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第八話
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優しい手つきで、髪を梳かれる。
先ほどとは打って変わって楽しそうなルキが、何かを口ずさんでいる。嫌そうにしていたのは本当になんだったのか、なんて思いながらも別の言葉で沈黙を破る。
「星野さ──、る、ルキ。ずっとフリーで仕事やってたんです?」
「慣れないと思うけど、敬語なくしていいからね。んで、仕事のこと? まあ、美容院で働いてたこともあるよ」
「辞めた、のか?」
結局気にしないままではいられなくて、つい零してしまった。聞いてどうするかなんて、ちっとも考えていない。何と返されれば満足出来るのかも分からない。
「うん、辞めた。フリーじゃないと、好きな人を追っかけられなくてさ」
それでもルキは優しく、残酷な現実を息のように吐いた。
噂話が本当だったなんて、そんなことあるのか。普通は、多少なりとも誇張されるものだろう。駄目だ、動揺している場合じゃない。言葉を繋がないと。震えそうになる声を律して、何とか息を吐く。
「……好きな人?」
「そうそう。3年前だったかな、突然テレビに現れて話題をかっさらった子でね。フリーだったら、色んな仕事取りやすいから。その子の担当も出来るかなと思ってさ」
「そ、そうか。芸能人とは接触出来てるし、良かったな」
満足そうに頷くルキは、髪のセットを終えてメイクに取り掛かる。あまり喋らないようにしながら、俺はまた思考に沈んだ。
3年前、俺が初めてテレビに出た頃。その頃は黄金世代と呼ばれ、様々な芸能人の才が花開いた時期でもある。確か、美上さんもこの時期にブレイクしたはずだ。
数多いる中で、もしかしたら俺かもと自惚れるのは少し恥ずかしい。そもそもルキは俺のことを覚えていないはずで、間違っていたらと思うと寒気さえ覚える。
つまるところ、触れないのが正解だ。今の目的は、好きになってもらうことじゃない。ルキの幸せを知ることだ。
──しかし、彼の幸せが『俺じゃない誰か』に向けられるのならば。俺は、ちゃんと応援してあげられるだろうか。一抹の不安が、苦味のように広がっていく。
「よし! 今回もバッチリ出来たよ」
「あ、うん……ありがとう」
「ん? 何か気になるところあった? 遠慮なく言ってよ、オレはヤトの担当なんだし」
心配そうに覗き込むルキの青い瞳に、また吸い込まれそうになる。やっとの思いで目を逸らし、返答を探す。
なんと言うのが正解だろう。彼にとっては出会ったばかりである男が、『貴方のことを深く知りたい』だなんて言い出したら気味が悪いに決まっている。しかし、誤魔化すにしても良い言葉が思い浮かばない。
結局のところ、気まずい時間を作り出してしまうだけだった。それでもルキは優しく笑い、茶化すように場を繋げてくれる。
「あ、もしかして。オレの好きな子気になったり? そんなわけ無いか」
「うん、──あっ」
「えっ」
それに甘えて、流せばよかったのに。
いつも天邪鬼な俺の口は、なぜか素直にそう口にしていた。流石に彼も驚いたようで、目をまん丸にして固まっている。また訪れた気まずい沈黙の中、今度は俺が先に言葉を繋げる。
「べ、別に変な意図はないからな? どういう子が好きなのか、と思って。せっかく担当になったなら、色んな話をしてみたく、て……」
我ながら苦し紛れだとは思うが、誤魔化さずに言える本音だけだとこうなってしまった。メイク担当と、恋バナから関係を進める芸能人なんてどこにいるんだ。いや、ここに居るし、どこかには居るんだろう。しかし、あまりに大胆すぎて俺らしくはない。
やらかした。大丈夫だろうか、ルキはなんと言ってくるだろう。これで気まずい関係になるのが、いちばん駄目だ。
ぐるぐると思考を巡らせて焦っていれば、ふとルキが俺の頭に手を乗せた。びっくりして見上げれば、彼はそっぽを向いている。ただ、その耳は赤い。…………なぜ?
「そ、そっか……。まあ、今日は撮影があるからね。うん。また休みの日にでも、カフェとかで話す? あ、オフに誰かと会うの嫌だったら全然大丈夫だよ」
「…………? いや、そんなことは。オフでも会うなら、連絡先交換しとくか?」
「う、うん!」
やたらと焦り始めたルキ。今さら、芸能人と交流していることを自覚したのだろうか。それにしても赤面している理由は?
何にせよ、あんなに余裕そうだった彼とは大違いで少し面白い。
ルキは慣れていなさそうな手つきで、メッセージアプリの友達登録の画面を開いた。そのまま差し出してくるので、こっちが操作してQRコードを出し、彼のアカウントを登録する。無事にトーク画面へ追加され、口元が綻んだ。
それも束の間、スマホに表示された時間が撮影間近であることを知らせているのに気付く。悠長にしている場合ではないと急いで立ち上がれば、「ヤト!」とルキに呼ばれる。
「いってらっしゃい、頑張って!」
「あぁ、全力でやってくる」
何よりも嬉しい一言だった。じんわりと暖かく広がる言葉に、もう一度口元を綻ばせる。しっかりとルキのエールを心に刻み、誰にも気付かれないよう仕舞う。
彼と、いつデート出来るだろう。
どんなことを話せるだろうか。
楽しみで、楽しみで、心が弾む。
そんな浮かれた気持ちがあるなんて悟られないように、俺は現場へと駆けては演技に身を投じていった。
先ほどとは打って変わって楽しそうなルキが、何かを口ずさんでいる。嫌そうにしていたのは本当になんだったのか、なんて思いながらも別の言葉で沈黙を破る。
「星野さ──、る、ルキ。ずっとフリーで仕事やってたんです?」
「慣れないと思うけど、敬語なくしていいからね。んで、仕事のこと? まあ、美容院で働いてたこともあるよ」
「辞めた、のか?」
結局気にしないままではいられなくて、つい零してしまった。聞いてどうするかなんて、ちっとも考えていない。何と返されれば満足出来るのかも分からない。
「うん、辞めた。フリーじゃないと、好きな人を追っかけられなくてさ」
それでもルキは優しく、残酷な現実を息のように吐いた。
噂話が本当だったなんて、そんなことあるのか。普通は、多少なりとも誇張されるものだろう。駄目だ、動揺している場合じゃない。言葉を繋がないと。震えそうになる声を律して、何とか息を吐く。
「……好きな人?」
「そうそう。3年前だったかな、突然テレビに現れて話題をかっさらった子でね。フリーだったら、色んな仕事取りやすいから。その子の担当も出来るかなと思ってさ」
「そ、そうか。芸能人とは接触出来てるし、良かったな」
満足そうに頷くルキは、髪のセットを終えてメイクに取り掛かる。あまり喋らないようにしながら、俺はまた思考に沈んだ。
3年前、俺が初めてテレビに出た頃。その頃は黄金世代と呼ばれ、様々な芸能人の才が花開いた時期でもある。確か、美上さんもこの時期にブレイクしたはずだ。
数多いる中で、もしかしたら俺かもと自惚れるのは少し恥ずかしい。そもそもルキは俺のことを覚えていないはずで、間違っていたらと思うと寒気さえ覚える。
つまるところ、触れないのが正解だ。今の目的は、好きになってもらうことじゃない。ルキの幸せを知ることだ。
──しかし、彼の幸せが『俺じゃない誰か』に向けられるのならば。俺は、ちゃんと応援してあげられるだろうか。一抹の不安が、苦味のように広がっていく。
「よし! 今回もバッチリ出来たよ」
「あ、うん……ありがとう」
「ん? 何か気になるところあった? 遠慮なく言ってよ、オレはヤトの担当なんだし」
心配そうに覗き込むルキの青い瞳に、また吸い込まれそうになる。やっとの思いで目を逸らし、返答を探す。
なんと言うのが正解だろう。彼にとっては出会ったばかりである男が、『貴方のことを深く知りたい』だなんて言い出したら気味が悪いに決まっている。しかし、誤魔化すにしても良い言葉が思い浮かばない。
結局のところ、気まずい時間を作り出してしまうだけだった。それでもルキは優しく笑い、茶化すように場を繋げてくれる。
「あ、もしかして。オレの好きな子気になったり? そんなわけ無いか」
「うん、──あっ」
「えっ」
それに甘えて、流せばよかったのに。
いつも天邪鬼な俺の口は、なぜか素直にそう口にしていた。流石に彼も驚いたようで、目をまん丸にして固まっている。また訪れた気まずい沈黙の中、今度は俺が先に言葉を繋げる。
「べ、別に変な意図はないからな? どういう子が好きなのか、と思って。せっかく担当になったなら、色んな話をしてみたく、て……」
我ながら苦し紛れだとは思うが、誤魔化さずに言える本音だけだとこうなってしまった。メイク担当と、恋バナから関係を進める芸能人なんてどこにいるんだ。いや、ここに居るし、どこかには居るんだろう。しかし、あまりに大胆すぎて俺らしくはない。
やらかした。大丈夫だろうか、ルキはなんと言ってくるだろう。これで気まずい関係になるのが、いちばん駄目だ。
ぐるぐると思考を巡らせて焦っていれば、ふとルキが俺の頭に手を乗せた。びっくりして見上げれば、彼はそっぽを向いている。ただ、その耳は赤い。…………なぜ?
「そ、そっか……。まあ、今日は撮影があるからね。うん。また休みの日にでも、カフェとかで話す? あ、オフに誰かと会うの嫌だったら全然大丈夫だよ」
「…………? いや、そんなことは。オフでも会うなら、連絡先交換しとくか?」
「う、うん!」
やたらと焦り始めたルキ。今さら、芸能人と交流していることを自覚したのだろうか。それにしても赤面している理由は?
何にせよ、あんなに余裕そうだった彼とは大違いで少し面白い。
ルキは慣れていなさそうな手つきで、メッセージアプリの友達登録の画面を開いた。そのまま差し出してくるので、こっちが操作してQRコードを出し、彼のアカウントを登録する。無事にトーク画面へ追加され、口元が綻んだ。
それも束の間、スマホに表示された時間が撮影間近であることを知らせているのに気付く。悠長にしている場合ではないと急いで立ち上がれば、「ヤト!」とルキに呼ばれる。
「いってらっしゃい、頑張って!」
「あぁ、全力でやってくる」
何よりも嬉しい一言だった。じんわりと暖かく広がる言葉に、もう一度口元を綻ばせる。しっかりとルキのエールを心に刻み、誰にも気付かれないよう仕舞う。
彼と、いつデート出来るだろう。
どんなことを話せるだろうか。
楽しみで、楽しみで、心が弾む。
そんな浮かれた気持ちがあるなんて悟られないように、俺は現場へと駆けては演技に身を投じていった。
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