が弾む。
そんな浮かれた気持ちがあるなんて悟られないように、俺は現場へと駆けては演技に身を投じていった。
先ほどとは打って変わって楽しそうなルキが、何かを口ずさんでいる。嫌そうにしていたのは本当になんだったのか、なんて思いながらも別の言葉で沈黙を破る。
「星野さ──、る、ルキ。ずっとフリーで仕事やってたんです?」
「慣れないと思うけど、敬語なくしていいからね。んで、仕事のこと? まあ、美容院で働いてたこともあるよ」
「辞めた、のか?」
結局気にしないままではいられなくて、つい零してしまった。聞いてどうするかなんて、ちっとも考えていない。何と返されれば満足出来るのかも分からない。
「うん、辞めた。フリーじゃないと、好きな人を追っかけられなくてさ」
それでもルキは優しく、残酷な現実を息のように吐いた。
噂話が本当だったなんて、そんなことあるのか。普通は、多少なりとも誇張されるものだろう。駄目だ、動揺している場合じゃない。言葉を繋がないと。震えそうになる声を律して、何とか息を吐く。
「……好きな人?」
「そうそう。3年前だったかな、突然テレビに現れて話題をかっさらった子でね。フリーだったら、色んな仕事取りやすいから。その子の担当も出来るかなと思ってさ」
「そ、そうか。芸能人とは接触出来てるし、良かったな」
満足そうに頷くルキは、髪のセットを終えてメイクに取り掛かる。あまり喋らないようにしながら、俺はまた思考に沈んだ。
3年前、俺が初めてテレビに出た頃。その頃は黄金世代と呼ばれ、様々な芸能人の才が花開いた時期でもある。確か、美上さんもこの時期にブレイクしたはずだ。
数多いる中で、もしかしたら俺かもと自惚れるのは少し恥ずかしい。そもそもルキは俺のことを覚えていないはずで、間違っていたらと思うと寒気さえ覚える。
つまるところ、触れないのが正解だ。今の目的は、好きになってもらうことじゃない。ルキの幸せを知ることだ。
──しかし、彼の幸せが『俺じゃない誰か』に向けられるのならば。俺は、ちゃんと応援してあげられるだろうか。一抹の不安が、苦味のように広がっていく。
「よし! 今回もバッチリ出来たよ」
「あ、うん……ありがとう」
「ん? 何か気になるところあった? 遠慮なく言ってよ、オレはヤトの担当なんだし」
心配そうに覗き込むルキの青い瞳に、また吸い込まれそうになる。やっとの思いで目を逸らし、返答を探す。
なんと言うのが正解だろう。彼にとっては出会ったばかりである男が、『貴方のことを深く知りたい』だなんて言い出したら気味が悪いに決まっている。しかし、誤魔化すにしても良い言葉が思い浮かばない。
結局のところ、気まずい時間を作り出してしまうだけだった。それでもルキは優しく笑い、茶化すように場を繋げてくれる。
「あ、もしかして。オレの好きな子気になったり? そんなわけ無いか」
「うん、──あっ」
「えっ」
それに甘えて、流せばよかったのに。
いつも天邪鬼な俺の口は、なぜか素直にそう口にしていた。流石に彼も驚いたようで、目をまん丸にして固まっている。また訪れた気まずい沈黙の中、今度は俺が先に言葉を繋げる。
「べ、別に変な意図はないからな? どういう子が好きなのか、と思って。せっかく担当になったなら、色んな話をしてみたく、て……」
我ながら苦し紛れだとは思うが、誤魔化さずに言える本音だけだとこうなってしまった。メイク担当と、恋バナから関係を進める芸能人なんてどこにいるんだ。いや、ここに居るし、どこかには居るんだろう。しかし、あまりに大胆すぎて俺らしくはない。
やらかした。大丈夫だろうか、ルキはなんと言ってくるだろう。これで気まずい関係になるのが、いちばん駄目だ。
ぐるぐると思考を巡らせて焦っていれば、ふとルキが俺の頭に手を乗せた。びっくりして見上げれば、彼はそっぽを向いている。ただ、その耳は赤い。…………なぜ?
「そ、そっか……。まあ、今日は撮影があるからね。うん。また休みの日にでも、カフェとかで話す? あ、オフに誰かと会うの嫌だったら全然大丈夫だよ」
「…………? いや、そんなことは。オフでも会うなら、連絡先交換しとくか?」
「う、うん!」
やたらと焦り始めたルキ。今さら、芸能人と交流していることを自覚したのだろうか。それにしても赤面している理由は?
何にせよ、あんなに余裕そうだった彼とは大違いで少し面白い。
ルキは慣れていなさそうな手つきで、メッセージアプリの友達登録の画面を開いた。そのまま差し出してくるので、こっちが操作してQRコードを出し、彼のアカウントを登録する。無事にトーク画面へ追加され、口元が綻んだ。
それも束の間、スマホに表示された時間が撮影間近であることを知らせているのに気付く。悠長にしている場合ではないと急いで立ち上がれば、「ヤト!」とルキに呼ばれる。
「いってらっしゃい、頑張って!」
「あぁ、全力でやってくる」
何よりも嬉しい一言だった。じんわりと暖かく広がる言葉に、もう一度口元を綻ばせる。しっかりとルキのエールを心に刻み、誰にも気付かれないよう仕舞う。
彼と、いつデート出来るだろう。
どんなことを話せるだろうか。
楽しみで、楽しみで、心が弾む。
そんな浮かれた気持ちがあるなんて悟られないように、俺は現場へと駆けては演技に身を投じていった。
0
あなたにおすすめの小説
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
白花の檻(はっかのおり)
AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。
その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。
この出会いは祝福か、或いは呪いか。
受け――リュシアン。
祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。
柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。
攻め――アーヴィス。
リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。
黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。
王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる