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王都へ

食事は楽しく

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『出来たのか?』

「出来たぞ!」

『我にも食わせよ!』

「なぁ? ずっと思ってたんだが、お前、自分一人でも食えるんじゃないのか?」

『……食えんこともない』

「じゃあ、自分で食えよ!」

『食わせてもらうのが楽しいのじゃ!』

 変わった飛龍である。

「でもよ、自分で食ったら一人前食えるぞ?」

『ぐぅ……そうなのじゃが、違うのじゃ! 人間の子供が親に食わせてもらっておろ? あれが好きなのじゃ!』

「お前、変わってるな」

『変わっていて結構! 我の長年の夢だったのじゃから、アースは我に食わせておれば良いのじゃ!』

 夢だったと言われたら食わせてやるしかない。

「ギースは自分で食えるよな? 食ってたもんな?」

「僕は自分で食べられますよ。食べさせて欲しいなんて憧れもありませんし」

 二人分の食器にスープとウサータのソテーと買っておいたパンを付けてそれぞれの前に置く。

「いただきます」

 俺が言うとギースも真似して「いただきます」と言った。

 まずは野菜のスープを一口。

『我にもよこせ!』

 うるさいのでシャンテの口にもスープを運ぶと『美味い!』と言った。

『アースは料理が上手いのじゃな! アンリのスープより美味いぞ!』

「本当だ! 宿で食べたのより美味しいです!」

 どうやら人外の口に俺の料理は合うらしい。

『これは後引く美味さじゃ! もう一口よこせ!』

「……なぁ? やっぱ自分で食えよ」

『……仕方ないのぉ』

 卵を紐の袋から取り出し地面に置くと、その前にスープとソテーを入れた皿を置いた。

 シュルシュルと面白いようにスープが吸い込まれていく。

『これは美味い! おかわりじゃ!』

「僕も! 僕も欲しいです!」

 気付くとギースのスープも空になっていた。

「分かったから、もう少し落ち着いて食ってくれよ。俺が食う暇がねぇ」

 そんなことを言いつつ、美味しいと言ってもらえるのは嬉しい。

 俺の母親は「美味しい」なんてめったに言わない人だったから、自分の料理の出来がどうだったのかいつも分からなかった。

 二人にスープをついでやり、ウサータの肉に手をつける。

 筋切りを怠らず、肉も叩いたおかげでナイフで簡単に切れる。

 一口大に切った肉を頬張るとスパイスの香りと肉の旨味が口の中に広がっていく。

「我ながら上手く焼けてる」

 俺が食べたのを見て、シャンテとギースも肉に手を付けた。

『おぉ! これは! モーモーギューより美味いぞ!』

「わぁ! 僕、ウサータの肉はあまり好きじゃないんですけど、これは美味しいです!」

 やはり俺の料理は二人の口に合うようだ。

「これをこうして……」

 パンをちぎり切込みを入れ、そこにウサータのソテーを挟む。

 それを少しだけスープに浸して齧り付く。

 店で売っているパンは焼きたてのものは少なく、時間が経っているため固くてパサついているのだが、スープに浸すことで固さが気にならなくなる。

 浸しすぎるとパンが柔らかくなりすぎて美味さが減るのだが、少し浸すとパンと肉とスープが上手く合わさり美味いのだ。

 母親には行儀が悪いと叱られたが、もう家を出たのだから好きにしてもいいだろう。

『何じゃ、その食い方は! 我にもそれを!』

「僕もやってみよう!」

 さすがに卵のシャンテには出来ないことなので、俺が食わせてやると『美味い!』と声を上げていた。

 こんなふうにみんなでワイワイ食べる食事は特に美味く感じる。

 母親と二人きりの食卓は常に無言で、たまに口を開いたかと思えば「稼ぎが少ない」だの「こんなはずじゃなかった」だの言われていたので正直言って楽しい食事とはいかなかった。

 子供の頃はあれこれ話していたのだが、魔法が発現しなかったことで母親は俺に失望し、同時に俺を見限ったのだと思う。

「やっぱ食事は楽しくだよな」

 そう言うとギースが俺を見てニコッと笑った。

「食事なんてただ生きるために食らうだけの行為でしたが、作る手伝いをして、こうやってみんなで食べるのは楽しいものですね!」

『うむ……一人で食べてばかりじゃったが、このように皆で食事を囲むのは悪くないのぉ』

「だろ! 楽しいと食事が更に美味しくなるんだよ!」

『じゃが、気の合わんやつと食べても美味しくは感じぬぞ?』

「そりゃそうさ! 嫌なやつと一緒なだけで嫌な気分になるだろ? そんな気分で飯を食っても美味くない! 気の合うやつと食うから楽しいし美味いんだよ」

『そうだの、その通りじゃな。アースもギースも嫌いではない。むしろ好きじゃ。じゃから美味いのじゃな』

「わーい! 黒龍様に『好き』って言ってもらえたぁ!」

『ギースよ、確かに我は黒龍じゃが、「シャンテ」という名があるのじゃ。名で呼ぶが良い』

「恐れ多いです!」

『良いから呼ぶのじゃ!』

「シャ、シャンテ、様」

『様はいらんがの』

「善処します」

 初めての外での食事はこうして楽しく過ぎていった。

 食事の片付けをしていると、シャンテが『匂いに釣られて来おったか』と呟いた。

「何か来たのか?」

『ちと面倒くさいのが来おったわ』

 ドスドスと足音が近付いて来ているのが分かった。

 ギースは平気そうな顔で音の方を見ているのだが、どう考えても足音のデカさが普通ではない。

「な、何が近付いて来てるんだ?」

『「サーベルダイル」じゃな』

 サーベルダイルとはサーベルタイガーとワニを合体させたような魔物で、体長は五メートルほどあり、全身が固い鱗のような皮膚で覆われている。

 口からは牙がサーベルのように伸びており、デカくて大きな口と左右に四つずつ計八個の目玉がある。

 太くて短い四本の足と長い尻尾、足には殺傷能力の高い鋭い爪が生えている。

 見た目だけで考えても化け物である。

 魔獣の森には住み着いているようだが、本来はこの辺りよりももっと暖かい川や沼地に生息している魔物だ。

 バキバキッと木が踏み潰されるような音がして、実際木が倒れる音までしている。

 例え猫になったところでまだ今の俺には倒すことすら出来ない相手である。

「逃げた方がいいんじゃないか?」

「ご馳走♪」

 怖気付いて逃げ腰の俺の横で、ギースが嬉しそうな声を上げた。

「はぁ!? え? ご馳走!?」

「僕、大好物なんです、サーベルダイル!」

 目をキラキラさせ、舌舐りをするギース。

『あやつ、サーベルダイルが好物なのか!? あまり美味くもなかろうに』

「シャンテ様、お願いがあります。僕を元の姿に戻してもらえませんか? この姿ではさすがに動きにくいので」

 ギースは元の地龍幼体の姿に戻り、実に嬉しそうに音のする方へと飛び跳ねて行った。
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