12 / 14
第九話
しおりを挟む
あれから、5日後。
撮影漬けの毎日をようやく終えて、待望の休日である。楽しみにしていた、ルキとの外出。朝の10時には駅前広場で合流している──はずだった、のに。
現在の時刻は、午前11時20分。
集合時間なんてとっくに過ぎているが、俺はまだ家どころか布団の中である。ぐったりとした身体は、思うように動いてくれない。
汗ばむ身体を布団の隙間に滑らせ、何度目かのため息を吐く。明らかに熱い息は、現在の体調を明確に表していた。
よりによって、今日熱を出してしまうとは。無茶をしていたつもりはないけれど、気が緩みすぎてしまったのかもしれない。ルキへ『ごめん』と送った画面を不定期に見ながら、どうしようも出来ない現実を恨む。
さらに、悪いことは重なるもので。
撮影続きでろくに買い物も出来ていないままで、薬のストックどころか食料もない。寝ていることしか、出来ないのである。
マネージャーへの連絡もとっくに終えたし、本当にやることがない。眠気はないけれど、とりあえず目を閉じることにした。ただの暗闇が、こんなにも寂しく感じたのは久しぶりだ。
────ぴーんぽーん。
それから、何分ほど経っただろう。
やけに軽快な音が来客を知らせた。マネージャーだろうか、体調不良を知らせると時々家まで来ることがあるし。
でも、会いたくないな。今はカラコンを外しているうえ、体調不良で余計にひどい顔だ。なにより、ベッドから動く気力が出ない。
しかし、脳内で反響する音は怠惰を許してくれない。追い討ちかのように、手元のスマホからぴろんと通知。なんだよ……と思いながらも、目を開けて確認する。
『家着いたから開けてー』
ルキからの、簡潔なメッセージ。
着いた、とはどこに?誰の家へ?
──ぴーん、ぽーん。
「ここだよ」と言わんばかりに、再び間延びしたインターホンが鳴る。そんなわけないと思いながら、体は玄関へと向かう。重だるいのをなんとか引きずり、チェーンと鍵を震える手で開けていく。『警戒心のなさ』という言葉が過ぎったが、もう今さらだった。
扉の先には、やはりルキが居た。
「ルキ……」
俺がようやく姿を見せると、用意していたのであろう笑みを途端に引きつらせて震え出すルキ。
「っ!? な、なんで……!? ヤト、いや──いつ、から」
なんで、いつから、とお前が言う。
俺の見舞いに来たんじゃないのか、とか。
急に来られてびっくりしてる、だとか。
何を見て驚いたんだ……と。
そう言えるような雰囲気では、なかった。
まるで幻でも見たように、はくはくと口を開閉させている。真っ直ぐに、俺の目だけを見て。熱を出している俺よりも震えている手を、伸ばしてくる。
片手に提げていたレジ袋を地面に落として、確かめるようにルキは両手を俺の頬へと当てた。氷のように冷たい手に、少し嫌な記憶が蘇った。
「……部屋、入ってこいよ。中で話す」
促せば、すぐにレジ袋を拾って中へと踏み込む彼。鍵を閉めてから、彼をリビングに案内する。それも待てないのか、歩いている途中でルキは話しかけてきた。
「……いつから、記憶戻ってたの」
「なにがだ?」
「惚けないで。前世の記憶、あるんでしょ? その赤い瞳は、いつからだって聞いてるんだよ」
珍しく強い口調の彼に気圧され、しかしそれでも余裕さを崩さないためにソファへ座る。対面へどかりと座り込んだ彼をまっすぐ見てから、俺はようやく彼に打ち明ける決意をした。
「……最初から、だ」
「じゃあ、オレと初めて会った時。あれ、知らないフリしてたんだね」
「そういう風に聞くってことは、お前も覚えてるんだな」
ハッとした顔でルキは黙り込む。そう、彼だって知らないフリをしていたのだ。きっと、俺が覚えていないと思って。
……二人して、ひどい勘違いのまま接していたのだ。似た者同士と言ってしまえば、少しは軽くなるだろうか。今までにない気まずさの中、繋げる言葉などない。
「るき、……っ」
それでも繋げていたかった。だから、何でもいいと口を開いたのに。熱い息だけを吐いて、俺はまたソファへぐったりと体を預けていた。忘れていたけれど、あぁそうだ。俺、今熱を出していたんだっけ。
ルキが無言で立ち上がった。いかないでと腕を上げる元気すら出なくて、目線だけで追う。意外にも、彼は俺の傍に跪いた。
「ベッド、どこ?」
「寝室って、札があるとこ……」
「ん、あそこね」
彼もまた、視線だけで寝室の場所を確認する。どうするつもりだなんて思っていれば、彼はなんの躊躇いもなく俺を抱き上げた。……いわゆる、『横抱き』というやつで。
とくとくと速いルキの心音が近くなり、熱だけじゃない火照りに襲われる。まるで抱き寄せるように力を込める彼に、本当に仕方なく縋り付いた。
「──前も、こんなことあったな」
「ん?」
「あれは……ルキが熱出してたけどさ。俺が、帝大休んで看病したやつ」
「……えっ、あの情けないオレ覚えてんの?」
そっとベッドの上におろされながら、小さくうなずく。ルキはベッドに腰掛け、ため息を吐きながら少し恥ずかしそうに目を逸らした。
やはり、弱いところを見られたり覚えられたりするのは、変わらず苦手らしい。昔から、何にも変わっていない。ここに居るのは本物のルキなんだ。なんて、今更な思考が脳を埋め尽くした。
「ルキ。俺、今もお前のこと好きだ。……何回も、大好きになっちゃうんだよ」
「うん。オレもだよ、ヤト。起きて熱下がったら、いっぱい話そう。昔のことも、今のことも……たっくさん。ね?」
やっと伸ばすことが出来た手を握り、ルキは優しく笑ってくれる。こんなにも暖かく全てが溶けていくのは、熱のせいにしたい。
けれど、彼は熱が下がっても傍に居てくれるらしい。どうしようもなく嬉しくて、あんなに怖かった気持ちが上書きされていく。
それでも、ほんのちょっぴりだけ。
悪夢を見てしまいそうで、ルキの手を引き寄せて目を閉じる。一人で目を閉じたどの時よりも、暖かい暗闇の中。この意識を繋いでくれる存在を確かめながら、穏やかな息を吐いた。
撮影漬けの毎日をようやく終えて、待望の休日である。楽しみにしていた、ルキとの外出。朝の10時には駅前広場で合流している──はずだった、のに。
現在の時刻は、午前11時20分。
集合時間なんてとっくに過ぎているが、俺はまだ家どころか布団の中である。ぐったりとした身体は、思うように動いてくれない。
汗ばむ身体を布団の隙間に滑らせ、何度目かのため息を吐く。明らかに熱い息は、現在の体調を明確に表していた。
よりによって、今日熱を出してしまうとは。無茶をしていたつもりはないけれど、気が緩みすぎてしまったのかもしれない。ルキへ『ごめん』と送った画面を不定期に見ながら、どうしようも出来ない現実を恨む。
さらに、悪いことは重なるもので。
撮影続きでろくに買い物も出来ていないままで、薬のストックどころか食料もない。寝ていることしか、出来ないのである。
マネージャーへの連絡もとっくに終えたし、本当にやることがない。眠気はないけれど、とりあえず目を閉じることにした。ただの暗闇が、こんなにも寂しく感じたのは久しぶりだ。
────ぴーんぽーん。
それから、何分ほど経っただろう。
やけに軽快な音が来客を知らせた。マネージャーだろうか、体調不良を知らせると時々家まで来ることがあるし。
でも、会いたくないな。今はカラコンを外しているうえ、体調不良で余計にひどい顔だ。なにより、ベッドから動く気力が出ない。
しかし、脳内で反響する音は怠惰を許してくれない。追い討ちかのように、手元のスマホからぴろんと通知。なんだよ……と思いながらも、目を開けて確認する。
『家着いたから開けてー』
ルキからの、簡潔なメッセージ。
着いた、とはどこに?誰の家へ?
──ぴーん、ぽーん。
「ここだよ」と言わんばかりに、再び間延びしたインターホンが鳴る。そんなわけないと思いながら、体は玄関へと向かう。重だるいのをなんとか引きずり、チェーンと鍵を震える手で開けていく。『警戒心のなさ』という言葉が過ぎったが、もう今さらだった。
扉の先には、やはりルキが居た。
「ルキ……」
俺がようやく姿を見せると、用意していたのであろう笑みを途端に引きつらせて震え出すルキ。
「っ!? な、なんで……!? ヤト、いや──いつ、から」
なんで、いつから、とお前が言う。
俺の見舞いに来たんじゃないのか、とか。
急に来られてびっくりしてる、だとか。
何を見て驚いたんだ……と。
そう言えるような雰囲気では、なかった。
まるで幻でも見たように、はくはくと口を開閉させている。真っ直ぐに、俺の目だけを見て。熱を出している俺よりも震えている手を、伸ばしてくる。
片手に提げていたレジ袋を地面に落として、確かめるようにルキは両手を俺の頬へと当てた。氷のように冷たい手に、少し嫌な記憶が蘇った。
「……部屋、入ってこいよ。中で話す」
促せば、すぐにレジ袋を拾って中へと踏み込む彼。鍵を閉めてから、彼をリビングに案内する。それも待てないのか、歩いている途中でルキは話しかけてきた。
「……いつから、記憶戻ってたの」
「なにがだ?」
「惚けないで。前世の記憶、あるんでしょ? その赤い瞳は、いつからだって聞いてるんだよ」
珍しく強い口調の彼に気圧され、しかしそれでも余裕さを崩さないためにソファへ座る。対面へどかりと座り込んだ彼をまっすぐ見てから、俺はようやく彼に打ち明ける決意をした。
「……最初から、だ」
「じゃあ、オレと初めて会った時。あれ、知らないフリしてたんだね」
「そういう風に聞くってことは、お前も覚えてるんだな」
ハッとした顔でルキは黙り込む。そう、彼だって知らないフリをしていたのだ。きっと、俺が覚えていないと思って。
……二人して、ひどい勘違いのまま接していたのだ。似た者同士と言ってしまえば、少しは軽くなるだろうか。今までにない気まずさの中、繋げる言葉などない。
「るき、……っ」
それでも繋げていたかった。だから、何でもいいと口を開いたのに。熱い息だけを吐いて、俺はまたソファへぐったりと体を預けていた。忘れていたけれど、あぁそうだ。俺、今熱を出していたんだっけ。
ルキが無言で立ち上がった。いかないでと腕を上げる元気すら出なくて、目線だけで追う。意外にも、彼は俺の傍に跪いた。
「ベッド、どこ?」
「寝室って、札があるとこ……」
「ん、あそこね」
彼もまた、視線だけで寝室の場所を確認する。どうするつもりだなんて思っていれば、彼はなんの躊躇いもなく俺を抱き上げた。……いわゆる、『横抱き』というやつで。
とくとくと速いルキの心音が近くなり、熱だけじゃない火照りに襲われる。まるで抱き寄せるように力を込める彼に、本当に仕方なく縋り付いた。
「──前も、こんなことあったな」
「ん?」
「あれは……ルキが熱出してたけどさ。俺が、帝大休んで看病したやつ」
「……えっ、あの情けないオレ覚えてんの?」
そっとベッドの上におろされながら、小さくうなずく。ルキはベッドに腰掛け、ため息を吐きながら少し恥ずかしそうに目を逸らした。
やはり、弱いところを見られたり覚えられたりするのは、変わらず苦手らしい。昔から、何にも変わっていない。ここに居るのは本物のルキなんだ。なんて、今更な思考が脳を埋め尽くした。
「ルキ。俺、今もお前のこと好きだ。……何回も、大好きになっちゃうんだよ」
「うん。オレもだよ、ヤト。起きて熱下がったら、いっぱい話そう。昔のことも、今のことも……たっくさん。ね?」
やっと伸ばすことが出来た手を握り、ルキは優しく笑ってくれる。こんなにも暖かく全てが溶けていくのは、熱のせいにしたい。
けれど、彼は熱が下がっても傍に居てくれるらしい。どうしようもなく嬉しくて、あんなに怖かった気持ちが上書きされていく。
それでも、ほんのちょっぴりだけ。
悪夢を見てしまいそうで、ルキの手を引き寄せて目を閉じる。一人で目を閉じたどの時よりも、暖かい暗闇の中。この意識を繋いでくれる存在を確かめながら、穏やかな息を吐いた。
0
あなたにおすすめの小説
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
白花の檻(はっかのおり)
AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。
その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。
この出会いは祝福か、或いは呪いか。
受け――リュシアン。
祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。
柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。
攻め――アーヴィス。
リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。
黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。
王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる