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旅の始まり
黒龍
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どうやってこの女から逃げ出そうかと考えていると、女が俺の方に手を伸ばしてきた。
その瞬間、バチバチッと音がして、空気が揺れた。
「な、何だ?」
『聖魔法が効果を発したまでよ。何、この程度何ともないがな』
闇から伸ばされた女の白く細い腕に、キラキラとした光の粒がまとわりついている。
そのまま女は俺の頭の上に手を乗せると、体の中に何かが流れ込んでくるような感覚が走った。
「な、何だよ! 何してるんだよ!」
『ちとうるさいのぉ。黙ってはおれぬのか?』
俺の中に流れ込んでくる何かが、俺の心臓に達したのを感じたと同時に、すっかり忘れていた前世の記憶が鮮明に蘇ってきた。
生まれつき心臓が悪く、家で過ごすよりも病院にいる方が多く、両親は俺の治療費を稼ぐために働いていて、それを知っているのもあり、寂しくても寂しいとは言わずに過ごしていた。
日に何度かやってくる看護師や医者しか話し相手はおらず、唯一の楽しみが、病室の窓から見える大きな木に毎日やってくる鳥と猫。
鳥は俺が近付くと逃げていったが、猫は「どうでもいい」みたいな顔をして、俺が窓のそばに近付いても、お気に入りらしい木の枝で器用に休み、ある程度休むとどこに行くのか去っていった。
いよいよ体が動かせないほど弱っても、猫は雨の日以外は毎日そこに来て姿を見せてくれていて、その姿にどれだけ励まされたか分からない。
「生まれ変わったら猫になりたい」
そう思うようになったのも、その猫の自由さが羨ましいと感じたと同時に、あの猫と友達になりたいと思ったからだった。
でも、それも叶わず俺は死に、この世界に転生したのだが、何のミスなのか、この体には既に別の魂が宿っており、俺の魂は五歳まで眠りにつくことになった。
眠りについていた間のことは全く分からないが、もう一つの魂はこの世界に嫌気が差して自ら眠りについたらしい。
元々転生前のその魂は貴族の女の子だったようで、庶民の暮らしに耐えきれなかったようだ。
なぜか理屈は分からないが、肉体という器を共有しているせいなのか、そいつの思考がはっきりと読み取れていた。
俺と入れ替わる瞬間、
『こんな生活御免だわ! あんたにこの体をあげるから、せいぜい庶民らしく這いつくばって生きればいいわ! 私の眠りを妨げたら許さないから!』
と高圧的に言っていたようで、その記憶も戻ってきている。
今は本当に眠っているらしく、何の反応も返ってこない。
『魂の共有と融合が叶ったようだの。これでスキルも使えるようになるだろう』
「共有? 融合? 何だよ、それ?」
『いちいち説明せねばならぬとは、そなた、知能に欠陥があるのか?』
「欠陥!? 俺を馬鹿にしてるのか!?」
『馬鹿にしているとな? 我は事実しか言っておらんがな?』
「何が事実だ! 俺は、至って平均的な知能を持ち合わせてるわ! 賢いとは言えないが、馬鹿じゃない! 断じて違う!」
『そうなのか? では、人間が我らよりも知能的に下等であるだけなのか……そんなことだから、人間とはいつまで経っても脆弱で、せせこましく、短命なのだな』
何やら勝手に納得しているようだが、あんまりな言われようである。
「お前だって同じ人間だろうよ」
『はて、おかしなことを言うな、そなたは。我が人間とな? 我が人間など、いつ言った?』
「は? え? だって、その姿……」
『これか? そなたの前に現れるのには、この姿の方が都合がよかろう? だから変化したまでよ』
「ちょ、ちょっと待て! お前、一体何なんだ!?」
『我か?』
ゴォーッと風が沸き起こり、それまで女の形をしていたものが様相を変えた。
見上げるほど体は大きくなり、その体は黒い鱗で覆われ、背中には大きく分厚い羽が二枚。
大きくなったことと、辺りの闇で顔は見えないが、この体はどう見ても飛龍である。
太く短くデカイ足には、鋭く頑丈そうな爪が生えているし、こんなデカさの魔物は飛龍以外考えられない。
「ひ、飛龍!?」
『人間は我らを一括りでそう呼ぶようだが、我は黒龍。黒龍族の長にして最後の生き残りよ』
「こ、黒龍……」
確かに黒い……。
え? 俺、ここで死ぬ? 前世を思い出したら次の瞬間にはもうあの世コース?
そんなのアリか!? 黒龍だか何だか知らないが、魔法なしで家を追い出された末に飛龍に殺されるって、どんな罰なんだよ!?
「まだ死にたくねぇよ……」
『まだ死んでもらっては困るな』
俺の声を拾った黒龍がそう語り掛けてきた。
「え? 俺、殺されるんじゃ?」
『なぜそなたを殺さねばならんのだ? 頼みがあると言ったであろう?』
「だって、お前、飛龍だろ?」
『一括りにするでない! 我は誇り高き黒龍! 人間を理由なく殺したり襲ったりせんわ!』
「そ、そう、なのか?」
実際、俺の父親を殺したのは飛龍で、国中はおろか、世界中で飛龍による多数の被害が報告されている事実がある。
『人間に対して好戦的なのは赤龍や青龍よ。あやつらは血を好み、弱き者をいたぶるのが好きなのだ。暇つぶしに人間の住処を襲うこともあると聞いている。だが、我らは違う! 戦闘は好まんし、弱き者をいたぶる趣味もないわ!』
「父さんを殺した青い飛龍を、きっと討ち取っておくれ」
子供の頃に繰り返し母親から言われていた言葉が蘇った。
「確かに俺の親父を殺したのは青い飛龍だと聞いている……」
『そなたの父親は、青龍に殺されておったか……それはいつ頃の話だ?』
「俺が小さい頃の話だよ……小さすぎて親父の顔すらまともに覚えてない頃のな……」
『よもや、それは、あそこにある建物に関係しておるかの?』
黒龍が太い指で指さしたのは国境の方だった。
「そうだよ、国境での出来事だ。親父は国境警備の兵士だったからな」
『ふむ……ならばそれは、あやつの仕業よな……』
黒龍の言葉に鼓動がドクリと不穏な音を立てた。
その瞬間、バチバチッと音がして、空気が揺れた。
「な、何だ?」
『聖魔法が効果を発したまでよ。何、この程度何ともないがな』
闇から伸ばされた女の白く細い腕に、キラキラとした光の粒がまとわりついている。
そのまま女は俺の頭の上に手を乗せると、体の中に何かが流れ込んでくるような感覚が走った。
「な、何だよ! 何してるんだよ!」
『ちとうるさいのぉ。黙ってはおれぬのか?』
俺の中に流れ込んでくる何かが、俺の心臓に達したのを感じたと同時に、すっかり忘れていた前世の記憶が鮮明に蘇ってきた。
生まれつき心臓が悪く、家で過ごすよりも病院にいる方が多く、両親は俺の治療費を稼ぐために働いていて、それを知っているのもあり、寂しくても寂しいとは言わずに過ごしていた。
日に何度かやってくる看護師や医者しか話し相手はおらず、唯一の楽しみが、病室の窓から見える大きな木に毎日やってくる鳥と猫。
鳥は俺が近付くと逃げていったが、猫は「どうでもいい」みたいな顔をして、俺が窓のそばに近付いても、お気に入りらしい木の枝で器用に休み、ある程度休むとどこに行くのか去っていった。
いよいよ体が動かせないほど弱っても、猫は雨の日以外は毎日そこに来て姿を見せてくれていて、その姿にどれだけ励まされたか分からない。
「生まれ変わったら猫になりたい」
そう思うようになったのも、その猫の自由さが羨ましいと感じたと同時に、あの猫と友達になりたいと思ったからだった。
でも、それも叶わず俺は死に、この世界に転生したのだが、何のミスなのか、この体には既に別の魂が宿っており、俺の魂は五歳まで眠りにつくことになった。
眠りについていた間のことは全く分からないが、もう一つの魂はこの世界に嫌気が差して自ら眠りについたらしい。
元々転生前のその魂は貴族の女の子だったようで、庶民の暮らしに耐えきれなかったようだ。
なぜか理屈は分からないが、肉体という器を共有しているせいなのか、そいつの思考がはっきりと読み取れていた。
俺と入れ替わる瞬間、
『こんな生活御免だわ! あんたにこの体をあげるから、せいぜい庶民らしく這いつくばって生きればいいわ! 私の眠りを妨げたら許さないから!』
と高圧的に言っていたようで、その記憶も戻ってきている。
今は本当に眠っているらしく、何の反応も返ってこない。
『魂の共有と融合が叶ったようだの。これでスキルも使えるようになるだろう』
「共有? 融合? 何だよ、それ?」
『いちいち説明せねばならぬとは、そなた、知能に欠陥があるのか?』
「欠陥!? 俺を馬鹿にしてるのか!?」
『馬鹿にしているとな? 我は事実しか言っておらんがな?』
「何が事実だ! 俺は、至って平均的な知能を持ち合わせてるわ! 賢いとは言えないが、馬鹿じゃない! 断じて違う!」
『そうなのか? では、人間が我らよりも知能的に下等であるだけなのか……そんなことだから、人間とはいつまで経っても脆弱で、せせこましく、短命なのだな』
何やら勝手に納得しているようだが、あんまりな言われようである。
「お前だって同じ人間だろうよ」
『はて、おかしなことを言うな、そなたは。我が人間とな? 我が人間など、いつ言った?』
「は? え? だって、その姿……」
『これか? そなたの前に現れるのには、この姿の方が都合がよかろう? だから変化したまでよ』
「ちょ、ちょっと待て! お前、一体何なんだ!?」
『我か?』
ゴォーッと風が沸き起こり、それまで女の形をしていたものが様相を変えた。
見上げるほど体は大きくなり、その体は黒い鱗で覆われ、背中には大きく分厚い羽が二枚。
大きくなったことと、辺りの闇で顔は見えないが、この体はどう見ても飛龍である。
太く短くデカイ足には、鋭く頑丈そうな爪が生えているし、こんなデカさの魔物は飛龍以外考えられない。
「ひ、飛龍!?」
『人間は我らを一括りでそう呼ぶようだが、我は黒龍。黒龍族の長にして最後の生き残りよ』
「こ、黒龍……」
確かに黒い……。
え? 俺、ここで死ぬ? 前世を思い出したら次の瞬間にはもうあの世コース?
そんなのアリか!? 黒龍だか何だか知らないが、魔法なしで家を追い出された末に飛龍に殺されるって、どんな罰なんだよ!?
「まだ死にたくねぇよ……」
『まだ死んでもらっては困るな』
俺の声を拾った黒龍がそう語り掛けてきた。
「え? 俺、殺されるんじゃ?」
『なぜそなたを殺さねばならんのだ? 頼みがあると言ったであろう?』
「だって、お前、飛龍だろ?」
『一括りにするでない! 我は誇り高き黒龍! 人間を理由なく殺したり襲ったりせんわ!』
「そ、そう、なのか?」
実際、俺の父親を殺したのは飛龍で、国中はおろか、世界中で飛龍による多数の被害が報告されている事実がある。
『人間に対して好戦的なのは赤龍や青龍よ。あやつらは血を好み、弱き者をいたぶるのが好きなのだ。暇つぶしに人間の住処を襲うこともあると聞いている。だが、我らは違う! 戦闘は好まんし、弱き者をいたぶる趣味もないわ!』
「父さんを殺した青い飛龍を、きっと討ち取っておくれ」
子供の頃に繰り返し母親から言われていた言葉が蘇った。
「確かに俺の親父を殺したのは青い飛龍だと聞いている……」
『そなたの父親は、青龍に殺されておったか……それはいつ頃の話だ?』
「俺が小さい頃の話だよ……小さすぎて親父の顔すらまともに覚えてない頃のな……」
『よもや、それは、あそこにある建物に関係しておるかの?』
黒龍が太い指で指さしたのは国境の方だった。
「そうだよ、国境での出来事だ。親父は国境警備の兵士だったからな」
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